慢性腎臓病の危険因子調査
調査を行ったのはBanfield Pet Hospitalを中心としたチーム。2002年1月から2013年6月の期間、アメリカ国内43の州に点在する829の病院(Banfield Pet Hospital)を3回以上受診した猫を対象とし、慢性腎臓病(CKD)の発症リスク増加に関連している項目を統計的に調査しました。その結果、以下のような傾向が浮かび上がってきたといいます。数字は「ハザード比」(HR)で、一定期間中にある集団内で特定の出来事が起こる頻度と、別の集団内で同じ出来事が起こる頻度とを比較した値を表しています。要するに数字が1より大きければ大きいほど慢性腎臓病の発症リスクが高いという意味です。
Rosalie T. Trevejo DVM, MPVM, PhD, Journal of the American Veterinary Medical Association, March 15, 2018, Vol. 252, No. 6, Pages 710-720, doi.org/10.2460/javma.252.6.710
慢性腎臓病の発症リスク(HR)
- 歯周病ステージ1→1.33
- 歯周病ステージ2→1.34
- 歯周病ステージ3か4→1.5
- 年齢→1.39
- 雑種→0.76(純血種)
- 全身麻酔(調査期間終了時から遡って1年以内)→1.62
- 膀胱炎(調査期間に関係なく)→1.49
- 糖尿病→0.8
- 脂肪肝→0.14
Rosalie T. Trevejo DVM, MPVM, PhD, Journal of the American Veterinary Medical Association, March 15, 2018, Vol. 252, No. 6, Pages 710-720, doi.org/10.2460/javma.252.6.710
危険因子とCKD発症との関係
慢性腎臓病と診断された猫の年齢中央値が11.2歳だったのに対し、されなかった猫のそれは6.5歳でした。年齢が上がるほど慢性腎臓病の発症率が高まる(HR1.39)という傾向は、過去に行われた非常に多くの調査を追認するものであり、新しい知見とは言えないでしょう。
雑種であることと低い発症リスク(HR0.76)が関連しているという事は、裏を返せば純血種において発症リスクが高いということでもあります。今回の調査では特にシャム(相対リスク1.55)、ヒマラヤン(2.01)、アビシニアン(2.57)において高いリスクが確認されました。純血種に特徴的な何かが慢性腎臓病のリスクを高めているのか、それとも雑種に特徴的な何かが病気のリスクを低下させているのかは分かっていません。ちなみに過去に行われた調査(1980~1990年)ではメインクーン、アビシニアン、シャム、ロシアンブルー、バーミーズにおいて高い発症リスクが確認されています。
調査期間終了日から遡って1年以内に全身麻酔を受けた猫(55,999頭)において高いリスクが確認されました(HR1.62)。全身麻酔に伴う腎臓のかん流低下により腎臓の組織がダメージを受け、慢性腎臓病に発展したものと推測されます。また同じ期間中にデンタルクリーニングを受けた猫は69.7%(39,014頭)であることから、慢性腎臓病を発症する猫のうちなりの割合がデンタルクリーニングをきっかけにしているという可能性がうかがえます。
進行ステージにかかわらず歯周病が慢性腎臓病の発症リスク上昇と関わっていました(HR1.33~1.5)。関連性は確実にあるものの、歯周病と慢性腎臓病を結び付ける詳細なメカニズムに関してはよくわかっていません。
歯周病を抱えた人では血清C反応タンパク質や血漿ペントラキシン3といった炎症マーカーの増加が見られることから、口腔内の炎症が全身に影響を及ぼし得ることは確かなようです。一例としては「歯周病→潜在性の全身性炎症→腎臓における低酸素血→進行性の腎機能低下や局所的な動脈硬化→慢性腎不全」などが想定されています。その一方「慢性腎不全→尿毒症→歯周病」といった逆向きの因果関係がある可能性も否定できません。
人医学においては歯周病と全身性の疾患に深いつながりがあることが指摘されています。今回の調査により獣医学の分野においても同様の関連性がある可能性が浮かび上がってきました。「歯周病を予防すれば慢性腎不全の発症リスクを下げられる」というのは魅力的な知見ですが、歯周病予防のために行う全身麻酔を伴うデンタルクリーニングが逆に慢性腎臓病の発症リスクを高めているというのは歯がゆいところです。麻酔を避けて「無麻酔デンタル」を受けるという選択肢もありますが、こうした施術では多くの場合、歯周病の発症と関わりの深い歯肉溝のケアまではできません。歯周病予防のゴールドスタンダードは毎日の歯磨きですが、口を触らせてくれない猫に困ってる飼い主も多いことでしょう。猫において慢性腎臓病の発症率が高い理由の1つは、「犬に比べて歯磨きがしにくい」という点にあるのかもしれません。