トップ2016年・猫ニュース一覧10月の猫ニュース10月13日

猫の急性腎臓病に「AIM」を用いた新治療法が登場か

 東京大学の調査チームが猫の慢性腎不全の発症メカニズムを部分的に解明したことにより、新たな治療法への期待が高まっています(2016.10.13/日本)。

AIMの構造と役割

 通常、人間やマウスの腎臓において急性の障害が発生したときは、障害を受けた部位から化学物質が放出されて炎症反応が促進されると同時に、血中を漂っている「AIM」と呼ばれるタンパク質の一種が障害部位に集合して細胞の死骸を除去しようとします。基本的な用語解説と生理学的なメカニズムは以下です。
基本用語解説
  • AIM正式名称は「マクロファージ細胞自然死阻害タンパク質」(apoptosis inhibitor of macrophage)で、免疫細胞マクロファージの生存期間を伸ばす物質として発見されたタンパク質の一種。Cd5l遺伝子によってコーディングされており、CD5様抗原とも呼ばれている。
  • IgM正式名称は「免疫グロブリンM」。AIMは、IgMが5つ連なった五量体に結合して血中を漂っている。結合型AIMと分離型AIMの模式図
  • KIM-1正式名称は「腎傷害分子-1」(Kidney injury molecule-1)。尿細管の細胞に壊死が起こると遺伝子が発現して生成が増加するタンパク質の一種で、AIMと協力して死んだ細胞の残骸を除去する。
  • 近位尿細管腎臓内のネフロンに含まれる尿細管のうち、濾過を行う糸球体に近い部分のこと。急性腎障害においては近位尿細管の皮髄境界部で細胞死が起こりやすく、基底粘膜から分離した死細胞が管腔内を物理的に遮蔽して腎臓の濾過機能を阻害する。
  • 糸球体濾過量腎臓において単位時間当たりに濾過される血漿の総量。濾過は主として毛細血管がボール状になった「糸球体」と呼ばれる部位で行われることからこう呼ばれる。腎臓の機能単位であるネフロンと糸球体の模式図
AIMの腎回復メカニズム
  • 血中のAIMがIgMから分離
  • 近位尿細管の管腔内に移動
  • 炎症の結果として管腔内にたまった細胞の残骸に累積
  • KIM-1と連携して残骸を除去
  • 糸球体濾過量の回復
  • 腎機能の回復
急性腎障害発生時のAIMの役割模式図

猫型AIMのやっかいな特徴

 ところが東京大学の研究チームによると、猫の体内では上記したような正常な連鎖反応が起こらず、急性腎障害が慢性腎不全につながってしまう原因になっている可能性が高いとのこと。
 調査チームはまず、遺伝子操作によって猫型のAIMを体内に保有するマウス(猫型マウス)を作り出し、急性の腎障害を引き起こして正常な治癒過程が進行するかどうかを観察しました。その結果、正常マウスでは血清クレアチニンレベル(腎障害の目安)が初日にピークを迎えた後で徐々に回復の兆しを見せ、障害発生5日目における生存率が75%だったのに対し、猫型マウスでは血清クレアチニンレベルが一向に低下の兆しを見せず、障害発生後3日目における生存率は0%だったといいます。次に同じ猫型マウスに急性腎障害を引き起こした後、マウス型のAIMを1、2、3日目のタイミングで人為的に注入してみました。すると、注入マウスでは血清クレアチニンレベルが5日目には減少し、生存率は80%にまで劇的に高まったそうです。
 こうした事実から調査チームは、猫における慢性腎不全の高い有病率の原因になっているのは「猫型AIM」であるという可能性を突き止めました。特に問題なのは、AIMとIgMの結合力がマウスの1000倍近くあり、急性腎障害が発生しても分離型AIMにならず、救急隊としての役割を全く果たしていない点だといいます。また腎障害の急性期において、マウスや人間が持っているような分離型AIMを治療の一環として投与すれば、急性炎症が早期に回復して慢性腎不全に発展する確率を下げることができるとも。 Impact of feline AIM on the susceptibility of cats to renal disease.
Sugisawa, R. et al. Sci. Rep. 6, 35251; doi: 10.1038/srep35251 (2016).
ライフサイエンス 新着論文レビュー

慢性腎不全を予防できるかも

 同時に行われた調査では、猫が保有する猫型のAIM、および猫型のKIM-1は、人間やマウスと同等の残骸除去能力を有していることが確認されています。つまり問題なのは、AIMやKIM-1の機能そのものではなく、「急性腎障害が起こってもなぜか頑なにIgMから分離しようとしない」という、猫のAIMだけが持つ理解不能な特性にあるというわけです。この状態はちょうど、火事の現場に消防車が駆けつけたにもかかわらず、隊員が車の中から頑なに出てこようとしない状態と同じです。初期消火が遅れたため大火事に発展してしまった状態が、猫の慢性腎不全に近いといえます。 猫型AIMは急性腎障害が起こっても頑なにIgMから分離しない  ではなぜ猫はこのようなおかしな特性を持っているのでしょうか?猫型AIMの構造を解析した結果、「SRCR3」と呼ばれる領域に含まれるアミノ酸に構造的な特性があり、これがAIMの結合能力をマウスの1,000倍にまで高めていることが明らかになりました。しかし、なぜこのような強い結合力を持ってIgMからの分離を拒んでいるのかに関しては、結局分からずじまいだったそうです。
 もし、猫のAIMが持つ特性が単なる気まぐれで、他に重要な意味を持っていないのだとすると、AIMとIgMを強引に分離したり、すでに分離した活性型のAIMを外部から注入すると言った治療法の可能性が見えてきます。後者に関しては今回の調査である程度の効果が実証されましたが、まだマウスレベルです。調査チームは将来的に、急性腎障害を抱えた猫や人間に対し、AIMの特性を応用した治療法を適用する可能性を視野に入れています。うまく実現すれば、慢性腎不全による猫の死亡率がいくらか改善するかもしれません。 猫の急性腎不全 猫の慢性腎不全