猫伝染性腹膜炎の原因
猫伝染性腹膜炎(Feline Infectious Peritonitis, FIP)とは、コロナウイルスに属する「猫伝染性腹膜炎ウイルス」(FIPV)によって引き起こされる免疫性の疾患です。現在効果的な治療法はなく、発症した猫はほぼ100%の確率で死を迎えてしまいます。43頭の猫を対象とした調査では、診断が下ってからの平均生存期間がわずか9日だったと報告されていますので、その病原性の強さと進行の速さがおわかりいただけるでしょう。
FIPウイルスの特徴
コロナウイルスは直径120nm以上、球形でエンヴェロープを持つウイルスです。一本鎖RNAをもち、RNAウイルスの中では最大級とされています。ウイルス表面に突き出ている「スパイク」と呼ばれる形状が、まるで太陽のコロナに似ていることから命名されました。
もっぱら猫にだけ感染するコロナウイルスは「猫腸管コロナウイルス」(FECV)と呼ばれます。非常にありふれたウイルスで、密飼い環境に暮らしている猫の80~90%、単頭飼いの猫の30~50%程度は感染歴があると推計されています。しかしこのウイルスの病原性は弱く、多くの猫は感染していても無症状です。またたとえ症状を示したとしてもせいぜい短期間の下痢くらいで、放っておいても自然に回復します。
やっかいなのは腹膜炎を引き起こす「猫伝染性腹膜炎ウイルス」(FIPV)の方です。出どころについては謎に包まれていますが、おそらく猫腸管コロナウイルスが増殖するときに遺伝子の一部に変異が起こって生み出されるものと推測されています(体内変異仮説)。また実際に変異する瞬間が確認されていないことから、変異するのではなくそもそも病原性の弱いウイルスと強いウイルスとが併存しているのではないかという説もあります(ウイルス併存仮説)。
いずれにしても猫腸管コロナウイルスに感染した猫のうち、猫伝染性腹膜炎ウイルスの犠牲になるのは推計で5~12%です(Addie et al, 1995)。
やっかいなのは腹膜炎を引き起こす「猫伝染性腹膜炎ウイルス」(FIPV)の方です。出どころについては謎に包まれていますが、おそらく猫腸管コロナウイルスが増殖するときに遺伝子の一部に変異が起こって生み出されるものと推測されています(体内変異仮説)。また実際に変異する瞬間が確認されていないことから、変異するのではなくそもそも病原性の弱いウイルスと強いウイルスとが併存しているのではないかという説もあります(ウイルス併存仮説)。
いずれにしても猫腸管コロナウイルスに感染した猫のうち、猫伝染性腹膜炎ウイルスの犠牲になるのは推計で5~12%です(Addie et al, 1995)。
コロナウイルスの感染リスク
病原性が弱い猫腸管コロナウイルスは感染した猫の糞便を他の猫が口にすることで広がっていきます。
生まれたばかりの子猫においては、母猫のグルーミングやきょうだい猫のうんちを間違って踏んづけることで感染します。どちらのケースでも直接排泄物を口にしたわけではありませんが、被毛に付いた排泄物や排泄物が混じった唾液を舐めることでウイルスが体内に入ってしまいます。こうした感染が起こるのは早ければ生後2週齢、多くは生後5~6週齢ころです。 仮に子猫の頃にウイルスに感染しなかったとしても、その後にキャッテリー(猫の繁殖施設)、動物保護施設(シェルター)、外猫コロニーといった集団生活を送っていく中で、トイレの共有などを通して遅かれ早かれ感染します。
生まれたばかりの子猫においては、母猫のグルーミングやきょうだい猫のうんちを間違って踏んづけることで感染します。どちらのケースでも直接排泄物を口にしたわけではありませんが、被毛に付いた排泄物や排泄物が混じった唾液を舐めることでウイルスが体内に入ってしまいます。こうした感染が起こるのは早ければ生後2週齢、多くは生後5~6週齢ころです。 仮に子猫の頃にウイルスに感染しなかったとしても、その後にキャッテリー(猫の繁殖施設)、動物保護施設(シェルター)、外猫コロニーといった集団生活を送っていく中で、トイレの共有などを通して遅かれ早かれ感染します。
ウイルスの変異リスク
病原性が弱いはずの猫腸管コロナウイルス(FECV)は、いったい何をきっかけにして恐ろしい猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に変異してしまうのでしょうか?詳しいメカニズムは分かっていませんが、以下のような危険因子(リスクファクター)が想定されています。
猫の年齢
猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)が引き起こす猫伝染性腹膜炎(FIP)は年齢にかかわらず発症しますが、3歳未満(とりわけ4~16ヶ月齢)で多いとされます。70%は1歳未満という報告もあります。
これは免疫力がまだ未熟で、猫腸管コロナウイルス(FECV)の分裂と増殖が活発に行われることと関係しているのでしょう。増殖が活発であるほど遺伝子の変異が起こりやすくなり、その中から病原性の強いFIPVが偶発的に生まれやすくなってしまうということです。しかし母猫からの移行免疫が消え始める生後9週齢という早い発症例や、17歳になって発症するという極端に遅い例もあります。
これは免疫力がまだ未熟で、猫腸管コロナウイルス(FECV)の分裂と増殖が活発に行われることと関係しているのでしょう。増殖が活発であるほど遺伝子の変異が起こりやすくなり、その中から病原性の強いFIPVが偶発的に生まれやすくなってしまうということです。しかし母猫からの移行免疫が消え始める生後9週齢という早い発症例や、17歳になって発症するという極端に遅い例もあります。
密飼い・多頭飼い
密飼いや多頭飼い環境もリスクの一つです。多数の猫と共同生活していると、他の猫が排出したウイルスに接する機会が増え、それだけ病原性の強いFIPVに変異する確率も増えてしまいます。主な感染ルートはトイレの共有です。
猫の免疫力
免疫力の低下もリスクです。具体的にはストレス、免疫抑制剤の投与、免疫力を低下させる何らかの病気などです。免疫力が低下することによってウイルスの増殖が活発になり、一部の変異ウイルスがFIPVに変貌を遂げてしまいます。病気の具体例としては猫エイズウイルス感染症、猫白血病ウイルス感染症、猫汎白血球減少症などがあります。
特定品種
遺伝性もリスクの一つです。ノースカロライナ州で行われた調査ではミックス種におけるFIP有病率が0.35%だったのに対し純血種のそれが1.3%だったと報告されています(Loretta, 2006)。また純血種に限定した調査では、どうやらFIPを発症しやすい品種があるようだとの報告もあります。具体的にどのようなメカニズムを通して発症のしやすさにつながっているのかはわかっていませんが、細胞性免疫が強い猫においては発症しにくいとされていますので、雑種猫との違いはここにあるかもしれません。
FIPを発症しやすい猫の品種
発症リスクが高い品種は調査が行われた国によって微妙に変動するため、品種ではなく家系の方に原因があるのではないかという意見もあります。
FIPウイルスの特徴
猫腸管コロナウイルス(FECV)は猫の体内に入ってからも増殖しようとします。多くは免疫応答によって体内から駆逐されますが、免疫の攻撃を逃れた一部のウイルスは増殖を続け、やがてその中から変異体である猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)が生み出されます。こうした変異は、増殖に際してエラーが起こりやすいRNAウイルスならではの現象と言えるでしょう。ちょうど、ビデオテープのダビングを繰り返せば繰り返すほど画像が劣化していくようなイメージです。
FIPVに特有の遺伝子変異
猫伝染性腹膜炎(FIP)に関する最初の報告がなされたのは1963年(Jean Holzworth)と大昔ですが、実は科学が大幅に進歩した現代においてもFECVとFIPVの明確な違いはよくわかっていません。現段階で言えるのは、どうやら3つの遺伝子変異がFIPVの誕生に関係しているらしいということです。その3つとは「ORF 3cアクセサリー遺伝子」「スパイク(S)遺伝子」「スパイク(S1/S2)遺伝子」です。
FIPVに特徴的な遺伝子変異
- ORF 3cアクセサリー遺伝子腸管内におけるコロナウイルスの増殖には非構造タンパクである「3c」が必要です。ORF 3cアクセサリー遺伝子に変異が起こると消化管上皮での増殖能力を失い、FIPの特徴である「全身への広がり」モードへとシフトします。しかしFIPVの30%ではこの遺伝子の変異が見られなかったというデータもありますので、あくまでも原因の一部だと推測されています。
- スパイク(S)遺伝子 猫腸管コロナウイルス(※血清型I)の最外層部分を構成している「スパイク」と呼ばれる突起状のタンパク質のうち、「1058」として区分された部分のアミノ酸が、メチオニンからルチンに置き換わるとウイルスが悪性化すると考えられています(ユトレヒト大学, Chang, 2010)。病変組織から回収されたFIPVの95%以上でこの特徴的な変異が見られることから、検査のターゲットとして利用されています。
- スパイク(S1/S2)遺伝子猫腸管コロナウイルス(※血清型I)の最外層部分を構成している「スパイク」と呼ばれる突起状のタンパク質のうち、S1とS2の間にあるフーリン(furin)切断部位と呼ばれる区画のアミノ酸に置換が起こるとウイルスが悪性化すると考えられています(コーネル大学, Licitra, 2013)。
FIPVの血清型
猫に感染する猫コロナウイルスはその病原性から猫腸管コロナウイルス(FECV)と猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)というバイオタイプに分類されるのが一般的です。しかしよくよく調べてみると、どちらのタイプも遺伝的にほとんど同じで、どちらのタイプもレクチン受容体を介してマクロファージの中に侵入し、FIPを引き起こしうることが明らかになりました。
そこでウイルスを病原性で分類するのではなく、ウイルス表面のスパイクの形状とそのスパイクを形成する遺伝子によって分類する方法が提唱されています。具体的には「血清型I」と「血清型II」です。この分類法を当てはめたとき、アメリカとヨーロッパでは70%~95%がタイプIで占められているといいます。
一方、日本においては2004年から2005年の期間、79頭の猫から採取された血液サンプルを対象として血清型の調査が行われました(Shiba, 2007)。その結果、コロナウイルスの陽性率が63.3%(50頭)で、そのうち98%(49頭)までもがタイプI、タイプIIはわずか2%(1頭)に過ぎなかったといいます。それに対し、FIPの疑いが強い377頭の猫からウイルスを分離して血清型を調べた別の調査では、83.3%(314頭)がタイプI、10.6%(40頭)がタイプIIだったといいます(Soma, 2013)。臨床症状を示している場合、タイプIIの割合が増えるのかもしれません。
この傾向は1991年に行われた調査でも示されています(Hohdatsu, 1992)。こちらの調査では、何の症状も示していなかった57頭のうち全頭がタイプI、FIP以外の慢性疾患を呈していた138頭のうち80.4%はタイプIで10.1%はタイプII、そしてFIPを発症した42頭のうち69%はタイプIで31%はタイプIIだったとのこと。猫コロナウイルスがどちらの血清型に属するかは、後述するPCR検査をするときに決定的に重要になってきます。
NEXT:FIPの症状
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猫伝染性腹膜炎の症状
猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)が単球やマクロファージに感染すると血流やリンパ液に乗ってあっという間に全身に広がります。FIPVの出現リスクはコロナウイルスの感染から6~18ヶ月が最も高く、36ヶ月を過ぎると徐々にリスクが低下していきます。FIPVの出現から発症までの期間は、短ければ2~3週間、長ければ数ヶ月~数年です。ひとたび発症すると効果的な治療法がなく、10日前後で死亡してしまいます。
猫伝染性腹膜炎(FIP)は症状の特徴から「ウエット型」(60~70%)と「ドライ型」(30~40%)に大別されます。しかし多くの場合は両方の複合型で、はっきり分類できない「中間型」とされることも少なくありません。ウエット型とドライ型がどのようにして決まるのかに関してはよくわかっておらず、T細胞による免疫応答が弱い場合にウエット型を発症するのではないかと推測されています。両タイプの主な特徴は以下です。
ウエット型(滲出型)の症状
ウエット型(滲出型)とは、血管の中からタンパク質が漏れ出し、周辺に体液がたまってしまう状態のことです。ウイルス感染細胞(単球やマクロファージ)が血管壁に蓄積することで引き起こされます。発症する場所は腹膜腔、胸膜腔、心膜腔などです。それぞれ重度の腹水、胸水、心嚢水を引き起こします。
ウイルスに感染された単球からは血管内皮増殖因子が放出され、血管透過性を高めて周辺への水漏れにつながります。また単球の一部はマクロファージに分化し、サイトカインを分泌するようになります。すると血管内皮細胞と単球の結合が促され、血管内から周辺への血漿成分の漏出がますます加速します。このようにして発症するのが「ウエット型FIP」(滲出型)です。診断を受けた時点では元気なこともありますが、特に若い猫ではその後急速に症状が悪化していきます。
ウエット型FIPの症状
- 平常~元気がない
- 微熱(39.0~39.5℃)
- 腹水および腹部膨満
- 胸水および呼吸困難
- 心膜滲出液(心嚢水)
- まれに副鼻腔炎
- まれに精巣鞘膜の滲出液による陰嚢拡大
ドライ型(非滲出型)の症状
ウイルスが隠れた感染細胞が蓄積するのは血管だけではありません。単球やマクロファージが行き来できる体中のあらゆる組織がターゲットになります。具体的には腸間膜リンパ節、眼球、脳、肝臓、脾臓、肺などです。
ウイルスが感染した単球やマクロファージは、サイトカインを放出することによって好中球を始めとする免疫細胞を呼び寄せます。これらの免疫細胞からはタンパク質を分解する各種の酵素が分泌され、ウイルスの近辺にある正常な細胞や組織まで破壊してしまいます。このようにして発症するのが「ドライ型FIP」(非滲出型)です。
ドライ型FIPの症状
- 抗生物質に反応しない断続的な発熱
- 食欲不振
- 元気喪失
- 腸間膜リンパ節腫大
- 腎臓の腫瘤
- 黄疸
- 高ビリルビン血症
- 再生不良性貧血(ヘマトクリット30%未満)
- リンパ球減少症
- 高グロブリン血症(A:G比低下)
- コロナウイルス抗体価上昇
- AGP(α1-酸性糖タンパク質)上昇(1500μg/mL超)
- 眼症状ブドウ膜炎 | 角膜沈殿物(ムートンファット) | 眼房水フレア | 網膜血管炎 | 虹彩炎 | 突然の視覚障害 | 脈絡叢炎
- 神経症状運動失調 | 知覚過敏 | 眼振 | 発作 | 行動の変容
猫伝染性腹膜炎の検査・診断
猫伝染性腹膜炎(FIP)の検査ではまず病歴(FIV | FeLV | FPV)、飼育環境(密飼い)、品種(純血 or 雑種)、ストレス要因などが聞かれます。その後血液検査、レントゲン検査、超音波検査などが行われ、FIPに特徴的な所見がないかどうかが調べられます。検査結果からウエット型が疑われる場合とドライ型が疑われる場合とでは、その後の検査手順に少し違いが生じます。
ウエット型FIPの検査
ウエット型のFIPが強く疑われる場合は以下のような検査を通して確信を強めていきます。最大の特徴は、体の内部に溜まった滲出液を診断に利用できるという点です。
血液検査
ウエット型の特徴はアルブミンが減少することによりアルブミン:グロブリン比(A:G比)が0.8未満に低下するという点です。また総蛋白が35g/L超という異常な値を示します。白血球数(WBC)は2×10の9乗/L未満に低下し、好中球の増加とリンパ球の減少傾向が見られるようになります。
滲出液の検査
ウエット型では腹水、胸水などの貯留液が見られますので、これを診断に利用します。穿刺などで貯留液を取り出したらリヴァルタテスト(Revalta test)を行い、その液体がFIPの滲出液なのか、それとも感染性腹膜炎、心臓や肝臓の疾患、リンパ管の破裂、悪性腫瘍に伴う滲出液なのかを大まかに区別します(省略されることあり)。
FIP滲出液の特徴は、線維素や炎症関連物質によって生卵の白身のような粘度があり、糸をひくこともあるという点です。腹水や胸水をお酢を含んだ試薬チューブの中に入れたとき、まるでクラゲのように一箇所に固まって漂う場合は陽性(FIPの可能性が高い)、煙のようにすぐ消えてしまう場合は陰性(FIP以外の可能性が高い)と判断されます。ただし判定する際の明確な境界線がなく、医師の主観によって結果が左右されますので(感度91%で特異度66% | Fischer, 2012)、このテストだけからFIPを診断することはできません。
FIP滲出液の色はビリルビンの影響で黄ばんでいるか、ビリベルジンの影響で緑がかっています。これは微小出血とマクロファージによって赤血球が崩壊した結果です。血清と同じくらいタンパク質を多く含んでおり(3.5g/dL超)、細胞成分としてはマクロファージや好中球が多く見られます(500~5000/μL)。
免疫染色
血液検査と滲出液検査でFIPの特徴が確認された場合、ウエット型のFIPである可能性が大です。特徴が部分的にしか確認されないような場合は確定診断として免疫染色(Immunohistochemistry, IHC)が行われます。これは滲出液に含まれるマクロファージの中に侵入したコロナウイルスの抗原を検知する検査のことです。抗原が検知された場合、高い確率でFIPと診断できます。
なお2022年にAAFP(全米猫医学界)が公開したFIPの診断ガイドラインにおいても、病変組織を検体として行う免疫染色が確定診断として最も信頼が高いゴールドスタンダードであるとしています(AAFP, 2022)。
なお2022年にAAFP(全米猫医学界)が公開したFIPの診断ガイドラインにおいても、病変組織を検体として行う免疫染色が確定診断として最も信頼が高いゴールドスタンダードであるとしています(AAFP, 2022)。
ドライ型の検査
問診、身体検査、血液検査などを通してドライ型の症状が多く確認される場合はドライ型FIPと診断されます。症状が部分的にしか当てはまらないような場合は、確定診断として免疫組織化学検査が行われます。これは病変組織に含まれるマクロファージ中の抗原を検知する検査法のことです。検知できた場合、高い確率でFIPと診断できますが、腹腔鏡を用いて複数箇所から組織を切り取るなど猫の体に対する負担が大きいという欠点もあります。
FIPの補助的な検査
猫伝染性腹膜炎(FIP)は確定診断が難しい疾患として有名です。過去数十年に渡って様々な方法が試みられてきましたが、未だに信頼の置ける確実な検査法がない状況が続いています。以下はFIPの診断に補助的に用いられる検査法です。すべての方法にメリットとデメリットがありますので、どれか1つの検査法だけに頼ってFIPの診断を下すことは危険です。
PCR検査
PCR検査とは糞便、血液、病変組織からコロナウイルスに特有のRNAを検出する技術のことです。ウエット型を発症した猫を対象とした調査では、90%以上の確率でウイルスを検出できたという報告があります(Gamble et al., 1997)。
血液サンプルを検査する場合、検出可能なほど大量のウイルスRNAがそもそも血中にないことがあります。また糞便サンプルを検査する場合、ウイルスが排出されるのは感染から数週~数ヶ月だけという点に留意しなければなりません。最大の難点は、コロナウイルスは80~90%の確率で検出できるものの、FeCVとFIPVまでは区別できないという点です。
血液サンプルを検査する場合、検出可能なほど大量のウイルスRNAがそもそも血中にないことがあります。また糞便サンプルを検査する場合、ウイルスが排出されるのは感染から数週~数ヶ月だけという点に留意しなければなりません。最大の難点は、コロナウイルスは80~90%の確率で検出できるものの、FeCVとFIPVまでは区別できないという点です。
コロナウイルス抗体価検査
コロナウイルス抗体価検査とは、ウイルスに対して体内で形成された抗体の量を測定する検査法です。一般的な目安は以下です。
- 1:100未満→糞便中にFECVを排出することはまずない
- 1:400超→糞便中にFECVを排出するようになる
- 1:1600程度→FIPが疑わしい
- 1:3200以上→FIPの可能性が高い
ORF 7b抗体検査
かつては「FIPVだけがORF 7b遺伝子を保有している」という誤解の元、ORF 7b遺伝子によって生成されるORF 7bタンパクに対する抗体を検出する方法がFIPの検査方法としてありました。しかし後の調査により、この遺伝子は病原性が低いFECVも保有していることが明らかになったため、現在では診断的価値はありません。
RealPCR™FIPウイルス
2015年、獣医療の外注検査を受け持つIDEXXから「RealPCR™FIPウイルス」という検査が提供され始めました。
この検査は通常のPCR検査とは違い、コロナウイルスの表面にあるスパイクプロテインの変異を検出することで、FECVとFIPVまで区別できるというものです。2012年、オランダ・ユトレヒト大学の調査チームが発見したスパイク(S)蛋白のアミノ酸2個の変異を検出ターゲットとしています。この変異はFIPVの95%以上で確認されたとのこと。 FIVと診断された猫94頭と、FECVに感染しているが症状を示していない猫92頭を対象とした調査では、FIP陽性を陽性と正しく判定できる感度は98.7%、陰性を正しく陰性と判定できる特異度は100%だったといいます。スパイク変異には膨大な数がありますが、日本において確認されている変異パターンも識別可能とのこと。スパイク遺伝子変異は遺伝的に安定であることから、ここをターゲットとした検査法を用いれば、高い確率でFECVとFIPVを区別できるとしています。
従来の免疫染色検査にいきなり取って代わるものではありませんが、検査を依頼する場合の検体は病変組織もしくは滲出液(腹水 | 胸水 | 脳脊髄液)、所要日数は5~8日、費用は5,800円です。ちなみにスパイク蛋白における類似の変異は2013年にもコーネル大学の調査チームが発見しましたが(Licitra, 2013)、こちらの変異を検査ターゲットとしたサービスは今の所提供されていません。将来的に出てくる可能性はあります。
この検査は通常のPCR検査とは違い、コロナウイルスの表面にあるスパイクプロテインの変異を検出することで、FECVとFIPVまで区別できるというものです。2012年、オランダ・ユトレヒト大学の調査チームが発見したスパイク(S)蛋白のアミノ酸2個の変異を検出ターゲットとしています。この変異はFIPVの95%以上で確認されたとのこと。 FIVと診断された猫94頭と、FECVに感染しているが症状を示していない猫92頭を対象とした調査では、FIP陽性を陽性と正しく判定できる感度は98.7%、陰性を正しく陰性と判定できる特異度は100%だったといいます。スパイク変異には膨大な数がありますが、日本において確認されている変異パターンも識別可能とのこと。スパイク遺伝子変異は遺伝的に安定であることから、ここをターゲットとした検査法を用いれば、高い確率でFECVとFIPVを区別できるとしています。
従来の免疫染色検査にいきなり取って代わるものではありませんが、検査を依頼する場合の検体は病変組織もしくは滲出液(腹水 | 胸水 | 脳脊髄液)、所要日数は5~8日、費用は5,800円です。ちなみにスパイク蛋白における類似の変異は2013年にもコーネル大学の調査チームが発見しましたが(Licitra, 2013)、こちらの変異を検査ターゲットとしたサービスは今の所提供されていません。将来的に出てくる可能性はあります。
血清型に注意!
FIPウイルスの特徴で解説したように、日本国内においてはFIPの疑いが強いとして検査に回される検体のうち、「血清型II」の割合が2~30%と推計されています。一見万能に見える「RealPCR™FIPウイルス 」ですが、実は血清型Iに対する高い識別能力は有しているものの、犬コロナウイルスに近い血清型IIに対する能力は持っていません。ですから「検査をすれば確実にFIPかどうかがわかる」という過剰な期待は禁物です。
NEXT:FIPの治療
猫伝染性腹膜炎の治療
猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)を体内からきれいに駆逐してくれる特効薬は今のところありません。また一度発症してしまうと症状の進行は早く、43頭の猫を対象とした調査では診断されてからの生存期間中央値がわずか9日でした。こうした事実から見えてくるのは、猫が奇跡的に回復してくれることを期待するよりは、残り少ない余命をいかに幸せに過ごしてもらうかを最終ゴールにした方が現実的だということです。
インターネット上ではFIPを克服したという逸話がちらほら聞かれますが、こうした話は多くの場合FIPという確定診断が下っていません。そもそも全く違う病気であった可能性が大きいため、「うちの猫にも同じ奇跡が起こるかもしれない!」という過大な期待は時として心を苦しめます。
インターネット上ではFIPを克服したという逸話がちらほら聞かれますが、こうした話は多くの場合FIPという確定診断が下っていません。そもそも全く違う病気であった可能性が大きいため、「うちの猫にも同じ奇跡が起こるかもしれない!」という過大な期待は時として心を苦しめます。
予後の予見因子
余命を左右する予見因子としては、カルノフスキー・スコア(生活の質を示す指標の一種)が低い、血小板数の減少、リンパ球数の減少、高ビリルビン、多量の滲出液などが指摘されています。
3日間の治療で回復が見られなかった場合、奇跡的に回復に向かうということはまずありません。欧米においてはこのタイミングで安楽死を選ぶ飼い主もいます。しかしFIPの生前診断は獣医療の中でもかなり難しい部類ですので、早合点や誤診による不必要な安楽死だけは避けたいものです。
3日間の治療で回復が見られなかった場合、奇跡的に回復に向かうということはまずありません。欧米においてはこのタイミングで安楽死を選ぶ飼い主もいます。しかしFIPの生前診断は獣医療の中でもかなり難しい部類ですので、早合点や誤診による不必要な安楽死だけは避けたいものです。
現在のFIP治療
症状の軽減や病気の根治を目指し、これまで数多くの治療薬が試されてきました。以下はその一例です。繰り返しになりますが、FIPに対する特効薬は存在していません。
抗ウイルス治療薬
- リバビリン実験室レベルでは有効だが猫には有毒
- ビダラビン実験室レベルでは有効だが猫には有毒
- ヒトインターフェロンα実験室レベルでは有効だが生体レベルでは無効
- ネコインターフェロンω毒性はないが効果も確認できない
- クロロキンマラリヤ治療薬でFIPVの増殖を抑制すると同時に抗炎症作用があるとされる。しかしALT値が上昇することから猫には毒性が強すぎる可能性がある
免疫調整剤
- シクロスポリンA実験室レベルでは増殖抑制効果が確認されているが生体内では不明
- スノードロップ凝集素増殖抑制効果はあるが、ウイルス量が増えると効果が消える。HIV-1プロテアーゼ阻害剤を混ぜると相乗効果が生まれて抑制効果が復活するが、生体内における効果は不明。
- UPシステムユビキチン-プロテアソームシステムのこと。G132、エポキソミシン、ボルテゾミブなど。ウイルスの細胞内侵入およびRNA合成とタンパク質生成を抑制する。
- 免疫抑制薬プレドニゾロン、デキサメタゾン、シクロホスファミド、ペントキシフィリンなど。生存期間、生活の質(QOL)、FIP関連症状に比較群と格差は確認されていない。
- 免疫促進剤プロピオニバクテリウムアクネス、ブドウ球菌Aタンパク、アセマンナン(アロエから抽出されるムコ多糖の一種)など。すべてオフラベル(ガイダンス外使用)で高価。効果は逸話的で実証されていない。PPI(ポリプレニル免疫促進剤)に関しては58頭の猫を対象とした調査では半年後の生存率が22%、1年後に生きていたのは1頭だった。ただしウエット型には無効。
未来のFIP治療
コロナウイルスを体の中から駆逐してくれる特効薬はありませんが、ウイルスの増殖を抑え込む作用を持った成分ならいくつか確認されています。将来的には「FIP治療薬」に大化けしてくれるかもしれません。
ジフィリン(diphyllin)
インフルエンザウイルスやデングウイルスに対する抗ウイルス作用が確認されている「ジフィリン」(diphyllin)と呼ばれる物質が、猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対しても同様の効果をもっている可能性があります。
調査を行ったのは台湾の中央研究院が中心となった共同チーム。ネコ株化細胞(fcwf-4)を用い、実験室レベルでジフィリンの抗ウイルス効果を検証したところ、以下のような事実が明らかになったといいます。
この調査で明らかになったのは「少なくとも細胞レベルではウイルス抑制効果がある」「少なくともマウスに対しては副作用を引き起こさない」ということです。今後の課題は、生体内でも同じようなウイルス抑制効果を見せるどうか、そして猫に実際に投与した場合副作用を引き起こさないかどうかを確認していくことです。
調査を行ったのは台湾の中央研究院が中心となった共同チーム。ネコ株化細胞(fcwf-4)を用い、実験室レベルでジフィリンの抗ウイルス効果を検証したところ、以下のような事実が明らかになったといいます。
ジリフィリンの抗ウイルス効果
- ジフィリンの量が多ければ多いほど細胞小胞の酸性化が阻害され、FIPVの感染性(および感染後の複製)が低下する
- ジフィリンの量が多ければ多いほどFIPVのADE(抗体依存性感染増強)に対し高い抗ウイルス効果を示す
- 細胞がウイルスと接触する前にジフィリンにさらされると最もFIPVの感染阻害効果が高まる
- 未加工ジフィリンよりもPEG-PLGAでミセル化したほうが安全で効果が高く、最大で800倍の抗ウイルス能を発揮した
- 少なくともマウスでは副作用がない
この調査で明らかになったのは「少なくとも細胞レベルではウイルス抑制効果がある」「少なくともマウスに対しては副作用を引き起こさない」ということです。今後の課題は、生体内でも同じようなウイルス抑制効果を見せるどうか、そして猫に実際に投与した場合副作用を引き起こさないかどうかを確認していくことです。
3CLプロテアーゼ阻害剤
コロナウイルスの複製を調整する酵素「3CLプロテアーゼ」を阻害すると、結果としウイルスの増殖を抑えられる可能性があります。
調査を行ったのはカンザス州立大学とカリフォルニア大学デイヴィス校の共同チーム。FIPを自然発症した20頭の猫たちに対し、3CLプロテアーゼ阻害剤の一種である「GC376」を投与したところ、以下のような結果が得られたといいます。
この成分は5頭では5~9ヶ月間、1頭では11ヶ月間という長期間に渡って症状が消えたといいます。しかし残りの多くでは寛解が3ヶ月以上続きませんでした。その理由は神経系の症状が現れたためです。なぜ薬が中枢神経症状を止められないのかはわかっていません。このミステリーが解明されたあかつきには、ウイルスの増殖をできるだけ遅らせる「延命薬」から、ウイルスを駆逐する「治療薬」にグレードアップできるかもしれません。
調査を行ったのはカンザス州立大学とカリフォルニア大学デイヴィス校の共同チーム。FIPを自然発症した20頭の猫たちに対し、3CLプロテアーゼ阻害剤の一種である「GC376」を投与したところ、以下のような結果が得られたといいます。
GC376の効果
- 20頭中19頭では治療開始2週間以内に、少なくとも外見上の病変が改善した
- 治療から1~7週間で症状が再発した
- 最終的な治療期間は最低でも12週間に及んだ
- 治療から1~7週間で治療に反応しない再発症状が19頭中13頭で確認された
- 治療に反応しない13頭中8頭では重度の神経症状へと発展した
- 治療に反応しない13頭中5頭では重度の腹部症状へと発展した
- 3.3~4.4ヶ月齢でウエットタイプの子猫5頭では12週間の治療を行い、治療中断後も5~14ヶ月(平均11.2ヶ月間)寛解を保っている(現在進行中)
- 1頭の子猫は10週間の寛解後再発したが、投薬を再開したら反応した
- 症状が腸間膜のリンパ節に限定されていた6.8歳の成猫では10ヶ月間のうちに3回再発し、そのたびごとに投薬を再開したところ寛解を得た
- 副作用は注射部位における一時的な炎症、皮下組織の線維化、部分的な脱毛など局所的なものにとどまった
- 16~18週齢未満の子猫では永久歯の発育遅延と乳歯の遺残が見られた
この成分は5頭では5~9ヶ月間、1頭では11ヶ月間という長期間に渡って症状が消えたといいます。しかし残りの多くでは寛解が3ヶ月以上続きませんでした。その理由は神経系の症状が現れたためです。なぜ薬が中枢神経症状を止められないのかはわかっていません。このミステリーが解明されたあかつきには、ウイルスの増殖をできるだけ遅らせる「延命薬」から、ウイルスを駆逐する「治療薬」にグレードアップできるかもしれません。
GS-441524
人間に感染するRNAウイルスに対して増殖抑制効果を有している「GS-5734」の前駆物質「GS-441524」には、FIPVに対する高い抗ウイルス効果がある可能性が示されています。
2017年4月、カリフォルニア大学デイヴィス校の医療チームがFIPを自然発症した31頭の猫たちを対象として投薬試験を行った所、最終的に31頭中24頭が生き残り(生存率は77.4%)、1年10ヶ月間という長期に渡って健康を保てることが明らかになりました。このデータは2019年2月時点のものであり、猫たちはまだ存命中ですので、生存期間の記録は今後も伸び続けると考えられます。
さらに上述した「GC376」と比べても、さまざまな点において優れていることがわかりました。具体的には症状の再発率、再治療に対する反応率、成長中の子猫に対する悪影響がない点などです。投薬治療中においても治療後においても、CBC値、肝機能、腎機能に異常が見られなかったことから、猫に対する副作用は限りなくゼロに近いものと推測されています。
FIPの特効薬というものがもしあるのだとすると、現時点ではこの「GS-441524」が最も近い存在と言えるでしょう。 2021年、アメリカと日本においてGS-441524を投与したときの生存率調査が行われました。オハイオ州立大学の調査では、393頭(ウェット224頭+ドライ169頭)に対して84日間に渡る投薬治療が行われ、生存率が96.7%と報告されています。ウェットとドライの間で死亡率に格差は見られませんでした。一方、日本のブルーム動物病院(神奈川県)が行った調査では、ウェットタイプ141頭に対して84日間に渡る投薬治療が行われ、生存率が82.3%と報告されています。総ビリルビン値が高い場合、治療に対する反応が悪くなるという関係性も合わせて見つかりました。詳細なレポートは以下の記事をご参照ください。
2017年4月、カリフォルニア大学デイヴィス校の医療チームがFIPを自然発症した31頭の猫たちを対象として投薬試験を行った所、最終的に31頭中24頭が生き残り(生存率は77.4%)、1年10ヶ月間という長期に渡って健康を保てることが明らかになりました。このデータは2019年2月時点のものであり、猫たちはまだ存命中ですので、生存期間の記録は今後も伸び続けると考えられます。
さらに上述した「GC376」と比べても、さまざまな点において優れていることがわかりました。具体的には症状の再発率、再治療に対する反応率、成長中の子猫に対する悪影響がない点などです。投薬治療中においても治療後においても、CBC値、肝機能、腎機能に異常が見られなかったことから、猫に対する副作用は限りなくゼロに近いものと推測されています。
FIPの特効薬というものがもしあるのだとすると、現時点ではこの「GS-441524」が最も近い存在と言えるでしょう。 2021年、アメリカと日本においてGS-441524を投与したときの生存率調査が行われました。オハイオ州立大学の調査では、393頭(ウェット224頭+ドライ169頭)に対して84日間に渡る投薬治療が行われ、生存率が96.7%と報告されています。ウェットとドライの間で死亡率に格差は見られませんでした。一方、日本のブルーム動物病院(神奈川県)が行った調査では、ウェットタイプ141頭に対して84日間に渡る投薬治療が行われ、生存率が82.3%と報告されています。総ビリルビン値が高い場合、治療に対する反応が悪くなるという関係性も合わせて見つかりました。詳細なレポートは以下の記事をご参照ください。
ERDRP-0519
ERDRP-0519はパラミクソウイルス科に属するモルビリウイルスのLタンパクを標的として開発された新興成分。当初は麻疹に対する抗ウイルス薬として登場しましたが、なぜか猫腸コロナウイルスにも有効である可能性が示されました。
まだ「in vitro(実験室レベル)」の段階ですが、細胞毒性という側面から安全とみなされるボーダーラインギリギリの量(50μM)を投与した場合、何も投与しなかった場合に比べてウイルス力価でもウイルス量でもおよそ1/1000になったそうです。将来的にはFIP治療薬になる可能性を秘めてはいますが、実際に患猫の生体内に投与したときの安全性や効果を検証するという長い道のりが待っています。
予備的な調査報告に関しては以下の記事をご参照ください。
まだ「in vitro(実験室レベル)」の段階ですが、細胞毒性という側面から安全とみなされるボーダーラインギリギリの量(50μM)を投与した場合、何も投与しなかった場合に比べてウイルス力価でもウイルス量でもおよそ1/1000になったそうです。将来的にはFIP治療薬になる可能性を秘めてはいますが、実際に患猫の生体内に投与したときの安全性や効果を検証するという長い道のりが待っています。
予備的な調査報告に関しては以下の記事をご参照ください。
モルヌピラビル
人向けの新型コロナ経口薬として登場したモルヌピラビル(Molnupiravir)が、期せずして猫伝染性腹膜炎ウイルスに対しても抗ウイルス効果を発揮する可能性が報告されています。
調査を行ったのはオハイオ州立大学獣医学部のチーム。FIPを発症した飼い猫に対し実験的にモルヌピラビルを投与したことがある飼い主に聞き取り調査を行った所、初期治療で当薬を採用した場合でも、二次治療で当薬を採用した場合でも、患猫たちの生存率が高く保たれることが確かめられたといいます。
日本国内でも流通している経口薬ですので、将来的には動物医薬品として承認されたり、人医薬の獣医療転用という形で活躍してくれる可能性を秘めています。なお自己判断での勝手な投薬は絶対におやめください。 NEXT:FIPの予防
調査を行ったのはオハイオ州立大学獣医学部のチーム。FIPを発症した飼い猫に対し実験的にモルヌピラビルを投与したことがある飼い主に聞き取り調査を行った所、初期治療で当薬を採用した場合でも、二次治療で当薬を採用した場合でも、患猫たちの生存率が高く保たれることが確かめられたといいます。
日本国内でも流通している経口薬ですので、将来的には動物医薬品として承認されたり、人医薬の獣医療転用という形で活躍してくれる可能性を秘めています。なお自己判断での勝手な投薬は絶対におやめください。 NEXT:FIPの予防
猫伝染性腹膜炎の予防
コロナウイルスは乾燥した環境下で7週間生きることが確認されています(Scott, 1988)。しかし外層にエンヴェロープを持つので化学的な刺激に弱く、一般的なアルコールや消毒薬で簡単に不活性化できます。FIP予防のポイントは、猫から猫へのウイルスの伝染を防ぐことです。
手指の消毒
猫伝染性腹膜炎ウイルスは化学的な除去に弱く、市販のアルコールや消毒薬で簡単に不活化できますので、猫に触る前に手指をアルコール消毒する習慣をつけておいたほうがよいでしょう。またできれば、病歴がわからないよその猫を触らないようにします。
ウイルスの外側にはエンヴェロープと呼ばれる層があり、この有無によって環境中での生存能力が変わります。例えばエンヴェロープを持たない猫汎白血球減少症ウイルス(FPV)は数ヶ月~1年生存するのに対し、エンヴェロープを持つ猫伝染性腹膜炎ウイルスは7週間ほどで死んでしまうなどです。
密飼い環境の改善
猫の繁殖施設(キャッテリ)、保護施設(シェルター)、多頭飼育家庭においてはトイレの共有を通じてウイルスが簡単に猫から猫へと伝染します。こうした感染ルートを防ぐ効果的な方法は、まずトイレを頭数分用意することです。また猫がトイレを使用した後は、飼い主が責任持って速やかに排泄物を取り除いてあげます。またコロナウイルスに感染していない猫がいる場合は、ウイルスが失活する7週間(2ヶ月)は患猫がいた場所との接触を禁止したほうが無難です。
これまでFIPは糞便を介して他の猫に伝染しないと考えられてきました。なぜなら、ウイルスがFECVから変異したことによりメインの活動場所が腸管内の細胞から単球やマクロファージに変わっているからです。その結果、各種のガイダンスの中には「FIPを発症したからといってその猫を他の猫から隔離する必要はない」と記載されています
。
ところが2011年、台湾にある動物保護シェルターで大規模なFIPの流行が起こり、ウイルスの血清型が調査されました(Ying-Ting Wang, 2013)。その結果、感染が確認された13頭の多くで血清型IIが検出され、スパイク遺伝子の同じ場所に変異が見られたといいます。要するに1頭の猫から他の猫に次々に感染した疑いがあるということです。こうした事実から調査チームは、血清型IIに属する猫伝染性腹膜炎ウイルスは血清型Iとは違い、糞便中に排出されて猫から猫に伝染しうるとの結論に至りました。 日本における血清型IIコロナウイルスの割合は2~30%で、FIPの疑いが強いほどIIに属する割合が高くなる可能性が示されています。血清型Iが圧倒的に多い欧米においては「感染猫を隔離しなくてもよい」というのがセオリーになっていますが、血清型IIが比較的多く見られる日本においては念のため発症猫を他の猫から引き離したほうがよいでしょう。また患猫が使っていたトイレ、歩いた場所、使用したグッズなどはすべて消毒液できれいに掃除します。
ちなみに2023年、キプロス国内でFIPが大流行し、数多くの猫たちが命を落としました。この悲劇を引き起こしたウイルスは暫定的に「FCoV-23」と呼ばれており、犬コロナウイルスとの間でスパイク遺伝子の組み換えが起こった突然変異株です。最大の特徴は従来の株にはない強い感染性で、異なる地域から異なるタイミングで採取されたサンプル間でも遺伝子の高い一致率が確認されたことから、猫同士の直接的な接触を通じて急速に感染が拡大したのではないかと考えられています。こうした緊急の状況においては血清型に関わらず感染猫を隔離することが急務となります。この凶悪株の詳細については以下のページをご参照ください。
ところが2011年、台湾にある動物保護シェルターで大規模なFIPの流行が起こり、ウイルスの血清型が調査されました(Ying-Ting Wang, 2013)。その結果、感染が確認された13頭の多くで血清型IIが検出され、スパイク遺伝子の同じ場所に変異が見られたといいます。要するに1頭の猫から他の猫に次々に感染した疑いがあるということです。こうした事実から調査チームは、血清型IIに属する猫伝染性腹膜炎ウイルスは血清型Iとは違い、糞便中に排出されて猫から猫に伝染しうるとの結論に至りました。 日本における血清型IIコロナウイルスの割合は2~30%で、FIPの疑いが強いほどIIに属する割合が高くなる可能性が示されています。血清型Iが圧倒的に多い欧米においては「感染猫を隔離しなくてもよい」というのがセオリーになっていますが、血清型IIが比較的多く見られる日本においては念のため発症猫を他の猫から引き離したほうがよいでしょう。また患猫が使っていたトイレ、歩いた場所、使用したグッズなどはすべて消毒液できれいに掃除します。
ちなみに2023年、キプロス国内でFIPが大流行し、数多くの猫たちが命を落としました。この悲劇を引き起こしたウイルスは暫定的に「FCoV-23」と呼ばれており、犬コロナウイルスとの間でスパイク遺伝子の組み換えが起こった突然変異株です。最大の特徴は従来の株にはない強い感染性で、異なる地域から異なるタイミングで採取されたサンプル間でも遺伝子の高い一致率が確認されたことから、猫同士の直接的な接触を通じて急速に感染が拡大したのではないかと考えられています。こうした緊急の状況においては血清型に関わらず感染猫を隔離することが急務となります。この凶悪株の詳細については以下のページをご参照ください。
排出猫の隔離
コロナウイルスに接触した猫は感染から1週間ほどで糞便中に排出するようになります。免疫で駆逐した場合は排出が自然に止まりますが、中にはウイルスを体内から排除することができず、一生に渡って排出を続ける個体もいます。こうした個体差は長らく謎とされてきましたが、2020年に行われた最新のゲノム解析により、ネコ染色体E2上にあるNCR1遺伝子とネコ染色体A3上にある複数の遺伝子が関わっている可能性が示されました。日本語に翻訳してありますので、論文の詳しい内容は以下のページをご参照ください。
(Horzinek, 2000)と目安があったり、1ヶ月おきに8回(Addie, 2001)といった目安が合ったり統一されていません。
反復検査によって慢性的排出猫が見つかった場合、ウイルスに感染していない猫との接触を避けるようにします。部屋を分けることが理想ですが、その環境自体がストレスになり、排出猫のFIP発症率を高めてしまうかもしれませんので、ストレス管理もしっかり行うようにします。
慢性的排出猫を未感染の猫から遠ざければウイルスの広がりを食い止めることができますが、「王様ゲーム」と同じように見つけることは容易ではありません。糞便中へのウイルスの排出は断続的なので、複数回に分けて繰り返しPCR検査を行う必要があります。理想は1週間おきに4回FIPワクチン?
日本にはありませんが、アメリカやヨーロッパなどでは「Primucell©FIP」いうFIPワクチンが1991年から流通しています。これは血清型IIのコロナウイルスを弱毒化した生ワクチンで、生後16週齢以上の猫に対し鼻から接種します。一般的には16週齢を越えた時点で1回目→3週空けて2回目→その後は年に1回というプログラムです。
FIPワクチンの効果
FIPを起こすのはもっぱらタイプIのコロナウイルスなので効果は怪しく、防御率に関しては75%の防御率が確認されたとする報告(Portorino-Reeves, 1995)から何の効果もなかったとする報告(Fehr et al., 1995)まで大きなばらつきが見られます。一例を上げると、ペルシャ猫を対象とした調査では投与群と比較群の間で発症率に格差は見られなかったとか、609頭の猫を対象とした二重盲検テストでは最初の150日間で格差は見られなかったものの、150日目以降、ワクチングループにおける発症率が減ったなどです。
2回のワクチンを受けた582頭の猫を541日に渡って追跡した調査では、少なくとも安全であると確認されています。しかしワクチンを受けた猫に対する実験感染では「ADE」(※後述)によるウイルスの増殖が認められたという報告もありますので安心はできません。
2回のワクチンを受けた582頭の猫を541日に渡って追跡した調査では、少なくとも安全であると確認されています。しかしワクチンを受けた猫に対する実験感染では「ADE」(※後述)によるウイルスの増殖が認められたという報告もありますので安心はできません。
FIPワクチンの悪影響
FIPワクチンを打つことにより、逆に症状が悪化したという症例がチラホラと報告されています。具体的には、コロナウイルスのスパイクS蛋白に対する抗体を保有した猫は、感染からわずか7日で発症したのに対し、抗体を保有していない猫においては28日以上生存したなどです。こうした奇妙な現象を生み出しているメカニズムとしては「ADE」が想定されています。
ADEとは「抗体依存性感染増強」のことで、ウイルスの抗原に抗体や補体が結合することにより、抗原がマクロファージ(食細胞)に取り込まれやすくなる現象のことです。FIPワクチンに関しては、このADEを通じて症状が悪化する危険性が指摘されています(McArdle, 1995; Scott, 1995)。平たく言うと、本来ウイルスを排除するはずの抗体が、なぜかウイルスの増殖に力を貸しているということです。ワクチンの悪影響に関するデータがたくさんあることから、現在FIPに対する一致した見解は得られていません。AAFP(全米猫医療協会)の2013年度版ワクチンガイドライン(PDF)では、「効果が不明なため推奨されない」と断言しているほどです。
ADEとは「抗体依存性感染増強」のことで、ウイルスの抗原に抗体や補体が結合することにより、抗原がマクロファージ(食細胞)に取り込まれやすくなる現象のことです。FIPワクチンに関しては、このADEを通じて症状が悪化する危険性が指摘されています(McArdle, 1995; Scott, 1995)。平たく言うと、本来ウイルスを排除するはずの抗体が、なぜかウイルスの増殖に力を貸しているということです。ワクチンの悪影響に関するデータがたくさんあることから、現在FIPに対する一致した見解は得られていません。AAFP(全米猫医療協会)の2013年度版ワクチンガイドライン(PDF)では、「効果が不明なため推奨されない」と断言しているほどです。
感染症予防
病原性が弱い猫腸管コロナウイルス(FECV)から致死性の猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)への変異を促す要因として免疫力の低下があります。免疫力が低下→FECVの増殖が活発化→増殖中のエラーで変異体がたくさん生み出される→ほとんどは無害だがその中から単球やマクロファージに侵入できる厄介者が生まれる→FIP発症というルートです。
猫の免疫力を落とす病気がいくつかありますので、予防できるものは徹底して予防してあげましょう。具体的には猫エイズウイルス感染症(FIV)、猫白血病ウイルス感染症(FeLV)、猫汎白血球減少症(FPV)などです。こうした感染症を予防することが猫の免疫増強につながり、結果的にFIP予防にもなります。
猫の免疫力を落とす病気がいくつかありますので、予防できるものは徹底して予防してあげましょう。具体的には猫エイズウイルス感染症(FIV)、猫白血病ウイルス感染症(FeLV)、猫汎白血球減少症(FPV)などです。こうした感染症を予防することが猫の免疫増強につながり、結果的にFIP予防にもなります。
Mutian®X?
2020年、未認可ながら使用されている「Mutian®X」と呼ばれるFIP治療新薬候補が、突然変異を起こす前の猫腸管コロナウイルス(FECV)に対しても抗ウイルス能を発揮する可能性が示されました。
グラスゴー大学が行った調査では、わずか4日間の投薬(体重1kg当たり1日4mg)でウイルスの駆除率は100%だったとのこと。重大な副作用は見られず、駆除から1~157日後のタイミングで行った再検査でも糞便中にウイルスは検出されなかったそうです。FIPVの前身であるFECVを体内から駆除できれば、当然FIPの予防につながるでしょう。詳しくは以下のページをご参照下さい。
グラスゴー大学が行った調査では、わずか4日間の投薬(体重1kg当たり1日4mg)でウイルスの駆除率は100%だったとのこと。重大な副作用は見られず、駆除から1~157日後のタイミングで行った再検査でも糞便中にウイルスは検出されなかったそうです。FIPVの前身であるFECVを体内から駆除できれば、当然FIPの予防につながるでしょう。詳しくは以下のページをご参照下さい。
ストレス管理
猫の免疫力を落とす大きな要因は「ストレス」です。環境の変化に敏感な猫はちょっとしたイベントや来客でもストレスに感じ、引きこもってしまいますので飼い主は猫にとってストレスフリーになるような生活環境を整えてあげましょう。要注意は「引っ越し」「新しいペットを迎える」「ペットホテルに預ける」などです。SNSでは猫を連れ回している人をよく見かけますが、動物病院に行くなどの必要性がない場合は家の中で休ませておいたほうがよいでしょう。具体的なストレス管理に関しては以下のページで詳しく解説してあります。
FIPに対する特効薬はありません。奇跡を願って治療を続けることには意義がありますが、残り少ない命をいかに苦しむことなく過ごしてもらうかも同じくらい重要になります。
少しずつメカニズムは解明されてきているものの、現段階ではちょうど「ロシアンルーレット」のようにどの猫が犠牲になるのか予測することはできません。しかしわかっている危険因子もありますので、極端な多頭飼育、トイレの共有、ストレスの多い生活環境といった要因は飼い主の責任で取り除いてあげましょう。また猫エイズウイルス感染症、猫白血病ウイルス感染症、猫汎白血球減少症は猫の免疫力を低下させ、FIPの発症リスクを高めます。無責任な放し飼いをやめ、完全室内飼いに切り替えましょう。
まとめ
猫伝染性腹膜炎(FIP)はひとたび発症するとほぼ100%の確率で猫の命を奪ってしまう恐ろしい感染症。平均余命は10日足らずです。FIPに対する特効薬はありません。奇跡を願って治療を続けることには意義がありますが、残り少ない命をいかに苦しむことなく過ごしてもらうかも同じくらい重要になります。
少しずつメカニズムは解明されてきているものの、現段階ではちょうど「ロシアンルーレット」のようにどの猫が犠牲になるのか予測することはできません。しかしわかっている危険因子もありますので、極端な多頭飼育、トイレの共有、ストレスの多い生活環境といった要因は飼い主の責任で取り除いてあげましょう。また猫エイズウイルス感染症、猫白血病ウイルス感染症、猫汎白血球減少症は猫の免疫力を低下させ、FIPの発症リスクを高めます。無責任な放し飼いをやめ、完全室内飼いに切り替えましょう。