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猫アレルギー患者に対する特異的IgG抗体の効果

 猫アレルギーを引き起こすアレルゲンと特異的に結合するIgG抗体が、抗ヒスタミン薬の代わりになりうる可能性が示されました(2018.4.18)。

詳細

 猫アレルギーとは猫の体から放出されるアレルゲン対して免疫システムが反応し、ヒスタミンが放出されて目のかゆみや充血、鼻水や鼻づまり、皮膚の赤みやかゆみといった症状が引き起こされる状態のこと。ネコアレルゲンが肥満細胞表面にあるIgE抗体に結合することによってスイッチが入り、細胞からヒスタミンが放出されることで発症すると考えられています(I型アレルギー反応による脱顆粒)。 アレルゲンの再侵入~IgE抗体による認識~肥満細胞における脱顆粒  今回の調査を行ったのは製薬会社リジェネロンが中心となったチーム。抗ヒスタミン薬があまり効かない猫アレルギー患者に対して時として行なわれる特異的免疫療法のメカニズムを解明するため、人工的に生成したIgG抗体を用いた投与実験を行いました。調査チームの仮説は「IgG抗体が多ければ多いほど肥満細胞表面のIgE抗体と競合が起こり、アレルゲンとの結合が阻害されて症状が軽減する」というものです。
特異的免疫療法
特異的免疫療法(SIT)はアレルギー患者の体内に低用量のアレルゲンを投与することで徐々にアレルギー反応が出にくくする治療法のこと。脱感作療法とも。
 実験に用いられたのはネコアレルゲンの主要成分である「Fel d 1」に対して特異的に結合する「REGN1908」(Chain1領域と結合)と「REGN1909」(Chain2領域と結合)という2種類のIgG抗体。アレルギー反応を示すマウスやヒトに投与して様々な反応を観察したところ、以下のような傾向が見られたと言います。
REGN1908と1909の効果
  • 好塩基球の活性化猫アレルギー患者10人から採取した好塩基球にREGN1908-1909複合抗体を投与→7/10人で少なくとも活性化が80%抑制された。REGN1908単独で用いた場合は3/7だった
  • 肥満細胞の脱顆粒REGN1908-1909複合抗体を0.5mg/kgずつ1対1で混合した抗体(=1mg/kg)を肥満細胞に投与→Fel d 1によって引き起こされる肥満細胞の脱顆粒が有意に低下
  • 人体投与実験猫アレルギー患者を投与グループ34人と偽薬グループ34人に分け、REGN1908-1909複合抗体(1:1の割合で600mg)を投与グループにだけ皮内注射する→注射前のベースライン値と比べ、注射後8日目の投与グループにおいて症状の有意な改善が見られた。特に顕著だったのは鼻づまり(34%改善)と鼻水(39%改善)で、効果は少なくとも1ヶ月間持続した。また85日間に及ぶ試験期間中、トータルのシンプルトンスコアは投与グループで20%超の改善が見られ、すべての調査ポイントにおいて60%超の反応が少なくとも50%の被験者で見られた。さらに偽薬グループではスキンプリックテストに変化が見られなかったのに対し、投与グループでは29日目で52%の減少が見られ、その他は85日目まで持続した
 こうした結果から調査チームは、特異的免疫療法が症状を緩和する現象の背景にあるのは、IgG抗体がIgE抗体と競合することで肥満細胞の脱顆粒を抑制する」というメカニズムである可能性が高いとの結論に至りました。また2種類を同時に投与した場合に相乗効果が起こり、数年に及ぶ特異的免疫療法を受けた人と同等もしくはそれ以上の効果が得られるとしています。
Treating cat allergy with monoclonal IgG antibodies that bind allergen and prevent IgE engagement
J. M. Orengo et al., Nature Communicationsvolume 9, Article number: 1421 (2018), doi:10.1038/s41467-018-03636-8

解説

 特異的免疫療法の治療メカニズムとしてはこれまで、低用量のアレルゲンが免疫T細胞に働きかけて症状を緩和していると考えられてきましたが、実証実験では同じ効果を再現できず、全く別のメカニズムが関わっているのではないかと推測されていました。今回の調査により、特異的免疫療法によって患者の体内で特異的IgG抗体が形成され、これがIgE抗体と競合することで肥満細胞との結合を阻害しているという可能性が強まりました。これは抗ヒスタミン薬に代わるアレルギー薬を開発する際に重要となる知見です。 IgG抗体が猫アレルゲン(Fel d 1)表面に有る複数のエピトープに結合することでIgEとの結合を阻害する  人工的に生成したIgG抗体の比較対象として、猫アレルギーに対する特異的免疫療法を完了した患者(治療期間の中央値は33ヶ月)から血液を採取し、体内で自然発生した特異的IgG抗体が抽出されました。しかしこの抗体はポリクローナル抗体であり、猫アレルギーの原因であるFel d 1にだけ結合するわけではありません。一方、今回の調査で合成されたのはFel d 1にだけ結合するモノクローナル抗体です。ポリクローナルがいろいろな抗原と結合するのに対し、モノクローナルは1種類の抗原としか結合しませんので、低用量で効果的にFel d 1を抑え込むことができます。同じレベルのブロック効果を得るために必要な抗体の量は、マウス1匹に対して「複合抗体0.02mg:自然抗体0.092mg」でしたので、理論上はおよそ5分の1でよいということになります。
 猫アレルギー患者合計68人に対する投与実験においては、副作用が107例報告されました。しかし偽薬グループと投与グループの間で格差は見られませんでしたので、複合抗体が重大な副作用を引き起こす事はないと推測されます。具体的には、少なくとも1つの副作用が報告された割合は偽薬グループが62.2%、投与グループが63.9%で、内容は頭痛(投与6:偽薬5)と注射部位の副反応(投与1:偽薬1)という軽いものでした。
 特異的免疫療法は長期にわたる症状の軽減を実現できることから、アレルギー患者に対する根治療法になるのではないかとして期待されています。しかし低濃度のアレルゲンを投与ことによる症状が出る、すべての人に効果があるわけではない、効果が現れるまで3年から5年かかる、詳細なメカニズムがわかっていないといったデメリットも併せ持っています。今回の調査対象となったREGN1908-1909複合抗体は、従来の特異的免疫療法と比較して以下のようなメリットを持っていると考えられます。近い将来、抗ヒスタミン薬に取って代わるかもしれません。 猫アレルギーについて
REGN1908-1909複合抗体
  • 特異的免疫療法が3~5年かかるのに対し、複合抗体は1回の注射で少なくとも1ヶ月の持続的な効果が得られる
  • 特異的免疫療法ではポリクローナルな抗体ができるのに対し、複合抗体はモノクローナルで効果的にFel d 1をブロックできるため、理論上は5分の1の量でよい
  • 複合抗体が重大な副作用を引き起こす事はないと考えられる
  • アレルゲン(Fel d 1)表面にあるエピトープを同時にブロックすることで、効果的にアレルゲンと肥満細胞の結合を阻害できる