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猫はバランス感覚で生きている~なぜ猫は必ず足から着地できるのか?

 猫は高い場所から落下しても、驚くほど器用に体をくねらせて優雅に着地します。こうした動きを可能にしている機能はいったい何なのでしょうか?猫の身体能力を支えている「バランス感覚」について写真や図を用いて詳しく解説していきます。

猫のバランス感覚の源

猫の耳の中には三半規管と呼ばれる高感度バランサーが備わっており、瞬時にして体勢を元の状態に戻すことができる  私たち人間と同様、猫の耳の中には聴覚をつかさどる聴神経(ちょうしんけい)と、バランスをつかさどる前庭神経(ぜんていしんけい)があります。前庭神経は三半規管(さんはんきかん)と呼ばれる器官と連結しており、頭や顔の重力に対する向きを自動的に計算し、体が倒れてしまわないように調整しています。猫はこの三半規管がとりわけ敏感・高性能で、かなり高い場所から落下しても、いとも簡単に体勢を立て直して上手に着地します。
 なお、耳の不自由な猫でも、こうしたバランス感覚は通常の猫と変わりません。それは、内耳神経に含まれる聴神経と前庭神経が別々に機能しているからです。

猫の落下と着地

 猫は高い場所から落ちても、空中立位反射(くうちゅうりついはんしゃ)を瞬時に行うことによって、上手に着地することが出来ます。この反射は、生後21~30日齢に出現し、33~48日齢で早くも完成する、全ての猫が生まれつき持っている能力です。反射が成立するのに必要な距離は約60センチメートル、必要な時間はわずか0.125~0.5秒程度です。ただし、空中立位反射が発動するためには、落下の瞬間、四肢が水平状態でなければなりません。頭や尾から落とされた場合、たとえ猫と言えどもうまくバランスをとれず、地面に激突してしまうことがあります。
空中立位反射
  • 頭を横に向けて体を伸ばす
  • 体をひねり、四肢を下に向けて着地に備える
  • 足から地面に着地し、腹でバランスをとる
 以下でご紹介するのは、落下する猫が体勢を立て直す瞬間を正面から捉えた動画です。 元動画は→こちら
 以下でご紹介するのは、落下する猫が体勢を立て直す瞬間を側面から捉えた動画です。 元動画は→こちら

猫のバランス反射

 猫は瞬時にして自分の体勢を把握し、元の位置に戻す能力を持っています。以下では、三半規管をはじめ、猫の類まれなバランス感覚をつかさどっている数々の反射メカニズムについて解説します。なお、猫が首を傾けていたりフラフラ歩いているときは、中耳炎内耳炎、あるいは前庭神経炎などによりバランス感覚に不調が生じている可能性がありますので、念のため獣医さんに診てもらいましょう。
猫のバランス反射いろいろ
  • 三半規管反射  三半規管とは耳の奥にあるバランスセンサーのことです。体や頭が傾いて三半規管内部のリンパ液に環流が生じると、猫の脳は頭がどの方向にねじれているのかを自動的に感知します。その後、体のねじれに関する情報は脳内の前庭神経-前庭神経核-小脳(前庭小脳路)-脊髄(前庭脊髄路)などを経由して体中の筋肉を動かし、重力に対して最も安定した体勢を瞬時に計算し、体勢を立て直します。
  • 視覚による立ち直り反射  倒れたり落下したりして体の位置が不安定になると、当然見ている視界も不安定になります。視界が不安定になると、条件反射的に眼球の位置を正常位置に戻そうとする機能が働き、同時に頭部の位置を重力に対して水平(つまり二つの眼球が水平に並ぶこと)に戻そうとします。このように視覚(視界)のズレを契機として体勢を立て直そうとするのが視覚による立ち直り反射です。
  • 頚部筋肉による反射  猫の首に不自然なねじれが生じると、首の中に存在する筋紡錘(きんぼうすい)と呼ばれる伸張センサーが反応します。すなわち、今現在どの筋肉が伸ばされているかを瞬時に感知するのです。筋肉の伸張を感知すると、伸張反射という反射を通じて筋肉の収縮がおき、不自然に引き伸ばされた首の筋肉を元の位置に戻そうとします。結果として首の位置が元の位置に戻り、重力に対して眼球が水平、かつ体幹に対して頭部が前方を向くように頭が自動調整されます。
 ちなみに1950年代、無重力の中でも空中立位反射が成立するかどうかが検証されました出典資料:Siegfried, 1957)。急降下する航空機の中で猫の動きを観察したところ、無重力に入ってしばらくの間はしっかりと反射が現れたそうです。しかし何度か実験を重ねるごとに反射は弱くなっていったとのこと。目隠しをしても結果が変わらなかったことから、視覚による姿勢反射ではなく内耳(三半規管や耳石)による反射だと考えられています。

猫の落下と着地

 欧米には「猫には9つの命がある」(Cat has nine lives.)という伝承があります。これはどんなに高いところから落ちてもなかなか死なない猫の身体能力を元にして生まれたと考えられる俗信です。しかしすべての猫にそうした特殊能力があるわけではなく、相当高いところから落下したり打ち所が悪ければ、当然それなりの怪我を負うこともあります。

猫の落下と高層症候群

 「高層症候群」(こうそうしょうこうぐん, high-rise syndrome)とは、2階(7~9メートル)よりも高い場所から落下した猫が被(こうむ)る怪我のことです。代表的な怪我としては、下顎骨折、歯牙破損、腱や靭帯の断裂、肺を始めとする内臓の損傷などが挙げられます。
猫を安易にベランダに出すのは厳禁  1987年、5ヶ月間に「高層症候群」として診察された132頭の猫を対象とした調査では、「平均年齢は2.7歳」、「63%は気胸」(肺に穴が開く)、「55%は異常な呼吸」、「57%は顔面の損傷」、「17%は手足の骨折」、「17%は低体温」、「17%は歯牙破損」を被ったと報告されています出典資料:Whitney, 1987)。さらに1998~2001年の4年間、同じく「高層症候群」として診察された119頭の猫を対象とした調査では、「59.6%は1歳未満」、「落下時の平均的高さは4階」、「暖かい季節に多い」、「46.2%は手足の骨折」、「20%は気胸」、「13.4%は肺挫傷」だったと報告されています出典資料:Vnuk, 2004)。つまり、「9つの魂をもつ」猫といえども、高いところから落ちれば無傷では済まないということです。 1987年、132頭の猫を対象とした調査における高層症候群の内訳
 こうした「高層症候群」に代表される怪我は、飼い主の配慮によって100%防ぐことができます。マンションなど高い場所に暮らしている人は、以下に述べるような注意事項を厳守するようにしましょう。
高層症候群・予防策
  • 猫の身体能力を過信しない
  • 赤ん坊や犬用の柵は猫には無意味
  • 猫をベランダに出さない
  • 窓を開けっぱなしにしない
  • 窓には必ず網戸を付ける
 猫は日向が好きですが、ベランダの縁で日向ぼっこをさせるの厳禁です。鳥やトンボに気を取られ、自分がいる場所を忘れてダイブしてしまうかもしれません。万が一落下して致命傷を負ってしまうと、飼い主は自責の念からひどいペットロス症候群にかかってしまうこともあります。ですから猫を安易に外に出すのではなく、室内の日当たりのよい場所にふかふかのベッドやクッションなどを置くようにしましょう。

落下とターミナルベロシティ

 3~4階から落下して上記した「高層症候群」に陥ってしまう猫がいる一方、5階以上のかなり高いマンションや木から落下しても生きている猫の話をよく聞きます。落下しても生き延びた猫の記録としては、「18階から硬い地面へ落ちて生還」、「20階から低木の植え込みへ落ちて生還」、「28階から天蓋へ落ちて生還」といったものが有名です(出典:「猫の行動学」/インターズー)。こうした奇跡的な話の裏にあるのは、「ターミナルベロシティ」というメカニズムだと考えられます。
 ターミナルベロシティ(Terminal Velocity, 終端速度)とは、地球の重力に任せて高い場所から落下した場合、最初はぐんぐんと落下速度が増していくものの、ある一定の速度に達すると加速が止まり、しまいには一定速度で安定するという現象のことです。発生メカニズムは、落下速度が速くなればなるほど物体にかかる空気抵抗が増し、ある速度でお互いが折り合ってバランスが保たれるというものです。 落下初期における加速度とターミナルベロシティに到達したときの加速度  猫のターミナルベロシティは、人間の時速200~210キロに比べて小さく、時速64~100キロ程度と推定されています(Whitney, 1987)。数値を変動させるのは、猫の体重や落下するときの姿勢などです。この値から逆算すると、高さ18メートルから落下して生き延びられるなら、高さ1,000メートルから落下しても10,000メートルから落下しても生き延びるということになります。
 もし、猫が自分の手足の付け根にある皮膚の遊びを思い切り広げ、ちょうど人間の「ウイングスーツ」やムササビの「飛膜」のようにしてターミナルベロシティを最小限に抑えるテクニックを覚えれば、どんなに高いところから落ちても比較的軽症で済むかもしれません。「18階から硬い地面へ落ちて生還した猫」や、「20階から低木の植え込みへ落ちて生還した猫」は、おそらく本能的にこのムササビテクニックを用いたのでしょう。
高い木から落下する猫
 以下でご紹介するのは、木のとても高い場所から落下してしまう猫の動画です。木の枝がクッションになったことと、空中で両手両足を広げてムササビのように空気抵抗を増加させたことにより、猫は無傷で走り去ります。 元動画は→こちら

猫の乗り物酔い

 一般的に、犬と比較すると猫は乗り物酔いしにくいといわれていますが、全く乗り物酔いしないわけではありません。猫が乗り物酔いしたときの症状は以下です。
猫が乗り物酔いしたときの症状
  • しきりにあくびをする
  • よだれをたらす
  • そわそわと落ち着きなく動く
  • 便意を催す
  • 嘔吐する
  • 心細げに鳴く
 猫の乗り物酔いは、30分間の揺れ刺激を1日5回の頻度で与えると慣れが生じるとされています(Crampton GH, 1991)。ただしトレーニングの間隔が2週に1度まで空いてしまうと効果がなくなりますので、最低でも週1の頻度でトレーニングしなければなりません。
 猫を車などに乗せる際は、乗る6時間くらい前には食事を済ませておきます。これは嘔吐で車内を汚さないためです。また、ペット用の酔い止め薬を動物病院で処方してもらうとよいでしょう。
 乗り物酔いを軽減する方法としては、走行中は窓を少し開けて自然の風を入れて、車内の通風をよくします。また、1時間に一度くらいの休憩を取ってあげるとよいでしょう。 猫が吐くのは病気?正常?