GS-441524とは何か?
「GS-441524」とは、RNAウイルスの増殖を抑える効果が確認されているプロドラッグの一種「GS-5734」の前駆物質。「GS-5734」(商標名はRemdesivir)はエボラ出血熱ウイルスに感染したアカゲザルや各種のRNAウイルス(※)を抑制する効果が確認されています。
Niels C Pedersen, Michel Perron, Michael Bannasch, et al. 2019, Journal of Feline Medicine and Surgery, doi.org/10.1177/1098612X19825701
- RNAウイルス
- 具体的には「MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルス」「エボラ出血熱ウイルス」「SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス」「ラッサ熱ウイルス」など。
Niels C Pedersen, Michel Perron, Michael Bannasch, et al. 2019, Journal of Feline Medicine and Surgery, doi.org/10.1177/1098612X19825701
GS-441524の治療効果
GS-441524のサイズは1ナノメートル(10億分の1メートル)程度。従来の薬のほとんどはウイルスが感染した細胞に働きかけるタイプのものでしたが、GS-441524は1mmの1千万分の1という極小サイズのため、ウイルスの複製プロセスに直接的に干渉し、増殖を抑制することができます。
以下は、カリフォルニア大学デイヴィス校の医療チームが行った投薬試験の結果です。
調査対象
調査対象となったのはFIPを自然発症した31頭の猫たち。平均年齢は13.6ヶ月齢(3.4~73ヶ月齢)、性別や品種はバラバラです。31頭のうち5頭はドライ(非滲出)型、残りの26頭はウエット(滲出)型もしくはドライウエット移行型と診断されました。
投薬プロトコル
投薬プロトコルは2.0mg/kg(1日1回/皮下注射)を最低12週間継続するというものです。この値は過去に行われた実験室レベルのデータを元に決定されました。
寛解と死亡
31頭中4頭は投薬試験開始から2~5日以内に死亡もしくは安楽死となり、1頭は治療に反応せず26日目に死亡しました。一方、残りの26頭は症状が寛解しました。「寛解」(かんかい)とは、全治とまでは言えないまでも病状が治まって穏やかな状態にあることです。
症状の再発と寛解の内訳
- 18頭(再発なし)投薬治療によってFIPの症状が寛解してから、再発もないまま2019年2月の時点で健康を維持しているといいます。
- 8頭(再発あり)12週間に渡る最初の投薬治療で一時は寛解したものの、治療終了から3~84日で再発が確認され、以下のような再治療が行われました。
✓3頭→元の量で投薬を再開
1頭が神経症状を再発して安楽死となりました。残り2頭は一時は回復するも2度目の再発が確認されたため、投薬量を倍増したところ回復しました。
✓5頭→4.0mg/kgに倍増
投薬量を2.0mg/kgから4.0mg/kgに倍増した所、2度目の再発がないまま回復しました。
GS-441524による変化
GS-441524の投与により、猫の体内において具体的に以下のような変化が見られました。回復を示すバイオマーカーとしてはPCV(血球容積)、血清総タンパク値、グロブリンとアルブミンレベル、アルブミン/グロブリン比が有用と考えられています。
GS-441524の投薬による症状や検査値の変化一覧リスト
- 発熱発熱症状の多くは12~36時間以内に収まり、それと同時に食欲、活動レベル、体重も改善していきました。
- 腹部浸出液ウエット型を発症した猫たちの腹部に溜まっていた浸出液は、投薬開始から1~2週で消失しました。液の減少が始まったのは多くの場合10~14日目からです。
- 胸部浸出液ウエット型を発症した猫たちの胸部に溜まっていた浸出液は投薬開始7日目くらいから減り始め、最終的には呼吸困難が消失しました。
- 黄疸肝不全や溶血の指標である黄疸は投薬開始から2~4週の期間で消え始め、それと同時に高ビリルビン血症も改善していきました。
- 眼症状眼球の濁りは投薬開始から24~48時間で急速に回復を始め、7~14日で正常に戻りました。
- リンパ節腫脹腸管リンパ節の腫脹は投薬治療中に縮小しました。
- 体重生存した26頭全てが、投薬開始から2週間後には少なくとも外見上は健康な猫と変わらない状態にまで回復しました。12週間に渡る治療第一ラウンドが終了した後、20~120%の体重増加が認められました。
- 白血球数白血球数の増加が認められていた猫では投薬開始から2週間以内に正常値に戻り、リンパ球増多症が認められていた猫では1週間以内に改善しました。
- 貧血軽度~中等度の貧血症状を示していた猫では、6~8週目になって正常値にまで回復しました。
- 血清タンパク値血清中のタンパク値が異常だった猫では、8~10週目に正常値に戻りました。特に最初の3週間では総蛋白レベルの劇的な増加が見られ、この現象は腹部浸出液の減少および血清グロブリンの増加と連動していました。
- 血清アルブミン値投薬開始前、26頭の血清アルブミン値は3.2g/dL以下と低いものでしたが、投薬開始から8週かけて緩やかな増加を続けました。またA/G比(アルブミン/グロブリン比)も同じ傾向を見せ、8週目には0.7を超える値を示すようになりました。
- ウイルスRNAウイルスRNAレベルは8頭中7頭において投薬開始からわずか2~5日後で減少を始め、最終的には検知不能なレベルにまで落ちました。
- 副作用・副反応26頭中16頭では注射部位(背中から腰にかけて)に副反応が見られました。具体的には皮膚表面の病変、開放性の痛み、注射痕などです。しかしこれらは全て軽度で、治療可能な範囲内と判断されました。また投薬治療中においても治療後においても、CBC値、肝機能、腎機能に異常は見られませんでした。
GC-376との違い
FIP(猫伝染性腹膜炎)に特化した抗ウイルス薬としては2019年の時点で「GC-376」と「GS-441524」の2つしかありません。「GC-376」とは3C様プロテアーゼ阻害剤の一種で、2017年に行われた投薬試験では、FIPを自然発症した猫に対してある程度の効果があることが確認されています。詳しくは以下のページを参考にしてください。
投薬量や投薬期間が違うので両薬剤の単純な比較はできませんが、GC-376よりもGS-441524の方がさまざまな側面において優れているのではないかと考えられています。例えば以下です。
GC-376
- 再投薬治療に反応しなかったのは20頭中14頭
- 14頭中8頭では神経症状に発展した
- 8頭は投薬量を増やしても改善しなかった
- 子猫においては永久歯の成長と発育を阻害する
GS-441524
- 再投薬治療に反応しなかったのは31頭中1頭だけ
- 8頭中2頭で神経症状に発展
- 2頭中1頭は投薬量を倍増した再治療に反応
- 純血種と雑種の間で治療成績に差はない
- 老猫と子猫の間で治療成績に差はない
- ドライ型とウエット型の間で治療成績に差はない
- 子猫の発育に悪影響が見られない
GS-441524の展望と課題
今回の投薬試験により、GS-441524が猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対するきわめて効果的な抗ウイルス薬である可能性が判明しました。調査チームは具体的に「1回皮下投与量4.0mg/kg × 最低12週間」という投薬プロトコルを推奨しています。
過去半世紀、FIPは不治の病とされ、発症した猫は死を免れないとされてきました。しかし今回の調査により1年以上の生存が可能であると分かりましたので、今はまさに「FIPは治る病気」というパラダイムの転換期にあるのかもしれません。なお2020年には未認可ながら使用されており、おそらくGS-441524を成分として含んでいる「Mutian®X」と呼ばれるFIP治療新薬候補が、突然変異を起こす前の猫腸管コロナウイルス(FECV)に対しても100%の抗ウイルス能を発揮する可能性が示されました。こちらは「治療薬」ではなく「予防薬」として使うというパターンです。詳しくは以下のページをご参照下さい。 FIP特効薬として市場に出回る前に、今後以下のような課題をクリアしていくことが必要だと考えられています。
GS-5734においてはコロナウイルスのアミノ酸に変異がある場合、抵抗性が生じるとされていますが、今回確認されたノンレスポンダーが同じメカニズムによって現れたのかどうかはまだわかっていません。
当調査の後、眼症状や中枢神経症状に発展した重症患猫4頭に対する高用量(体重1kg当たり1日5~10mg)投薬試験が行われました。その結果、4頭中3頭は臨床上健康な状態で1年以上存命、残りの1頭は回復の兆しは見せたものの、薬剤への抵抗性が見られたため安楽死となっています。詳しくは以下のページをご参照ください。
過去半世紀、FIPは不治の病とされ、発症した猫は死を免れないとされてきました。しかし今回の調査により1年以上の生存が可能であると分かりましたので、今はまさに「FIPは治る病気」というパラダイムの転換期にあるのかもしれません。なお2020年には未認可ながら使用されており、おそらくGS-441524を成分として含んでいる「Mutian®X」と呼ばれるFIP治療新薬候補が、突然変異を起こす前の猫腸管コロナウイルス(FECV)に対しても100%の抗ウイルス能を発揮する可能性が示されました。こちらは「治療薬」ではなく「予防薬」として使うというパターンです。詳しくは以下のページをご参照下さい。 FIP特効薬として市場に出回る前に、今後以下のような課題をクリアしていくことが必要だと考えられています。
解決すべきGS-441524の課題
- 血清型(I型とII型)で同じ効果を示すか?
- 眼症状や神経症状を発症した後で効果があるか?
- GC-376と組み合わせて投与したとき相乗効果はあるか?
- 薬に反応しないノンレスポンダーがいる理由はなにか?
GS-5734においてはコロナウイルスのアミノ酸に変異がある場合、抵抗性が生じるとされていますが、今回確認されたノンレスポンダーが同じメカニズムによって現れたのかどうかはまだわかっていません。
当調査の後、眼症状や中枢神経症状に発展した重症患猫4頭に対する高用量(体重1kg当たり1日5~10mg)投薬試験が行われました。その結果、4頭中3頭は臨床上健康な状態で1年以上存命、残りの1頭は回復の兆しは見せたものの、薬剤への抵抗性が見られたため安楽死となっています。詳しくは以下のページをご参照ください。
輸入に関する法律と違法事項
期待の成分とブラックマーケットとはワンセットです。「GS-441524」も例外ではなく、すでに某国内で違法と思われる薬を製造・流通・販売している組織が散見されます。日本国内においても情報が錯綜しているようですので、法律上の観点から以下にまとめておきます。詳しくは農林水産省が公開している以下のページなどもご参照ください。
動物用医薬品等輸入確認願
「GS-441524」は日本で承認されている?
FIPの新薬としては承認されていません。
新薬として承認されるためには薬効に関する実証データを国に提出する必要があります。このプロセスは短期間で実現できることではありませんので、現時点(2019年)において「GS-441524」は未来の新薬という位置づけになります。
国内で未承認の薬を輸入できる?
条件付きで輸入は許可されています。
原則的に、海外で製造された日本未承認の動物用医薬品を輸入することは禁止されています。しかし以下のような例外が設けられてるため、全く不可能というわけではありません。
- 獣医師が動物の疾病の診断、治療又は予防の目的で使用する場合
- 個人が獣医師の指示書に従い要指示医薬品を輸入する場合
- 個人が自身の所有する動物(犬や猫)に使用する目的で非要指示医薬品を輸入する場合
輸入に際して必要な手続きは?
農林水産省が書式を公開しています。
農林水産省の消費・安全局が、動物医薬品を個人で輸入する場合の必要手続きについて提出書式とともに公開しています。基本的な記載事項は輸入品名、容量・規格、製造業者名、製造国名などです。 動物用医薬品等の輸入確認の方法
製造国内で薬は承認されているか?
確認が必要です。
農林水産省が定める書式には、その薬がそもそも合法であるかどうかを問う項目はありません。つまり「輸入できること」と「合法的な薬であること」とは別物であり、輸入者の良識と裁量に任されているということです。ですから輸入しようとしている薬が製造国内で本当に承認・認可されているかどうかは自己責任で確認する必要があります。「承認機関」「承認年月日」「成分の特許(パテント)関連情報」「薬効の実証データ」などが明確に確認できない場合は、いわゆる違法ドラッグ、闇ドラッグである可能性を否定できません。 🚨近年、「正規の動物医薬品として○○国で認可された新薬」と称し、とある製品の購入費用をクラウドファンディングで募るというケースが日本国内で多く見られます。しかし製薬会社に直接問い合わせたところ、認可機関や認可年月日という単純な質問にすら回答できませんでした。自己責任で個人輸入する分には問題にはなりにくいですが、第三者に金銭的な無心をする際は誤った情報を使わないようご注意ください。たとえ意識はなくても、結果的に支援者をだますことになってしまいます。
薬が偽物である可能性はないか?
常にあります。
FIPは致死性の高い感染症です。たとえ使用した薬が効かなかったとしても、薬ではなくウイルスの病原性の強さに責任があると考え、「しょうがないか…」と諦める人が多いのではないでしょうか。そこにつけこみ、有効な成分が記載値よりも少ないとか、そもそも入っていないといった偽薬で一儲けしようとする不届き者がいてもおかしくありません。ペットフードのタンパク含有量を多く見せかけるため、メラミンを混入して死亡事故を起こしたという先例もありますので、決して考えすぎではないでしょう。
輸入した薬を転売・譲渡してよいか?
法律で禁じられています。
日本国内で承認されていない薬を転売・譲渡することは薬機法(医薬品医療機器等法)で禁じられています。知ってか知らずか、SNS内では「余った薬を譲ります」といった内容の文言が散見されますが…。
薬を宣伝してよいか?
薬機法に抵触する恐れがあります。
薬機法(医薬品医療機器等法)では日本国内で承認されていない薬を広告・宣伝することが禁じられています。「うちの猫が○○○でFIPを克服した!みなさんもぜひ輸入してみてください」といった文言や、具体的な製品名を明記することが広告に当たるかどうかはグレーゾーンですが、法に抵触する恐れがありますので農林水産省に確認したほうがよいでしょう。またブログやSNSをやっている場合は、利用規約中に「薬の宣伝」が禁止事項になっていないかどうかを確認しておく必要があります。 薬機法第十章「医薬品等の広告」>第六十八条
薬を海外から個人輸入する場合は、安全面(ニセ薬)と倫理面(闇ドラッグ)の両方を事前にじっくりとご検討ください。農林水産省が「個人輸入のリスク」に関する注意喚起を行っていますので参考までにどうぞ。