ストレス軽減療法食の成分は?
ヒルズの「Prescription Diet™ c/d Urinary Stress」は、ストレス軽減効果を持つ「加水分解ミルクプロテイン」と「トリプトファン」を含有したキャットフード。ストレスが発症に大きく関わっているとされる特発性膀胱炎(FIC)を抱えた猫などに処方される療法食の一種です。日本でも2014年3月から「c/d マルチケアコンフォート™」という名で発売されています(:公式)。
過去に行われた調査により「加水分解ミルクプロテイン」(アルファカソゼピン)と「トリプトファン」にはそれぞれ不安を軽減する効果があると確認されていることから、単純にこの療法食にも同じ効果があるだろうと想定されてきました。しかしこれらの成分は本当に上記したような作用を示すのでしょうか?
加水分解ミルクプロテイン
「加水分解ミルクプロテイン」(アルファカソゼピン)は乳汁に含まれるタンパク質の一種「カゼイン」をトリプシン加水分解して得られるペプチド。不安症やストレスと関係が深いガンマアミノ酪酸と結合しやすいことから、犬猫の不安を軽減するサプリメントとして使用されることもあります。
犬に対する給餌試験
38頭の犬に対し、加水分解ミルクプロテインの一種であるアルファカソゼピンと、抗うつ効果を持つ成分を56日給餌したところ、前者には抗うつ成分に匹敵する効果が認められたといいます。
こうした結果から調査チームはアルファカソゼピンは不安に起因する問題行動を修正する際の有望なサプリになりうるとの結論に至っています(:Claude Beata, 2008)。
こうした結果から調査チームはアルファカソゼピンは不安に起因する問題行動を修正する際の有望なサプリになりうるとの結論に至っています(:Claude Beata, 2008)。
猫に対する給餌試験
2007年、フランスとスペインから成る共同チームはアルファカソゼピンの効果を検証するため、17頭にサプリメント(15mg/kg)をカプセル形態で投与し、残りの半分には偽薬を投与するという56日間の給餌試験を行いました。その結果、行動スコアの改善が見られた「治療成功グループ」14頭のうち、10頭はサプリを与えられていた猫だったと言います。
こうしたデータから研究チームは、「アルファカソゼピン」には猫の不安を和らげ、人間との接触を求める行動を増やしたり、見知らぬ猫や人間を避けようとする社会的恐怖症を軽減する効果があるとの結論に至りました(:Claude Beata, 2007)。
こうしたデータから研究チームは、「アルファカソゼピン」には猫の不安を和らげ、人間との接触を求める行動を増やしたり、見知らぬ猫や人間を避けようとする社会的恐怖症を軽減する効果があるとの結論に至りました(:Claude Beata, 2007)。
L-トリプトファン
トリプトファンは神経伝達物質の一つであるセロトニンの前駆物質。自然界に存在するものは頭に「L」を付けて「L-トリプトファン」と呼ばれます。脳内におけるセロトニンの取り込みに影響を及ぼすことから、給餌によって攻撃性を変化させると考えられています。
犬に対する給餌試験
2000年、タフツ大学を中心とした研究チームは、優位性攻撃行動、縄張り性攻撃行動、過剰な活動性を示す犬をそれぞれ11頭ずつ集め、「低タンパク質(18%)」「低タンパク質(18%)+トリプトファン」「高タンパク質(30%)」「高タンパク質(30%)+トリプトファン」という4種類の食餌を1週間単位で切り替えながら与えました。飼い主が決められたプロトコルに沿って犬の行動を毎日チェックし、行動に関する5項目を1週間ごとに集計すると同時に、犬の血清セロトニンとトリプトファン濃度を計測したところ、「高タンパク質(30%)」食で優位性攻撃行動が最も高い値を示し、「低タンパク質(18%)+トリプトファン」食で行動スコアが最も低い値を示したといいます。
こうした結果から研究チームは、優位性攻撃行動を示す犬の場合は高タンパク質にトリプトファンを添加するか、低タンパク質の食事に切り替え、また縄張り性攻撃行動を示す犬の場合は低タンパク質にトリプトファンサプリを添加すると攻撃性が減弱する可能性があるとの結論に至りました(:DeNapoli, 2000)。
こうした結果から研究チームは、優位性攻撃行動を示す犬の場合は高タンパク質にトリプトファンを添加するか、低タンパク質の食事に切り替え、また縄張り性攻撃行動を示す犬の場合は低タンパク質にトリプトファンサプリを添加すると攻撃性が減弱する可能性があるとの結論に至りました(:DeNapoli, 2000)。
猫に対する給餌試験
2010年、ポルトガル・リスボン大学の研究チームは、オス猫10頭とメス猫15頭からなる多頭飼育されている猫25頭(平均年齢8歳)をランダムで13頭と12頭とに分け、前者にはサプリ入りフード(12.5mg/kg)、他方には通常フードを8週間給餌しました。熟練した観察者による10分間の行動観察を週に5日間のペースで行ったところ、給餌後には常同行動、鳴き声、敵対的行動、親和的行動、探索行動、粗相、引っ掻き、グループ内での敵対的交流などがすべて減少したといいます。
こうした結果から研究チームは、L-トリプトファンにはストレスに関連した行動を減少させる効果があるとの結論に至りました(:Pereira, G.G)。
こうした結果から研究チームは、L-トリプトファンにはストレスに関連した行動を減少させる効果があるとの結論に至りました(:Pereira, G.G)。
猫向けストレス療法食の効果は?
上のセクションでは個々の成分に焦点を当てた調査をご紹介しました。以下は「アルファカソゼピン」と「L-トリプトファン」を含んだ猫向け療法食を実際に与えた時の試験結果です。
ヒルズ自身による調査
療法食を製造・販売しているヒルズの調査チームはまずイギリス、スペイン、フランス、ポーランドで開業している猫専門の獣医師に協力を仰ぎ、オスとメス5頭ずつからなる10頭の特発性膀胱炎を抱えた猫(年齢中央値5.9歳)を試験対象として選抜しました。そしてストレスを軽減するための環境エンリッチメントに関するアドバイスを飼い主に与えた上で、無地のパッケージに入れられたフード(ドライorウェット)を効果を知らない状態で猫たちに給餌してもらいました。8週間に渡って猫の体重、体型(BCS)、感情スコア、生活の質(QOL)スコア、下部尿路症候群の徴候を観察したところ、以下のような変化が見られたといいます。
「攻撃性」と「恐怖症」の程度が増加しているものの、「接触に対する許容度」や「生活の質」も増加するという傾向が確認されました。こうした結果から調査チームは、「加水分解ミルクプロテイン」と「トリプトファン」を含んだ療法食は、猫のストレスを軽減し、トータルでは生活の質(QOL)の向上につながっているとの結論に至りました。ただし、以下に述べるような注意点もあることから、この結論はあくまでも暫定版であるとしています。
Hein P. Meyer, Iveta Becvarova, Intern J Appl Res Vet Med ? Vol. 14, No. 1, 2016
解釈上の制限
- FICの診断に統一基準はなく個々の獣医師に任されていた
- 下部尿路症候群の徴候チェックは毎日ではなく、2週間ごとだった
- 飼い主が暗示にかかり、主観的評価にブレが生じたかもしれない
- 給餌試験が2ヶ月と短い
- 環境エンリッチメントの効果が家庭によって違う
Hein P. Meyer, Iveta Becvarova, Intern J Appl Res Vet Med ? Vol. 14, No. 1, 2016
ユトレヒト大学による調査
オランダにあるユトレヒト大学の調査チームは、ヨーロッパで発売されている猫向け多目的療法食(Prescription Diet™ c/d Urinary Stress)が特発性膀胱炎の再発率にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
調査に参加したのはオランダ国内にある動物病院において「特発性膀胱炎」と診断された猫たち。診断基準としては、泌尿器系疾患の可能性がないにもかかわらず過去1年間少なくとも1回の膀胱炎発作(有痛性排尿困難、トイレ外での不適切な排泄、血尿、排尿障害、頻尿のうち2つ)を経験したことが採用されました。
17頭には療法食、14頭には比較対照となる普通のキャットフードを給餌し、5週間にわたるフォローアップ調査を行なったところ、膀胱炎の再発リスクに関し対照グループ(78.6%)が療法食グループ(29.4%)の8.8倍になることが判明したといいます。なおこちらの調査はユトレヒト大学の支援を受けており、ヒルズとの利害関係はないと宣言されています。 The effect of a therapeutic urinary stress diet on the short‐term recurrence of feline idiopathic cystitis
Blanche Naarden Ronald J. Corbee, Veterinary Medicine and Science(2019), DOI:10.1002/vms3.197
調査に参加したのはオランダ国内にある動物病院において「特発性膀胱炎」と診断された猫たち。診断基準としては、泌尿器系疾患の可能性がないにもかかわらず過去1年間少なくとも1回の膀胱炎発作(有痛性排尿困難、トイレ外での不適切な排泄、血尿、排尿障害、頻尿のうち2つ)を経験したことが採用されました。
17頭には療法食、14頭には比較対照となる普通のキャットフードを給餌し、5週間にわたるフォローアップ調査を行なったところ、膀胱炎の再発リスクに関し対照グループ(78.6%)が療法食グループ(29.4%)の8.8倍になることが判明したといいます。なおこちらの調査はユトレヒト大学の支援を受けており、ヒルズとの利害関係はないと宣言されています。 The effect of a therapeutic urinary stress diet on the short‐term recurrence of feline idiopathic cystitis
Blanche Naarden Ronald J. Corbee, Veterinary Medicine and Science(2019), DOI:10.1002/vms3.197
ストレス療法食は買い得?
猫のストレス緩和に効果があるとして動物病院を中心として販売されている療法食。いくつかの給餌試験が行われているようですが、ヒルズが行った調査には製造メーカーによるスポンサーバイアスという欠点があります。またユトレヒト大学が行った調査には参加した猫たちの数が少ないという欠点があります。どちらの調査でもフードに好意的な結果が出ているようですが、試験デザインの中から偶発的要因(contingencies)が完全には除外されていませんのであまり過信せず、冷静に捉えた方が良いでしょう。
過去に行われた複数の調査により、特発性膀胱炎の再発予防に対して最も効果があるのは水分摂取量を増やすことだけだと報告されています。ユトレヒト大学が行った調査でも、膀胱炎の再発リスクに関しドライタイプの療法食がウエットおよびウエットドライミックスの3.18倍、ドライタイプの比較対象フードがウエットおよびウエットドライミックスの6.33倍だったとのこと。患猫たちの数が少ないためこれらのリスクは統計的に有意とは判断されませんでしたが、水分摂取量を増やすことが特発性膀胱炎治療のゴールドスタンダードと考えられているため、水分含量が多いフードを給餌した方が良いのではないかと考えられています。
過去に行われた複数の調査により、特発性膀胱炎の再発予防に対して最も効果があるのは水分摂取量を増やすことだけだと報告されています。ユトレヒト大学が行った調査でも、膀胱炎の再発リスクに関しドライタイプの療法食がウエットおよびウエットドライミックスの3.18倍、ドライタイプの比較対象フードがウエットおよびウエットドライミックスの6.33倍だったとのこと。患猫たちの数が少ないためこれらのリスクは統計的に有意とは判断されませんでしたが、水分摂取量を増やすことが特発性膀胱炎治療のゴールドスタンダードと考えられているため、水分含量が多いフードを給餌した方が良いのではないかと考えられています。
特発性膀胱炎は発症要因に関して謎が多い泌尿器系疾患。ストレスがリスクを高める可能性が示唆されていますので、食事のほか環境エンリッチメントに努めることも重要です。「猫のストレスチェック」や「猫が喜ぶ部屋の作り方」といったページが参考になるでしょう。