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トキソプラズマ症~症状・原因から治療・予防法まで

 人獣共通感染症の内、トキソプラズマ症について病態、症状、原因、治療法別に詳しく解説します。人にも犬猫などのペットにも感染する病気ですので、予備知識として抑えておきましょう。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

トキソプラズマ症の病態と症状

 トキソプラズマ症とは、原虫の一種であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)が感染することで発症する病気のことです。人間を含むほとんどすべての哺乳動物に寄生しますが、それらは全て中間宿主であり、最終的にはネコ科動物の体内へと移行します。

ライフサイクル

 終宿主である猫の糞便中に紛れ込んだ「オーシスト」と呼ばれる形態のトキソプラズマは、湿度、温度(20℃)、酸素という条件が揃い次第「スポロブラスト」と呼ばれる胞子細胞になり、それから2日以内に「スポロシスト」と呼ばれる状態になります。スポロシストの内部には2つの殻があり、中にはそれぞれ4匹の「スポロゾアイト」(sporozoit, スポロゾイト)と呼ばれる三日月形(7×2ミクロン)の原虫を含んでいます。ここまでが中間宿主の体内に入るまでの準備期間です。 Toxoplasma gondii - Life cycle and Invasion(YouTube) トキソプラズマのライフサイクル~オーシストとスポロシスト  中間宿主となる様々な動物の体内に、主に口を通して入り込んだオーシストは、腸管から様々な細胞へと広がり、以降「脱嚢→細胞内侵入→バキュオール→分裂→タキゾアイト(tachyzoit, タキゾイト)」という経過をたどって急激に勢力を広げていきます。 トキソプラズマのライフサイクル~脱嚢・細胞内侵入・バキュオール・タキゾアイト  宿主の免疫力が正常な場合、トキソプラズマ(タキゾアイト)の多くは免疫細胞の一種であるマクロファージの食作用によって消滅します。しかし、生き残った一部のタキゾアイトは、食作用が比較的穏やかな筋細胞や脳細胞の中で殻に閉じこもり、「シスト」と呼ばれる引きこもり状態になります。
 「シスト」の中でひっそりと増殖していた「ブラディゾアイト」(bradyzoit, ブラディゾイト)と呼ばれる原虫は、終宿主である猫に取り込まれるや否や、腸の粘膜上皮細胞の中に入り込み、活発な増殖を開始します。ここで増殖した原虫は、オスとメスとに分かれており、両者が受精するとオーシストと呼ばれる形態に変化します。このようにして振り出しに戻るのが、トキソプラズマのライフサイクルです。 トキソプラズマのライフサイクル~シストとブラディゾアイト  なおオスとメスとに分かれる有性生殖は猫の腸管上皮細胞の中でしか行われず、理由については長らく謎とされてきました。しかし2019年、アメリカ・ウィスコンシン大学のチームが行った調査により、「猫の腸管における高いリノール酸濃度」がトキソプラズマの種特異性の原因になっていることが解明されています。詳しくは以下のページをご参照ください。 トキソプラズマが猫の腸管内でしか有性生殖できない理由が解明される

トキソプラズマ症の症状

 上記したようなライフサイクルを送るトキソプラズマ原虫が宿主に症状を引き起こすのは、主として増殖が最も活発なタキゾアイトの時期です。症状の現れ方は、宿主の免疫力に左右されます。
  • 免疫力が正常の場合 免疫力が正常な場合、顕著な症状は現れません。リンパ節の腫れや発熱・筋肉痛・疲労感といった、漠然とした体調不良が続き、約1ヶ月で落ち着いていきます。 
  • 免疫力が低下している場合 免疫力が低下している場合は、それにつけ込んで病原体が活性化する「日和見感染」(ひよりみかんせん)を起こすことがあります。具体的には胎児、幼児、臓器移植患者やエイズ患者などです。重症化した場合には、脳、神経系、肺、心臓、肝臓、眼球などに悪影響を及ぼします。

トキソプラズマ症の原因

 トキソプラズマ症の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
トキソプラズマ症の主な原因
  • 糞便を経由して  トキソプラズマ症の感染経路は、オーシストを含む猫の糞便が、何らかのルートを通じて口に入ることです。最も多いのは、猫の排泄物を掃除するとき、誤って手に付着してしまうというものでしょう。その他、砂場で遊んでいる子供やガーデニング中の大人が、うっかり野良猫の排泄物を触ってしまうという可能性も考えられます。また直接糞便に接触しなくても、オーシストが付着した野菜や水を摂取することで感染することもあります。
  • 肉を経由して  ほぼ全ての哺乳類・鳥類がトキソプラズマの中間宿主になりえますので、それらの肉の中に「シスト」という形でトキソプラズマが潜んでいる可能性があります。特に高頻度でシストが見付かるのは、羊肉、豚肉、鹿肉などです。また、汚染された食肉を加熱調理しないまま食べることも発症率を高めてしまいます。食肉そのものだけでなく、包丁やまな板など、肉と接触した全てのものが感染源になりえます。  
  • 胎盤を経由して すでにトキソプラズマに感染している妊婦が妊娠してしまった場合、胎盤を通じておなかの中の胎児に原虫が移行してしまうことがあります。こうした感染パターンを経胎盤感染や垂直感染と言います。特に危険なのは、妊娠中に初感染したときです。

トキソプラズマ症の治療

 トキソプラズマ症の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
トキソプラズマ症の主な治療法
  • 投薬治療  トキソプラズマ症に対する積極的な治療は、主に免疫力が低下した人に対して行われます。具体的には、トリメトプリム・スルファメトキサゾール、ピリメサミン、サルファ剤、葉酸の投与などです。
  • トキソプラズマ症の予防策  トキソプラズマ症の予防策は、今のところ予防ワクチンはありませんので、日ごろからの心がけが重要となってきます。もし飼い猫が外出せず、かつ生肉を食べないのであれば、飼い猫から感染することはまずありません。ゴム手袋などを着用して飼い猫のトイレを毎日清潔に保ち、さらに適宜ゴム手袋を消毒・交換すればほぼ感染を防げます。一方、猫を放し飼いにしており、どこで食事をしているかわからないような猫は常に感染の危険性を有しています。以下は予防策のリストです。手の写真の黒い部分は、洗い残しが発生しやすい場所を示しています。 手の中で洗い残しが発生しやすい部位
    • 調理の前後には良く手を洗う
    • 園芸や猫の世話をする時にはゴム手袋などを着用する
    • 生食や無滅菌の牛乳を避け、加熱、燻製、塩蔵がしっかりされた食品を摂る
    • 24時間以上冷凍した食品を使う
    • 野菜や果物は水でよく洗ってから食べる
    • 猫はできるだけ部屋飼いにし、生肉を与えたり狩りをさせたりしない
    • 肉類は十分に加熱して食べる
    • 妊婦は生肉を取り扱わない