猫の慢性痛の原因
急性と慢性の明確な定義はありませんが、一般的に「慢性痛」と言ったときは「3ヶ月以上継続する持続的な痛み」とか「治癒の時間を超えて続く痛み」などと表現されます。急性痛の原因は打撲や捻挫など、放置すれば自然に治るものばかりです。一方、慢性痛の原因は、免疫の力だけでは自然治癒してくれないものが多く、これが長引く痛みの原因になっています。
猫の慢性痛においてよくある原因は以下です。痛みの度合いは、世界中の獣医師から構成される国際組織「世界小動物獣医協会」(WSAVA)が2014年に公開した「痛みの認識・評価・治療に関するガイドライン」に準拠しています。
猫の慢性痛においてよくある原因は以下です。痛みの度合いは、世界中の獣医師から構成される国際組織「世界小動物獣医協会」(WSAVA)が2014年に公開した「痛みの認識・評価・治療に関するガイドライン」に準拠しています。
耐え難い痛み
- 筋骨格系骨肉腫 | 肥大性の骨疾患 | 重度の炎症(腹膜炎・筋膜炎・蜂窩織炎) | 重度の火傷 | 四肢の切断
- 消化器系膵炎による組織の壊死 | 胆嚢炎
- 神経系脳や脊髄の梗塞や腫瘍 | 神経障害性疼痛(神経の絞扼・神経炎・ヘルニア) | 髄膜脳炎
- 感覚器系耳管の切除
中等度~激しい痛み
- 筋骨格系免疫介在性関節炎 | 組織の大規模な切除を伴う整形外科的な手術(十字靭帯修復/関節切開) | 汎骨炎 | 椎間板ヘルニア
- 呼吸器系横隔膜損傷 | 胸膜炎
- 消化器系口腔ガン | 胆嚢結石 | 腸間膜や腸管の捻転 | 管腔器官の膨張 | 敗血症性の腹膜炎
- 泌尿生殖器系尿管・尿道結石 | 陰嚢の捻転 | 乳腺炎
- 感覚器系緑内障 | ブドウ膜炎 | 角膜潰瘍や切除
- その他臓器肥大に起因する痛み
中等度の痛み
中等度~穏やかな痛み
慢性痛と猫の変化
猫の慢性痛は「通常見せる行動の減少」もしくは「異常行動の増加」という形で現れます。慢性痛を見つけるときのゴールドスタンダード(黄金基準)は、飼い主による日常的な触れ合いと観察です。
猫の慢性痛の見つけ方
猫と日常的に接している飼い主が以下に述べるような項目を、できれば毎日、最低でも週に1回チェックするように心がけておくと、猫の慢性痛を早期発見できる確率が高まります。
もし慢性痛のサインが見られた場合は、いったん動物病院で総合チェックをしてもらいましょう。慢性痛の原因が見つかり、鎮痛を施す場合は「多面的疼痛管理」というアプローチ法が行われます。これは投薬治療のみならず、様々な知識を総動員してあらゆる方向から鎮痛を試みるという治療法のことです。親切な病院の場合、飼い主が自宅ですべきことをオリジナルの冊子などで詳しく解説してくれるかもしれません。もし説明がおざなりだった場合は、「老猫の介護と痛みの管理」というページ内に概略をまとめてありますので参考にしてみてください。
慢性痛を抱えた猫に現れやすい行動の変化
- 寝る時間が多くなる
- ひきこもりの時間が多くなる
- 元気がない
- 以前ほど交流したがらない
- 睡眠サイクルが変化する
- 攻撃性が増す
- 体を触られると嫌がったり怒ったりする
- 遊びたがらない
- 食欲が減って体重が落ちる
- ルーチンが変更する
- 粗相が増える
特に筋骨格系の痛みがある猫に現れやすい行動の変化
- 高い場所にジャンプできない
- 高い場所から降りられない
- 通常であればひとっ飛びできる場所にも中間地点を経由する
- 敏捷性を失う
- 動きがたどたどしい
- 飛び上がった後の着地に失敗する
- 高い所から飛び降りる前に躊躇する
- 歩き方が変わる
- まれに足を引きずる
もし慢性痛のサインが見られた場合は、いったん動物病院で総合チェックをしてもらいましょう。慢性痛の原因が見つかり、鎮痛を施す場合は「多面的疼痛管理」というアプローチ法が行われます。これは投薬治療のみならず、様々な知識を総動員してあらゆる方向から鎮痛を試みるという治療法のことです。親切な病院の場合、飼い主が自宅ですべきことをオリジナルの冊子などで詳しく解説してくれるかもしれません。もし説明がおざなりだった場合は、「老猫の介護と痛みの管理」というページ内に概略をまとめてありますので参考にしてみてください。
慢性痛チェックの注意点
慢性痛の有無をチェックする際に注意すべきは、痛みによる行動の変化と後天的な学習とを混同してはいけないという点です。例えば食事中の猫の後ろに巨大なキュウリを置いて面白半分で驚かせたとします。嫌な経験をした猫はそれ以降、同じ場所で食事をすること拒むかもしれません。こうした後天的な学習を「食欲の減少」と誤認しないよう、注意する必要があります。
また慢性痛の徴候と老化の徴候とは非常に共通部分が多いため、特に老猫の場合、観察だけから両者を判別することは時として困難です。混同を避けるため、毎日マッサージを始めとする触れ合いの時間を持ち、触られるのを嫌がる箇所を見つけるよう努めます。
また慢性痛の徴候と老化の徴候とは非常に共通部分が多いため、特に老猫の場合、観察だけから両者を判別することは時として困難です。混同を避けるため、毎日マッサージを始めとする触れ合いの時間を持ち、触られるのを嫌がる箇所を見つけるよう努めます。
慢性痛用のペインスケール
完璧とまではいきませんが、猫用に開発された痛みの評価基準、すなわち「ペインスケール」というものも幾つか存在しています。ペインスケールの最大のメリットは、何らかの治療を施した前後で、猫の痛みの度合いが変化したかどうかを客観的な数字で確認できるという点です。以下で一例をご紹介します。
CSOM
「CSOM」(シーソム, client-specific outcome measures)とは、飼い主が主体となって猫の慢性痛を評価するためのペインスケールです。例えば、体の移動を伴う運動の中から猫がよく行うものを2~3個選択し、体の移動を伴わない行動の中から猫がよく行うものを2~3個選択します。あらかじめ選択したこれらの各項目について、飼い主自らが定期的に観察し、数値で評価します。そしてこの数値が週単位や月単位で見直した時、どのように変化しているかを調べるというのがその主旨です。
移動を伴う運動
- 歩く
- 高い場所にジャンプする
- 高い場所から降りる
- 階段を上がる
- 階段を下る
- おもちゃで遊ぶ
- 同居動物と遊ぶ
- トイレを使う
移動を伴わない行動
- 水を飲む
- エサを食べる
- 毛づくろいする
- 顔を洗う
- 寝る
- ストレッチする
FMPI
「FMPI」(Feline Musculoskeletal Pain Index)とは、特に筋骨格系の慢性痛を評価するために開発されたペインスケールです。17項目の質問に対して0~4までの数値で評価します。数値の意味は「0=全くできない」、「1=ほとんどできない/大変な努力を要する」、「2=努力すればできる」、「3=たやすくはできない」、「4=たやすくできる」で、合計点は「0~68」になります。
PLOS ONE
FMPIの基本17項目
- スムーズに歩いたり動いたりする
- 走る
- ジャンプする
- キッチン程度の高さにひとっ飛びで上がる
- 飛び降りる
- 階段やはしごを上る
- 階段やはしごを下る
- おもちゃで遊んだりものを追いかけたりする
- 同居中のペットと遊んだり交流する
- 休んでる体勢から起き上がる
- 横になる/座る
- ストレッチをする
- 毛づくろいする
- 家族の誰かと交流する
- 触られたり抱かれたりする
- エサを食べる
- トイレに出入りする
文明の利器を用いる
科学の進歩とともに生み出された文明の利器が、時として慢性痛の発見や評価に役立ってくれます。以下はその一例です。
加速度センサー
2007年に行われた調査によると、物体の動きを感知できる「加速度センサー」は、猫の慢性痛を評価する際に役立つとの結果が出ています。調査では鎮痛薬の一種である「メロキシカム」を投与する前と後とで、猫の行動範囲がどの程度変化するかが加速度センサー(Accelerometer)を用いて測定されました。その結果、薬を投与されている時の行動範囲が明確に大きくなったと言います。こうした事実から、加速度センサーは猫の慢性痛を評価する際にある程度役立ってくれるようです。しかし、機器自体があまり一般的でなく、また100gを超えるような重い機器を装着すると、猫の動きが制限される、といったデータもありますので、使用する際は慎重な配慮が必要となるでしょう。
ResearchGate
OtagoUniversity
感圧計測機器
「感圧計測機器」(kinetic force measurement device)とは、犬や猫が歩いている時の体重のかかり方をリアルタイムでモニタリングする機器のことです。代表例としては、「Tekscan」が開発した「Animal Walkway System®」などが挙げられます。2014年に行われた調査によると、健康な猫における歩き方は、体重のかかり方がほぼ左右対象で、「前足:後足=1.3(±0.2):1」だったと言います。変形性関節症などにより四肢や脊柱に慢性痛を抱えた猫では、上記した基準値から外れると推定されますので、疾患の発見や治療効果の判定に利用できるでしょう。ただし感圧計測機器を備えているのは、リハビリを専門としている病院くらいですので、利用できる猫は限られてしまいます。
JFMS
PMC
定量的感覚テスト
「定量的感覚テスト」(Quantitative sensory testing)とは、猫の体にある一定の刺激を定量的に与えて反応を観察することです。代表例としては「フレイフィラメント」(Frey filament)や「パルポメーター」(Palpometer)といったアルゴメトリー(痛覚計)が挙げられます。こうした計測機器は、痛みの閾値(いきち)が変化して病的な痛みを発する「痛覚過敏」や、極めて弱い刺激に対しても痛みを感じてしまう「異痛症」といった病変を発見するときには役に立ってくれます。しかし猫に不快感を与えてしまう点と、絶対的に信頼のおける評価基準が未だ存在していないという点がネックとなり、普及するには至っていません。