トップ猫の祖先と歴史猫の最初の家畜化

猫はどのようにして家畜化された?~野生のヤマネコから人懐こいイエネコへ

 ネコ科動物(ヤマネコ)は警戒心の強く、本来なら外敵である人間には近付こうとしません。では、現代の人懐こい「イエネコ」はどのようにして人間と接点を持つようになったのでしょうか?考古学的な発見などから猫と人との共生関係について考えてみましょう。

人間による猫の最初の家畜化

 最新の研究により、現在世界中に存在しているイエネコ(人間と共生する猫)の祖先は、約13万1000年前(更新世末期=アレレード期)に、中東の小アジア(アナトリア)あたりに生息していたリビアヤマネコである公算が大きいということがわかりました(→猫の進化の歴史)。そしてこのリビアヤマネコは、今から9,500年~4,000年前のどこかの段階で、人間と接点を持つようになったと考えられています。 キプロスの地理上の位置  2004年8月、およそ9,500年前のキプロス島のシルロカンボス遺跡(shillourokambos)から、人間と共に埋葬されたネコ科動物の遺骨が発見されました。上の地図で示したように、リビアヤマネコが生息していた小アジア(アナトリア)とキプロス島とは地中海によって隔てられています。ヤマネコが自力で海を泳いで島にたどり着いたとか、海に浮かんでいた板をイカダにして島に流れ着いたといった可能性がゼロとは言い切れませんが、常識的には「人間が猫を船に乗せて島に持ち込んだ」と考えるのが普通でしょう。また人間の遺骨から距離が40センチしか離れていないこと、および貝殻や磨かれた火打ち石、斧などの人工装飾品が同じ場所に埋められていたことなどから、このネコ科動物は偶然人間の墓場に迷い込んだのではなく、意図的に埋葬されたものだと考えられています。 9500年前のキプロス島のシルロカンボス遺跡(shillourokambos)で発見された、人間と共に埋葬された猫の遺骨  後に述べるエジプト文化における猫は、神聖視され、神の使いとされてきましたが、これは紀元前19~20世紀(今からおよそ4000年前)のことです。ですからキプロス島で発見されたネコ科動物の骨が、本当にイエネコのものだったとすると、エジプトにおける猫の家畜化の歴史を5,000年以上先んずることになります。 House Cat Origin Traced From wild animals to domestic pets, an evolutionary view of domestication
猫がいつごろ人間に家畜化されたのかについて、正確な年代は分かっていません。しかし上記遺跡から推測すると、早ければ9,500年前頃にはすでに、人間と何らかの形で生活を共にしていたと考えられます。

人間と猫との共存関係の成立

 そもそも猫と人間の共生関係は、「人間が強引に猫を飼いならした」というよりは、猫が自らの意思で人間に近づいてきたという考え方が主流です。

猫家畜化のヒント~中国編

中国・陝西省の位置  2013年、中国山西省にある「山西大学」の研究者らは、5,560~5,280年前のものと思われる陝西省(せんせいしょう)の遺跡を調査しました。発掘されたのは、ヒトの遺骨や生活雑貨、小型げっ歯類の骨、ネコ科に属すると思われる動物の骨などです。発掘が行われた陝西省はヤマネコの生息域外にあり、また発掘されたネコ科動物の骨はかなり小さかったことから、この動物はヤマネコと言うより現代のイエネコに近かったのだろうと判断されました。
 研究者たちはその後、「ネコらしき動物」の骨に含まれる「コラーゲン」と呼ばれるタンパク質の一種を、放射性同位元素を用いて分析しました。すると「完全肉食性」だったという証拠は見当たらず、キビやアワなどの穀類も摂取していたことが明らかになります。一方遺跡では、陶磁器製の食料コンテナーが見つかったことから、当時の農民はすでに、げっ歯類による盗み食いに悩まされていたのだろうと推測されました。 Earliest evidence for commensal processes of cat domestication  遺跡における科学的な発見と、人の手による考古学的な発見を合わせ、研究者たちは以下のような仮説を提唱しました。
人と猫の馴れ初め仮説
  • 当時(5,560~5,280年前)の農民はキビやアワなどの穀類を主食としていた。
  • 人間の蓄えている穀類を狙い、集落には小型のげっ歯類が集まってきていた。
  • 農民はげっ歯類を厄介者とみなし、陶磁器製の容器などで盗み食いを防いでいた。
  • 「ネコらしき動物」は人の穀物を盗み食いするげっ歯類を獲物としていた。
  • 「ネコらしき動物」はげっ歯類を食べることで、小動物の体内に含まれていた穀物を、間接的に摂取する形になった。
  • 当時の農民たちにとって、やっかいなげっ歯類を退治してくれる「ネコらしき動物」の存在は、好都合だった。
家畜化初期の猫は、蓄えてある穀物ではなく、ネズミなどの害獣を駆除してくれる、いわば倉庫番のような存在だったと考えられます。  上記「ネコらしき動物」は2015年に行われた調査により、現在も中国北東部から朝鮮半島かけて生息している「ベンガルヤマネコ」(P. bengalensis)のものであることが確認されました。現在の猫の祖先である「リビアヤマネコ」ではなかったものの、この発見は猫と人間が共同生活を始めた頃の生活風景を想像させてくれる重要な手がかりと言えるでしょう。当時のヤマネコの役割は、現代で言う「ウィスキー・キャット」のように「穀物をネズミから守る倉庫番」だったのかもしれませんね。 猫の家畜化には第二のシナリオがあった!
ウィスキー・キャット
ウイスキーキャットとして有名な、スコットランドの「グレンタレット蒸留所」(Glenturret Distillery)で飼われていたタウザー(Towser)  ウイスキーやビールの製造元では、原料である大麦をネズミや鳥などの害獣から守るため、古くから猫を用いてきました。これは、化学薬品である害獣駆除剤を用いると原料の香りや品質に悪影響を及ぼしてしまうからです。イギリスやスコットランドの蒸留所などで飼われている猫は特に「ウイスキー・キャット」(Whisky Cat)と呼ばれ、「倉庫番」と同時に「マスコット」としての役割を担っています。
 ウイスキーキャットの中で特筆すべきは、スコットランドの「グレンタレット蒸留所」(Glenturret Distillery)で飼われていたタウザー(Towser)という猫でしょう。この猫は1987年3月20日に死ぬまでの24年間で、28,899匹のネズミを捕まえたことでギネスブックに記録されています。
 近年では貯蔵技術の向上や、衛生上の問題(食品製造業者が建物内で生き物を飼うこと)などの影響で、ウイスキーキャットの「倉庫番」としての役割は消えつつありますが、日本で言う「駅長猫」のように、マスコットとしての役割が大きくなってきています。 タウザー

猫家畜化のヒント~ポーランド編

 ポーランド南部シロンスク県の都市チェンストホバにある遺跡からネコ科動物のものと思われる骨が発掘されました。放射性炭素年代測定を行ったところ、紀元前4,200~2,300年とかなり古いもので、新石器時代の集落が最も栄えた時期(紀元前3,000~2,000)に一致することが判明したと言います。またミトコンドリアDNAのハプロタイプを元にした分析により、この動物がヨーロッパヤマネコではなく、近東猫であることが明らかになったとも。ここで言う近東猫とは、ミトコンドリアDNAだけから種を判定できないリビアヤマネコとイエネコの総称のことを意味します。 新石器時代後期の猫が発掘されたポーランド国内にある洞穴の場所 さらに発掘チームは安定同位体分析と呼ばれる手法を用いて動物の骨を分析し、近東猫たちが当時どのような食事をとっていたのかを推察しました。その結果、以下のような事実が判明したと言います。
  • 同時代の人間や犬よりも窒素量が少ない
  • ローマ時代の猫よりも窒素量が少ない
  • 新石器時代前および新石器時代初期のヨーロッパヤマネコよりも窒素量が多い
 骨に窒素が豊富に含まれるということは、人間が動物由来の有機肥料を用いて穀物を作物しそれを主食にしていたことを意味します。新石器時代の犬やローマ時代の猫は、食料を人間に依存していましたので、必然的に人間と同じくらい骨の窒素量が多くなります。それに対し、人間の集落からは距離を置いて暮らしていたヨーロッパヤマネコは、森の中で獲物を捕獲して食料としますので、人為起源の窒素含有量は少なくなります。
 新石器時代後期の近東猫たちは、ちょうど人間に依存していたローマ猫と、人間から独立していたヨーロッパヤマネコの中間に位置していました。こうしたデータから調査チームは、有機肥料由来の窒素を多く含んだ穀類を当時のハタネズミやエゾライチョウが食べ、これらの動物を近東猫が獲物として捕獲することで間接的に骨中の窒素含有量が増えたのではないかと推測しています。 新石器時代の集落と猫が発見された洞穴の位置関係
 猫たちの遺骨は集落から最大で45kmほど離れた洞穴の中から発掘されたと言います。人間から付かず離れずの距離を保ちながら、集落付近のげっ歯類を獲物にしていたのでしょうか。調査チームは当時の猫たちを、野生と家畜の中間に位置する「シナントロープ」(synanthrope=人間の手によって変化を加えられたり人工環境の中で生きる生物)だったと表現しています。 Ancestors of domestic cats in Neolithic Central Europe: Isotopic evidence of a synanthropic diet

猫家畜化のヒント~現代編

 2011年に報告された研究によると、猫は人間の住んでいる場所に寄り添うように生きていくことが得意なようです。この研究結果は中国における発見と同様、猫が自発的に人間に近づいてきたという仮説を裏付ける重要な手がかりであるように思われます。
 調査の対象となったのはポルトガルとスペインの国境付近にある、面積約430平方キロメートルの辺鄙(へんぴ)な地区に暮らす猫たち。無人カメラによる生息域の確認や無線機器による行動追跡を行ったところ、猫たちは人間の集落に寄り添うような形で暮らしていることが明らかになったといいます。その理由として考えられるのは以下のようなものです。
猫が人間のそばで暮らす理由
  • 残飯が豊富
  • たまにエサをもらえる
  • 水がある
  • 歩きやすい平坦な道が多い
  • 坂道が少ない
  • キツネなどの天敵がいない
  • 雨露をしのげる場所が多い
 明らかになった事実から研究者は、猫の個体数や生息域の変動には、人間という存在が決定的な役割を果たしていると結論付けました。 Human-Related Factors Regulate the Spatial Ecology of Domestic Cats in Sensitive Areas for Conservation
 種の異なる動物同士が共に暮らしていくことを「共生」(Symbiosis)といいます。共生にはいくつかの種類があり、動物がお互いに利益を与えあうような関係を「相利共生」(そうりきょうせい, Mutualism)と呼ぶのに対し、どちらか一方だけが利益を得るような関係を「片利共生」(へんりきょうせい, Commensalism)と呼びます。前者の例としては、「カバとその皮膚についている寄生虫を食べる魚」、後者の例としては「イソギンチャクとその中に勝手に住んでいるクマノミ」などが挙げられるでしょう。 片利共生の例(カバと魚)と相利共生の例(イソギンチャクとクマノミ)  猫と人間の共生関係に思いを馳(は)せるとき、そこには「片利共生」から「相利共生」への変遷があったように思われます。中国およびポーランドの古代遺跡や現代における野良猫の生態調査が示しているように、猫の家畜化は恐らく猫からの一方的な「片利共生」の関係から始まったのでしょう。集落が持つ「残飯」や「寝床」といった様々なメリットを求めて人間に近づいてきた猫たちは、次第に「ネズミ取り係」や「愛玩対象」としての素養を見いだされ、人間に利益をもたらすようになります。
このようにして長い時間をかけ、お互いに利益を与えあう「相利共生」の関係に変わっていったというのが、現在最も可能性が高いと考えられる猫家畜化のシナリオです。