猫のドワーフィズムの病態と症状
猫のドワーフィズム(dwarfism)とは、成長期が終わったにもかかわらず体が大きくならず、大きさや体重が標準に届かない状態のことです。人医学では「小人症」と訳されますが、獣医学では適切な訳語がないのでここでは便宜上「小猫症」とします。顔の大きさは標準だけれども手足や背骨が極端に短い状態を「不均衡型」、顔を含めた体全体が一様に小さい状態を「均衡型」とも言います。
最も頻繁に見られるのがマンチカンやメヌエット(※旧称はナポレオン)で見られる手足の短縮化です。これらの猫では骨軟骨異形成という筋骨格系の疾患が原因でドワーフィズムを発症しています。筋骨格系以外の原因としては門脈形成不全、腎臓病、心疾患、ライソゾーム病などによって成長が止まってしまうことがあります。
猫における報告として多いのは内分泌系の疾患を原因とするドワーフィズムです。具体的には「先天性甲状腺機能低下症」と「下垂体前葉機能不全」が最も多く報告されています。それぞれの代表的な症状は以下です。
猫における報告として多いのは内分泌系の疾患を原因とするドワーフィズムです。具体的には「先天性甲状腺機能低下症」と「下垂体前葉機能不全」が最も多く報告されています。それぞれの代表的な症状は以下です。
先天性甲状腺機能低下症の症状
下垂体前葉機能不全の症状
猫のドワーフィズムの原因
先天性甲状腺機能低下症の原因
先天性甲状腺機能低下症とはのど元についている甲状腺と呼ばれる内分泌器官に生まれつき異常があり、甲状腺ホルモンの分泌が低下してしまった状態のことです。ホルモンレベルは正常だけれどもホルモンの受容器に異常が見られるというパターンもあります。
甲状腺ホルモンは代謝の調整、骨の成長、腎尿細管の調整といった機能を有していますので、生まれつきこのホルモンレベルが低いと低体温、四肢の発育不全(不均衡型)、腎不全といった症状となって現れます。先天性の甲状腺機能低下症でとりわけ特徴的なのは幅の広い頭蓋骨ですが、同じネコ科動物に属するスナネコと非常によく似ているのは興味深いところです。 2022年ベルギーにあるゲント大学が行った最新の調査では、猫における原発性の先天性甲状腺機能低下症には甲状腺ペルオキシダーゼ(甲状腺ホルモン合成に関わる酵素/TPO) 遺伝子におけるミスセンス変異が関わっている可能性が示されています(:M.V.Poucke, 2022)。
調査チームは2019年1月から2021年2月の期間、ベルギー(6頭)とアメリカ(5頭)の両国で先天性甲状腺機能低下症と診断された猫を対象としたDNA検査を行いました。患猫は5週齢~8歳(中央値6ヶ月)でメス6頭+オス5頭、全頭が不均衡型の体型を示していたといいます。 患猫だけでなく患猫の親やきょうだい猫、ゲント大学を受診したT4濃度が正常範囲内にある健常猫、甲状腺機能が不明のままランダムで選んだ155頭の猫のDNAサンプルを採取して比較したところ、患猫群11頭は例外なくTPO遺伝子のc.430G>A(p.(Gly144Arg))変異をホモ型で抱えていたといいます。遺伝形式は常染色体劣性遺伝の完全浸透と推定されました。
また比較対象群としてランダムで選んだ155頭においては1本だけ保有が23頭、2本保有が3頭見つかり、対立遺伝子頻度は9%だったとも。ホモ型保有の3頭に関しては診断を受けていない潜在患猫ではないかと考えられています。
甲状腺ホルモンは代謝の調整、骨の成長、腎尿細管の調整といった機能を有していますので、生まれつきこのホルモンレベルが低いと低体温、四肢の発育不全(不均衡型)、腎不全といった症状となって現れます。先天性の甲状腺機能低下症でとりわけ特徴的なのは幅の広い頭蓋骨ですが、同じネコ科動物に属するスナネコと非常によく似ているのは興味深いところです。 2022年ベルギーにあるゲント大学が行った最新の調査では、猫における原発性の先天性甲状腺機能低下症には甲状腺ペルオキシダーゼ(甲状腺ホルモン合成に関わる酵素/TPO) 遺伝子におけるミスセンス変異が関わっている可能性が示されています(:M.V.Poucke, 2022)。
調査チームは2019年1月から2021年2月の期間、ベルギー(6頭)とアメリカ(5頭)の両国で先天性甲状腺機能低下症と診断された猫を対象としたDNA検査を行いました。患猫は5週齢~8歳(中央値6ヶ月)でメス6頭+オス5頭、全頭が不均衡型の体型を示していたといいます。 患猫だけでなく患猫の親やきょうだい猫、ゲント大学を受診したT4濃度が正常範囲内にある健常猫、甲状腺機能が不明のままランダムで選んだ155頭の猫のDNAサンプルを採取して比較したところ、患猫群11頭は例外なくTPO遺伝子のc.430G>A(p.(Gly144Arg))変異をホモ型で抱えていたといいます。遺伝形式は常染色体劣性遺伝の完全浸透と推定されました。
また比較対象群としてランダムで選んだ155頭においては1本だけ保有が23頭、2本保有が3頭見つかり、対立遺伝子頻度は9%だったとも。ホモ型保有の3頭に関しては診断を受けていない潜在患猫ではないかと考えられています。
下垂体前葉機能不全の原因
下垂体前葉機能不全とは、脳の中にある下垂体と呼ばれる内分泌器官の前方部分に異常があり、成長ホルモン(growth hormone, GH)の分泌が滞ってしまう状態のことです。「低ソマトトロピン症」や「下垂体性小人(猫)症」とも呼ばれます。ホルモンレベルは正常だけれども受容器の方に異常があるというパターンもあります。これとちょうど真逆の関係にあるのが、成猫になってから成長ホルモンの分泌が過剰になって発症する先端肥大症です。
成長ホルモンは骨の成長、筋肉の発育、インシュリン様成長因子-1(IGF-1, ソマトメジンC)の分泌促進といった機能を有していますので、生まれつきこのホルモンレベルが低いと体の発育不全(均衡型)、筋肉の萎縮、低血糖、腎不全といった症状として現れます。また角膜の混濁はIGF-1の低下による角膜上皮の不全で起こるものと推測されています。 2018年の症例では、頭を犬に噛まれたことをきっかけにして発症した疑いが強いと報告されています(Maya Laura Konig, 2018)。もし頭部への外傷が原因で発症したのだとすると、先天性ではなく後天性となるでしょう。発症メカニズムとしては外傷による直接的な脳細胞の壊死、血流不足に伴う梗塞、下垂体後葉の出血などが想定されていますが、はっきりしたことはわかっていません。人間においては下垂体前葉機能不全のうちおよそ0.7%が外傷によるものだと推測されています。
成長ホルモンは骨の成長、筋肉の発育、インシュリン様成長因子-1(IGF-1, ソマトメジンC)の分泌促進といった機能を有していますので、生まれつきこのホルモンレベルが低いと体の発育不全(均衡型)、筋肉の萎縮、低血糖、腎不全といった症状として現れます。また角膜の混濁はIGF-1の低下による角膜上皮の不全で起こるものと推測されています。 2018年の症例では、頭を犬に噛まれたことをきっかけにして発症した疑いが強いと報告されています(Maya Laura Konig, 2018)。もし頭部への外傷が原因で発症したのだとすると、先天性ではなく後天性となるでしょう。発症メカニズムとしては外傷による直接的な脳細胞の壊死、血流不足に伴う梗塞、下垂体後葉の出血などが想定されていますが、はっきりしたことはわかっていません。人間においては下垂体前葉機能不全のうちおよそ0.7%が外傷によるものだと推測されています。
猫のドワーフィズムの治療
猫のドワーフィズム(小猫症)の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
甲状腺機能低下症の治療
血中の成長ホルモン濃度やIGF-1濃度は正常だけれども甲状腺ホルモンレベルだけが低下しているという場合は甲状腺機能低下症と診断され、甲状腺ホルモン(レボチロキシン, T4)が投与されます。
ホルモンレベルが正常化すれば通常の猫と何ら変わらない生活を送れるとされていますが、ホルモン剤の投薬は生涯続ける必要があります。また骨格や筋肉を含めた体の成長を促すためには早期発見、早期介入が重要です(Chee Kin Lim, 2014)。
2022年にはイタリアのボローニャ大学が子猫に対する投薬治療の成功例を報告しています。患猫は生後53日齢のブリティッシュショートヘア。きょうだい猫5頭のうち3頭(メス2+オス1)までもが甲状腺の機能低下を原因とするドワーフィズムを発症していたといいます(Golinelli, 2022)。 飼い主による主症状は成長と歯牙萠出の遅延、反応の鈍麻、食欲不振(小食)、少ない排便回数、不活発、低い学習能力など。獣医師が実際に診察し、幅の広い頭蓋骨、短い首と四肢、ブロック状の体幹など不均衡型に典型的な成長の遅延を確認しました。
甲状腺薬(レボチロキシン)を経口投与したところ、投薬開始から数日で活動性や排便が改善し、1ヶ月後には反応が鋭敏になりよく遊ぶようになったといいます。また萠出が遅れていた歯も生え始め、体重はその月齢の標準範囲内に戻ったとのこと。 その後、甲状腺ホルモンレベルおよび成長に合わせて薬の量を微調整しながら様子を観察し、治療開始から10ヶ月経過した時点で子猫たちは元気に暮らしているそうです。
2022年にはイタリアのボローニャ大学が子猫に対する投薬治療の成功例を報告しています。患猫は生後53日齢のブリティッシュショートヘア。きょうだい猫5頭のうち3頭(メス2+オス1)までもが甲状腺の機能低下を原因とするドワーフィズムを発症していたといいます(Golinelli, 2022)。 飼い主による主症状は成長と歯牙萠出の遅延、反応の鈍麻、食欲不振(小食)、少ない排便回数、不活発、低い学習能力など。獣医師が実際に診察し、幅の広い頭蓋骨、短い首と四肢、ブロック状の体幹など不均衡型に典型的な成長の遅延を確認しました。
甲状腺薬(レボチロキシン)を経口投与したところ、投薬開始から数日で活動性や排便が改善し、1ヶ月後には反応が鋭敏になりよく遊ぶようになったといいます。また萠出が遅れていた歯も生え始め、体重はその月齢の標準範囲内に戻ったとのこと。 その後、甲状腺ホルモンレベルおよび成長に合わせて薬の量を微調整しながら様子を観察し、治療開始から10ヶ月経過した時点で子猫たちは元気に暮らしているそうです。
下垂体前葉機能不全の治療
血中の甲状腺ホルモンレベルは正常だけれども成長ホルモン濃度やIGF-1濃度が低下しているという場合は下垂体性のドワーフィズム(小猫症)と診断されます。しかし今現在、この疾患に対する確立された治療法はありません。
人間においては人工合成された成長ホルモン投与することによって骨と筋肉の成長を促します。有名なところでは世界的なサッカープレイヤーであるリオネル・メッシが10歳の頃に成長ホルモン性の低身長症と診断され、ホルモン治療を受けて通常の身長まで伸びたという事例があります。 犬においてはジャーマンシェパードにおいて下垂体性のドワーフィズムが多く報告されており、ブタ由来の成長ホルモンを投与することが治療の選択肢になっています。豚のホルモンを投与できるのは、犬と豚の成長ホルモンの分子構成が全く同じだからです。また体内における成長ホルモンの合成を促す目的でプロジェスタージェンが投与されることもあります。
一方、猫においては確立された治療法が未だにないというのが現状です。猫の成長ホルモンは犬や豚のものとアミノ酸1つ分の違いがあるだけですが、実際に投与した時どのような効果があり、どのような副作用があるのかに関しては全くわかっていません。 血清IGF-I濃度の低下から先天性の低ソマトトロピン症と診断された生後6ヶ月齢のオス猫の症例では、ヒト成長ホルモン剤を9週間投与することにより均衡型のドワーフィズムが改善したと報告されています(上写真)。ただし肝酵素レベルの上昇が確認されましたので、そもそも猫に安全だとは断言できません(Naceradska, 2021)。いずれにしても骨の成長が止まった後で成長ホルモンを投与しても体の大きさが標準に追いつくことはありませんので、治療する場合は生後1年以内に介入する必要があります。
人間においては人工合成された成長ホルモン投与することによって骨と筋肉の成長を促します。有名なところでは世界的なサッカープレイヤーであるリオネル・メッシが10歳の頃に成長ホルモン性の低身長症と診断され、ホルモン治療を受けて通常の身長まで伸びたという事例があります。 犬においてはジャーマンシェパードにおいて下垂体性のドワーフィズムが多く報告されており、ブタ由来の成長ホルモンを投与することが治療の選択肢になっています。豚のホルモンを投与できるのは、犬と豚の成長ホルモンの分子構成が全く同じだからです。また体内における成長ホルモンの合成を促す目的でプロジェスタージェンが投与されることもあります。
一方、猫においては確立された治療法が未だにないというのが現状です。猫の成長ホルモンは犬や豚のものとアミノ酸1つ分の違いがあるだけですが、実際に投与した時どのような効果があり、どのような副作用があるのかに関しては全くわかっていません。 血清IGF-I濃度の低下から先天性の低ソマトトロピン症と診断された生後6ヶ月齢のオス猫の症例では、ヒト成長ホルモン剤を9週間投与することにより均衡型のドワーフィズムが改善したと報告されています(上写真)。ただし肝酵素レベルの上昇が確認されましたので、そもそも猫に安全だとは断言できません(Naceradska, 2021)。いずれにしても骨の成長が止まった後で成長ホルモンを投与しても体の大きさが標準に追いつくことはありませんので、治療する場合は生後1年以内に介入する必要があります。
有名なドワーフキャット
以下では有名なドワーフキャットをご紹介します。ドワーフィズムの原因になっている疾患がわかっている場合もあれば、まったくわかっていない場合もあります。体が小さくて可愛らしいことは確かですが、多くの場合その他の疾患を併発しますので、意図的に交配して数を増やすということは倫理的に許されません。
グランピーキャット
グランピーキャット(Grumpy Cat)は「世界一不機嫌な顔」で有名な猫。アメリカのニュースサイト「Reddit」に写真が投稿されたことからまたたく間に人気に火がつき、2017年にはForbesが選ぶトップインフルエンサー(強い影響力を持つ存在)のペット部門にノミネートされています。
【写真元】Grumpy Cat In Slow Motion!
飼い主によると、最大の特徴である不機嫌な顔は下顎突出(受け口)とドワーフィズム(小猫症)の賜物ということですが、具体的な疾患名に関してはよくわかっていません。幅の広い顔や体に比べて極端に短い手足から考えると、おそらく甲状腺機能低下症によるクレチン病(Cretinism)ではないかと推測されます。
リルバブ
リルバブ(Lil Bub)は「永遠の子猫顔」で有名な猫。2011年11月、アメリカのSNS「Tumblr」に写真が投稿されてから人気に火がつき、グランピーキャットと並んでForbesが選ぶトップインフルエンサーに数えられています。
【写真元】A HUNGRY BUB
リルバブは両手両足のすべてに指が多く付いている、歯が一本もない、極端にマズルが短い、骨の形成が過剰になる(大理石骨病)というユニークな外見を有しています。こうした特徴に目をつけたマックス・プランク研究所の遺伝学者たちはリルバブの全ゲノムを解析しました。その結果、多指症と大理石骨病の原因遺伝子候補が判明しています。詳しくは人気猫「リルバブ」(Lil Bub)の病気に関わる原因遺伝子が判明にまとめてありますのでご参照ください。
エルフィーとギムリ
エルフィーとギムリ(Elfie & Gimli)はカナダ・アルバータ州の保護施設に母猫と一緒に収容されたきょうだい猫。きょうだい猫は全部で5頭でしたが、この2頭だけはいつまでたっても体が大きくならず、最終的に元の飼い主が飼育放棄したと言います。しかしたまたま猫のドワーフィズムに関する知識があった施設のスタッフがそのまま引き取り、今でも元気に暮らしています。
【写真元】Shelter Kittens Born With Dwarfism Find The Best Mom
エルフィーとギムリのドワーフィズムは甲状腺機能低下症であることが確認されており、現在も投薬治療が進行中です。
ウリエル
ウリエルは屋根の上で鳴いているところを保護された大阪の猫。いつまでたっても体が大きくならないことから病院を受診し、ドワーフィズムと診断されました。
【写真元】猫を愛する人のカフェ ウリエル
ドワーフィズムを引き起こしている疾患名はよくわかっていません。ずんぐりした体型から考えると甲状腺機能低下症の可能性が濃厚ですが、猫カゼの後遺症で左目の角膜に濁りが残ったことから考えるとIGF-1(インシュリン様成長因子-1)が不足していた可能性もあります。
ウリエルは残念ながら2017年2月に虹の橋を渡ってしまいましたが、現在は「カフェウリエル」という形で保護猫たちの譲渡を天国から手助けしています。
ウリエルは残念ながら2017年2月に虹の橋を渡ってしまいましたが、現在は「カフェウリエル」という形で保護猫たちの譲渡を天国から手助けしています。
マンチー
マンチー(Munchie)は2019年9月、イギリス・ウォルヴァーハンプトンの路上に捨てられていた猫。目の表面が先天的に濁っていることから遺棄されたのではないかと推測されています。なお視力は正常とのこと。
【写真元】Munchie the dwarfism cat
12月の末(ボクシング・デー)に倒れたことから動物病院に4日間入院し、精密検査の末「副甲状腺機能低下症」との診断を受けました。体重は2kgもなく、カルシウムレベルがすぐに低下するため定期的な健康診断が欠かせないそうです。
ドワーフキャットはSNSや動画共有サイトで病気を見世物にする「サイドショービジネス」に利用されやすい外見をしています。もし見かけたら、室内飼育を始めとした最低限の健康管理がなされているかどうかで見極めてください。