猫の外耳炎の病態と症状
外耳炎とは鼓膜を境とし、耳道(じどう)や耳介(じかい)など外側に付いている部分のどこかに炎症が発生した状態を示す広い言葉です。「外耳道炎」とも呼ばれます。
診断名と言うよりは症状の1つであり、原因が特定された時点で正式な名称に変わることも少なくありません。例えば植物のノギが入って外耳炎が起こっている場合は「異物混入」、腫瘍が原因で外耳炎が起こっている場合は「耳腫瘍」、耳ダニが原因で外耳炎が起こっている場合は「耳疥癬」などです。
外耳炎を引き起こす原因は多岐に渡りますが、耳に炎症が発生したときに猫が見せる共通の症状は以下です。
外耳炎を引き起こす原因は多岐に渡りますが、耳に炎症が発生したときに猫が見せる共通の症状は以下です。
外耳炎の主な症状
- 頭を振る
- 耳元をかく
- 耳介部の脱毛や自傷痕
- 耳垢が多い
- 悪臭を放つ
- 炎症・浮腫
- 痛み(タッチを嫌がる)
- 外耳道の皮膚が厚くなる
- 耳道が狭くなる
耳垢の特徴と原因
- マラセチア焦げ茶色/ベトベト/大量/甘い匂い
- ミミダニ焦げ茶色~黒/コーヒーの絞りかすのようにボロボロ
- グラム陽性球菌黒ずんだ黄色~薄い茶色/クリーミー
- グラム陰性桿菌薄い黄色/分厚い/甘い~チーズのような匂い
- 非感染性黄色~焦げ茶色/オイリー/大量/甘い匂い
猫の外耳炎の原因
猫の外耳炎は複数の要因が複雑に絡み合って発症することもありますので、原因を特定することは必ずしも容易ではありません。例えばアニコム損保の統計データ(2020年版)によると、犬の飼い主による保険請求のうち最も多かったのが原因不明の外耳炎で、猫においても原因不明の外耳炎が第7位にランキングしています(:アニコム, 2020)。こうしたデータからも、犬猫にかかわらず外耳炎の原因をピンポイントで特定することがいかに難しいかがお分かりいただけるでしょう。ちなみに1頭当たりの治療費は中央値で7,560円、平均値で28,166円でした。
猫の外耳炎の原因としては以下のようなものが挙げられます。多くの場合「発症素因+一次的原因」という形で発症し、「長期化要因」によって症状が長引きます(:August, 1988)。
猫の外耳炎の原因としては以下のようなものが挙げられます。多くの場合「発症素因+一次的原因」という形で発症し、「長期化要因」によって症状が長引きます(:August, 1988)。
発症の素因
発症の素因とはある個体を外耳炎にかかりやすくさせているもともとの要因のことです。遺伝的な体質や生まれ持った身体の構造が含まれますので、医学ではどうしようもないこともしばしばです。
- 品種原因はよくわかっていませんが、ある特定の品種において発症率が高いという報告がいくつかあります。例えば大阪府立大学獣医学部を受診した猫のうち、もっとも多かったのがヒマラヤンとペルシャだったと報告されています(:Baba, 1981)。またエジプトにあるアシュート大学の調査チームが2007年から2011年の期間、大学附属の小動物病院を受診した猫の中から外耳炎と診断を受けたケースだけをピックアップして調べた所、オスとメスで有病率に違いはなかったものの、ターキッシュアンゴラとペルシャにおいて高い有病率が確認されたといいます(:Wally, 2013)。
- 耳の形や体質耳道が狭い、毛深い、外耳が垂れ下がって通気が悪い、耳道が曲がりくねっている、体質的に耳垢の分泌量が多いといった解剖学的な特徴が外耳炎の発症リスクになりえます。イタリアにあるピサ大学の調査チームが行った疫学調査では、犬においては垂れ耳がマラセチアの感染リスクになっていたと報告されていることから(:Nardoni, 2013)、猫においては耳の穴を隠すほど極端に折れ曲がった耳を持つスコティッシュフォールドが危険品種だと考えられます。
- 年齢猫においては若齢で発症しやすいようです。イタリア国内で外耳炎を抱えていない25頭と外耳炎を抱えている48頭の耳を調べた所、前者の40%、後者の72.9%からマラセチアが検出され、年齢層では4歳までに多かったといいます(:Cafarchia, 2005)。またイランにあるテヘラン大学の調査チームが130頭の猫を対象としてマラセチアの検出率を調査した所、1~4歳の年齢層では42.7%という非常に高い値だったといいます(:Shokri, 2010)。若年層における高い有病率は、ミミダニに対する免疫応答がまだ確立していないからではないかと推測されています。
- 湿気雨やシャワーなどで耳に水が入ると雑菌が繁殖しやすくなり、外耳炎を引き起こしてしまうことがあります。
- 天候・気候地理的・季節的に湿度が高いと耳の中が湿っぽくなり、雑菌が繁殖して外耳炎の原因になることがあります。日本では梅雨の時期に相当するでしょう。またはっきりとしたメカニズムはわかっていないものの、猫においてはなぜか冬の発症率が高まるようです。例えばイタリアにあるピサ大学の調査チームが行った疫学調査では、夏と冬がマラセチアの感染リスクだったと報告されており(:Nardoni, 2013)、またミラノ大学の調査チームがイタリア北部で行った疫学調査でも、都市部と冬がマラセチアの感染リスク増加に関連していたと報告されています(:Perego, 2013)。
- 閉塞性の耳疾患良性腫瘍、悪性腫瘍(耳垢腺腫)、鼻咽頭ポリープが耳道を塞ぐことで外耳炎につながることがあります。原因が判明した時点で診断名は「外耳炎」から「耳腫瘍」になります。
- 全身性疾患発熱、免疫抑制状態、体力の低下が病原体への抵抗力を下げ、結果として外耳炎の素地になることがあります。
一次的な原因
一次的な原因とは外耳炎を引き起こしている直接の因子のことです。耳の中で炎症を誘発するあらゆる事物が原因になりえます。
- 異物植物のノギ, 石ころ, 砂粒, 土塊, 小さな虫や虫による刺咬, 抜け毛, 固まった耳垢, つけすぎた軟膏(塗り薬)
- アレルギーアトピー性皮膚炎, 食品アレルギー, ノミ皮膚炎, 接触性アレルギー
- 寄生虫耳疥癬(ミミダニ), 疥癬(ヒゼンダニ), 毛嚢虫, ニキビダニ
- 角質化異常脂漏症, 甲状腺機能低下症, 性ホルモンの乱れ
- 自己免疫疾患全身性エリテマトーデス, 天疱瘡(落葉状・紅斑性)
- 腺組織の疾患アポクリン腺の過形成, 皮脂腺の過形成(もしくは低形成), 分泌物の構成異常
- 細菌・真菌白癬, 犬小胞子菌, アクチノマイセス, スポロトリコーシス
- 医原性局所薬による刺激, 耳洗浄による耳の中の細菌叢変化, 過剰な耳掃除による微小な傷, 不潔な医療機器(耳鏡・洗浄器)の使い回しによる病原体の移行
長期化する原因
長期化する原因とは一次的な原因によって発生した外耳炎の治癒を遅らせるあらゆる因子のことです。
こうした事例からも分かる通り、外耳炎の原因をピンポイントで特定することは難しいため、複数の因子が絡み合っている可能性を常に考慮しなければなりません。
- 細菌・真菌マラセチア(イースト・酵母), カンジダ, ブドウ球菌, シュードモナス, 緑膿菌, パスツレラ菌
- 異物抜け毛, 固まった耳垢
- 進行性病変中耳炎, コレステリン肉芽腫, 骨髄炎, 角質過形成, 皮膚のシワ, 浮腫, 線維症, 耳道の虚脱や閉塞, 石灰化
- 鼓膜の病変不透明化, 膨隆
こうした事例からも分かる通り、外耳炎の原因をピンポイントで特定することは難しいため、複数の因子が絡み合っている可能性を常に考慮しなければなりません。
猫の外耳炎の診察と診断
猫の外耳炎において行われる一般的な診察項目は以下です。問診では症状が始まった時期、患側(片側だけか両側か)、季節性、既往歴や投薬歴などが聞かれます。最終的に「アレルギー性外耳炎」「マラセチア性外耳炎」といった診断名が下されることがありますが、実際には犬でも猫でも「特発性(=原因不明)の外耳炎」が大多数を占めます。
初期治療に反応しない難治性の外耳炎では微生物の培養と薬剤感受性の再評価、潜在性中耳炎の有無、垂直耳道や外耳の生検、CTスキャンなどが追加で行われます。また全身性の疾患が疑われる場合は血液生化学検査、尿検査、内分泌検査、アレルギーテスト、免疫力テストなども考慮されます。
- 全身および皮膚科に関する病歴
- 身体検査と皮膚検査
- 耳鏡検査
- 滲出液や耳垢の細胞診
- 微生物の培養と薬剤感受性の評価
- 中耳炎の有無
- 垂直耳道や外耳の生検
初期治療に反応しない難治性の外耳炎では微生物の培養と薬剤感受性の再評価、潜在性中耳炎の有無、垂直耳道や外耳の生検、CTスキャンなどが追加で行われます。また全身性の疾患が疑われる場合は血液生化学検査、尿検査、内分泌検査、アレルギーテスト、免疫力テストなども考慮されます。
猫の外耳炎の治療
「原因」のパートで解説したように、外耳炎は複数の要因が複雑に絡み合って発症しますので、原因がはっきりしないまま仮の診断を下し、確定診断と治療を兼ねて試験的に投薬が行われることもあります(:Little, 1996)。
耳垢の溶解
耳の中に耳垢がたまっているような場合は、それを柔らかくしたり溶かすような成分を含んだ洗浄液を注入し、耳の付け根をゆっくりマッサージしてバラバラにします。こうすることで耳の中をチェックしやすくなり、投与した薬剤が浸透しやすくなるからです。
溶解剤には様々な種類がありますが大なり小なり刺激性がありますので、耳道に傷があったり鼓膜に穴が開いているような場合は使用できません。またよほどおとなしい猫以外では全身麻酔もしくは鎮静剤の投与が必要となりますので、こうした薬剤に体が耐えられない場合も使用できません。
溶解剤には様々な種類がありますが大なり小なり刺激性がありますので、耳道に傷があったり鼓膜に穴が開いているような場合は使用できません。またよほどおとなしい猫以外では全身麻酔もしくは鎮静剤の投与が必要となりますので、こうした薬剤に体が耐えられない場合も使用できません。
耳の洗浄
耳垢の溶解が終わって耳道の風通しが良くなったら、生理食塩水と細いチューブによって耳の中のすすぎを行います。このとき耳垢の塊や毛が出てきた場合は小さな鉗子などを用いて取り除きます。綿棒を使って壁面をゴシゴシ拭くと傷の原因になったり、耳垢を奥に押し込んでしまう危険性があるため、よほど必要性がない限りは行いません。飼い主も自己流ではやらないようにしましょう。
生理食塩水自体に毒性は無いものの、事前の検査で見つからなかった小さな穴が鼓膜に空いていた場合、耳管を通じて洗浄液が口に流れ込み誤嚥性の肺炎を起こしてしまうかもしれませんので、施術中のモニタリングは慎重に行います。
耳垢溶解の場合と同様、よほどおとなしい猫以外では全身麻酔もしくは鎮静剤の投与が必要となりますので、薬剤に体が耐えられない場合はできません。
耳垢溶解の場合と同様、よほどおとなしい猫以外では全身麻酔もしくは鎮静剤の投与が必要となりますので、薬剤に体が耐えられない場合はできません。
局所治療
細胞診や微生物培養によって外耳炎を引き起こしていると思われる病原体がある程度わかったら、糖質コルチコイド、抗生物質、抗菌薬などを含んだ薬剤で局所的な治療を行います。耳の中に直接注入する場合、こぼれ落ちた薬液を猫が誤ってなめてしまわないようご注意下さい。
鼓膜に大小の穴が空いている場合、抗生物質や抗菌薬が原因で医原性の中耳炎を引き起こしてしまう危険性があります。また長期的に使用した場合、病原体が多剤耐性を獲得してしまう可能性も否定できません。
耳ダニ(O.cynotis)が寄生している場合は殺ダニ薬が投与されますが、このダニは容易に感染しますので患猫と接触のあったすべての猫を検査する必要があります。ミミダニに関しては首筋に滴下する「レボリューション」などのスポット薬も出回っていますので、場合によっては考慮します(※要処方箋)。
鼓膜に大小の穴が空いている場合、抗生物質や抗菌薬が原因で医原性の中耳炎を引き起こしてしまう危険性があります。また長期的に使用した場合、病原体が多剤耐性を獲得してしまう可能性も否定できません。
耳ダニ(O.cynotis)が寄生している場合は殺ダニ薬が投与されますが、このダニは容易に感染しますので患猫と接触のあったすべての猫を検査する必要があります。ミミダニに関しては首筋に滴下する「レボリューション」などのスポット薬も出回っていますので、場合によっては考慮します(※要処方箋)。
全身治療
症状がひどい、中耳炎を併発している、局所薬を投与できない、局所治療に反応しない、全身疾患が一因になっているといった場合は、全身に働きかけるような投薬治療が行われます。
慎重なモニタリング
局所的であれ全身であれ、抗炎症薬を投与すると痛みやかゆみが一時的におさまるため飼い主も獣医師も「治った」と早合点し、炎症を引き起こしている病原体があたかも消えたかのような錯覚に陥ることがあります。しかしこの錯覚こそが難治性外耳炎の一因になっているという指摘もありますので、一時的な症状の寛解と治癒とを取り違わないよう注意しなければなりません。
原因が多岐にわたる場合、一度の治療だけですっきり治ることは少なく、治療と評価を繰り返す必要があります。特に「発症の素因」で解説したような、医学ではどうしようもない要因が絡んでいる場合は長期的な治療が必要です。
原因が多岐にわたる場合、一度の治療だけですっきり治ることは少なく、治療と評価を繰り返す必要があります。特に「発症の素因」で解説したような、医学ではどうしようもない要因が絡んでいる場合は長期的な治療が必要です。
はちみつ(ハニードレッシング)、ハーバルオイル、エッセンシャルオイルなどを用いた民間療法がありますが、医学的にその効果が証明されたものはありません。特に最後のエッセンシャルオイルは種類によっては毒性を発揮しますので使用しないようご注意下さい。日頃から猫の耳掃除をして異常にいち早く気づいてあげましょう。