ERDRPのコロナウイルス抑制効果
調査を行ったのはイタリアにあるバーリ大学獣医学部のチーム。ウイルスが有するRdRp遺伝子は進化の過程で大きく様変わりしたものの、塩基配列の重要な部分には共通領域があることに着目し、麻疹ウイルス(<パラミクソウイルス)に有効ならコロナウイルスにも有効であるかもしれないと当たりをつけ、ERDRP-0519と呼ばれる抗ウイルス薬を対象とした「in vitro(実験室レベル)」の予備調査を行いました。
- ERDRP-0519
- 麻疹モルビリウイルスを標的として特別に開発された抗ウイルス剤で、ウイルスの増殖に必要となる酵素「RdRp」を阻害する非ヌクレオシド系RdRp阻害剤の一種。生体内において麻疹モルビリウイルス(MeV)および犬ジステンパーウイルス(CDV)に対する有効性が示されている。
細胞毒性
細胞毒性に関しては濃度に依存する形で増減が確認されたといいます。要するに濃度が高ければ高いほど、薬として投与した際の生体に対する悪影響(副作用)が大きくなるということです。
細胞毒性が許容範囲と考えられるCC20(20%が死滅する濃度)を推定したところ、50μMがボーダーラインとされました。
ウイルス増殖抑制能
成分の実用化を視野に入れ、細胞毒性が低いCC20(=50μM)以下の濃度でウイルス増殖抑制能を調査したところ、やはり濃度に依存する形で抑制効果が見られたといいます。
試料50μL中に含まれるウイルスの力価(viral titer=検体中のウイルスが細胞に感染できる最低濃度)に関しては試薬なし(0μM)のときが5log10だったのに対し50μMのときが2log10となり、試薬によっておよそ1/1000(-3log10)になると推計されました(上グラフ)。
また試料10μL中に含まれるウイルス量(viral load=検体中に含まれるウイルス核酸コピー数)に関しては、試薬なし(0μM)のときが8.00log10だったのに対し50μMのときが4.89log10となり、こちらも試薬によって1/1000以下(-3.11log10)になると推計されました(上グラフ)。
細胞毒性を示さない30μMの濃度でも抗ウイルス効果が見られたため、猫腸コロナウイルスおよびその変異体である猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対する抗ウイルス薬として実用化に期待が持てるとしています。 ERDRP-0519 inhibits feline coronavirus in vitro
Camero, M., Lanave, G., Catella, C. et al.. BMC Vet Res 18, 55 (2022), DOI:10.1186/s12917-022-03153-3
細胞毒性を示さない30μMの濃度でも抗ウイルス効果が見られたため、猫腸コロナウイルスおよびその変異体である猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対する抗ウイルス薬として実用化に期待が持てるとしています。 ERDRP-0519 inhibits feline coronavirus in vitro
Camero, M., Lanave, G., Catella, C. et al.. BMC Vet Res 18, 55 (2022), DOI:10.1186/s12917-022-03153-3
ERDRPはFIP治療薬になりうる?
モルビリウイルスへの効果
麻疹ウイルスおよび同じくモルビリウイルスの一種である犬ジステンパーウイルスに対する有効性が示されているため、当初はモルビリウイルスに特異的な作用を有する成分と考えられてきました。
具体的には、犬ジステンパーウイルスに感染したフェレットを対象とした調査では、ERDRPによる予防的な治療によってウイルス血症が軽減し生存期間が延長されたとされています。またウイルス血症を発症した後に投薬した調査ではウイルス力価が低下し、症状を示さないまま回復する個体が見られたとも。さらに回復後には免疫が獲得され、再感染に対する防御能を示したそうです。
具体的には、犬ジステンパーウイルスに感染したフェレットを対象とした調査では、ERDRPによる予防的な治療によってウイルス血症が軽減し生存期間が延長されたとされています。またウイルス血症を発症した後に投薬した調査ではウイルス力価が低下し、症状を示さないまま回復する個体が見られたとも。さらに回復後には免疫が獲得され、再感染に対する防御能を示したそうです。
コロナウイルスへの効果
当調査により、モルビリウイルスが属するパラミクソウイルス科とは遺伝的に別系統であるコロナウイルス科に対しても、ERDRPがある程度の抗ウイルス効果を示すことが明らかになりました。具体的にはウイルス力価でもウイルス量でも、安全とみなされるボーダーラインギリギリの量(50μM)を投与した場合、何も投与しなかった場合に比べておよそ1/1000になるというものです。
この現象に関し調査チームは、ウイルスの増殖に不可欠なRNA合成酵素をエンコードする遺伝子の一部に科を超えた重複があり、成分がちょうどこの部分に作用することで広い増殖抑制効果を示すのではないかと推測しています。
この現象に関し調査チームは、ウイルスの増殖に不可欠なRNA合成酵素をエンコードする遺伝子の一部に科を超えた重複があり、成分がちょうどこの部分に作用することで広い増殖抑制効果を示すのではないかと推測しています。
FIP治療薬になる?
かつては致死性が高くひとたび発症するとまず助からないとされてきた「猫伝染性腹膜炎(FIP)」は現在、「GS-441524」や「GC-364」といった有効成分が発見されたことにより、治る病気として見直されつつあります。最新情報に関しては以下の記事をご参照ください。
かくいう「ERDRP-0519」もまた開発されて日が浅い成分であり、高く期待されているものの動物用医薬品はおろか人間用医薬品すら開発・販売されていません(:Cox, 2021)。将来的にはFIP治療薬になる可能性を秘めてはいますが、実際に患猫の生体内に投与したときの安全性や効果を検証するという長い道のりが待っています。
問題点は、上記した成分が獣医療の分野で認可されていないという点です。その結果、ライセンスや特許問題があやふやな数多くの製品がブラックマーケットに溢れ、切羽詰まった飼い主たちをターゲットとして高額で販売するという状況になっています。かくいう「ERDRP-0519」もまた開発されて日が浅い成分であり、高く期待されているものの動物用医薬品はおろか人間用医薬品すら開発・販売されていません(:Cox, 2021)。将来的にはFIP治療薬になる可能性を秘めてはいますが、実際に患猫の生体内に投与したときの安全性や効果を検証するという長い道のりが待っています。
新型コロナウイルスの登場により、期せずしてコロナウイルス全般に対する研究熱が世界的に高まっています。人間界だけでなく動物界においても猛威を奮っているこのウイルスをコントロールできる日が来ることが強く望まれます。