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猫の漏斗胸~症状・原因から検査・治療法まで

 猫の漏斗胸(ろうときょう)について病態、症状、原因、治療法別にまとめました。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

猫の漏斗胸の病態と症状

 猫の漏斗胸(ろうときょう, Pectus excavatum)とは胸の中央にある胸骨と呼ばれる骨に奇形が生じ、体の内側にくぼんでしまった病態のことです。くぼみの形がちょうど理科の実験で使う漏斗に似ていることからこう呼ばれます。 猫の漏斗胸・エックス線画像  人医学において漏斗胸は胸壁異常の中で最も頻繁にみられる疾患の一つで、疫学的には400~1000人に1人の割合で発症すると推計されています。猫においてはほとんどが先天的な胸郭の奇形であり生後数日のうちに気づかれますが、ごくまれに成長してから後天的に発症することもあります。
 胸郭の中央で奇形が発生している時には骨の裏側にある心臓が圧迫を受けるため、以下のような心血管系の症状がとりわけ重症化します出典資料:Charlesworth, 2017)
漏斗胸の主症状
  • 胸郭の変形
  • 心血管系の機能不全
  • 運動不耐性
  • 頻呼吸
  • チアノーゼ
  • 心雑音
  • 不整脈
  • 呼吸困難
 重症の猫では胸郭(肋骨)の可動性がいちじるしく低下しているため、腹部を大きく動かす腹式呼吸(横隔膜呼吸)で代償していることもあります。

猫の漏斗胸の原因

 猫における漏斗胸の原因はよくわかっていません。生まれた時点ですでに発症している先天性の場合と、成長してから発症する後天性の場合に分けて記載します。

先天性漏斗胸の原因

 生まれつき漏斗胸を発症している場合、以下のような原因が考えられます出典資料:C.K. Lim,2021)
  • 肋軟骨の過剰成長
  • 横隔膜の中央にある腱が短縮
  • 胸骨下靭帯の肥厚
  • 母体(子宮)内における過剰圧力
  • 遺伝
 最後の「遺伝」に関しては、同じ症状を抱えたきょうだい猫が生まれることがあることから関連性が疑われているものの、まったく解明されていません。人医学で確認されているマルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群に併発するケースは確認されていませんが、一部の猫ではムコ多糖症タイプ7の共存症として発症するケースが報告されています出典資料:Schultheiss, 2000)
 また漏斗胸を発症した244頭の子猫のうちベンガルが5頭含まれていたことから、この品種における好発疾患ではないかと疑われています出典資料:Charlesworth, 2012)

後天性漏斗胸の原因

 ごくまれに、成長してから漏斗胸を発症することがあります。例えばアメリカ・パデュー大学のチームは胸郭内の陰圧に引かれて胸骨がへこむという奇妙な症例を報告しています出典資料:C.K. Lim,2021)
 この患猫はヘルペスウイルスが原因と思われる咽頭後部および軟口蓋の炎症と上気道症状を呈しており、スムーズに呼吸ができないため横隔膜を一生懸命動かした結果、胸腔内の陰圧が増加して胸骨が内側に吸い込まれたのではないかと推測されました。通常であれば胸骨が支えますが、プレドニゾロンを長期的に服用していたため胸壁がすでに弱っていたのではないかとも。 上気道感染症が原因と思われる猫の後天性漏斗胸のエックス線画像  上記したように、非常にまれではありますが成長した後に漏斗胸を発症することもあります。

猫の漏斗胸の検査・診断

 猫における漏斗胸の検査・診断には人医学の知見が応用されています。診断基準として広く用いられているのが「FSI」と「VI」です出典資料:Charlesworth, 2017)

FSI

 FSIとは「frontosagittal index」の略で、具体的には第10胸椎レベルの横幅をA、第10胸椎腹側表面の中央部から胸骨のもっと近い点をCと定義し、「A/C」の値を基準値と照合して判断します。
FSI参照値
  • 正常=0.7~1.3
  • 漏斗胸・軽度=2
  • 漏斗胸・中等=2~3
  • 漏斗胸・重度=3超
猫における漏斗胸の診断基準「FSI」と「VI」のランドマーク

VI

 VIとは「vertebral index」の略で、具体的には椎骨の腹側表面中央から胸骨奇形部のもっと近い点をC、椎骨の幅をVと定義し、(V+C)/Vの値を基準値と照合して判断します。
VI参照値
  • 正常=12.6~18.8
  • 漏斗胸・軽度=9超
  • 漏斗胸・中等=6~9
  • 漏斗胸・重度=6未満
猫における漏斗胸の診断基準「FSI」と「VI」のランドマーク

最新の検査指標

 「FSI」にしても「VI」にしても、実のところ見た目の変形と症状の重症度とが必ずしも連動していないという問題があります。そこで近年は、エックス線検査に加えてCTスキャンで胸郭の視覚化を図る試みがなされています。
 例えばポーランド生命科学大学のチームはCTスキャン画像から割り出す「AI(asymmetry index)」と「CI(correction index)」という新たな診断指標を提案しています。これらは「FSI」や「VI」に比べると症状の重症度を忠実に反映しやすいとのこと出典資料:Komsta, 2022)猫における漏斗胸のCT画像を元にした診断指標「AI」と「CI」  CTスキャンは胸骨の偏位(ずれ)を特定したり、縫合部位を決定するなど手術の計画を立てやすいという大きなメリットがある一方、高額であることと施設が限られていることなどからあまり多くは行われないのが現状です。

子猫平坦胸症候群

 漏斗胸とよく似た症状として「子猫の平坦胸症候群(Flat chest kitten syndrome)」という疾患があります。これは文字通り胸の前面がぺったんこになった状態ですが、漏斗胸のように体の内側にはくぼんでおらず、仮にくぼんでいてもほんのわずかです出典資料:Sturgess)子猫の平坦胸症候群(Flat chest kitten syndrome)  心臓への圧迫が少ないことから胸にバンデージやスプリントを装着し、胸郭の両側から軽い圧を加えることで元の形に戻す保存療法が優先されます。

猫の漏斗胸の治療

 猫における漏斗胸の治療は、症状が軽度~中等度で呼吸器系の症状が軽い場合は現状維持の保存療法が優先され、予後も良好とされます。一方、奇形が重度だったり呼吸困難が猫の生活の質を低下させているような場合はより積極的な手術療法が考慮されます。
 外科手術には体の外側に固定器具を装着する「外固定タイプ」と体の内側に装着する「内固定タイプ」とがあり、形には症状に合わせて「U字型」「V字型」「円柱型」などのバリエーションがあります出典資料:Hun-Young Yoon, 2008)猫における漏斗胸の治療で用いられる外固定型スプリントの一例  成長が終わっていない子猫なら骨格がまだ柔らかいため、矯正手術によく反応しますが、右心性心不全や肺性高血圧を発症する危険性がある予後は注意が必要です。
 外科手術の合併症としては医原性の気胸、出血、膿皮症、再灌流による肺浮腫などがあります。