猫の膝歯症候群の病態と症状
猫の膝歯症候群とは膝蓋骨の骨折と歯の異常を特徴とする筋骨格系の疾患です。2005年、猫ではそれほど多くない膝蓋骨(=膝のお皿)の骨折について疫学調査を行っていたイギリス・ブリストル大学のチームが、抜け落ちないまま口の中に残っている遺残乳歯が異常なほど高い15%という割合で見られることに偶然気づき、独立した疾患として認識されるようになりました(:Langley-Hobbs, 2009)。
発見当初は仮名として「膝歯症候群」(Knees and Teeth Syndrome, KATS)と呼ばれていましたが、近年は病態をより正確に表した「膝蓋骨骨折・歯牙異常症候群」(Patellar fracture And Dental anomaly Syndrome, PADS)という病名が提唱されています(:Howes, 2018)。具体的な症状は以下です。
疾患として認識されず誤診されたものも含めると、実際の数値はもっと多いのかもしれません。獣医学の分野ではまだ「奇病」扱いですが、認知度が高まるにつれてより正確な有病率が判明していくことでしょう。
発見当初は仮名として「膝歯症候群」(Knees and Teeth Syndrome, KATS)と呼ばれていましたが、近年は病態をより正確に表した「膝蓋骨骨折・歯牙異常症候群」(Patellar fracture And Dental anomaly Syndrome, PADS)という病名が提唱されています(:Howes, 2018)。具体的な症状は以下です。
PADSの主症状
- 膝蓋骨の骨折膝蓋骨(いわゆるお皿)の上から三分の一~半分くらいの位置に発生する、非外傷性の横骨折と、それに伴う荷重不全、運動障害、不活発。34頭に発生した合計52の膝蓋骨骨折を元にした調査では、発生時の平均年齢が28ヶ月齢(2歳4ヶ月)で、およそ半数では3ヶ月のインターバルを置いて反対側の膝蓋骨にも骨折が発生したといいます。
- 歯牙の異常乳歯が抜け落ちない遺残乳歯を始め、永久歯が正常に生えてこない萠出障害、歯槽骨髄炎、上下顎骨の膿瘍、歯肉炎、不正咬合、開口・閉口障害、摂食困難、過剰なよだれ、歯数不足、歯根吸収などが併発します。
- 膝以外の骨折 191頭の患猫を対象とした調査では、40.8%に相当する78頭が膝蓋骨とはまったく別の部位に、明白な理由がない非外傷性の不全骨折を発症したといいます。27%は膝蓋骨の骨折前、73%は膝蓋骨の骨折後で、具体的な発症部位としては骨盤(坐骨・腸骨・寛骨臼・恥骨)、脛骨近位(すねの上の方)、踵骨(かかと)、上腕骨顆(前足の肘)が多かったそうです。
疾患として認識されず誤診されたものも含めると、実際の数値はもっと多いのかもしれません。獣医学の分野ではまだ「奇病」扱いですが、認知度が高まるにつれてより正確な有病率が判明していくことでしょう。
猫の膝歯症候群の原因
現時点で膝歯症候群の原因は不明です。明白な外傷がなく、また骨折部位のエックス線画像で骨密度の増加が確認されることから、強い力が瞬間的にかかったのではなく、弱い力が継続的にかかったことが骨折の原因ではないかと推測されています。しかし健康な猫では何の問題もない弱い力で骨が折れてしまう原因に関してはよくわかっていません。
原因不明の骨折が頻発する骨形成不全症との類似点も見られますが、こちらでは逆に骨密度の低下が確認されていますので、発症メカニズムが違うと考えたほうが妥当でしょう。下の写真は骨形成不全症が強く疑われた猫(32ヶ月齢時)のエックス線画像です。 現在可能性として検討されているのは「大理石骨病」(osteopetrosis)と呼ばれる遺伝病の一種です(:Howes, 2018)。破骨細胞(はこつさいぼう)の障害によって引き起こされるこの病気を発症した人間においては遺残乳歯や病的な骨折のほか、およそ10%の割合で骨髄炎と下顎骨の膿瘍が見られるといいます。症状がきわめて似ていることから、猫のPADSの背景にあるのは人医学における大理石骨病ではないかと考えられています。この仮説に関しては現在もDNA解析を用いた調査が進行中です。ちなみに「永遠の子猫」として世界的に有名だった猫「リルバブ」もこの疾患を有していたことが確認されています。
原因不明の骨折が頻発する骨形成不全症との類似点も見られますが、こちらでは逆に骨密度の低下が確認されていますので、発症メカニズムが違うと考えたほうが妥当でしょう。下の写真は骨形成不全症が強く疑われた猫(32ヶ月齢時)のエックス線画像です。 現在可能性として検討されているのは「大理石骨病」(osteopetrosis)と呼ばれる遺伝病の一種です(:Howes, 2018)。破骨細胞(はこつさいぼう)の障害によって引き起こされるこの病気を発症した人間においては遺残乳歯や病的な骨折のほか、およそ10%の割合で骨髄炎と下顎骨の膿瘍が見られるといいます。症状がきわめて似ていることから、猫のPADSの背景にあるのは人医学における大理石骨病ではないかと考えられています。この仮説に関しては現在もDNA解析を用いた調査が進行中です。ちなみに「永遠の子猫」として世界的に有名だった猫「リルバブ」もこの疾患を有していたことが確認されています。
猫の膝歯症候群の治療法
猫の膝歯症候群の治療法としては、主に以下のようなものがあります。症例数自体がまだ少ないため、「推奨」に値する治療法はまだ確立していません。
PADSの主な治療法
- 投薬治療 遺残乳歯を原因とした炎症が発生している場合は抗生物質や抗炎症剤が投与されます。また激しい痛みが疑われる場合は非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)の投与が検討されることもあります。
- 外科治療 遺残乳歯や未萠出永久歯に対しては抜歯術、骨髄炎などを発症している場合はデブリードマン(感染の拡大を防ぐため壊死組織を除去して傷を清浄化する措置)が行われます。増殖した顎の骨に対する切除術は第一選択肢ではないものの、骨髄炎を発症して痛みがひどい場合は決行されることがあります。具体的な症例に関しては以下のページをご覧ください。
- 骨折治療 横に真っ二つに割れてしまった膝蓋骨に対する固定術は予後が悪く、67~86%の割合で再骨折や骨断片の移動を生じるとされています。また機能的には問題ないものの癒着することはほとんどないとのこと。さらに加齢に伴い骨関節炎と膝蓋骨周辺の骨化を併発するケースが多いとされています(Langley-Hobbs, 2009)。一方、膝蓋骨以外の部位に発生した骨折に関しては、上半身の上腕骨にしても(:Chan, 2020)、下半身の骨盤にしても(:Reyes, 2020)、固定術によって骨折部の癒合が期待できると報告されています。具体的に用いられる治療器具はスクリュー、骨折プレート、キルシュナー鋼線などです。
原因不明の膝の骨折が猫で見られた場合、必ず歯の検査や他の部位のエックス線撮影も行って下さい。担当獣医師がPADSの存在自体を知らない可能性も大いにありますので、当ページ内の関連資料などを紹介してあげて下さい。