猫の足と人間の足の違い
猫の歩行様式は指行性(しこうせい)と呼ばれます。一方人間の歩行様式は蹠行性(せきこうせい)と呼ばれ、馬の歩行様式は蹄行性(ていこうせい)と呼ばれます。それぞれの意味は以下です。
動物の歩行スタイルいろいろ
- 蹠行性蹠行性(Plantigrade)は、地面に足の裏を平面的に接触しながら進む歩き方です。人間を始めとする霊長類、クマ、パンダ、ラット、モルモット、ウサギ、カンガルーなどが含まれます。
- 指行性指行性(Digitigrade)は、地面に指だけを接触しながら進む歩き方です。足の裏に付いている肉球がクッションの役割を果たします。犬、猫、ブタ、カバ、カピバラなどが含まれます。
- 蹄行性蹄行性(Ungulate)は、地面に硬いひづめを接触しながら進む歩き方です。ウマ、ゾウ、キリン、サイ、ラクダ、シカ、バッファロー、インパラなどが含まれます。
- 猫の香箱座り
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猫がくつろいでいる時、香箱座り(こうばこずわり/もしくはただ単に”箱座り”ともいう)という奇妙な座り方をします。座った時のたたずまいが、香箱(香を入れる四角い箱)を彷彿(ほうふつ)とさせるところからこう呼ばれていますが、さてこの時猫の前足は、いったいどうなっているのでしょうか?
下からのぞいてみると、手首を内側に器用に折り曲げて収納していることが分かります。
一般的に、猫はリラックスしている時しかこうした座り方を見せません。それはこの「香箱座り」という座り方は危険にさらされた時、即座に立ち上がって行動に移れない体勢だからです。猫が警戒しながら座っている時は、前足のひじを立てた状態をキープしています。また、ややリラックスしてくると「スフィンクス座り」、もしくは「ライオン座り」と呼ばれる姿勢に移行します。これはひじを地面につけた状態です。さらにリラックスすると手首を内側に折り曲げ、その上に上半身を乗せるようにして寝そべります。これが「香箱座り」の状態です。
大型ネコ科動物であるライオンは、こうした器用な座り方は出来ませんので関節が柔軟な猫特有のスタイルと言うわけですね。
猫の正常な歩き方
哺乳動物には少なくとも13の歩き方があるといわれ、猫も時と場合に応じてさまざまな歩き方をします。以下では、猫がマイペースでのんびり歩く時の「ウォーキング」、ちょっと急いでいる時の「ジョギング」、そしてかなり焦っている時の「ランニング」に分けて解説します。
猫のウォーキング
猫がのんびりと移動する時の歩き方は、「ウォーク」(walk, 常歩)が基本です。これはどの段階においても少なくとも二本の足が地面についている歩き方で、体が宙に浮く瞬間はありません。歩くスピードは0.9~1.8メートル/秒くらいで、体重の約60%は前足が支えています。前進する時の前足の基本的な機能は体を上に持ち上げることで、後足の機能は推進力を作ることです。
猫のウォーク
猫のジョギング
猫が少し急いでいる時の歩き方としては、「ペイシング」(側対速歩)と「トロット」(速歩)が有名です。
猫のペイシング
「ペイシング」(pacing, 側対速歩)は、右前足と右後足、左前足と左後足が連動する歩き方です。地面を蹴った後、一瞬体が宙に浮きます。
猫のペイシング
猫のトロット
「トロット」(trot, 速歩)は、右の前足と左の後足、左の前足と右の後足が連動する歩き方です。「ペイシング」同様、地面を蹴った後、一瞬体が宙に浮きます。重心移動が少ないため疲労が少なく、長距離を移動する時に最もよく使われると言われます。
猫のトロット
猫のランニング
猫がかなり焦っている時は、「ギャロップ」(gallop, 襲歩)という走り方をします。足の動きが一周する間、体が何回宙に浮くかによって、「シングルサスペンション」と「ダブルサスペンション」とに分かれます。なお「サスペンション」(suspension)とは「浮遊」という意味です。
シングルサスペンション
「シングルサスペンション・ギャロップ」(single suspension gallop)とは、足の動きが一周する間、体が1回だけ宙に浮く走り方です。基本的な動きはカエルと同じで、左右の前足と左右の後足とがそれぞれ連動します。一瞬体が宙に浮くのは、両方の後足で地面を蹴ってから、両方の前足で着地するまでの間です。
猫のシングルサスペンション・ギャロップ
ダブルサスペンション
「ダブルサスペンション・ギャロップ」(double suspension gallop)とは、足の動きが一周する間、体が2回宙に浮く走り方です。基本的な動きは「シングルサスペンション」と同じで、左右の前足と左右の後足とがそれぞれ連動します。体が宙に浮くのは、両方の後足で地面を蹴ってから両方の前足で着地するまでの間と、両方の前足で地面を蹴ってから両方の後足が再び地面に着地するまでの一瞬です。この動きを理解する際は、跳び箱をイメージすると分かりやすいでしょう。
上で示した動きを連続して行うのが「ダブルサスペンションギャロップ」です。つまり、「助走を挟まず連続で跳び箱を延々と跳び続ける状態」に近いと言えます。
猫のダブルサスペンション・ギャロップ
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猫の歩き方がおかしいとき
健康な猫の場合、猫の正常な歩き方で示したようなスムーズな足取りで歩いたり走ったりしますが、体に何らかの異常がある場合は、バランスやリズムが崩れたおかしな歩き方をします。飼い主は、以下に述べるような異常が無いかどうかを、日頃からチェックする習慣を付けておいた方がよいでしょう。
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猫の歩行異常
- ふらふら歩く
- 歩くのを嫌がる・運動を嫌がる
- ものによくぶつかる
- 片足を引きずるように歩く
- 下半身が動かない
- 動きがのろい
- お尻をこするように歩く
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猫の歩き方・Q & A
以下は猫の歩き方(ロコモーション)についてよく聞かれる疑問や質問の一覧リストです。思い当たるものがあったら読んでみてください。何かしら解決のヒントがあるはずです。
オスとメスの歩き方は同じ?
左右の足にかかる力は同じ?
前後の足にかかる力は同じ?
ジャンプ後、後ろ足で着地することはある?
基本的には前足で着地します。
事故でうっかり落下した時やジャンプして何かを前足でつかんだ時などを除き、ジャンプしたり高いところから飛び降りた猫はほぼ100%前足で着地します。これは視覚によって地面との距離を測る必要があるためです。
スウェーデンの調査チームは高性能の感圧マットを用意し、その上を猫に歩いてもらって前後の足にどのような力がかかるのかを検証しました。その結果、1mの高さから感圧マットの上に着地した時の最大垂直力(16頭)は、前足が後ろ足の1.7倍で、0.12秒の時間差で後ろ足が着地することが判明したといいます (:Stadig, 2014)。またノースカロライナ州立大学の調査チームも、1mの高さから着地した時の最大垂直力は体重の148.9%、平均垂直力積は18.1%になり、歩行時よりも瞬間的に大きな力がかかると報告しています(:Lascelles, 2007)。
歩き方をどうやって切り替える?
本能的に自動で切り替えます。
アリゾナ大学の調査チームはトレッドミルの速度を2.0~4.6m/秒に変化させ、猫の歩き方を観察しました。
その結果、シングルサスペンションギャロップ(transverse gallop)、ダブルサスペンションギャロップ(rotatory gallop)、そしてハーフバウンド(half bound)という3種類のギャロップがとてもスムーズに切り替わることが明らかになったといいます。足が空中に浮いているスイングフェーズは通常0.2秒ほどですが、0.05~0.1秒増加もしくは0.05秒減少させることでギャロップの入れ替えを行っていたとのこと(:Wetzel, 1977)。
以下はそれぞれのギャロップ歩行において、猫の足が地面に接地するタイミングと持続時間を模式化した図です。特殊な訓練を積むことなく、猫はスピードや疲労度に合わせて自動的に歩様を切り替えることができます。
犬と猫の歩き方の違いは?
猫の方が関節を深く曲げながら歩きます。
オランダ・ユトレヒト大学の調査チームは犬と猫24頭ずつに協力してもらい、足の裏がマットと接触している間の力のかかり方を解析しました。
その結果、足を後ろに引きつけて体を前に進める「推進フェーズ」における最大垂直力を体重1kgに換算した場合、犬(3.03N/kg)よりも猫(3.89N/kg)の方が1.3倍ほど大きいことが判明したといいます。また後肢による推進力と推進力積は犬より猫の方が大きかったとも。
こうした力のかかり方の違いを生み出しているのは、猫が歩く時に膝関節と足関節(脛骨足根関節)を深く曲げ、犬よりもしゃがんだ姿勢に近いことだと考えられています。待ち伏せ型の狩猟・捕食を行うネコ科動物では、足を曲げて忍び足で獲物に近づく「ステルス歩行」が基本ですので、この歩き方が通常の歩行時にも出てしまうのではないかということです(:Corbee, 2014)。
ステルス歩行とは何?
ネコ科動物全般で見られる「忍び足」のことです。
一般的に、動物の体が大きくなればなるほど歩行時における関節の曲がり具合が小さくなり、四肢が直線に近くなります。「Stiff Gait」(直訳すると硬い歩様)とも呼ばれるこうした歩き方のメリットは、関節が曲がっていない分、筋肉の収縮が少なくて済むという点です。人間のほか、獲物を追いながら長距離を移動する犬などではこの「Stiff Gait」によって機械的エネルギー回生能力を高め、着地した時の衝撃を推進力に変えることで体力を節約しています。 一方、ネコ科動物においては体の大きさに関わらず上記したような「Stiff Gait」が見られず、代わりに足の関節を大きく曲げたままそろそろ歩くという特徴が見られます。「Compliant Gait」や「ステルス歩行」などとも呼ばれるこうした忍び足は、待ち伏せ型の狩猟・捕食行動に合わせて進化したのではないかと考えられています。例えば以下はネコ科に属する9種類(イエネコ・サーバル・オセロット・リンクス・ヒョウ・チーター・クーガー・ライオン・トラ)の動物の歩様を比較した模式図です。体の大きさに関わらず、かなり似通っていることがおわかりいただけるでしょう(:Day, 2006)。 獲物に気づかれないよう近づくためには、体をなるべく低くして草や低木に隠れなければなりません。また足音を出してはいけませんので、関節を曲げたままゆっくり進む必要があります。人間で言う「太極拳」のようなイメージです。
猫のステルス歩行(忍び足)
ステルス歩行(忍び足)は筋肉の収縮が多い分、エネルギーの消費量が多くなり、疲れやすくなります。その代わり長距離を移動する必要がありませんので、狩猟に成功すればコスパ的に相殺されるというわけですね。
猫にも関節炎はある?
あります。
モントリオール大学の調査チームは股関節(寛骨大腿関節)に骨関節炎を患う猫4頭と健常猫2頭を対象とした歩様比較を行いました。
その結果、後肢の垂直最大床反力は健常猫の方が大きい(P=0.1)こと、および夜間における運動は健常猫が多い(P=0.04)ことが判明したといいます。また最大垂直力は平均活動量と正の相関にあり、年齢およびMRIで診た時の骨関節炎スコアと負の相関にあったとも (:Guillot, 2012)。
要するに、関節炎を抱えた猫は痛みのせいで足に力が入りにくくなり、運動量が減ってしまうということです。なお猫の骨関節炎(変形性関節症)に関しては、およそ56%の確率で有病を予見できる飼い主向けの簡易質問表が開発されています。詳しくは以下のページをご覧ください。
猫の足の基本構造に関しては「猫の足と肉球・完全ガイド」を、捻挫や関節炎を始めとする病気の見つけ方に関しては「歩き方の変化や異常」をご参照下さい。