猫注射部位肉腫の病態・症状
「猫注射部位肉腫」とは、注射をした部位の間葉系組織(筋肉・リンパ・結合組織)が悪性化して形成された腫瘍のことです。かつては「ワクチン関連性肉腫」(vaccine-associated sarcoma, VAS)と呼ばれていましたが、少数ながらワクチンを含まない注射でも発症することが確認されたため、近年はより広い意味を持つ「猫注射部位肉腫」(Feline Injection Site Sarcoma, FISS)という表現が用いられるようになりました。
好発部位
猫注射部位肉腫の好発部位は後ろ足、わき腹、肩甲骨の間、肩甲骨の上で、一般的な症状はワクチン接種後3ヶ月間~3年かけてコブが徐々に大きくなるというものです。
肉腫のほとんどは皮膚と筋肉の間に発生し、線維皮膜によって周りの組織からよく分離されています。最も一般的なのは、線維組織が悪性化した「線維肉腫」ですが、少数例として「悪性線維性組織球腫」、「骨肉腫」、「筋線維芽細胞性線維肉腫」、「横紋筋肉腫」、「神経線維肉腫」、「未分化肉腫」なども報告されています。
肉腫のほとんどは皮膚と筋肉の間に発生し、線維皮膜によって周りの組織からよく分離されています。最も一般的なのは、線維組織が悪性化した「線維肉腫」ですが、少数例として「悪性線維性組織球腫」、「骨肉腫」、「筋線維芽細胞性線維肉腫」、「横紋筋肉腫」、「神経線維肉腫」、「未分化肉腫」なども報告されています。
特徴
体の他の部位に発生する線維肉腫との違いは、顕微鏡で見ると炎症性細胞や多核巨細胞が確認できるという点です。また腫瘍細胞の浸潤性が非常に高く、15~24%の確率で他の部位への転移が見られ、特に肺への転移が多いとされます。太もも以外の場所では手術によって肉腫を完全に取り除く事が非常に難しく、再発率は14~69%と高率です。
発症率
猫注射部位肉腫のうち、ワクチン注射が原因のものを米国内だけに絞ってみると、発症率は1万頭当たり1~3.6頭と推定されています。しかし使用されるワクチンの種類が統一されていなかったり、猫に対する狂犬病注射が一般的でないなどの理由により、万国共通の正確な数値に関してはよくわかっていません。
猫注射部位肉腫の原因
世界中の研究者が熱心な調査を行っているにもかかわらず、いまだに猫注射部位肉腫の明確な発症メカニズムは解明されていません。しかし米国で確認されたいくつかの事実から、ワクチン注射に含まれる免疫反応増強剤「アジュバント」が肉腫の原因になっているのではないかと推定されています。具体的には以下です(→出典)。
アジュバントの怪しい点
- 1985年にアジュバントとしてアルミニウムが添加され、狂犬病ワクチンの皮下投与が認可された
- アジュバントを含む猫白血病ウイルスワクチンも同じ頃に市場に投入された
- 1987年、ペンシルベニア州で猫への狂犬病ワクチン接種が義務化された
- 1991年になって猫の線維肉腫の発生率増加が米国で初めて確認された
- 肉腫に部分的に浸潤しているマクロファージの42%ではアジュバントの一種であるアルミニウムが検出されている
猫注射部位肉腫の治療
14~69%という高い再発率から、猫注射部位肉腫の根治は難しいとされています。以下は一般的な治療法です(→出典)。
外科治療
猫注射部位肉腫に対して優先的に行われる一次治療は、外科手術による切除です。そこに補助療法として化学療法や免疫療法、放射線治療を組み合わせていきます。
肉腫の検査
視診や触診で認識できる大きさよりも、実際の腫瘍の方がはるかに大きいということが頻繁にあるため、正確な大きさを把握するためにCTスキャンやMRIを用いることが推奨されます。その他の検査には血液検査、尿検査、エックス線、リンパ節触診、腹部の超音波検査、細胞診などがあり、胸部のエックス線撮影は10~24%の確率で見られるという肺への転移を確認するためにも有効です。
腫瘍細胞が肩甲骨や骨盤など周囲の骨にまで浸潤している場合は、骨も一緒に切除しなければなりません。専門性の高い医師が手術した場合と一次診療施設の医師が手術した場合、無病生存期間が「274日:64日」だったという報告があることから、可能な限り熟練した医師による施術が望ましいと考えられます。
腫瘍細胞が肩甲骨や骨盤など周囲の骨にまで浸潤している場合は、骨も一緒に切除しなければなりません。専門性の高い医師が手術した場合と一次診療施設の医師が手術した場合、無病生存期間が「274日:64日」だったという報告があることから、可能な限り熟練した医師による施術が望ましいと考えられます。
肉腫の切除
肉腫を外科的に切除するときは、1度の手術ですべての腫瘍細胞を余すところなく取り除くのが肝要だとされます。具体的には、腫瘍がある位置だけでなく、その周辺組織を最低でも3cm、できれば5cmの余裕(マージン)を持って切り取るのが理想です。マージンの重要性は以下のような報告によって裏付けられています。
FISS切除マージンの重要性
上記したデータから考え、可能な場合は5cmのマージンを取ることが推奨されます。しかし腫瘍細胞が肩甲骨の間に位置しているときやサイズが大きいときは完全に切り取ることが難しいため、すべてのケースにおいて理想的なマージンを取れるわけではありません。また仮に5cmのマージンを切り取れたとしても、再発率が50%だったという残念な報告もあるため、予断は禁物です。
補助療法
外科的な手術だけだと再発率が最大で70%にも達し、無病生存期間はわずか6ヶ月間というデータがあることから、補助的な療法を組み合わせるのが一般的です。
放射線療法
放射線治療だけで腫瘍細胞を全滅させることは困難ですが、外科手術の前後において補助療法として採用することで、猫の無病期間や生存率が高まる可能性があります。
手術の前に放射線治療行っておくと、肉腫の近辺にある細かい腫瘍細胞が死滅し、術中の手技による医原性の転移を予防できる確率が高まります。また手術の後に放射線治療を行うと、外科手術によって取りもらした腫瘍細胞が死滅し、他の場所への転移を予防できる確率が高まります。
放射線治療を早くスタートした方が生存期間が伸びたとか、外科手術と放射線治療のインターバルが短ければ短いほど無病期間と生存期間が伸びたというデータもありますが、放射線には短~長期的な副作用が伴いますので、決して万能というわけではありません。
手術の前に放射線治療行っておくと、肉腫の近辺にある細かい腫瘍細胞が死滅し、術中の手技による医原性の転移を予防できる確率が高まります。また手術の後に放射線治療を行うと、外科手術によって取りもらした腫瘍細胞が死滅し、他の場所への転移を予防できる確率が高まります。
放射線治療を早くスタートした方が生存期間が伸びたとか、外科手術と放射線治療のインターバルが短ければ短いほど無病期間と生存期間が伸びたというデータもありますが、放射線には短~長期的な副作用が伴いますので、決して万能というわけではありません。
放射線治療の副作用
- 短期的な副作用皮膚の変化(皮膚紅斑/粘膜炎) | 消化管の疾患(嘔吐/下痢) | 医原性の過剰照射による皮膚の壊疽
- 長期的な副作用線維症 | 萎縮 | 脈管ダメージ | 神経系ダメージ | 内分泌の変調
化学療法
抗がん剤を用いた化学療法はあくまでも補助療法であり単独で用いることは推奨されていません。また化学療法だけで腫瘍細胞を死滅させることはほとんどできず、あくまでも緩和ケアが目的となります。各種の細胞増殖抑制剤に関する調査報告が世界中から上がっていますが、その効果に関しては議論が分かれるところです。
良い面としては、外科的な手術だけを施した猫と外科的な手術と化学療法を組み合わせた猫合計108頭を比較したところ、無病期間が「93日:388日」だったという報告があります。また外科的な切除が不可能な肉腫を抱えた12頭の猫に2種類の抗がん剤を組み合わせて使用したところ、50%の猫で反応が見られ、生存期間が顕著に伸びたとのデータがあります。
悪い面は、貧血、骨髄抑制、腎障害などを引き起こす可能性があり、慢性腎不全や溶血性貧血、免疫介在性貧血、各種の骨髄疾患を抱えている場合は投与することができないことです。
良い面としては、外科的な手術だけを施した猫と外科的な手術と化学療法を組み合わせた猫合計108頭を比較したところ、無病期間が「93日:388日」だったという報告があります。また外科的な切除が不可能な肉腫を抱えた12頭の猫に2種類の抗がん剤を組み合わせて使用したところ、50%の猫で反応が見られ、生存期間が顕著に伸びたとのデータがあります。
悪い面は、貧血、骨髄抑制、腎障害などを引き起こす可能性があり、慢性腎不全や溶血性貧血、免疫介在性貧血、各種の骨髄疾患を抱えている場合は投与することができないことです。
免疫療法
ヨーロッパの多くの国では、ネコインターロイキン2と呼ばれる免疫調整物質を人工的に合成した薬剤が認可されており、外科手術後や近接照射療法後の補助療法として用いられることがあります。使用条件はリンパ節の腫大が見られず、腫瘍細胞が肺に転移していないことです。
71頭の猫を対象とした調査では、投与した猫において無病期間が延びたと報告されているものの、縫合した場所の皮下に5回注射をする必要があり、この度重なる注射自体が肉腫の原因になるのではないかという心配も持たれています。
71頭の猫を対象とした調査では、投与した猫において無病期間が延びたと報告されているものの、縫合した場所の皮下に5回注射をする必要があり、この度重なる注射自体が肉腫の原因になるのではないかという心配も持たれています。
猫注射部位肉腫の予防
肉腫の侵襲性と攻撃性が高いため、最初の手術をかなり積極的に行ったとしても根治は難しく、再発率は30~70%と推定されています。何よりも予防が重要であることがお分かりいただけるでしょう。一般的な予防法は以下です(→出典)。
FISSの効果的予防法
- アジュバントを避ける腫瘍誘発の可能性を減らすため、できる限りアジュバントを含まないタイプのワクチンを選び、接種回数がなるべく少なくなるようにします。
- 注射場所を分散する肉腫ができたとき切除が難しくなるため、筋肉の中や肩甲骨間への注射は避けます。四肢に腫瘍が発生した症例と体幹に発生した症例を比較した場合、再発までの期間が「325日:66日」だったというデータがあることから、手の先や足の先、しっぽの先といった部位を選んだほうが無難でしょう。例えば「アメリカ猫医療協会」(AAFP)では、注射部位を両前足先端と両後足先端に分散し、肩甲骨周辺や骨盤周辺を避けるよう推奨しています。しっぽは猫が手足への注射を拒絶した場合の次善策です。
- 飼い主によるチェック引っ越しやその他の理由で動物病院が変わることを想定し、飼い主が以前注射を打った場所を忘れないよう記録しておくことも重要です。もし獣医師の側にこの肉腫に関する知識がなく、前回と同じ場所に安易に注射をしようとした場合は、飼い主自身が警告を発して場所を変えてもらう必要があります。またワクチンを打った場所を日常的にチェックし、3ヶ月経過しても消えないコブがあるときやコブの大きさが2cmを超える時、注射から1ヶ月の間にコブが徐々に大きくなっているようなときは、すぐ病気に関する知識がある獣医さんに相談するようにします。