猫の腎臓の構造と機能
猫のおしっこを理解するに当たり、まずは腎臓の構造と機能を簡単に解説します。
腎臓の機能
腎臓とはソラマメのような形をした臓器で、横隔膜の下に位置しています。主な働きは、尿の生成とホルモンの分泌です。
腎臓の主なはたらき
- 尿の生成 腎臓は動脈から送り込まれてきた血液をろ過し、再利用できるものを静脈へ、そして不要物は尿管へと振り分けます。この尿管に送り出された液体が尿です。
- ホルモンの分泌 腎臓はエリスロポエチン、およびレニンと呼ばれるホルモン(組織や器官に指令を伝えるメッセンジャー的な微量物質)の分泌にかかわっています。エリスロポエチンは赤血球の産生を促進するホルモンで、レニンは血圧調節に関わるアンジオテンシンIを活性化することにより、間接的に血圧を調節します。
尿生成のプロセス
腎機能の一つである尿の生成は、動脈血が腎臓内のネフロンを通過することで行われます。ネフロンはボウマン嚢、糸球体(しきゅうたい)、近位尿細管(きんいにょうさいかん)、ヘンレわな、遠位尿細管(えんいにょうさいかん)、集合管(しゅうごうかん)から構成される、腎臓の機能単位です。
糸球体の通過
動脈血を含んだ毛細血管は、ボウマン嚢の中で毛糸玉のようにグルグル巻きになり、糸球体と呼ばれる塊になります。血管表面にはろ過膜が形成されており、血液がここを通過することによって原尿(げんにょう)が生成されます。
原尿の再吸収
生成された原尿の中には、実はまだ再利用できる物質が含まれています。ナトリウム、リン、鉄、グルコースといったリサイクル物質は、ボウマン嚢に続く近位尿細管、ヘンレわな、遠位尿細管、集合管を経由する際、自動的に静脈内に再吸収されるという仕組みになっています。
尿の生成
静脈に再吸収された再利用物質は、腎静脈から下大静脈を通過して再び心臓へと戻り、全身を循環します。一方、不要とみなされて再吸収の対象にならなかった不要物質は、集合管から腎盂を経由し、尿管へと送り出されます。
尿の排出
尿管へと送り出された不要物質を含んだ体液、すなわち尿は、いったん膀胱にたくわえられ、一定量がたまると、自律神経系による反射を通じて体外に排出されます。これが排尿、すなわちおしっこです。
画像出典(YouTube):Urinary system The nephron
猫が腎臓病にかかりやすい理由
猫は腎臓の病気にかかりやすいことで有名です。このセクションでは、なぜ猫が泌尿器系の病気にかかりやすいのかについてを、データと共に見ていきたいと思います。なお、猫のおしっこには病気の徴候が現れることもありますので、おしっこの変化や異常を参考にしながら日々観察する習慣をつけましょう。
猫と泌尿器系の病気
以下はアニコム損保が公開している「家庭どうぶつ白書2014」(PDF)内から引用したデータです。猫と泌尿器系疾患との相性の悪さを、如実に物語っています。
以下では、なぜ猫が泌尿器系の病気と相性が悪いのかに焦点を当てて考えていきたいと思います。
猫の疾病請求理由
保険の請求理由として多かった分野の内、上位10をリストアップすると、やはり泌尿器系がトップになるようです。さらにその内訳をみてみると、「腎不全=53.1%」、「膀胱炎=21.3%」、「尿結石=6.2%」、「下部尿路症候群=3.5%」、「膀胱結石=3.3%」、「腎結石=1.9%」と、腎不全(急性+慢性)が圧倒的に多いことを見て取ることができます。
猫の腎不全・年齢別有病率
さらに、泌尿器系の病気の中で最も頻度が高かった腎不全をピックアップしてみると、上のグラフのようになります。年を取ればとるほど有病率が高まるのは当然ですが、とりわけ10歳頃を境にして急に右肩上がりになるようです。以下では、なぜ猫が泌尿器系の病気と相性が悪いのかに焦点を当てて考えていきたいと思います。
ネフロンの少なさ
腎臓に含まれるネフロンの少なさが、猫に腎臓病が多く見受けられる一因となっています。左右両方の腎臓に含まれるネフロンに関し、動物間では以下のような違いがあります。
どの動物に関しても、生成された尿が通る集合管が再生しやすいのに対し、実際のろ過作業を行う糸球体(およびろ過膜)が破壊されると、もう二度と再生しないといわれています。そして糸球体を含むネフロンの60~75%以上が壊れたとき、泌尿器系の症状が現れだすと考えられていますが、そもそもネフロンの絶対数が少ない猫の場合、腎不全に陥るまでの耐久力が、他の動物に比べてはるかに劣るという点は、上記した組織学的な特性からも明らかといえるでしょう。
ヒト・イヌ・ネコのネフロンの数
- ヒト~約200万個
- イヌ~約80万個
- ネコ~約40万個
どの動物に関しても、生成された尿が通る集合管が再生しやすいのに対し、実際のろ過作業を行う糸球体(およびろ過膜)が破壊されると、もう二度と再生しないといわれています。そして糸球体を含むネフロンの60~75%以上が壊れたとき、泌尿器系の症状が現れだすと考えられていますが、そもそもネフロンの絶対数が少ない猫の場合、腎不全に陥るまでの耐久力が、他の動物に比べてはるかに劣るという点は、上記した組織学的な特性からも明らかといえるでしょう。
尿道の形
猫に特有な尿道の形が、結石症の発症にかかわっているといえます。
人間の男性やオス犬の尿道は、骨盤内でいったんカーブを描いてから膀胱と外界とを結び付けます。しかしオス猫の尿道は、膀胱から肛門の真下に向かってまっすぐ伸びており、さらにその内径は、外界に近づくにつれて狭くなるという特性を有しています。この解剖学的な特性のおかげで、繁殖期によく見られるスプレー(おしっこ飛ばし)ができるのですが、その反面、結石が詰まりやすいというデメリットにもなっています。
人間の男性やオス犬の尿道は、骨盤内でいったんカーブを描いてから膀胱と外界とを結び付けます。しかしオス猫の尿道は、膀胱から肛門の真下に向かってまっすぐ伸びており、さらにその内径は、外界に近づくにつれて狭くなるという特性を有しています。この解剖学的な特性のおかげで、繁殖期によく見られるスプレー(おしっこ飛ばし)ができるのですが、その反面、結石が詰まりやすいというデメリットにもなっています。
尿の濃縮能力
猫のもつ特異な尿の濃縮能力が、結石症の一因になっている可能性があります。
猫の祖先は砂漠地帯で生きていたリビアヤマネコだといわれています。この祖先は水の少ない乾燥した地域で暮らしてきたため、水を大量に摂取しなくても何とか生きていけるという体の構造を身につけていました。現代の猫もこの祖先の能力を受け継ぎ、少ない飲み水でも、なるべく体液を喪失しないよう、効率的に不要物質のろ過をして尿を生成する能力をもっています。その結果、余計な水分を含まない非常に濃い尿を作り出すことができるようになったのです。
こうして作られた猫の尿は通常、弱酸性であり、結石ができることもありません。しかしエサのバランスが崩れたり、感染症にかかって尿がアルカリ性に傾くと、すぐに結石ができやすくなってしまうというデメリットを一方で抱えており、猫に結石症が多いことの一因となっています。
猫の祖先は砂漠地帯で生きていたリビアヤマネコだといわれています。この祖先は水の少ない乾燥した地域で暮らしてきたため、水を大量に摂取しなくても何とか生きていけるという体の構造を身につけていました。現代の猫もこの祖先の能力を受け継ぎ、少ない飲み水でも、なるべく体液を喪失しないよう、効率的に不要物質のろ過をして尿を生成する能力をもっています。その結果、余計な水分を含まない非常に濃い尿を作り出すことができるようになったのです。
こうして作られた猫の尿は通常、弱酸性であり、結石ができることもありません。しかしエサのバランスが崩れたり、感染症にかかって尿がアルカリ性に傾くと、すぐに結石ができやすくなってしまうというデメリットを一方で抱えており、猫に結石症が多いことの一因となっています。
AIMの怠慢
2016年に行われた調査により、猫の腎臓では「AIM」と呼ばれる特殊なタンパク質が十分に機能しておらず、これが慢性腎臓病の遠因になっている可能性が示されました。急性腎障害が発生した時、人間やマウスでは上記「AIM」が傷害部位に駆けつけて応急処置をしてくれます。それに対し猫では、血中の「AIM」が免疫グロブリンM(IgM)と結合したままなぜか離れようとせず、傷害部の治療が放置されてしまうとのこと。結果として腎機能の回復が遅れ、慢性腎不全に発展しているそうです。
AIMと腎機能の関係性に関してはこちらの記事をご参照ください。
猫のおしっこが臭い理由
猫のオシッコは、犬などと比較すると臭いといわれます。では、猫のオシッコをとりわけ臭くしている原因はいったい何なんでしょうか?以下では、独立行政法人理化学研究所と国立大学法人岩手大学の共同研究の結果を要約してご紹介します。 ネコの尿臭の原因
人間と猫の尿タンパクの違い
私たち人間と同様、猫の体にも二つの腎臓(じんぞう)が備わっており、血液をろ過することにより、生命活動によって生じた老廃物を尿中に排出させるという非常に重要な役割を担っています。しかし、血液中のタンパク質の体内運命に関しては、私たちと猫との間には大きな違いが見られます。
人間の体内における血中タンパク
私たち人間の体内では、血液中のタンパク質は老廃物とともにいったん腎臓でろ過された後、再利用されるため腎臓によって再吸収されます。結果として、健康な人の尿にタンパク質はほとんど排泄されず、もし排泄された場合は「タンパク尿」という病的な状態で、腎機能の低下や異常のバロメータとなります。
猫の体内における血中タンパク
人間とは違い猫の体は、腎臓の機能が正常でも尿に大量のタンパク質を排泄するというユニークな生理現象を持っています。中でも、コーキシンと呼ばれるタンパク質は、腎臓の尿細管(腎臓を構成している小さな単位)という組織の細胞で合成された後、尿中に分泌されるということが明らかになっています。
- コーキシン
- コーキシンとは、分子量が約7万のタンパク質で、本来Carboxylesterase like urinary excreted proteinの略語ですが、日本語の「好奇心」という言葉にも引っ掛けて命名されています。
コーキシンとフェリニンの関係
研究グループは、このコーキシンの機能を調べる際にフェリニンという化合物に着目しました。フェリニンとは約50年前に発見されたアミノ酸の一種で、猫やその近縁のネコ科動物の尿にだけ特異的に存在し、他の動物の尿では見出されていない物質です。コーキシンもフェリニンも、なぜか猫の尿だけに特異的に存在するという共通点から、両者の間に何らかの関連性があるのではないかと推論したわけです。研究結果を簡潔にまとめると以下のようになります。
コーキシンとフェリニン
- 「グルタチオン」(細胞内に高濃度で存在する抗酸化物質で、毒物や細胞で生じた有害物質と結合して無毒化し、細胞外に排出させる作用をもつ)という物質が、コレステロール合成経路の中間産物であるイソペンテニルピロリン酸を抱合
- 「3-メチルブタノールグルタチオン」(3-MBG)の生成
- 「コーキシン」が「3-MBCG」のペプチド結合を分解
- フェリニンの生成
猫の尿臭の原因
性成熟している猫の尿に存在するコーキシンとフェリニンの量を解析した結果、それぞれの排泄量は、去勢していないオス猫で著しく高く、去勢したオス猫やメス猫で低いことが明らかになりました。Hendricksら(1995)は、メス猫の尿中に含まれるフェリニンの量が、多くて1日20ミリグラムであるのに対し、去勢されていないオス猫では95ミリグラムにまで達することを確認しています。
また、猫の尿に含まれる揮発性の臭い成分の分析を行った結果、約100種類もの揮発性物質が検出され、その中にフェリニンが分解されて生じる「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」とその類似物質が含まれていることが明らかになりました。そしてこの「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」こそが、猫に特有な尿臭の原因物質の素になることが明らかになったのです。すなわち、猫の尿中にだけ存在する「フェリニン」という特異な物質が、猫のオシッコをとりわけ臭くしているいう訳です。
また、猫の尿に含まれる揮発性の臭い成分の分析を行った結果、約100種類もの揮発性物質が検出され、その中にフェリニンが分解されて生じる「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」とその類似物質が含まれていることが明らかになりました。そしてこの「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」こそが、猫に特有な尿臭の原因物質の素になることが明らかになったのです。すなわち、猫の尿中にだけ存在する「フェリニン」という特異な物質が、猫のオシッコをとりわけ臭くしているいう訳です。
猫のスプレー行為
フェリニンの役割
猫のおしっこを臭くしている犯人が「フェリニン」という物質であることまでは判明しました。しかし、なぜネコ科の動物だけがフェリニンを尿中に排泄するのかに関してはいまだに分かっていません。ただ「去勢しておらず、生殖能力のあるオス猫でフェリニン濃度が高い」という事実から推測すると、「オス猫がなるべく遠くのライバル猫まで自分のテリトリーを誇示するため」や、「なるべく遠くの異性をひきつけるため」ではないかと考えられます。Zahaviら(1997)は、「フェリニンの量は、オス猫が質の高い食物にありついていることを示すサインであり、メス猫に対して”甲斐性”をアピールするための有力な手段になる」と推測しています。
上記した仮説を裏付けるかのような実験結果もあります。1990年にMacdonaldらが行った実験では、オス猫にしてもメス猫にしても、オスのスプレー尿に対するリアクションがとりわけ強いという事実が判明しました。実験では、同一グループに所属する親しい猫の尿、および違うグループに所属する見知らぬ猫の尿に対するリアクションが観察されました。結果は以下。 「The Behaviour of the domestic cat」より改変
上記した仮説を裏付けるかのような実験結果もあります。1990年にMacdonaldらが行った実験では、オス猫にしてもメス猫にしても、オスのスプレー尿に対するリアクションがとりわけ強いという事実が判明しました。実験では、同一グループに所属する親しい猫の尿、および違うグループに所属する見知らぬ猫の尿に対するリアクションが観察されました。結果は以下。 「The Behaviour of the domestic cat」より改変
顔見知りの猫の尿に対する反応
見知らぬ猫の尿に対する反応
このように、オス猫であれメス猫であれ、オス猫のスプレー尿を長時間吟味する傾向があり、とりわけ見知らぬオス猫のスプレー尿に関しては念入りににおいを嗅ぐという事実が明らかとなりました。
猫の尿と「危険な情事」
「危険な情事現象」とは?
「危険な情事現象」(fatal attraction phenomenon)とは、自分の身に危険を及ぼすような物事に対し、なぜか魅力を感じて引きつけられてしまうという現象のことです。例としては、トキソプラズマに感染したげっ歯類が、本来は天敵であるはずの猫のおしっこになぜか引きつけられ、近寄っていくなどが挙げられます。
トキソプラズマと嗅覚変化
2011年、上記「危険な情事現象」が、実は人間にも起こりうるという可能性が示されました(→出典)。J.Flegrは、34人のトキソプラズマ感染者と134人の非感染者を対象にして、嗅覚に関する実験を行いました。用いられたのは猫、犬、馬、トラ、ハイエナの尿です。被験者に、それぞれのにおいに対し「好き嫌い」の度合いを判定してもらったところ、不思議な事実が発見されたといいます。
その事実とは、トキソプラズマに感染した男性患者は、非感染の男性よりも猫の尿に関して「心地よい匂い」と評価する割合が高かったのに対し、トキソプラズマに感染した女性患者は非感染の女性よりも、猫の尿に関して「不愉快な匂い」と評価する割合が高かったというものです。
その事実とは、トキソプラズマに感染した男性患者は、非感染の男性よりも猫の尿に関して「心地よい匂い」と評価する割合が高かったのに対し、トキソプラズマに感染した女性患者は非感染の女性よりも、猫の尿に関して「不愉快な匂い」と評価する割合が高かったというものです。
「危険な情事」にはまる人間
トキソプラズマに感染した男性が、猫の尿に対し訳も無く魅力を感じてしまうという奇妙な現象は、天敵である猫のおしっこに引き寄せられていくげっ歯類の姿を彷彿とさせます。これは先述した「危険な情事現象」の一種と思われますが、その明確なメカニズムについてはまだ分かっていません。また、男性と女性では、なぜ真逆の感性変化が起こるのかに関しても不明のままです。しかし、猫を飼っている男性で「最近なんだか猫のおしっこが好きになった」とか、猫を飼っている女性で「最近なんだか猫のおしっこが臭くなったみたい…」という、説明の付かない感覚の変化があった人は、「ひょっとすると、トキソプラズマに感染したかな?」と疑ってもよいかもしれません。
なお猫がトキソプラズマに感染している場合、「オーシスト」という形で糞中に排出されます。ですからトイレ掃除を担当する飼い主は、常にこの原虫に感染する危険性があるわけです。