ゲノム編集で猫の体質を変える
猫アレルギーとは、主としてFel d 1と呼ばれるタンパク質によって目の充血、くしゃみ、鼻づまりといった風邪によく似た免疫反応か引き起こされてしまうこと。米国内で行われた調査では年間50万人にのぼる喘息発作および35万件にのぼる救急医療ケアには大なり小なり猫アレルギーが関わっていると推計されています。
猫アレルギーを緩和する方法は数多く提案されていますが、一部の研究機関では猫の遺伝子を編集してそもそもアレルゲンを作らないよう体質を変化させてしまうという画期的な方法が模索されています。
アレルゲン生成遺伝子の相同性
研究報告を行ったのはアメリカ・ヴァージニア州にある生物学的製剤の専門企業Indoor Biotechnologies。ペットとして親しまれているイエネコ、およびネコ科動物に属するもののペット動物ではないエキゾチックネコのDNAをゲノム解析し、Fel d 1の生成に関わる遺伝子(CH1とCH2)にどの程度の相同性(異なる種が共有している染色体上の特定の遺伝子座)があるのかを検証しました。
解析対象となったのは不妊・去勢手術で体内から性腺を切除されたイエネコ50頭分の体組織と、以下に示す8種のネコ科動物から採取されたDNA合計24サンプル(8種×各3頭ずつ)です。
解析対象となったのは不妊・去勢手術で体内から性腺を切除されたイエネコ50頭分の体組織と、以下に示す8種のネコ科動物から採取されたDNA合計24サンプル(8種×各3頭ずつ)です。
非イエネコ種
- ハイイロネコ
- クロアシネコ
- ベンガルヤマネコ
- スナドリネコ
- クーガー
- スペインオオヤマネコ
- ベンガルトラ
- ライオン
ゲノム編集との相性
次に調査チームは猫の体組織から培養した「Crandell-Rees Feline Kidney(CRFK)」と呼ばれる細胞を用い、塩基配列を部分的に分断するCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれる技術を用いてCH1とCH2をターゲットとした遺伝子編集を行いました。
その結果、 最大で55%という遺伝子編集効率が確認されたといいます。また本来の目標ではないオフターゲット領域での意図せぬ突然変異は見られなかったとも。 Evolutionary Biology and Gene Editing of Cat Allergen, Fel d 1
Nicole F. Brackett, Brian W. Davis, Mazhar Adli, Anna Pomes, and Martin D. Chapman.The CRISPR Journal.ahead of print, DOI:10.1089/crispr.2021.0101
その結果、 最大で55%という遺伝子編集効率が確認されたといいます。また本来の目標ではないオフターゲット領域での意図せぬ突然変異は見られなかったとも。 Evolutionary Biology and Gene Editing of Cat Allergen, Fel d 1
Nicole F. Brackett, Brian W. Davis, Mazhar Adli, Anna Pomes, and Martin D. Chapman.The CRISPR Journal.ahead of print, DOI:10.1089/crispr.2021.0101
アレルゲンのない猫は作れる?
調査チームは複数のネコ科動物間においてFel d 1の生成に関与する遺伝子の一致率がそれほど高くないという事実から、この遺伝子が分化後の選択圧を免れた重要な保存配列ではなく、ネコ科動物にとってそもそも必要不可欠な存在ではないと推測しています。また少なくとも実験室レベルではCRISPR-Cas9によってピンポイントのゲノム編集ができそうだともしています。
Fel d 1の役割は未知数
調査チームはFel d 1が猫にとって必要なタンパク質ではないと推測していますが、その生理作用がはっきりと解明されているわけではありません。
例えば過去の報告ではフェロモン(化学的コミュニケーションのための伝達分子)、上皮の防御、免疫の調整といった機能に関わっているのではないかと推測されていますし、Fel d 1との塩基配列一致率が35~60%のアンドロゲン結合タンパク(ABP)は、マウスでは交尾相手の選別やフェロモンとしての役割を担っています。
ある特定の遺伝子を無効化し、特定のタンパク質を体質的に生成できなくするいわゆる「ノックアウト・キャット」を生み出すことは技術的には可能かもしれませんが、現時点では猫に未知数のリスクを背負わせた動物実験という印象を拭えません。
例えば過去の報告ではフェロモン(化学的コミュニケーションのための伝達分子)、上皮の防御、免疫の調整といった機能に関わっているのではないかと推測されていますし、Fel d 1との塩基配列一致率が35~60%のアンドロゲン結合タンパク(ABP)は、マウスでは交尾相手の選別やフェロモンとしての役割を担っています。
ある特定の遺伝子を無効化し、特定のタンパク質を体質的に生成できなくするいわゆる「ノックアウト・キャット」を生み出すことは技術的には可能かもしれませんが、現時点では猫に未知数のリスクを背負わせた動物実験という印象を拭えません。
ネコゲノム編集治療の可能性
アレルギーを引き起こすアレルゲンが少ない猫は「ハイポアレジェニック・キャット(Hypoallergenic Cat)」などと呼ばれます。
代表的なのは ですが、現段階では少数の個体においてFel d 1の生成量が少ないという事実が確認されているだけで、この品種の特異体質としてハイポアレジェニックが確立されたわけではありません。 またアレルギーになりにくい猫種などと称してネット上で紹介されている品種にはそもそも医学的な証拠がまったくありません。驚くべきことに、一部の獣医師までもがこうしたガセネタを平気で撒き散らしていますのでご注意ください。 ゲノム編集によってFel d 1を生成できない猫を生み出すことができた場合、少なくともネット上で流布しているガセネタよりは医学的根拠を持つハイポアレジェニックキャットが誕生することになります。「猫アレルギー患者に優しい」といえば聞こえはいいものの、「遺伝子編集で生まれた新しい猫!」などと銘打って法外な値段で販売されることがまずは予想されますね。
技術と研究が進めば成猫を対象としたゲノム編集治療が登場するかもしれませんが、猫の体質を変えるのに莫大な費用をかける前に、その他の代替手段を試すほうが現実的でしょう。
代表的なのは ですが、現段階では少数の個体においてFel d 1の生成量が少ないという事実が確認されているだけで、この品種の特異体質としてハイポアレジェニックが確立されたわけではありません。 またアレルギーになりにくい猫種などと称してネット上で紹介されている品種にはそもそも医学的な証拠がまったくありません。驚くべきことに、一部の獣医師までもがこうしたガセネタを平気で撒き散らしていますのでご注意ください。 ゲノム編集によってFel d 1を生成できない猫を生み出すことができた場合、少なくともネット上で流布しているガセネタよりは医学的根拠を持つハイポアレジェニックキャットが誕生することになります。「猫アレルギー患者に優しい」といえば聞こえはいいものの、「遺伝子編集で生まれた新しい猫!」などと銘打って法外な値段で販売されることがまずは予想されますね。
技術と研究が進めば成猫を対象としたゲノム編集治療が登場するかもしれませんが、猫の体質を変えるのに莫大な費用をかける前に、その他の代替手段を試すほうが現実的でしょう。