トキソプラズマの生殖サイクル
真核微生物の一種「トキソプラズマ」(Toxoplasma gondii)には、無性生殖するフェーズと有性生殖するフェーズがあります。無性生殖はほとんど全ての温血動物の体内で可能なため、鳥類や哺乳類などありとあらゆる動物が中間宿主になりえます。それに対し有性生殖は猫の腸管上皮細胞の中でしか行われません。トキソプラズマが猫を終宿主にするのはそのためです。猫の腸管内で増殖したトキソプラズマはオーシストという形態になって糞便中に排出され、他の中間宿主に取り込まれるのを環境中で待ちます。
Intestinal delta-6-desaturase activity determines host range for Toxoplasma sexual reproduction
Bruno Martorelli Di Genova, Sarah K. Wilson, J.P. Dubey, Laura J. Knoll, doi: http://dx.doi.org/10.1101/688580. bioRxiv 2019
有性生殖フェーズの種特異性は古くから知られていましたが、なぜ猫の体内でしか有性生殖ができないのかというメカニズムに関してはよく分かっていませんでした。今回の報告を行ったウィスコンシン大学を中心とした調査チームが解明したのは、この長らく謎だったメカニズムです。蓋を開けてみると、拍子抜けするほどシンプルなものでした。
Bruno Martorelli Di Genova, Sarah K. Wilson, J.P. Dubey, Laura J. Knoll, doi: http://dx.doi.org/10.1101/688580. bioRxiv 2019
有性生殖に必要なのはリノール酸
結論から言うとトキソプラズマの有性生殖に必要なのは豊富なリノール酸です。二重結合を2つ有しているというリノール酸の分子構造的な特徴が、原虫が増殖する際のシグナリングに利用されていると考えられています。
動物の腸管内には食事から摂取したリノール酸が存在していますが、腸管に含まれる「デルタ-6デサチュラーゼ」と呼ばれる酵素の働きによりアラキドン酸に転換されます。
- デルタ-6デサチュラーゼ
- デルタ-6デサチュラーゼ(D6D)は脂質転換酵素の一種。猫を除くすべての哺乳動物が保有しており、腸管内でリノール酸からアラキドン酸を生成する際に用いられます。代表的な転換経路は「リノール酸+デルタ-6デサチュラーゼ→γ-リノレン酸→ジホモ-γ-リノレン酸+デルタ5デサチュラーゼ→アラキドン酸」などです。
マウスの体内でも増殖できる
調査チームは猫以外の哺乳動物の体内でトキソプラズマの有性生殖を誘発できるかどうかを確認するため、マウスを用いた実験を行いました。実験デザインとその結果は以下です。豊富なリノール酸では「200μM」、少量のリノール酸では「20μM」が給餌されました。
トキソプラズマの有性生殖実験
- 豊富なリノール酸→❌失敗
- D6Dの酵素活性を抑制→❌失敗
- 少量のリノール酸+酵素活性抑制→❌失敗
- 豊富なリノール酸+酵素活性抑制→⭕成功
猫を用いた動物実験の削減へ
アメリカ合衆国農務省(USDA)で長らく行われてきた猫を用いたトキソプラズマの研究は、猫たちを最終的に致死処分することが明るみに出たことで激しい非難に遭い、2019年度からの打ち切りが決定しました。
これまでトキソプラズマの研究動物としてもっぱら猫が用いられてきた理由は、先述したように猫の腸管内でしかトキソプラズマの有性生殖が行われなかったからです。今回の調査により猫以外の哺乳動物の体内でもトキソプラズマの有性生殖を誘発できることが明らかになりましたので、今まで使われてきた「研究のために必要」という正当化は通用しなくなるでしょう。猫を対象とした動物実験における「3R」(Replace, Reduce, Refine)を見直すべき時が来ています。【アメリカ】
— 子猫のへや (@konekono_heya) 2018年9月20日
税金を投じた研究施設において年間100頭、延べ3千頭もの猫たちが実験動物として殺されていた問題~超党派議員らが農務省(USDA)を「厚顔無恥で残酷」と厳しく批判し、圧力を強める。#猫福祉 #猫動物虐待
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