詳細
調査を行ったのはカンザス州立大学とカリフォルニア大学デイヴィス校の共同チーム。ネコ腸コロナウイルス(FeCV)が体内で突然変異することで発症する致死性の高い「猫伝染性腹膜炎」(FIP)を対象とし、「GC376」と呼ばれる合成3CLpro阻害薬の生体内における効果が検証されました。
Niels C Pedersen, Yunjeong Kim, Hongwei Liu, et al., Journal of Feline Medicine and Surgery, DOI: 10.1177/1098612X17729626
- GC376
- 「3CLpro」とはコロナウイルスの複製を調整する酵素の一種。この「3CLpro」の働きを阻害する作用を持った「GC376」は、結果的にコロナウイルスの複製と増殖を抑制すると考えられている。
GC376の効果
- 20頭中19頭では治療開始2週間以内に、少なくとも外見上の病変が改善した
- 治療から1~7週間で症状が再発した
- 最終的な治療期間は最低でも12週間に及んだ
- 治療から1~7週間で治療に反応しない再発症状が19頭中13頭で確認された
- 治療に反応しない13頭中8頭では重度の神経症状へと発展した
- 治療に反応しない13頭中5頭では重度の腹部症状へと発展した
- 3.3~4.4ヶ月齢でウエットタイプの子猫5頭では12週間の治療を行い、治療中断後も5~14ヶ月(平均11.2ヶ月間)寛解を保っている(現在進行中)
- 1頭の子猫は10週間の寛解後再発したが、投薬を再開したら反応した
- 症状が腸間膜のリンパ節に限定されていた6.8歳の成猫では10ヶ月間のうちに3回再発し、そのたびごとに投薬を再開したところ寛解を得た
- 副作用は注射部位における一時的な炎症、皮下組織の線維化、部分的な脱毛など局所的なものにとどまった
- 16~18週齢未満の子猫では永久歯の発育遅延と乳歯の遺残が見られた
Niels C Pedersen, Yunjeong Kim, Hongwei Liu, et al., Journal of Feline Medicine and Surgery, DOI: 10.1177/1098612X17729626
解説
猫伝染性腹膜炎(FIP)治療薬に関しては2017年、台湾の中央研究院が中心となった共同チームが「ジフィリン」と呼ばれる成分の効果を検証し、高い抗ウイルス作用を有している可能性を示しました。しかしこの研究は「in vitro」、すなわち実験室のペトリ皿レベルのもので、猫の体内に実際投与したときの効果に関しては全くわかっていません。それに対し今回の調査は、FIPを実際に発症した猫を対象とした「in vivo」、すなわち生体内調査であるため、より現実に近いデータが得られたと考えられています。
神経症状を示した猫の脳内では、本来脳にあるはずのマクロファージ(異物を除去する細胞)ではなく、腹膜にいるマクロファージが多く見られたといいます。また中枢神経系の症状は「老齢+ドライ(ドライ→ウエット)タイプ」の猫で多いことが明らかになりました。おそらく、ウイルスの保有期間が長ければ長いほど、ウイルスに感染したマクロファージが髄膜や脳質上衣にある微小血管を経由して脳に侵入する危険性が増え、そこでウイルスを撒き散らしたものと推測されています。3.3~4.4月齢の子猫で比較的長い寛解期が得られたのも、急性ウエットタイプだったためウイルスが脳や眼球に移行する時間がなかったか、もしくは免疫反応がウイルスの拡散に追いついたからだと考えられています。 一部の猫では「GC376」の投薬量を「50 mg/kg q12」まで増やしましたが、肉眼で確認できる症状の劇的な緩和は見られたものの、最終的には脳の症状が現れたといいます。なぜ薬が中枢神経症状を止められないのかはわかっていませんが、少なくともウイルスが変異して薬剤耐性を獲得したからではないと考えられています。 T細胞介在性の免疫反応は、人のC型肝炎ウイルス患者の20%で見られ、FIPを発症した猫でも同程度と考えられています。猫たちの間で見られた治療効果の違いには、こうした宿主の側の免疫応答が関わっているのかもしれません。要するに「GC376」によってウイルスの増殖が妨げられている間に、宿主の免疫系統がウイルスを排除できる場合とできない場合があるということです。 ウイルスそのものをターゲットとした治療薬の先例には、C型肝炎ウイルス(HCV)に対するインターフェロン(interferon)とリバヴィリン(ribavirin)による非特異的な抗ウイルス治療薬、エイズウイルス(HIV)に対するレトロウイルス治療薬などがあります。前者では体内からウイルスが完全に駆逐され、ひとたび治癒したらもう投薬は必要なくなりますが、後者ではウイルスの増殖を抑制しているだけであり、投薬の中断に伴って症状の進行も再発してしまいます。「GC376」に関しては、少なくとも今回の投与量(15 mg/kg q12h)ではウイルスの増殖を抑制する「延命薬」としての効果しかないようです。ひとすじの光が見えたと同時に課題も見えてきたといったところでしょうか。
「腹膜炎」という言葉が入っているため消化器系の症状が直接的な死因と考えがちですが、実際はウイルスが脳を侵食することで命を奪うというパターンが少なからず含まれているようです。
今調査では多くの猫で寛解を得られることが明らかになりました。5頭では5~9ヶ月間、1頭では11ヶ月間という長期間に渡って症状が消えたといいます。しかし残りの多くでは寛解が3ヶ月以上続きませんでした。その理由は神経系の症状が現れたためです。神経症状を示した猫の脳内では、本来脳にあるはずのマクロファージ(異物を除去する細胞)ではなく、腹膜にいるマクロファージが多く見られたといいます。また中枢神経系の症状は「老齢+ドライ(ドライ→ウエット)タイプ」の猫で多いことが明らかになりました。おそらく、ウイルスの保有期間が長ければ長いほど、ウイルスに感染したマクロファージが髄膜や脳質上衣にある微小血管を経由して脳に侵入する危険性が増え、そこでウイルスを撒き散らしたものと推測されています。3.3~4.4月齢の子猫で比較的長い寛解期が得られたのも、急性ウエットタイプだったためウイルスが脳や眼球に移行する時間がなかったか、もしくは免疫反応がウイルスの拡散に追いついたからだと考えられています。 一部の猫では「GC376」の投薬量を「50 mg/kg q12」まで増やしましたが、肉眼で確認できる症状の劇的な緩和は見られたものの、最終的には脳の症状が現れたといいます。なぜ薬が中枢神経症状を止められないのかはわかっていませんが、少なくともウイルスが変異して薬剤耐性を獲得したからではないと考えられています。 T細胞介在性の免疫反応は、人のC型肝炎ウイルス患者の20%で見られ、FIPを発症した猫でも同程度と考えられています。猫たちの間で見られた治療効果の違いには、こうした宿主の側の免疫応答が関わっているのかもしれません。要するに「GC376」によってウイルスの増殖が妨げられている間に、宿主の免疫系統がウイルスを排除できる場合とできない場合があるということです。 ウイルスそのものをターゲットとした治療薬の先例には、C型肝炎ウイルス(HCV)に対するインターフェロン(interferon)とリバヴィリン(ribavirin)による非特異的な抗ウイルス治療薬、エイズウイルス(HIV)に対するレトロウイルス治療薬などがあります。前者では体内からウイルスが完全に駆逐され、ひとたび治癒したらもう投薬は必要なくなりますが、後者ではウイルスの増殖を抑制しているだけであり、投薬の中断に伴って症状の進行も再発してしまいます。「GC376」に関しては、少なくとも今回の投与量(15 mg/kg q12h)ではウイルスの増殖を抑制する「延命薬」としての効果しかないようです。ひとすじの光が見えたと同時に課題も見えてきたといったところでしょうか。
「腹膜炎」という言葉が入っているため消化器系の症状が直接的な死因と考えがちですが、実際はウイルスが脳を侵食することで命を奪うというパターンが少なからず含まれているようです。