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猫の知覚過敏症候群(Feline Hyperesthesia Syndrome, FHS)~病態・原因から治療法まで

 初めて文献で紹介されてから40年以上が経過しているにも関わらず、未だに原因が特定されていない猫の「知覚過敏症候群(FHS)」。現在分かっている範囲内で症状から原因までを詳しく解説します。

猫の知覚過敏症候群とは?

 猫の知覚過敏症候群(Feline Hyperesthesia Syndrome, FHS)とは腰部の皮膚が波打つようにピクピク動き、自分のしっぽを執拗に追いかけて自傷してしまう原因不明の疾患です。
ローリングスキン
 以下でご紹介するのは知覚過敏症候群を発症した猫で見られる典型的な症状「ローリングスキン」(波打つ皮膚)です。普通の猫でも見られることがありますが、これに過度な自傷が加わると病的な状態と判断されます。 元動画は→こちら
 獣医学文献に最初に登場したのは1980年とかなり前ですが未だに詳細な発症メカニズムは解明されておらず、「見かけ上の神経炎」「非特異的な神経皮膚炎」「ローリングスキンシンドローム(rolling skin syndrome)」「猫ぴくぴく病(twitchy cat disease)」などさまざまな呼び方で表現されてきました。
 明確な性差は確認されておらず、発症年齢はおおむね1~5歳とされます。文献上シャム、バーミーズ、ペルシャ、アビシニアンにおける発症例が報告されているものの、これらの品種に多いのかどうかまではわかっていません。多くの症例に共通する主な症状は以下で、自発的に出ることもあれば軽い接触に反応して出ることもあります。
FHSの主な症状
  • しっぽを追いかけて自傷する
  • 腰部や脇腹をなめたり噛んだりする
  • 腰部の皮膚が波打つようにぴくぴく動く
  • 腰部背面の筋肉が攣縮する
  • 瞳孔が散大する
  • 変な声でひっきりなしに泣きわめく
  • 幻覚を見ているような行動を取る
 最後の幻覚様行動には、狂ったように走り回ったり飛び回ったりすることや、発情期に入ったメス猫のような行動をとることが含まれます。多くの猫が排尿・排便の後に見せるいわゆる「トイレハイ」と呼ばれる行動がありますが、この一時的なドタバタがトイレ以外のタイミングでも頻繁に現れるイメージです。 猫の知覚過敏症候群における主症状のひとつであるしっぽへの自傷  トイレハイは普通の行動ですが、自分のおなかやしっぽを傷つけてしまうような場合は病的な状態と判断されます。重症の場合はしっぽを噛みちぎってしまうこともあるため、早急な医療的介入が必要です。

知覚過敏症候群の原因

 初出から40年以上が経ったにもかかわらず、知覚過敏症候群の原因は未だによく分かっていません。特定の原因によって発症する単一の疾患というより、複数の病態を合わせた総称、もしくは特定の病名がわからないときの仮診断名として使われます。想定されている原因の一例は以下です。
FHSの原因(推定)
 人医学では、通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激でも痛みを感じる病態を「アロディニア(異痛症, allodynia)」、通常では弱いかゆみしか引き起こさないような軽い刺激でも強いかゆみを感じる病態を「アロネーシス(alloknesis)」などと呼称します。猫の知覚過敏症候群も同じ病態である可能性はありますが、猫たちに感覚を問診するわけには行かないため、獣医学では便宜上「知覚過敏症候群」という広い表現が採用されます。

知覚過敏症候群の診断と治療

 知覚過敏症候群の原因自体が解明されていないため、多くの場合治療と診断は同時に行われます。つまり「原因は・・・だろう」と当たりをつけて当面の治療を行い、反応があれば正解、反応がなければ不正解として別の治療法に移るという流れです。
 例えばイギリスにあるエジンバラ大学の調査チームは2つの二次診療施設に蓄積された医療記録を回顧的に参照し、しっぽへの自傷などから「知覚過敏症候群」と診断された7頭に対する治療経過を報告しています出典資料:Batle, 2018)。以下は飼い主のコンプライアンスが保てず治療に反応しなかった1頭を除いた6頭に処方された薬剤です。
投薬123456
抗てんかん薬-
免疫抑制剤-----
抗炎症薬----
抗うつ薬-----
ノミ治療薬-----
 上記した投薬治療により、程度の差はあれ6頭全てが寛解(完全治癒ではないけれども症状が抑えられた状態)に至っています。しかし根本的な原因が取り除かれたわけではなく、ただ単に薬の力で強引に症状が抑えられているだけという可能性は否定できません。
 一方2021年、南米にある獣医療チームが知覚過敏症候群と診断された猫2頭(1.5歳と2歳)の脳波を調べたところ、1頭では側頭頭頂接合部においててんかん時に特有のパターンが見られ、もう1頭では左前頭側頭部に局所性鋭波が見られたと報告しています。またどちらの猫も抗てんかん薬治療に反応したとも出典資料:Alvarez, 2021)
 先述したエジンバラ大学の調査と合わせて考えると、知覚過敏症候群をてんかん発作の一種と想定して治療を始めると、より早く寛解に至る可能性が示唆されます。
自分のしっぽを追いかけ回して攻撃している場合、ゲラゲラ笑いながら撮影した動画をYouTubeにアップロードする前に、獣医師の診察を受けてください。猫が頭や首を血が出るほど引っかく原因はストレス