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猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対するジフィリン(diphyllin)の効果

 致死性が高いことで知られている猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対し、ジフィリンと呼ばれる物質が高い抗ウイルス作用を有している可能性が示されました(2017.10.19/台湾)。

詳細

 猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は猫に感染し高い致死性を示すコロナウイルスの一種。猫腸コロナウイルス自体は多頭飼育の家庭や保護施設などにおける保有率が90%に達することもあるありふれたウイルスですが、そのうちのおよそ1割は突然変異を起こしてFIPVに変貌を遂げ、激しい腹膜炎などを特徴とする猫伝染性腹膜炎を引き起こします。特効薬がなく、治療に際しては免疫調整剤、抗生物質、抗凝血剤、輸液などで対症療法するしかないというのが現状です。 猫伝染性腹膜炎には特効薬や効果的な治療法がない  今回の調査を行ったのは台湾の中央研究院が中心となった共同チーム。インフルエンザウイルスやデングウイルスに対する抗ウイルス作用が確認されている「ジフィリン」(diphyllin)と呼ばれる物質に着目し、FIPVに対しても同様の効果を示すかどうかを調査しました。基本的な用語は以下です。
基本医学用語
  • 猫伝染性腹膜炎ウイルス猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)はありふれた猫腸コロナウイルス(FECV)が未知のメカニズムを通して突然変異を起こし、強い病原性を獲得したもの。ウイルスの複製にはV-ATPaseの活性化(=細胞小胞の酸性化)が必要で抗体依存性感染増強(ADE)を起こすことが知られている。
  • V-ATPaseV-ATPase(ヴイ・エーティーピーアーゼ)とは真核生物の細胞膜に存在するプロトン(陽子)ポンプのこと。アデノシン三リン酸(ATP)が加水分解されるときのエネルギーを使ってプロトンを細胞小胞内に輸送し、内部を酸性化する。V-ATPaseが活性化して細胞小胞のpHが下がることがFIPVの複製を促進する。
  • 抗体依存性感染増強抗体依存性感染増強(ADE)はウイルスを中和する能力を持たない抗体(非中和抗体)が細胞内へのウイルス侵入を促進するという逆説的な現象のこと。FIPVの他ではデング熱ウイルスが有名。
  • V-ATPase阻害剤V-ATPaseの働きを弱める効果を持った薬剤のこと。抗ウイルス作用のほか、骨粗鬆症、溶解性骨病変、腎アシドーシス、ガンなどにも効果があると推測されている。
  • ジフィリントウダイグサ科の落葉低木(Cleistanthus collinus)から抽出された天然成分。V-ATPase阻害剤としての効果を有している。
  • PEG-PLGA水をはねのける疎水性を有した薬の溶解性を向上させる共重合体のこと。水と結合する親水性ブロックと水をはねつける疎水性ブロックを併せ持つナノ物質で薬を包む(薬物内包ミセル)ことで、水に溶けにくい薬の溶解性を高めることができる。今回の調査では疎水性を有したジフィリンの溶解性を高めるために用いられた。
 ネコ株化細胞(fcwf-4)を用い、実験室レベルでジフィリンの抗ウイルス効果を検証したところ、以下のような事実が明らかになったといいます。
ジリフィリンの抗ウイルス効果
  • ジフィリンの量が多ければ多いほど細胞小胞の酸性化が阻害され、FIPVへの感染性(および感染後の複製)が低下する
  • ジフィリンの量が多ければ多いほどFIPVのADEに対し高い抗ウイルス効果を示す
  • 細胞がウイルスと接触する前にジフィリンにさらされると最もFIPVの感染阻害効果が高まる
  • 未加工ジフィリンよりもPEG-PLGAでミセル化したほうが安全で効果が高く、最大で800倍の抗ウイルス能を発揮した
  • 少なくともマウスでは副作用がない
 こうした結果から調査チームは、ジフィリンがFIPVに対して高い抗ウイルス作用を有している可能性を示しました。またナノ分子で加工したほうが安全性と有効性が高まることから、薬剤として利用するときのヒントになるのではないかとも。
Nanoparticulate vacuolar ATPase blocker exhibits potent host-targeted antiviral activity against feline coronavirus
Che-Ming Jack Hu, Wei-Shan Chang, et al., Scientific Reports 7, Article number: 13043 (2017), doi:10.1038/s41598-017-13316-0

解説

 猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は、効果的な予防法もなければ発症後の治療法もないという厄介なウイルス。世界中で熱心が研究が行われているにもかかわらず、いまだに精度の高い診断法や発症メカニズムすらわかっていないというのが現状です。
 ウイルスを抑制する薬には、ウイルスそのものをターゲットとしたものとウイルスが感染した宿主(ホスト)をターゲットとしたものがあります。前者の例としては「コロナウイルスプロテアーゼ阻害剤GC376」、「ヒガンバナ科ガランサス属のスノードロップ(Galanthus nivalis)を利用した凝集素」、「HIVに用いられる抗レトロウイルス薬の一種ネルフィナビル(nelfinavir)」、「3CLPro阻害剤」、「ヴィロポリン(viroporin)阻害剤」などがあり、現在も研究が進められています。後者の例としては「シクロフィリンを阻害することでFIPVの複製を抑えるシクロスポリンA」、「抗マラリア剤のクロロキン」などがあり、今調査に用いられた「ジフィリン」もこちらに含まれます。
 今回の調査で明らかになったのは「少なくとも細胞レベルではウイルス抑制効果がある」、「少なくともマウスに対しては副作用を引き起こさない」ということです。今後の課題は、生体内でも同じようなウイルス抑制効果を見せるどうか、そして猫に実際に投与した場合副作用を引き起こさないかどうかを確認していくことです。また「ウイルスとの接触前の投薬が有効」とのことですので、発症してから投与したときの効果に関しても併せて検証していく必要があるでしょう。 猫伝染性腹膜炎