猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防薬?
猫腸コロナウイルス(FECV)は猫の消化管の中に生息するありふれたウイルスの一種。密飼い環境に暮らしている猫の80~90%、単頭飼いの猫の30~50%程度は感染歴があると推計されています。病原性は弱く、免疫力が低下した猫においてせいぜい下痢や腹痛を引き起こす程度です。
しかしこのウイルスが未知のメカニズムを通して突然変異を起こすと、悪名高い猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)となり、発症した猫のほぼ100%を死に至らしめます。これが猫伝染性腹膜炎で、猫腸コロナウイルスに感染した猫のおよそ5~12%が発症すると推計されています。 2019年、「猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGS-441524のウイルス増殖抑制効果」で詳しくご紹介したようにFIPに対する画期的な治療薬候補が開発され、世界中の猫好きたちを狂喜乱舞させました。しかしそもそもFIPが発症しないよう予防することができたら、それに越したことはないでしょう。今回グラスゴー大学が行ったのは、FIPの新薬候補としてインターネット上で流通している「Mutian®X」と呼ばれる未認可薬が、果たして突然変異を起こす前の猫腸コロナウイルスに対して抗ウイルス性を発揮してくれるかどうかという実験です。
結論から言うと、かなり有力な予防薬として作用する可能性が確認されました。ざっくりまとめると以下のようになります。
しかしこのウイルスが未知のメカニズムを通して突然変異を起こすと、悪名高い猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)となり、発症した猫のほぼ100%を死に至らしめます。これが猫伝染性腹膜炎で、猫腸コロナウイルスに感染した猫のおよそ5~12%が発症すると推計されています。 2019年、「猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGS-441524のウイルス増殖抑制効果」で詳しくご紹介したようにFIPに対する画期的な治療薬候補が開発され、世界中の猫好きたちを狂喜乱舞させました。しかしそもそもFIPが発症しないよう予防することができたら、それに越したことはないでしょう。今回グラスゴー大学が行ったのは、FIPの新薬候補としてインターネット上で流通している「Mutian®X」と呼ばれる未認可薬が、果たして突然変異を起こす前の猫腸コロナウイルスに対して抗ウイルス性を発揮してくれるかどうかという実験です。
結論から言うと、かなり有力な予防薬として作用する可能性が確認されました。ざっくりまとめると以下のようになります。
Mutian®Xの特徴・効果
- 形状はタブレットもしくはカプセル
- ウイルス(FECV)駆除率は100%
- 用量は体重1kg当たり1日4mg
- 経口投与期間は基本4日で長くても7日
- 自発的な再発はおそらくなし
- 副作用ほぼなし
Mutian®Xの効果
「Mutian®X」は中国の製薬会社「Nantong Mutian Biotechnology Co. Ltd.」が開発した猫伝染性腹膜炎(FIP)治療薬。成分はニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)、クロシンI、S-アデノシルメチオニン、シリマリン、Mutian Xで、最後の「Mutian X」に関しては特許出願中ということで「新開発のアデノシンヌクレオシド類似体」ということ以外に詳細は明かされていません。確証はありませんが、おそらく先述した「GS-441524」(※ヌクレオシド類似体の一種)を含んでいるものと推測されます。
動物医薬品として認可している国はないものの、同社が製造する類似薬は「Mutian○○」というブランド名でインターネット上に広く流通しており、患猫を抱えて藁にもすがる思いの飼い主たちによって世界中で試験的な投与が行われています。
Mutian®Xの抗ウイルス能
今回の投薬実験を行ったのはスコットランド・グラスゴー大学のチーム。英国内に暮らす5つの多頭飼育家庭において、猫腸コロナウイルスの感染が確認されている29頭の猫を対象とし、「Mutian®X」が抗ウイルス薬として作用するかどうかを検証しました。平たく言うと、突然変異する前のウイルスに対しても効果を発揮するかどうかを確かめるということです。
投薬実験に先立ち、猫を飼育している家庭においては「なるべく接触しないよう生活域を区分け」「ウイルス除去能があるという猫砂(フラー土)の使用」「プロバイオティクスの給餌」「ネコインターフェロンオメガ」「イトラコナゾール21日間」といった治療法が試みられていました。
調査チームはこうした我流の治療法を一旦ストップしてもらい、「Mutian®Xの経口投与」という統一した治療法の前後において、糞便中に排出されるウイルスの量がどのように変化するのかをRT-qPCRと呼ばれる検査法で調べました。その結果が以下です。1錠の含有量はタブレットの場合が4mg、カプセルの場合が10mgで、1日1回投与7日間が基本とされています。
投薬実験に先立ち、猫を飼育している家庭においては「なるべく接触しないよう生活域を区分け」「ウイルス除去能があるという猫砂(フラー土)の使用」「プロバイオティクスの給餌」「ネコインターフェロンオメガ」「イトラコナゾール21日間」といった治療法が試みられていました。
調査チームはこうした我流の治療法を一旦ストップしてもらい、「Mutian®Xの経口投与」という統一した治療法の前後において、糞便中に排出されるウイルスの量がどのように変化するのかをRT-qPCRと呼ばれる検査法で調べました。その結果が以下です。1錠の含有量はタブレットの場合が4mg、カプセルの場合が10mgで、1日1回投与7日間が基本とされています。
Mutian®X投薬後の変化
- 2mg/kg投与群(10頭)✅過去1年間ずっとウイルスキャリアだった2頭は投与開始から7日で排出がなくなり、駆除が確認されてから5~7日のタイミングで行った再検査でもウイルスは確認されなかった
✅慢性的キャリアではあるもののウイルスの保有期間が不明だった猫では24~72時間という短期間でウイルスが根絶された
✅2mgを4日間投与しても排出がやまなかった2頭に関しては、用量を4mgに増やしたところ3日以内にウイルスが根絶された
✅上記2頭と生活空間を共有していた1頭では、おそらく再感染が原因と考えられる根絶後の再排出が確認されたが、用量を4mgに増やしたところ3日以内にウイルスが根絶された - 4mg/kg投与群(19頭)✅1頭を除く全頭において6日以内にウイルスが根絶された
✅1頭は錠剤の吐き戻しが確認されたため投薬期間を3日伸ばしたところウイルスが根絶された
ウイルス排出量と投薬期間
投薬治療を始める前のウイルス排出量が分かっている14頭を対象とし、量が多いほど長い投薬期間を要するかどうかが検証されました。その結果、ウイルス排出量にかかわらず投薬期間はそれほど変わらなかったといいます。また投薬治療を始める前の自然排出停止率が7.4%だったのに対し、投薬後のそれは100%で、この格差は統計的に有意(=偶然ではとうてい説明がつかない, p<.00001)と判断されました。
ウイルス根絶後の再発率
2mg投与群の6頭に関しウイルスが駆除された3~18日後のタイミングで再検査を行ったところウイルスは検出されなかったといいます。また4mg投与群の12頭を対象として1~157日後のタイミングで行った再検査でも検出されませんでした。さらにウイルス抗体値が判明した2頭に関しては、投薬前後で「1280→80」「1280→ 320」という激減が確認されたとも。この事実から、ひとたびウイルスが根絶されれば自発的に再排出されることはないだろうと推定されました。
Oral Mutian®X stopped faecal feline coronavirus shedding by naturally infected cats
Research in Veterinary Science, Diane D.Addie, Sheryl Curran, Flora Bellini, Ben Crowe, Emily Sheeh, Lesya Ukrainchuk, Nicola Decaro, DOI:10.1016/j.rvsc.2020.02.012 NEXT:治療薬<予防薬?
Research in Veterinary Science, Diane D.Addie, Sheryl Curran, Flora Bellini, Ben Crowe, Emily Sheeh, Lesya Ukrainchuk, Nicola Decaro, DOI:10.1016/j.rvsc.2020.02.012 NEXT:治療薬<予防薬?
FIP予防薬のメリット
上のセクションで紹介した各種のデータから調査チームは体重1kg当たり1日4mgを4日間経口投与すると猫腸コロナウイルスを消化管から完全に駆逐することができるという暫定的な結論に至りました。猫腸コロナウイルスは猫伝染性腹膜炎ウイルスの元ですので、言い換えるとFIPの予防薬として極めて有力ということです。さらに以下に述べるようなさまざまなメリットを併せ持っています。
猫の体と飼い主の財布に優しい
2019年、「GS-441524」と呼ばれるヌクレオシド類似体がFIPに対して極めて高い治療効果を有している可能性が示されました。猫界にとって朗報であることは確かですが、暫定的なプロトコルによると治療薬は注射による最低12週間に及ぶ投与が必要とされています。これは猫の体にとって決して軽い負担とは言えませんし、確率は低いものの注射部位肉腫(FISS)の危険性も否定できません。さらに治療に際しては薬の輸入が必要となりますので、トータルでは100万円弱の医療費がかかることもざらです。
注射器を用いた薬剤投与方法
今回の実験対象となった「Mutian®X」はタブレット(錠剤)タイプで、投与期間は長くても7日間(一週間)くらいと見積もられています。猫の体にとっても、飼い主の財布にとっても負担が少なくなりますので、かなり魅力的に映るでしょう。ただし体重1kg当たり1日4mgですので、猫の体重が4kgの場合、タブレット(4mg/錠)なら4錠、カプセル(10mg/錠)でも2~3回に分けた経口投与が必要となります。飼い主の投薬技術が問われますね。
ウイルスを根絶できるかも
猫腸コロナウイルスは多頭飼育家庭、繁殖施設、保護施設など、猫を密飼いしている環境において容易に広まるウイルスです。またひとたび感染すると、長期に渡って腸管内に保有する「キャリア」になり、感染源として存在し続けることも少なくありません。現在進行型でさまざまな感染予防法が考案・実践されていますが、どれも「ウイルスを減少」させることはできても「ウイルスを根絶」するには至っていません。例えば以下です。
FECV予防法いろいろ
- インターフェロンオメガFECVの排出量を減らすことが確認されているものの、根絶は実現できなかったとされています(:Gil, 2013)。
- プロバイオティクス民間療法のレベルで、そもそもウイルス排出量を減らしているのかどうかすらわかっていません。
- イトラコナゾールFECV(タイプI限定)に対してある程度の抗ウイルス効果をもっているとされていますが、これはペトリ皿レベルの話であり、さらに21日間の投薬試験でも完全には駆逐できなかったとされています(:Takano, 2019)。
- フラー土を素材とした猫砂おそらくウイルスを吸収することによって感染予防につながるとされていますが、猫間における連鎖感染を完全に防げるわけではありません(:Addie, 2019)。
重大な副作用がない
今回の投薬実験では1頭が薬を吐き戻した以外、重大な副作用は確認されませんでした。しかし体内における代謝機序が完全に解明されているわけではありませんので、特に肝臓の検査値は慎重にモニタリングする必要があると指摘しています。
NEXT:日本でも使えるの?
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日本でも入手可能?
現在ネット上では、「Mutian」ブランドが既成事実のように「FIP新薬」として喧伝されていますが、動物医薬品として認可している国は中国(国家薬品監督管理局)を含めてありません。怪しい言葉を使えば「ブラックマーケットに流通している闇ドラッグ」、正確を期すれば「FIP新薬候補」となるでしょう。
日本においては原則的に、海外で製造された日本未承認の動物用医薬品を輸入することは禁止されています。しかし条件付きで輸入は許可されていますので、全く不可能というわけではありません。詳しくは「輸入に関する法律と違法事項」をご参照下さい。
また国内未認可の薬を宣伝することは薬機法において禁じられています。ネット上ではすでに通販サイトに誘導するなどグレーゾーンのコンテンツが多々見受けられますが、農林水産省や厚生労働省に確認をとったほうが安全でしょう。なお近年、「正規の動物医薬品として○○国で認可された新薬」と称し、とある製品の購入費用をクラウドファンディングで募るというケースが日本国内で多く見られます。しかし製薬会社(Mutian)に直接問い合わせたところ、認可機関や認可年月日という単純な質問にすら回答できませんでした。自己責任で個人輸入する分には問題にはなりにくいですが、第三者に金銭的な無心をする際は誤った情報を使わないようご注意ください。たとえ意識はなくても、結果的に支援者をだますことになってしまいます。
常識ですが猫の放し飼いは厳禁です。屋外で猫腸コロナウイルスに感染すると腸管をクリアにするため再び投薬が必要となり、薬物耐性を持ったウイルスの出現を促してしまう危険性があります。突然変異を起こしたコロナウイルスの恐ろしさは、FIPだけでなく新型コロナウイルス(COVID-19)でも明白ですね。
また国内未認可の薬を宣伝することは薬機法において禁じられています。ネット上ではすでに通販サイトに誘導するなどグレーゾーンのコンテンツが多々見受けられますが、農林水産省や厚生労働省に確認をとったほうが安全でしょう。なお近年、「正規の動物医薬品として○○国で認可された新薬」と称し、とある製品の購入費用をクラウドファンディングで募るというケースが日本国内で多く見られます。しかし製薬会社(Mutian)に直接問い合わせたところ、認可機関や認可年月日という単純な質問にすら回答できませんでした。自己責任で個人輸入する分には問題にはなりにくいですが、第三者に金銭的な無心をする際は誤った情報を使わないようご注意ください。たとえ意識はなくても、結果的に支援者をだますことになってしまいます。
常識ですが猫の放し飼いは厳禁です。屋外で猫腸コロナウイルスに感染すると腸管をクリアにするため再び投薬が必要となり、薬物耐性を持ったウイルスの出現を促してしまう危険性があります。突然変異を起こしたコロナウイルスの恐ろしさは、FIPだけでなく新型コロナウイルス(COVID-19)でも明白ですね。
屋外でもらった猫腸コロナウイルスが突然変異を起こしてFIPを発症したら、それはもはや「運が悪かった」では済まされず、飼い主が間接的に発症に加担したことになります。