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猫の特発性膀胱炎~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の特発性膀胱炎について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら。また猫の採尿と尿検査についてはこちらをご参照ください。

特発性膀胱炎の病態と症状

 猫の特発性膀胱炎(Feline Idiopathic Cystitis, FIC)とは、膀胱炎の発症は確認できるもののその原因を特定できない状態のことです。通常の膀胱炎は尿検査、レントゲン検査、超音波検査などを行うと、結石や細菌などが見つかりますが、この「特発性」膀胱炎の場合はそうした明確な原因が見つからず、症状だけが現れます。症状が突然現れる「突発性(とっぱつせい)」とは違い、「特発性(とくはつせい)」は原因がよくわからないという意味です。 特発性膀胱炎とは、膀胱炎のうち原因がよく分からないものを指す

特発性膀胱炎の病態

 特発性膀胱炎を発症した猫の体内では以下のような変化が見られます出典資料:Sparkes, 2018)。しかしこれらの変化が発症の原因になっているのか、それとも発症に後続する単なる随伴病変なのかはよくわかっていません。またFIC特有の病変なのか、それとも下部尿路症候群(FLUTD)でも一般的に見られるのかが不明なため、確定診断に利用することもできません。
FICの主な病態
  • 尿や組織内補体C4a、チオレドキシン、NK-kB p65、ガレクチン-7、I-FABP、フィブロネクチン、トレフォイル因子-2といった生理活性分子の濃度変化
  • 膀胱粘膜ムスカリン受容体の感受性上昇
  • 尿道尿道内圧と尿道閉鎖圧の増加
  • 膀胱壁浮腫、出血、血管拡張、ときに潰瘍や肥満細胞数の増加
  • 神経ATP、一酸化窒素、サブスタンスPなど化学的メディエーターの発現量増加/プリン受容体、膀胱における求心性線維の興奮性上昇など神経原性炎症や痛みに関連した受容体の発現量増加

特発性膀胱炎の症状

 特発性膀胱炎の症状には、目や耳といった五感を通してわかるものと、病院における検査を通してわかるものとがあります。猫と同居している飼い主が覚えておくべきは、以下で述べるような「疾病行動」(しっぺいこうどう, Sickness Behaviour)と呼ばれる数々の変化です。通常は特別な治療をしなくても9割を超える患猫では5~7日のうちに自然と症状がなくなりますが、1~2年以内の再発率は39~65%程度と言われています。
特発性膀胱炎に伴う疾病行動
特発性膀胱炎にかかった猫は「血尿」、「粗相」といった特徴的な行動を見せる
  • おしっこの回数が増える
  • おしっこの姿勢をとるが出ない
  • おしっこするとき声を出して痛がる
  • おしっこに血が混じる
  • トイレ以外で粗相する
  • 陰部をしきりに舐める
 上記したような症状に気付いた場合、飼い主は特発性膀胱炎の可能性を疑い、念のため動物病院に連れて行った方が良いでしょう。そして動物病院の獣医さんが検査によって確認する臨床所見には、以下のようなものがあります。なお(※)が付いた項目は、人間の女性に多い「間質性膀胱炎」(かんしつせいぼうこうえん)と共通する所見です。
特発性膀胱炎に伴う臨床所見
  • 腹部を触ると痛がる
  • 膀胱が小さい
  • 膀胱壁に肥厚が見られる
  • 血尿
  • X線・超音波検査でポリープ・腫瘍・結石が見られない
  • 尿採取による培養で細菌が検出されない(※)
  • 膀胱鏡検査で粘膜の出血が見られる(※)
  • 粘膜におけるグリコサミノグリカンの生成が少ない(※)
  • 膀胱粘膜に通常よりも多いマスト細胞と求心性神経線維が見られる(※)
 上記したような臨床所見が確認された場合、原因がよくわからない膀胱炎、すなわち「特発性膀胱炎」の疑いが強いと診断されます。
間質性膀胱炎
 間質性膀胱炎(かんしつせいぼうこうえん)とは、頻尿、尿意切迫感、膀胱痛などを主症状とする難治性の病気で、40歳以降の女性に多いとされています。猫の「特発性膀胱炎」同様、細菌など明確な原因が見つからないやっかいな病気の一つです。
 ちなみに特定の臓器や病因を指し示さないまま、混沌としてよくわからない発症メカニズムを象徴する表現として、特発性膀胱炎の代わりに「パンドラ症候群」(Pandora Syndrome)を使っている獣医師もいます出典資料:Buffington, 2011)

特発性膀胱炎の原因

 結論から言うと特発性膀胱炎の原因はよくわかっていません。恐らく神経系、副腎、膀胱、環境因子など複数の要因が複雑に絡み合って発症しているものと推測されています。
 ヨーロッパや北米など複数の国で行われた疫学調査を通して報告されている危険因子の一覧リストは以下です。ほぼすべての調査で共通して挙げられているのは「2~7歳」「オス猫」「肥満/太り気味」「ストレス」という項目です出典資料:Forrester, 2015)
特発性膀胱炎の危険因子
原因は不明ながらも、「特発性膀胱炎」の危険因子は幾つかわかっている
  • 太り気味・肥満
  • オス猫
  • 2~7歳
  • ストレス
  • 特定の品種
  • ドライフード
  • 飲水量が少ない
  • 非凝固型の猫砂
  • 多頭飼い
  • 同居猫との仲が悪い
  • 高い場所がない
  • ナーバスな性格
 下部尿路症状を示しやすい「特定の品種」は地域や国によってバラバラで、時として矛盾した内容を含んでいます。例えばアメリカ国内で行われた調査ではペルシャマンクスヒマラヤンの発症リスクが高く、シャムのリスクが低いと報告されています出典資料:Lekcharoensuk, 2001)。スウェーデンで行われた調査でも同様にペルシャのリスクが高くシャムのリスクが低いとされています出典資料:Egenvall, 2010)。一方、ニュージーランドで行われた調査ではペルシャシャムの発症リスクが高く出典資料:Jones, 1997)、タイで行われた調査ではシャムとその血統が入った混血猫のリスクが高いと報告されています出典資料:Rosama, 2012)

膀胱粘膜層の異常

 健康な膀胱の粘膜層はグリコサミノグリカン(GAG)と糖蛋白を豊富に含んでおり、尿が尿路上皮を通過しないようバリアとして機能しています。人間の間質性膀胱炎患者で尿路上皮の透過性の変化が確認されていることから、猫においても同じメカニズムがあるのではないかと推測されています出典資料:Forrester, 2015)
 例えば膀胱炎を発症すると粘膜層のバリア機能が低下し、尿に含まれるカリウムが筋肉や神経の脱分極を引き起こして組織を損傷するなどです。この仮説を裏付けるかのように、FICを発症した猫を対象とした調査で尿中のGAG濃度低下が報告されています。
 その他、飲水量の減少などによって尿量が減少して尿の濃度が高まったり、運動性の低下(肥満・関節障害など)やトイレの忌避などによって放尿頻度が減少して粘膜層と尿の接触時間が増えることが、膀胱炎の症状を悪化させているのではないかと考えられています。

ストレスと神経内分泌

 「ストレス」が引き起こす神経系および内分泌系の変化がFICの発症に深く関わっていると考えられています。
 特発性膀胱炎を抱えた猫で観察されるチロシンヒドロキシラーゼの活性上昇、血漿ノルエピネフリン濃度の増加、α2アドレナリン受容器の機能的感受性の低下といった特徴がすべて交感神経系の活性を示唆していることから、「急性・慢性ストレス→チロシンヒドロキシラーゼの活性上昇→交感神経系の活性」などの発症メカニズムが想定されていますが、はっきりしたことはわかっていません出典資料:Kruger, 2008)
 急性・慢性ストレスが視床下部に作用し、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を介して脳幹や下垂体に影響を与え、最終的に膀胱の透過性を変化させるという複雑なモデルも提唱されています出典資料:Forrester, 2015)。泌尿器がとりわけストレスの影響を受けやすい理由としては、扁桃体から水道周囲灰白質にかけて存在する恐怖を司る神経回路と、排尿を司る神経回路が位置的に近いからといった説があります。 猫の特発性膀胱炎におけるストレス・HPA軸・交感神経系の相互作用  ストレスを排除することでFICの症状が軽快したという事例もいくつか報告されています。例えばイギリス・ブリストル大学の調査では、無尿と血尿から特発性膀胱炎と診断を受けた去勢オス(5歳)を他の同居猫5頭から引き離して隔離エリアに住まわせ、生活に必要なリソース(トイレ・食事場・ベッドなど)に簡単にアクセスできるようにし、さらに窓を通じて屋外の猫を視認できないようセッティングしたところ、介入から6ヶ月間症状が沈静化したといいます。1度だけ再発が確認されましたが、これは患猫を他の猫たちの近くに再び押しやって2日後のことでした出典資料:Seawright, 2008)
 特発性膀胱炎の原因はストレスだけではありませんが、少なくとも密接な関係にあることは確かです。「ストレス」の中には、「旅行」「引っ越し」「新しいキャットタワー」といった環境の変化や、「新しいペット」「赤ちゃんの誕生」「ペットシッターの訪問」といった新参者の存在、および「寒い」「梅雨に入った」「雷が鳴った」といった気候の変化など、ありとあらゆるものが含まれます。

カリシウイルス?

 1980年代、特発性膀胱炎を発症した猫の尿道塞栓子(結石)からカリシウイルスに似た25~30nmの微粒子が発見されました。また2000年代初頭、尿中からワクチン株とも野生株とも違うまったく新しいカリシウイルスが2種類検出されました。こうした事実からFICの発症にはカリシウイルスが何らかの形で関わっているのではないかという新説が唱えられています出典資料:Kruger, 2008)
 想定されている発症メカニズムは、尿中の病原体が膀胱内で細胞障害や細胞死を引き起こし、細胞の機能を変化させ、毒素や有害老廃物を産生し、免疫反応を刺激もしくは抑制するなどです。発症する猫としない猫がいる理由としては、膀胱のJAM-1(接合部接着分子-1)やシアル酸に個体差があり、ウイルスの接着、感染、細胞間のシグナリングに違いが生まれ、宿主とウイルス間の脆弱性が左右されるからではないかと推測されています。

特発性膀胱炎の検査・診断

 特発性膀胱炎と診断するための特異的なバイオマーカーは発見されていません。診察・診断過程では通常の膀胱炎である可能性を除外するため、以下のような検査が行われます。
FICの検査・診察項目
  • 腹部の触診膀胱の触診では痛みが伴い、触診後にはおもらし(切迫失禁)や排尿がよく見られます。
  • 尿検査尿検査では濃縮尿(1.025超)を示すことが多く、肉眼的に確認できるはっきりした血尿や、尿沈渣および尿試験紙検査で確認できるわずかな血尿が認められます。また細菌性膀胱炎とは違い、尿培養しても細菌の増殖が認められません。猫の採尿と尿検査についてはこちらをご参照ください。
  • 画像検査単純および造影エックス線検査を行っても結石や腫瘍などの病変が認められません。超音波検査では、急性症の場合はほぼ正常像と同じで、慢性症の場合は膀胱壁の肥厚がみられます。
  • 膀胱鏡検査尿結石症や尿道炎の可能性を除外するためメス猫に対して行われる検査です。膀胱炎、尿膜管領域、小さな尿路結石や腫瘍の評価・検出が可能となります。
  • 尿道膀胱造影症状が何度も再発するような場合は、尿道狭窄や放射線透過性の尿石など、FIC以外の可能性も考慮しなければなりません。膀胱内に造影剤を注入し、液体がどのように流れるかをはっきりさせて他の疾患を確認したり除外します。
 先述したように、猫の特発性膀胱炎は他の疾患の可能性を一つずつ排除する除外診断がメインで、疾患に特異的なバイオマーカーは発見されていません。とは言え、尿中で検出される以下のような物質がマーカーになる可能性を有しているのではないかと検討されています。
FICバイオマーカー?
  • ヘパリン結合性表皮増殖様因子
  • 上皮細胞成長因子
  • フィブロネクチン濃度
  • Trefoilファクター2(TFF2)
  • GAG量

特発性膀胱炎の治療

 現時点で猫の特発性膀胱炎に対する効果が確認された薬は存在しません。わずか数日のうちに症状が自然軽快するケースが多いため、医療的な介入が功を奏したのか、それとも自然治癒なのかかがわからないことが評価を難しくしています。
 FICと診断された50頭の猫を対象としたノルウェーの長期的な追跡調査では、1~3回の再発率が18%、4~6回の再発率が6%、7回以上の再発率が12%で、一度も再発しなかった割合が46%だったとの報告があります出典資料:Eggertsdottir, 2021)

投薬治療

 動物病院における特発性膀胱炎の治療は、今出ている症状に対する対症療法がメインとなります。しかし病気の原因自体が定かでは無いため効果はまちまちです。意志に反して猫を拘束し、動物病院に連れて行ったり無理やり薬を飲ませるという行為自体がストレスの引き金になり、症状を悪化させてしまう危険性すらあります。実際、FICを発症した46頭の猫を対象とした調査では、「環境操作+投薬あり」と「環境操作+投薬なし」を比較した場合、投薬治療を施さなかった猫たちの方がむしろ大きな改善を見せたと報告されています出典資料:Buffington, 2006)
 以下は特発性膀胱炎と診断された猫を対象として行われたさまざまな投薬治療の結果です。繰り返しになりますが、有効性がはっきり確認された薬剤は1つもありません。

抗炎症薬

 「膀胱炎」というくらいだから炎症を抑える薬を与えれば良くなるだろうと考えがちですが、実際はそれほど単純ではないようです。
 特発性膀胱炎と診断された12頭の猫たちをランダムで6頭ずつからなる2つのグループに分け、一方にだけ抗炎症薬(プレドニゾロン)を体重1kg当たり1mgの割合で投与し、10日間に渡る観察を行いました。その結果、プラセボ群の6頭と比較して臨床症状の改善は見られなかったと言います出典資料:Osborne, 1996)
 特発性膀胱炎と診断された18頭の猫たちをランダムで2つのグループに分け、一方には抗炎症薬の一種(ペントサン多硫酸/体重1kg当たり3mg)、他方にはプラセボを1→2→5→10日目のタイミング皮下注射し、最長1年に渡る長期的な追跡調査を行いました出典資料:Wallius, 2009)
 その結果、投薬試験中においても投薬試験後においても、両グループ間で症状の再発頻度に統計的な格差は見られなかったと言います。一方、症状の悪化が見られたケースに関してはその直前にストレスフルな状況が確認され、この因果関係は統計的に有意(p=0.0023)と判断されました。なおペントサン多硫酸ナトリウムをカテーテル経由で膀胱内に直接注入したランダム化・二重盲検・プラセボコントロールの前向き調査も行われましたが、やはり投薬群と偽薬群との間で格差は確認されていません出典資料:Delille, 2016)

抗うつ薬

 人間に対して処方される抗うつ薬を猫に投与した調査がいくつかあるものの、効果は確認されていません。
 特発性膀胱炎と診断された29頭の猫たちをランダムで2つのグループに分け、14頭にだけ抗うつ薬の一種(アミトリプチリン)を1日5mgの割合で7日間に渡って投与しました出典資料:Kruger, 2003)
 投薬終了から1ヶ月後のタイミングで健康診断を行うと同時に、6→12→24ヶ月後のタイミングで飼い主に聞き取り調査を行ったところ、両グループにおいて10日目までに症状の改善が見られたものの、再発までの期間に関しては投薬グループの方がむしろ短かったと言います。なお同じ薬剤(1日10mg)と合成ペニシリン製剤を合わせて7日間投薬した二重盲検・プラセボコントロール調査もありますが、少なくとも投薬から2週間という短期間においては、飼い主による主観評価でも獣医師による客観評価でも症状の改善は確認されていません出典資料:Kraijer, 2003)

局所麻酔薬

 膀胱の感覚を麻酔薬で鈍らせれば、それに合わせて症状も沈静化してくれると考えられます。しかし実証実験でこの仮説は証明されていません。
 尿管閉塞を伴う特発性膀胱炎と診断された26頭の猫たちをランダムで2つのグループに分け、12頭には局所麻酔薬の一種(リドカイン/体重1kg当たり2mL)、残りの14頭にはプラセボを膀胱内に3日間に渡って直接注入し、症状にどのような変化が生じるかを観察しました出典資料:Zezza, 2012)
 2時間おき48時間に及ぶ健康チェックを行ったところ、両グループ間に統計的な格差は見られなかったと言います 。また飼い主にお願いして2週間後→1ヶ月後→2ヶ月後のタイミングで猫たちが示した症状をアナログスケールで評価してもらったところ、やはり統計的な格差は認められなかったとも。尿管閉塞の再発率に関しては、投薬グループが58%(7/12)だったのに対しプラセボグループが57%(8/14)でした。

鎮痛薬

 何らかの痛みが下部尿路症状を引き起こしているのなら、痛みを取り除くことで軽快してくれるはずです。しかし鎮痛薬を投与してもなぜか症状は沈静化してくれません。
 尿路閉塞を伴う特発性膀胱炎と診断された猫たちをランダムで2つのグループに分け、18頭には鎮痛薬の一種(メロキシカム/体重1kg当たり1日0.05~0.1mg)、19頭にはプラセボを経口投与し、全頭にカテーテルを挿入した上で48時間に及ぶ支持療法を行いました出典資料:Dorsch, 2016)
 1日1回の健康診断を5日間に渡って行うと同時に、退院から3ヶ月後のタイミングで飼い主に聞き取り調査を行ったところ、尿管閉塞の再発率に統計的な格差は見られなかったと言います(投薬群が22%/偽薬群が26%)。猫の行動、摂食量、排尿行動にも違いは見られず、どの観測点においてもグループ格差はなかったとも。

グリコサミノグリカン

 膀胱上皮の粘膜を形成するグリコサミノグリカンを何らかの形で与えれば、バリア機能が向上して膀胱壁への刺激が減ると考えられます。しかし猫を対象として行われた複数の調査では期待通りの効果が確認されていません。
 特発性膀胱炎と診断された19頭をランダムで2つのグループに分け、12頭にはN-アセチル-d-グルコサミン(NAG)250mgを1日1回カプセルで経口投与し、残りにはセルロースを含んだプラセボを28日間にわたって投与しました出典資料:Jinnapat, 2011)
 試験開始前及び試験開始から7→14→21→28→56日後のタイミングで血漿および尿中のグリコサミノグリカン(GAG)と尿クレアチニン濃度を測定したところ、試験開始前のタイミングで測定したGAG:クレアチニン濃度比率に関しては臨床上健康な猫(14.23μg/mL)よりもFIC猫(3.11μg/mL)の方が小さい値を示したといいます。またFIC猫の血漿平均GAG濃度に関しては、NAGを投与された群においてのみ、試験開始前(27.46μg/mL)に比べて投与21日目(39.96μg/mL)と投与28日目(39.91μg/mL)の値が統計的に有意なレベルで高かったとも。
 しかしN-アセチル-d-グルコサミンを投与することで臨床症状が軽減されたという証拠は見つかっていません。
 特発性膀胱炎と診断された40頭の猫たちをランダムで2つのグループに分け、一方にだけN-アセチルグルコサミンを1日125mgの割合で6ヶ月間に渡って与え、症状にどのような変化が現れるかを観察しました出典資料:Gunn-Moore, 2004)
 試験期間中、飼い主がアナログスケールを用いて症状の重症度を主観的に評価しましたが、健康スコアの平均値に関して両グループ間で統計的な格差は見られなかったといいます。また1ヶ月ごとに比較した平均健康スコアでも、症状が確認された平均日数でも格差がなかったとも。
 試験開始前と試験終了後の健康スコアを総合的に比較したところ、グルコサミングループ(0.5→4.4)においてもプラセボグループ(0.5→3.9)においても改善は見られ、この変化には90%の飼い主が調査開始と同時にウェットフードに切り替えたことが影響しているものと推測されました。その証拠に、尿比重に関してはわずか1ヶ月で1.050→1.036という低下が見られたといいます。

間葉系幹細胞

 未来の治療法として間葉系幹細胞(MSC)を用いた実験が試みられていますが、結果は期待したものとはかなり違うようです。
 調査を行ったのはミシガン州立大学のチーム。特発性膀胱炎と診断された短毛種(5歳/去勢済み/8.3kg/かなりの肥満)を対象とし、自身の腹部脂肪組織から採取した間葉系幹細胞を体重1kg当たり100万個の割合で腹膜経由で投与した後、臨床症状にどのような変化が現れるかを観察しました出典資料:Parys, 2016)
 その結果、幹細胞治療直後には一時的に改善していた症状が10日後のタイミングで突如として再発し、逆に少しずつ悪化の徴候を示したと言います。2ヶ月後のタイミングでフォローアップ検査を行いましたが症状は改善せず、頻度でも重症度でも悪化の一歩を辿ったとも。結局改善の兆しを見せないまま安楽死となりました。
 調査対象となったのがたった1頭であるため断定はできませんが、症状が改善するどころか逆に悪化してしまう危険性をはらんでいますので、今後の慎重な調査と検証が必要となるでしょう。

環境管理

 自宅における特発性膀胱炎の治療はストレス管理の一言に尽きます。猫にとって最適な環境を整えてあげることは通常「環境エンリッチメント」と呼ばれますが、特発性膀胱炎の改善を目的とした場合は、特に「多面的な環境調整」(multimodal environmental modification)の頭文字を取って「MEMOセラピー」と呼ばれることもあります。
 例えばオハイオ州立大学の調査チームは大学付属の動物病院及びコロンバスにある一次診療施設受診した猫たちの中から特発性膀胱炎(FIC)と診断を受けた患猫だけをピックアップし、環境エンリッチメントによって病状がどのように変化するかを長期的に前向き調査しました出典資料:Buffington, 2006)。猫たちの参加条件は室内飼育であること、過去10ヶ月間で少なくとも2回下部尿路症状(血尿・無尿・排尿困難・粗相・多尿)を示したこと、及び細菌性膀胱炎や尿石症でないことです。
 合計46頭の猫の飼い主にお願いし、生活環境の中から可能な限りストレス源を排除する「MEMOセラピー」を10ヶ月に渡って実践してもらった上で、猫たちの疾病行動や気質を評価してもらった結果、下部尿路症状、恐怖心、ナーバス気質、呼吸器症状の有意な減少、および攻撃行動、下部消化器症状の減少傾向が確認されたと言います。
 「MEMOセラピー」の具体的な内容は以下です。より詳しい内容は、各項目ごとに設けたリンク先に掲載してありますので、そちらもあわせてご参照下さい。

トイレ

 何らかの理由で猫がトイレの使用を避けている場合、おしっこを無理に我慢して特発性膀胱炎の原因になっているかもしれません。
 トイレの数は飼っている猫の数+1を基本とし、おしっこやウンチはこまめに取り除きます。またトイレの周辺から猫の気を散らすようなものを徹底的に排除し、粗相しても絶対に怒らないようにしましょう。非凝固系の猫砂が発症リスクを高めるというデータもありますので、固まるタイプの猫砂を試してみます。 猫のトイレのしつけ 猫のトイレの失敗

生活空間を改める

 猫が住空間に不満を抱いていると、慢性的なストレスが交感神経や内分泌系に影響を及ぼし、最終的に膀胱炎を引き起こしてしまう危険性があります。
 猫が安心して生活するためには、他の猫からの適切な距離と、すっぽり身を隠せる隠れ家が必要です。見晴らし台がある家庭よりも見晴らし台がない家庭の猫の方が4.64倍発症しやすいという調査結果もありますので、壁際の高いところに棚を設けてあげたり家具を利用して、人間の目線よりも高い場所に休息場所を作ってあげましょう。
 例えば2012年から2016年の期間、イギリスや香港の大学などからなる共同チームは韓国のソウルにある一次診療施設を受診した猫4,014頭の中から、特発性膀胱炎と診断された58頭と同疾患を抱えていない猫281頭を選別し、病気の発症因子となっている屋内環境を比較検討しました。その結果、「非凝固型の猫砂」では2.62倍、「多頭飼い」では3.16倍、そして「高い場所がない」では4.64倍も発症リスクが高まることが明らかになったといいます。 FICの原因になる室内環境 猫が喜ぶ部屋の作り方

遊び

 猫の脳内には情動回路というものが備わっており、擬似的な狩猟行動を再現することで「遊び」回路が活性化してストレス解消になると考えられています。
 飼い主が日常的に遊びをリードし、運動不足を解消すると同時に狩猟本能を満たしてあげましょう。なお「猫の自然な行動を促す」と称して放し飼いにする行為は、ネグレクトという消極的な動物虐待ですので絶対に避けてください。 猫と楽しく遊ぶには? 猫を放し飼いにしてはいけない理由

猫同士の関係を見直す

 多頭飼いの家庭においては、猫同士の間に対立がないかどうかを常にチェックします。もし対立がある場合は、「職場や学校における気の合わない人」のように、多大なるストレスの原因になりえますので、猫同士が喧嘩しないようエサ、水、トイレ、寝床といった資源を平等に分配し、場合によっては猫ごとに部屋を分割します。 猫の多頭飼いのすすめ 2匹の猫が見せる行動

人との接触

 猫は孤独な動物と思われがちですが、家畜化の過程で祖先のリビアヤマネコとはかなり気質が変化し、どちらかといえば愛情を求める動物に進化しました。特に室内飼いで刺激が不足しがちな家庭においては、定期的に猫と触れ合い十分な愛情かけることが必要です。
 例えばオハイオ州立大学の獣医療チームは健康な猫12頭と特発性膀胱炎と診断された猫20頭を対象とし、不測の事態が猫たちの行動にどのような影響を及ぼすかを長期的に前向き調査しました出典資料:Stella, 2013)
 猫たちを統一された環境内に置き、77週間にわたる観察を行った結果、世話人の変更・日常ルーチンの変更・人との交流不足といった「不測の事態」が合計11週間で確認されたといいます。この11週と残りの66週を比較したところ、「猫の年齢」および「不測の事態」が疾病行動の増加に関わっていたとのこと。
 「不測の事態」に限定した場合、摂食量減少の相対リスクを9.3倍、24時間の排尿廃絶リスクを6.4倍、トイレ外での排便リスクを9.8倍、トイレ外での排尿リスクを1.6倍に高めると推計されました。このリスクはFICの有無によって左右されず、すべての猫で等しかったそうです。人との交流がいかに重要かがおわかりいただけるでしょう。 猫マッサージ・完全ガイド

フェロモン?

 エビデンスレベルは弱いものの、猫の神経系や内分泌系に働きかけて行動を変化させる微量分子「フェロモン」が、特発性膀胱炎の症状軽減に役立つ可能性が示されています。
 スコットランドにあるエジンバラ大学の調査チームは特発性膀胱炎と診断された9頭の猫を対象とし、猫の顔から分泌されるフェイシャルフェロモン(F3)が症状の軽減に繋がるかどうかを検証しました出典資料:Gunn-Moore, 2004)。調査は二重盲検・プラセボコントロール・クロスオーバーデザインです。 部屋の中で猫が頻繁に顔や体をこすりつける場所にフェロモンもしくはプラセボをスプレー(2頭以下は1日1回/3頭以上は1日2回)した上で2ヶ月ずつ観察し、猫たちの症状や行動を飼い主に主観的に評価してもらいました。 猫のフェイシャルフェロモンは特発性膀胱炎の症状改善につながるかも  その結果、飼い主の56%が改善を報告したのに対し、44%は何も変わらないと報告したといいます。一方、統計的に有意とは判断されなかったものの、フェロモンの使用期間では以下のような改善傾向が見られたとも。
フェロモン vs プラセボ
  • 膀胱炎症状を示した日数(総計30/平均4.3) vs (総計69/平均9.9)
  • 膀胱炎発症(総計9/平均1.3) vs (総計10/平均1.4)
  • ネガティブな行動(総計128/平均18.3) vs (総計73/平均10.4)
  • 総合症状スコア(総計1667/平均238) vs (総計2009/平均287)
 家庭によってフェロモンの使用量がまちまちなため断定的なことは言えませんが、プラセボ使用期間の方で症状の改善を報告した飼い主が一人もいなかったことから、少なくともフェロモン療法がFICを悪化させたり猫の体に害をなすことはないと考えられます。 猫のフェイシャルフェロモン

食事療法

 過去に行われたほぼすべての疫学調査において「太り気味・肥満」が発症の危険因子として挙げられています。猫が普通体型から逸脱している場合はまず「猫のダイエットの基本」を参考にしながら減量を試みましょう。
 その他、エビデンスレベルはそれほど高くないものの、以下のような項目に注意すると症状の再発予防につながってくれる可能性があります。なお猫が高齢で慢性腎不全等を患っている場合、給餌計画は他の疾患との兼ね合いがとても重要になります。自己判断ではなく必ず獣医師の検査・診断・処方に従ってください。

飲水量を増やす

 膀胱内にたまった尿の濃度が高すぎると、中に含まれるイオンが粘膜層を通過したときのダメージが大きくなる可能性があります。飲み水の量を増やしておしっこを薄めておけば、仮に粘膜バリアを透過しても与えるダメージが少なくなりますので症状の軽減や再発予防につながってくれるかもしれません。
 水を飲む機会が増えるよう、水飲み場を複数箇所用意し、常に新鮮な水を補充するように努めます。また水を入れる容器も清潔を心がけ、市販されている「マタタビ添加物」などで飲水量が増えるかどうか試してみます。猫に水を飲ませるコツ

ウェットフード

 水の摂取量を増やす目的でドライフードからウェットフードに切り替えてみます。
 ペットフードメーカー「ウォルサム」の調査チームは、特発性膀胱炎と診断された猫たちを2つに分け、尿pHを低下させるよう設計したウェットもしくはドライタイプのフードを給餌することで下部尿路症状の再発頻度にどのような違いが現れるかを検証しました出典資料:Markwell, 1999)
 調査のエンドポイントを「下部尿路症状の再発時点」もしくは「無症状のまま12ヶ月が経過した時点」と設定して長期的な観察を行ったところ、再発率に関してはドライフード群が39%(11/28頭)、ウェット群が11%(2/18頭)で、この格差は統計的に有意(P=0.04)だったといいます。
 尿比重に関してウェット(1.032~1.041)よりもドライ(1.051~1.052)の方が高かった(=尿が濃かった)ことから、フードを通じた水分摂取量の増加が再発予防に寄与したと考えられています。しかしそもそもウェット(100kcal中における含有量=水分78.6g | タンパク質7.2g | 脂質8.5g | 炭水化物1.1g | )とドライ(水分2.0g | タンパク質9.4g | 脂質4.6g | 炭水化物8.7)の成分組成がかなり違いますし、過去に行われた別の調査ではフードの水分含量と症状の間に関連性が認められていません出典資料:Buffington, 1994)ので、本当のメカニズムに関してはよくわかっていません。 猫の食欲不振と増進・完全ガイド

酸性化・尿石溶解フード

 特発性膀胱炎で最も恐ろしいのはオス猫に併発する尿道閉塞で、時として死に至ることすらあります。猫に多いとされるストラバイト(リン酸マグネシウムアンモニウム)を予防するため、尿pHを下げると同時にマグネシウムとリン濃度を低下させるようデザインされたストラバイト溶解性フードが有効です。
 ミネソタ大学結石センターの調査チームはストラバイト結石が疑われる37頭の猫をランダムで2つのグループに分け、低マグネシウム+酸性化に調整された2種類の結石療法食のどちらか一方を給餌して、溶解に至るかどうかを検証しました出典資料:Lulich, 2013)
 試験の結果、32頭では結石の溶解が確認され、結石サイズが半減するまでの平均期間は4.83日~12.25日、完全に溶解するまでのそれは13.0日~27.0日だったといいます。溶解が確認されなかった5頭に関しては、追加の検査によって4頭が尿酸アンモニウム結石、残りの1頭がシュウ酸カルシウム結石と診断されました。
 結石溶解フードは総合栄養食ではなく療法食という区分になりますので、給餌する際は必ず担当獣医師の指示に従ってください。 猫の尿道結石

ストレス軽減フード

 猫のストレス軽減を目的とし、「加水分解ミルクプロテイン」と「トリプトファン」を含んだ療法食が発売されています。
 フードを製造・販売しているヒルズの自社調査では、環境エンリッチメントとともに療法食を給餌した場合に限り、「接触に対する許容度」や「生活の質」が増加し、トータルでは症状の軽減に役立っているとの結論に至っています。またヒルズと利害関係がないオランダ・ユトレヒト大学の調査では膀胱炎の再発リスクに関し対照グループ(78.6%)が療法食グループ(29.4%)の8.8倍になることが判明したといいます。
 総合栄養食ではなく療法食という区分になりますので、給餌する際は必ず担当獣医師の指示に従ってください。 「猫のストレスを軽減する」という療法食の効果は本当か?

抗酸化物質?

 酸化ストレスを抑制する抗酸化物質が特発性膀胱炎の症状軽減に役立っている可能性が、一部の調査で示唆されています。
 Hill’s Pet Nutritionの調査チームはFLUTD用療法食の有効性と安全性を評価するため、急性非閉塞性の特発性膀胱炎と診断された猫たちを対象とした前向き、無作為化、二重盲検給餌試験を行いました出典資料:Kruger, 2015)
 猫たちをランダムで2つにグループに分け、11頭(オス5+メス6)には療法食、14頭(オス11+メス3)には通常食を給餌し、1年に及ぶ長期的なモニタリングを行った結果、12ヵ月の間に少なくとも1回、2つ以上の臨床徴候を示した猫の割合は療法食群で4/11頭(36%)、通常食群で9/14頭(64%)という格差が見られたものの、統計的には非有意(=偶然の入る余地が大きい)と判断されました。また再発を「1日で2つ以上の下部尿路徴候、もしくは2日連続で2つ以上の下部尿路徴候が確認された」と定義し、1,000日当たりの平均再発発生率を計算したところ、療法食群が0.7%、通常食群が5.4%となり、この格差は有意(0.01)と判断されました。同様に、血尿(0.3%<3.4%)、無尿(0.2%<3.1%)、排尿困難(0.2%<3.8%)の平均発生率格差も有意と判断されました。
 療法食と通常食の違いはカルシウム、リン、マグネシウム、脂肪酸、抗酸化物質などです。抗酸化物質にはドコサヘキサエン酸(療法食ドライ0.15%:通常食ドライ0.01%/療法食ウェット0.18%:通常食ウェット0.04%)、エイコサペンタエン酸(療法食ドライ0.22%:通常食ドライ0.02%/療法食ウェット0.27%:通常食ウェット0.04%)、ビタミンE(療法食ドライ965U/kg:通常食ドライ51U/kg/療法食ウェット1214U/kg:通常食ウェット106U/kg)が含まれます。ちなみにこの調査はペットフードメーカーがスポンサーになっており、さらに調査デザインや統計的な不備も指摘されています出典資料:Buffington, 2015)
特発性膀胱炎は他の疾患を併発していることが少なくありません。治療に入る前に必ず獣医師による検査と診断を受けてください。「MEMOセラピー」を実行するに際しては以下のページがストレス評価に役に立つでしょう。 猫のストレスチェック 猫のストレススコア