10月29日
飼育放棄の原因として大きな割合を占める「猫の問題行動」に関するアンケート調査を行ったところ、問題があるのは猫の方ではなく、むしろ飼い主の方である可能性が浮上してきました。調査を行ったのはイラン・テヘラン大学獣医学部の研究チーム。チームは獣医学部付属の小動物病院を訪れた、4ヶ齢以上の猫を飼う167人を対象とし、家庭における猫の問題行動に関する40項目のアンケート調査を行いました。その結果、94.6%の飼い主が少なくとも1つの問題行動を報告し、1頭当たりの問題行動の件数は平均して2.71だったと言います。また、問題行動に対処しようとした飼い主の割合は、わずか11.4%だったとも。問題行動として多く挙げられたのは以下です。
猫の問題行動(複数回答有)
- 特定の対象を恐れる=45.5%
- 過剰に注目を集めようとする=37.1%
- 他の猫に対する攻撃=32.9%
- 人間に対する攻撃=31.7%
- 不適切な爪とぎ=30.5%
- 粗相の問題=30.5%
- 人がいないときの鳴き声=15.0%
- 小動物を追いかける=15.0%
- 隠れる=13.8%
- 過剰なグルーミング=11.4%
- 偏執的行動=9.0%
- 異食症=4.8%
10月26日
「三毛猫は気まぐれでミステリアス」という固定観念の信憑性を調査すべく、猫の毛色と攻撃性に関する統計調査が行われました。猫の被毛の色と特定の状況における反応に関する調査を行ったのはカリフォルニア大学デイヴィス校の研究チーム。チームは猫の飼い主に対してインターネットを通じたアンケート調査を行い、「特定の状況における攻撃性」という点に関して評価をしてもらいました。最終的に得られた1,274人分の有効回答を解析したところ、以下のような傾向が浮かび上がってきたと言います。
毛色と攻撃性の度合い
- 三毛猫・サビ猫(メス)日常的な触れ合いにおける攻撃性が高い
- 黒と白(オスメス)触られた時の攻撃性が高い
- グレーと白(オスメス)動物病院へ連れていかれる時の攻撃性が高い
猫の性格には「氏と育ち」、すなわち先天的な素養と後天的な経験の両方が影響を及ぼしますので、「特定の毛色→特定の性格」という分かりやすい対応関係を確立するのはかなり困難です。今回の調査結果も「AB型の人は二重人格で天才肌」といった程度の軽い占いとしてとらえておいた方がよいでしょう。安直な固定観念は「黒猫→不吉を招くので敬遠したい」のようなバカバカしい毛色差別につながりかねませんからね。 The Relationship Between Coat Color and Aggressive Behaviors in the Domestic Cat
10月22日
猫の遺伝子を解析したところ、苦味を感じる受容器に関連した遺伝子が12個も存在しており、これが偏食の原因になっている可能性が示されました。調査を行ったのは、感覚受容に関する研究を行うアメリカの「モーネルセンター」(Monell Center)。研究者の間では長らく「苦味を感じる受容器は、植物に含まれる有毒物質を避けるために発達した」という考えが主流でした。この仮説を検証するためセンターのゲイリー・ビーチャム氏は、完全肉食として知られるイエネコの遺伝子を解析し、苦味受容器に関連した遺伝子が退化して少なくなってことを確認しようとしました。その理論的根拠は「肉だけを食べてきたイエネコ、アシカ、ブチハイエナなどでは、栄養素として重要では無い甘味(果物などに含まれる)を感じる遺伝子が退化してなくなっている。同様に、栄養素として重要では無い苦味(植物などに含まれる)を感じる遺伝子も退化しているはずだ」というものです。
調査の結果、猫の苦味受容器に関する遺伝子は、予想に反して12個もあり、そのうち最低7つは実際に機能していることが確かめられたと言います。また他の動物の苦味遺伝子と比較検討したところ以下のようになりました。
動物間の苦味遺伝子数
- イエネコ→12
- ホッキョクグマ→13
- フェレット→14
- イエイヌ→15
- ジャイアントパンダ→16
こうした事実から研究者は「苦味受容器は必ずしも有毒植物を避けるために発達した訳ではない」とし、「動物の体に含まれる有害物質を避けるために発達したというルートも考えられる」との結論に至りました。今年の6月に発表された別の研究(BMC Neuroscience)では、「猫の苦味の感じ方は、比較的狭い範囲に限定されている可能性がある」との報告がありましたが、今回の研究と考え合わせると、猫は私たち人間が感じることのできない微妙な苦味をピンポイント感じ取ることができるのかもしれません。 Functional Analyses of Bitter Taste Receptors in Domestic Cats
10月20日
ひと昔前からアメリカ国内で流布している「ハロウィンが近づくと動物保護施設から黒猫を引き取り、儀式の生贄にする輩がいる」と言う噂には、一体どの程度の真実が含まれているのでしょうか?結論から言うと、この噂には真実と虚構の両方が入り混じっているようです。真実の部分は「噂を信じてハロウィン直前の黒猫引き取りを拒否する保護施設があった(or ある)」という点。虚構の部分は「悪魔崇拝者が生贄に使う黒猫を動物保護施設から仕入れている」という点です。
前者の具体例としては「Maryland SPCA」、「Maxfund」、「Humane Society of Carroll County」などが挙げられます。後者に関しては、「ハロウィンの直前、たくさん飼っている猫の中から黒猫だけがいなくなった」、「ハロウィンの前になると迷子猫の数が増える」、「魔女の衣装を着た女が黒猫を引き取ったが、2日後に電話すると”猫は死んだ”と返答した」といった逸話的なエピソードはあるものの、実際に黒猫を儀式の生贄として使った悪魔崇拝者が捕まったという事例はありません。こうした点から考えると、「黒猫生贄説」は一種の都市伝説に区分されるようです。時系列でまとめると、1980年代後半~90年代にかけて「サタンパニック」(悪魔崇拝者による血なまぐさい儀式を恐れる風潮)が広まる→アニマルライツの急先鋒「PETA」が「ハロウィンの時期は黒猫を家から出さないように」というお達しを出す→10月になると黒猫が生贄にされるという噂が一般に広まる、といった流れで伝説が形成されていったものと推測されます。 動物保護施設の中には、一部の施設が行っている黒猫の引き取り制限を過剰反応であると評価しているところもあります。例えば「Animal Rescue and Adoption Society」は、「猫を生贄にする人は動物保護施設に40ドル払って身元調査を受けるようなことはせず、道端で黒猫を探すだろう」とし、10月の引き取り希望者をとりわけ厳しく審査する「10月モラトリアム」をあまり意味のないこととしています。また、保護施設にいる黒猫の代わりに心配すべきは、いたずらや虐待の犠牲になる野良猫たちだとも。実際2015年の10月にも、カリフォルニア州のスタインメッツ公園やニューヨーク州のスケネクタディにおいて、キリストの磔刑を模した形で猫が木に釘打ちされるという事件が起こっています。
上記したように、面白半分や愉快犯的な動機で猫を虐待する人間がいることは確かなので、道端で悪ガキにいたずらされそうな野良猫を見守ることの方が、よほど動物愛護の理念にかなっていると言えそうです。 Snopes.com
10月19日
ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智教授が誕生に関わったことで話題になったフィラリア治療薬「イベルメクチン」ですが、猫ではやや中毒症状を起こしやすいため注意が必要です。「イベルメクチン」は、フィラリア(犬糸状虫)を始めとする寄生虫予防薬として世界的に用いられてる薬。犬に対しても猫(フィラリアや鉤虫)に対しても使うことができますが、猫に対して推奨されている摂取量「24μg/kg」(=0.024mg/kg)を超えて過剰摂取してしまい、中毒に陥ったという事例が散見されます。
猫がイベルメクチン中毒を起こす際によくある状況は以下です。「200μg/kg」(=0.2mg/kg)くらいまでは許容範囲で、「4mg/kg」という大量摂取をしても回復したという事例はありますが、決して安心はできません。
イベルメクチン中毒の原因
- 犬用の薬を与える
- 生後6週齢未満の子猫に与える
- 放置された薬を誤飲する
- 投与を忘れた次の機会に2倍の量を与える
- 月1回のところ2回与える
- 他の動物用薬剤で間に合わそうとする
イベルメクチンの中毒症状
- 元気がなくなる
- 瞳孔が開く
- 一時的な視覚消失
- ぐったりと横になる
- 異常行動
- 震え
- 発作
- 徐脈
- 不整脈
- 高体温
- 運動失調
- 昏睡状態
10月15日
特定品種において高頻度で発症する「ピルビン酸キナーゼ欠損症」(PKD)は、放置すると日本でも蔓延する危険性をはらんでいることが明らかになりました。調査を行ったのは鹿児島大学が中心となったチーム。1990年代初頭、アメリカにおいて初めて報告され、1997年に関連遺伝子が特定された「ピルビン酸キナーゼ欠損症」(PKD)は、アビシニアンとソマリに特有の遺伝病と考えられてきました。ところが近年の調査では、アメリカおよびヨーロッパにおいて、上記2品種以外の純血種や、純血種の血が薄く混じっていると考えられる雑種においても、肝臓や赤血球のピルビン酸キナーゼ同位酵素形成に関わる「PKLR遺伝子」の変異が確認されたと言います。
- ピルビン酸キナーゼ欠損症
- ピルビン酸キナーゼは、体内においてエネルギーを産生する解糖系において、エネルギーの基本単位あるアデノシン3リン酸(ATP)の生成を触媒する酵素です。本症ではこの酵素が欠損することにより、赤血球の寿命が大幅に短縮して貧血となり、倦怠感、頻脈、肝臓や脾臓の腫大といった症状を示します。なお「多発性嚢胞腎」(PKD)と区別するため、「PK-Def」と略されることもあります。
純血種と変異遺伝子
- アビシニアン→(キャリア)37.1%/(発症)2.9%
- ソマリ→41.7%/2.1%
- ベンガル→3.2%/0%
- アメショ→1.7%/0%
- 4品種合計→17.6%/1.0%
10月14日
歯の中にある空洞の直径と、犬歯の幅との比率を計算すれば、年齢不詳の猫がいったい何歳なのかを推測するときの手がかりになるかもしれません。調査を行ったのはソウル国際大学の獣医学チーム。猫の犬歯の中に含まれる空洞(歯髄腔)の直径と犬歯の幅との比率(P/T比)が、年齢を推測する際の手がかりになるかどうかを確認するため、さまざまな年齢にある猫32頭のレントゲン写真を精査しました。その結果、年齢が上がるに従い、P/T比が低下する(=歯髄腔の内径が小さくなる)傾向にあったと言います。またこの傾向は、猫の性別や品種の影響は受けなかったとも。
こうした発見から研究チームは、「P/T比は野良猫や保護猫など、来歴がよくわからない猫の年齢を推測する際の手がかりになりうる」との結論に至りました。ただし比率の違いが顕著に見られるのは生後60ヶ月齢までであるため、猫が5歳より年長の老齢である場合、正確な年齢を突き止めることはかなり難しくなります。 Determining the age of cats by pulp cavity/tooth width ratio using dental radiography
10月13日
動物保護施設内で管理されている猫を対象とした調査により、お腹が下ったり便秘になったりする時のリスクファクターが明らかになりました。調査行ったのは、イギリス・リバプール大学を中心とした獣医科学チーム。イギリス国内にある規模も場所もバラバラな25の動物保護施設に暮らしている猫からランダムで糞便サンプルを採取し、その硬さを1から6までの数字で評価しました(数字が大きいほど便が固い)。また季節の影響を考慮するため、サンプルの採取は夏(5月29日~8月17日 / 13施設)と冬(2月3日~3月30日 / 12施設)に分けて行われました。その後、1,727個のサンプルと年齢、ケージの中で同居している猫の数、季節との関連を統計的に計算したところ、以下のような結果になったと言います。
下痢と便秘の関連因子
- 下痢の全体平均は11.9%
- 重度の下痢は2.4%
- 便秘の全体平均は5.6%
- 下痢と便秘の割合にはセンターでばらつきがある
- 6ヶ月齢以下のとき下痢の割合が2.54倍
- ケージ内複数同居のとき下痢の割合が1.24倍
- 13歳以上のとき重度の下痢が4.66倍
- 11歳を上限に月齢が上がるに従って便秘気味になる
- 夏における便秘の割合は冬の0.43倍
10月12日
トルコで行われた調査により、外耳炎を引き起こすことで知られるミミヒゼンダニは、外猫のみならず、室内飼育の猫にも広く蔓延していることが明らかになりました。調査行ったのはトルコ・アフィヨンコジャテペ大学とムスタファ・ケマル大学の共同チーム。2013年、トルコ・アンタリャにある動物病院に連れてこられた105頭の猫を対象とし、耳鏡を用いてミミヒゼンダニの感染率を調査しました。その結果、過去の調査結果であるギリシアの25.5%、ロンドンの29%、アメリカの22.5~37%、エジプトの22.65%などを追認する「27.7%」(28頭)という数値が確認されたと言います。その他の主なデータは以下。
ミミダニ感染率と各種変数
年齢が若ければ若いほど感染率が高くなるという傾向は、猫の新陳代謝が活発でダニに豊富な栄養を供給できるという点のほか、活動性が高く他の猫と接触する機会が多いため、感染猫からダニをもらってしまう機会も多くなるという点も関係しているのでしょう。また注目すべきは、室内で飼われているにもかかわらず、21%という高い確率で感染が確認されたという事実です。外に散歩に出た同居犬が家に持ち帰るというルートや、野良猫を触った飼い主にダニが付着し、そのまま帰宅してしまうというルートなどが考えられます。
Factors Related to the Frequency of Cat Ear Mites
(Otodectes cynotis)
アニコム損保が行った調査「家庭どうぶつ白書2014」(PDF)によると、ペットショップから迎えた子猫が30日以内に発症した病気トップ20のうち、なんと3.5%もが「ミミヒゼンダニ」によるものだったと言います。家に来てからダニに感染したのか、それともペットショップで売られていた時点で既に感染していたのかわかりませんが、ショップにいたからといって危険性が全くゼロではないという事実は注目に値します。飼い主は、「完全室内飼いだから大丈夫」という思い込みをいったん捨て、日頃から以下に示すような症状を注意深く観察しておくに越したことはないでしょう。
ミミヒゼンダニの症状
- 耳をしきりに掻く
- 耳の周辺にひっかき傷がある
- 頭をよく振る
- 耳から悪臭がする
- 耳から黒い塊が出ている
- 耳の中が赤く腫れている
10月9日
病院で言い渡された診断名の正しさを確かめるために行われる「セカンドオピニョン」は、獣医学の分野でも必要になってくるかもしれません。調査を行ったのはアメリカ・コーネル大学の獣医科学部。最初に診察を受けた病院で「ガン」と診察された犬や猫合計52匹を対象とし、別の病院で診察を受けたときの診断が、最初の診断とどの程度合致するかを追跡調査しました。結果は以下。
セカンドオピニョン合致率
- 完全に合致=52%
- 部分的に不一致=29%
- 完全に不一致=19%
10月7日
保護猫を引き取った里親の満足度を高めるためには、事前に猫と人間双方のキャラクターを特殊なテストですり合わせておくことが重要であると判明しました。毎年250万匹という途方もない数の猫が保護施設に引き取られるアメリカでは、保護猫の譲渡率を高めて安楽死を減らし、猫を引き取った里親による再放棄を予防するため、さまざまな工夫がなされてきました。その中で最も有名なのが、 2005年に「アメリカ動物虐待防止協会」(ASPCA)が考案した「フィーラインアリティ」(Feline-ality™)というシステムです。このシステムは、保護施設に引き取られた猫のキャラクターを3日間かけて評価すると同時に、里親候補者の生活環境や猫に対して抱いている期待を明確化し、猫と人間の間で将来的に起こりうるミスマッチを可能な限り減らすというものです。
システムを導入した保護施設では、軒並み安楽死数や再放棄数が減少するという目覚しい効果が出たものの、「猫のキャラクター評価に最低3日かかる」という煩雑さがシステムの普及を阻んでいました。この弱点を補う目的で試験的に考案されたのが、評価日数をわずか18時間にまで短縮した「改良版フィーラインアリティ」です。
ASPCAは、従来の「フィーラインアリティ」と改良版の互換性を確かめるため、コロラド州ボールダーにある保護施設において試験運用を行いました。その結果、改良版は従来版と同じくらい正確に猫のキャラクターを評価でき、また引き取った里親の満足度にも影響を及ぼさなかったと言います。
こうした結果から調査チームは、「改良版フィーラインアリティによって、短時間のうちに猫と里親のマッチングができるようになれば、保護施設スタッフ、保護猫、里親候補者すべてにとってプラスになるはずだ」との結論に至りました。 Modification of the Feline-Ality Feline-ality Forms, Templates and Resources 猫を引き取った里親の満足度を高めるためには、里親候補者が猫に対している潜在的な期待を明らかにすることが重要だといいます。そのため「フィーラインアリティ」では従来版であれ改良版であれ、猫のキャラクター評価と同時に、人に対するアンケート調査も細かく行われます。この手順を省略してしまうと、「甘えん坊で夜になると布団の中に入ってくるような猫が欲しい」という期待を抱いている里親候補に、人見知りでよそよそしい猫を引き取ってもらうという致命的なミスが生まれ、「再放棄」という最悪の事態につながりかねません。日本でも、「動物愛護センター」、「民間保護団体」、「里親募集型猫カフェ」などにおける利用が望まれます。
10月5日
治療が難しいことで悪名高い猫の「潰瘍性口内炎」に対し、脂肪由来の幹細胞を用いた再生医療が奏功するかもしれません。本研究を行っているのは、カリフォルニア大学デーヴィス校の「獣医再生医療研究所」(VIRC)。2015年に新設されたこの研究所では、大小様々な動物を対象とし、主に損われた身体器官を復元する「 再生医療」に関する研究が行われています。猫も対象動物の1つに数えられており、治療が難しく、生活の質を著しく悪化させることで有名な「潰瘍性口内炎」に関する研究が活発に行われています。
治療方法は至って簡単で、猫の脂肪細胞から取り出した「脂肪幹細胞」を、静脈内に注射するだけ。しかし単純な割にその治療効果はめざましく、約70%において「完全治癒」もしくは「著しい改善」が見られたと言います。
治療メカニズムに関してはまだ不明な部分があるものの、恐らく幹細胞が免疫T細胞の活動を変化させ、炎症を抑制しているのではないかと予測されています。この技術は最終的に、人医学領域の「口腔扁平苔癬」(口の中がただれる)、「口内炎」、「天疱瘡」などへの応用される予定です。 Cutting-edge stem cell cures
10月1日
ネコ腸コロナウイルスに感染している猫のうち、1割程度しか「猫伝染性腹膜炎」(FIP)を発症しないという奇妙な現象に関し、新たな知見が加わりました。非常に多くの猫が感染している「ネコ腸コロナウイルス」(FCoV)のうち、何の症状も示さない良性のウィルスと、「猫伝染性腹膜炎」(FIP)を引き起こす致死性のウイルス(5~12%)とを分け隔てているものは何なのかという疑問に関しては、世界中で数多くの研究がなされています。その中でも有力視されていたのが、2012年にChangらが発表した「M1058L置換」という仮説です。これは、ネコ腸コロナウイルスの最外層部分を構成している「スパイク」と呼ばれる突起状のタンパク質のうち、「1058」として区分された部分のアミノ酸が、メチオニンからルチンに置き換わると、 ウイルスが悪性化してFIPを引き起こすというものです。当仮説は、FIPを発症した猫のうち92%において観察されたというデータから、FIPの発症因子ではないかと注目されてきた一方、「発症した猫からしかデータ取っていない」という致命的な欠点も併せ持っていました。
この欠点を補うために研究を行ったのが、イギリス・ブリストル大学のチームです。このチームは、大学において入手した猫の検体112体を「FCoV+FIP陽性」と「FCoV+FIP陰性」とに分け、Changらが予言したように、本当に前者のFIP陽性グループにおいてのみ「M1058L置換」が起こっているかどうかを確認しました。結果は以下です。
FIP陽性とFIP陰性
- FCoV+FIP陽性糞便サンプル中、77%で「M1058L置換」が観察された/組織サンプル中、91%では「M1058L置換」が観察されなかった
- FCoV+FIP陰性糞便サンプル中、100%で「M1058L置換」が観察された/組織サンプル中、89%では「M1058L置換」が観察されなかった
有力視されていた「M1058L置換」仮説が否定され、「3歩進んで2歩下がる」ような結果になってしまいましたが、謎に満ちたFIP発症メカニズムを解明するためには、もう少し辛抱が必要なようです。なおこの研究は、猫の感染症に関する優れた研究者に贈られる「Merial Young Scientist Awards」を受賞しています。 Veterinary Research FCoVが拡散する様子(YouTube)