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遺伝子検査パネルで見る猫の疾患遺伝子保有率~悪徳ブリーダーによる虐待繁殖に歯止めを

 複数の疾患を1度の検査でスクリーニングできる遺伝子検査パネルを用い、純血猫および非純血猫における疾患遺伝子保有率の大規模な調査が行われました。

猫の疾患遺伝子保有率

 猫の疾患遺伝子保有率に関する調査を行ったのは犬猫向けの遺伝子検査サービス「MyCatDNA」を提供しているWisdom Panelの研究チーム。2016年から2021年の期間、「MyCatDNA」もしくは「Optimal Selection Feline tests」という2つの遺伝子検査のどちらかを受けた猫を対象とし、遺伝疾患、血液型、外見に関与する87種の多様体と7,815種のSNPs(一塩基多型)がどのように分布しているかを調べました。
多様体/SNPs
多様体とは同一種の生物集団の中に見られる遺伝子型の変異の総体。SNPsとはある生物種集団のゲノム塩基配列中において、1%以上の頻度で見られる単一塩基の変異。
 最終的な調査対象となったのは4つの猫種団体(TICA | FiFe | CFA | WCF)で品種として認定されている90品種10,419頭と非純血種617頭。そのうち2,186頭はサブグループとして、近年になって同定された4つの多様体の解析対象となりました。猫たちの居住地の内訳はアメリカ(54.9%)、フィンランド(17.4%)、カナダ(5.3%)、イギリス(3.5%)、ノルウェー(3.5%)、スウェーデン(3.3%)、ロシア(2.5%)、フランス(1%)、その他(1%未満)です。 猫の頬粘膜サンプルからDNAを解析する  調査の結果、全体の22.5%に相当する2,480頭では、疾患に関連した多様体を少なくとも1つ保有していたといいます。さらに疾患の発現様式から推定した場合、452頭(4.1%)ではすでに発症していてもおかしくない状態だったとも。疾患に関連した多様体を複数保有している品種が多数認められ、最大は9つ同時保有のメインクーンだったそうです。
 その他、特筆すべき疾患遺伝子は以下です。

TRPV4

 TRPV4はスコティッシュフォールドの耳折れという表現型に関わる遺伝子。
 「耳折れ」という身体的な特徴により分類されたスコティッシュフォールド85頭を調べた結果、全頭においてTRPV4の多様体が確認されました。一方、耳が立ったままの「スコティッシュストレート」に関しては75頭すべてにおいて欠落していました。
 耳折れ遺伝子は便宜上「Fd」と表現されていますが、具体的にはTRPV4の変異でほぼ間違いないと考えられます。なお耳折れ個体を繁殖に用いた別品種においてもTRPV4が確認されたことから、無節操な悪質ブリーダーによる疾患遺伝子の「越境遺伝」が懸念されます。 猫の骨軟骨異形成

MDR1

 MDR1はMDR1タンパク(P-糖タンパク)と呼ばれる膜輸送体をエンコードする遺伝子。脳血液関門においては薬剤を細胞の中から外へ輸送する役割を果たします。この遺伝子に変異があると脳血液関門が正常に機能せず、イベルメクチンを代表格とする有害分子が脳内に侵入することによりさまざまな副反応を引き起こします。
 犬ではコリーとその近縁種において高い変異率が確認されていますが、猫においてはその存在自体が余り知られていません。当調査により1.1%(126/11,036)の割合で保有している可能性が示され、純血種ではバリニーズメインクーンラグドールシャムターキッシュアンゴラでの保有が確認されました。別の先行調査ではラグドールロシアンブルーシャムでも確認されており、普通の短毛種を含めた場合の全体保有率が4%と報告されていますので、もう少し認知度が高くてもよい気がします。
 便宜上「ネコMDR1薬剤感受性(Feline MDR1 Medication Sensitivity)」と呼ばれているこの遺伝子変異ではイベルメクチンだけでなく、「ブロードライン」に含まれるエプリノメクチンでも重篤な神経症状が出るとされていますので、万が一フィラリア治療・予防で投薬する場合は事前の注意が必要です。 猫のフィラリア症

CLCN1

 CLCN1の変異は常染色体劣性遺伝により先天性ミオトニー(Myotonia Congenita)を発現する遺伝子。
 先天性ミオトニーの特徴は収縮した筋肉の弛緩がスムーズに行われず、ずっとこわばった状態が維持されることです。当調査においては非純血種の1頭でだけホモ型の遺伝子型(アフェクテド)が確認され、飼い主への聞き取り調査により特徴的な症状である「笑顔」のほか失神発作、瞬膜露出、筋肥大、平坦耳、運動失調、細切れ歩様、開口障害などの症状も確認されました。 猫の先天性ミオトニーに特徴的な「笑顔」(顔面筋硬直)  ネット上ではたまに「笑う猫」という形で風変わりな表情をした猫がミーム化していますが、その背後には先天疾患である先天性ミオトニーの可能性が疑われます。人間に置き換えると病人を指差してゲラゲラ笑うことになりかねませんので、リアクションにはリテラシーが求められます。
Genetic epidemiology of blood type, disease and trait variants, and genome-wide genetic diversity in over 11,000 domestic cats.
Anderson H, Davison S, Lytle KM, Honkanen L, Freyer J, Mathlin J, et al. (2022) PLoS Genet 18(6): e1009804, DOI:10.1371/journal.pgen.1009804

日本の遺伝子検査は不完全

 日本国内で横行している虐待繁殖を通した疾患遺伝子の撒き散らしを止めるためには、事前の遺伝子検査が必須だと考えられます。
 最たる例はスコティッシュフォールドの耳折れと骨瘤を引き起こすTRPV4遺伝子です。この遺伝子は1つでも保有していると骨瘤を発症する危険性がありますので、「スコティッシュフォールド骨軟骨異形成」(SFOCD)という品種特有の疾患を駆逐するためには耳の折れた個体を繁殖ラインから除外することが必須となります。
 しかし現状はどうでしょう?ペットショップでは実店舗でもホームページでも耳の折れた子猫を堂々と人目に晒して衝動買いを誘発し、人気YouTuberがアクセス数稼ぎに利用し、それに感化された一般人が同一品種を購入するという残念なサイクルが出来上がっています。 重度の骨関節炎を抱えたスコティッシュフォールドは歩くこともままならずスコ座りをするようになる  疾患遺伝子が特定され、環境省の「動物取扱業における犬猫の飼養管理基準の解釈と運用指針」において遺伝疾患として明言され、血統書を発行する品種団体の素性すらまともにたどることができないにも関わらず、多くの消費者が疑問すら抱かず虐待繁殖を容認しているのが現状です。
 2022年6月現在、一部のペットショップ(例:コジマCOORIKUPetPlus)が子猫を対象として自主的に行っている遺伝子検査では多発性嚢胞腎ピルビン酸キナーゼ欠損症肥大型心筋症しかスクリーニングされていません。悪徳繁殖屋による疾患遺伝子の撒き散らしを止めるためには、より広範な遺伝疾患を含んだ遺伝子検査パネルの実施をブリーダーに義務付けることが望まれます。 無作為選出したスコティッシュフォールド100頭における骨瘤遺伝子保有率グラフ  なお2020年、インターネットを通じて募集したスコティッシュフォールド100頭の遺伝子検査が行われました。その結果、疾患遺伝子を保有していない個体が27頭、1つ保有(キャリア)が67頭、2つ保有(アフェクテド)が9頭という内訳だったといいます。つまり4頭のうち3頭は骨瘤を発症するリスクを抱えているということです。 折れ耳に隠された真実~全てのスコティッシュフォールドに遺伝子検査を
耳折れ個体の乱繁殖だけでなく、一部の品種における「越境遺伝」の例がすでに確認されています。遺伝疾患を知らないブリーダーは失格、知っていて繁殖するブリーダーもその時点で失格です。骨軟骨異形成(骨瘤)はもはやスコティッシュフォールドの固有疾患ではない