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猫の結膜炎~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の結膜炎(けつまくえん)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

猫の結膜炎の病態と症状

 猫の結膜炎とは、眼球の白目からまぶたの裏側を覆っている結膜(けつまく, conjunctiva)と呼ばれる膜に炎症が発生した状態です。猫の虹彩と結膜の境界線模式図  結膜にはまぶたの内側を壁紙のように覆っている「眼瞼結膜」(がんけんけつまく, 瞼結膜)と、眼球の前方部分を覆っている「眼球結膜」(がんきゅうけつまく, 球結膜)とがあり、そのどちらでも発症する可能性があります。猫の黒目(虹彩)は大きいため、普通に目を開けた状態では結膜の状態を確認することができません。結膜に炎症があるかどうかと確かめるためには、上まぶたを強引に押し上げるか、「あっかんべー」の要領で、下まぶたを強引に押し下げる必要があります。
 猫の結膜炎の症状としては以下のようなものが挙げられます。重症化すると、腫れた眼瞼結膜が眼球の周辺からせり出してくるような外観を呈します。
結膜炎の主症状
  • 前足で目をこすろうとする
  • 床や壁に目をこすりつける
  • 白目が充血する
  • まばたきが多くなる
  • 涙や目やにが多くなる
  • 眼球が腫れてやや大きくなる
猫の結膜炎~炎症部分が肥厚して外からでも充血部を視認できる
 また以下は結膜炎の代表的な種類です。「カタル性」とは、粘膜の表面で炎症が起こったために粘膜上皮が剥がれ落ち、粘液の分泌が異常に増えた状態をいいます。この状態が長引き、免疫細胞の死骸が徐々に溜まって生じるのが「化膿性」です。
結膜炎の種類
  • 急性カタル性結膜炎  涙が多くなり、最初は水のようにさらさらしたものが、次第に粘度を増してジュース状の漿液になっていきます。多くの場合チェリーアイを伴います。
  • 慢性カタル性結膜炎  急性に比べると症状は軽く、結膜が多少厚くなり、ねばっこい分泌物を出します。
  • 急性化膿性結膜炎  カタル性結膜炎が発展して発症します。二次感染によって症状が重くなり、黄緑色の膿を排出するようになります。結膜が真っ赤に変色してひだ状に変形し、多くの場合角膜炎を伴います。子猫や若齢猫に多い症状です。なお目が開く前の新生子に結膜炎が生じた場合は、ときに「新生子性結膜炎」と呼び分けられることがあります。細菌とウイルスが入り混じった状態で、まるでまぶたが接着剤でくっついたように見えるのが特徴です。
  • 慢性化膿性結膜炎  目から膿のような分泌物が出て、上下のまぶたがくっついてしまいます。結膜は充血して腫れあがり、凹凸状に変形します。角膜の表面がひどく変性し、新生血管を生じることもあります。

猫の結膜炎の原因

 猫の結膜炎の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。結膜炎が片方の目にだけ現れている場合は異物などの物理的な刺激、両目に現れている場合はアレルギーや感染症などを疑います。また、予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。

異物の侵入

 目の中に異物が入ることで炎症反応が起こり、結膜に波及してしまうことがあります。具体的には、ゴミ、シャンプー、花粉、粉じん、揮発性有機化合物などです。

基礎疾患

 あらかじめ抱えている病気のせいで結膜炎が引き起こされることがあります。具体的には、角膜炎ドライアイ流涙症ブドウ膜炎緑内障副鼻腔炎などです。

涙膜の形成不全

 眼球に生息する病原体が涙の生成を悪化させて結膜炎につながっているのではないかという仮説があります。
 カナダの調査チームが結膜炎を抱えた猫14頭(0.8~12歳)の結膜からスワブサンプルを採取してPCR検査を行ったところ、ネコヘルペスウイルス(FHV-1)、ネコクラミジア(C.felis)、マイコプラズマ、カリシウイルスが検出されたといいます。健常猫より平均TFBUT(涙膜が自壊するまでの時間)が短いことから、涙膜(涙液層)の形成不全が結膜炎の一因と推測されました出典資料:Lim, 2005)

ヘルペスウイルス

 ヘルペスウイルスは二本鎖DNAのゲノムを有するDNAウイルスの一種。宿主に初感染した後は潜伏し、免疫力が落ちたタイミング病原性を発揮する回帰発症を特徴としています。潜伏したヘルペスウイルスは通常完全には駆逐されず、宿主と生涯を共にします。猫においては猫ウイルス性鼻気管炎を引き起こすネコヘルペスウイルス1型が代表格です。
 アメリカにあるジョージア大学の調査チームは結膜炎を発症した猫50頭と臨床上健康な猫50頭の結膜からサンプルを採取し、PCR検査によってネコヘルペスウイルス(FHV-1)の陽性率を調べました。その結果、患猫の保有率が54%、健常猫のそれが12%となり、両者の格差は統計的に有意と判断されました出典資料:McDermott, 1997)
 またポーランドにあるヴロツワフ環境生命科学大学の調査チームは慢性結膜炎を発症した猫30頭の結膜からスワブサンプルを採取し、PCR検査によって病原体の陽性率を調べました。その結果、C.felis=6.7%(2頭)、FHV-1=33.3%(10頭)で混合感染例は見られなかったと言います出典資料:Matczuk, 2010)

マイコプラズマ

 マイコプラズマ(Mycoplasma)は細胞壁を持たない細菌の一種。猫に対して病原性を発揮する種がいくつか確認されており、「Mycoplasma Haemofelis」は猫伝染性貧血を、「Mycoplasma felis」は結膜炎を引き起こすことが知られています。
 アメリカのコロラド州立大学が結膜炎を抱えた猫55頭、健康な猫39頭、結膜炎罹患歴がある猫32頭の結膜からスワブサンプルを採取してPCR検査を行ったところ、FHV-1=6.7%、Mycoplasma=9.6%、C.felis=3.2%となり、特にマイコプラズマと結膜炎とが強く連動していたといいます出典資料:Low, 2007)
 またブラジルのフルミネンセ大学が結膜炎を抱えた猫68頭の病原体保有率と重症度(1~4)との関連性を検証したところ、C.felisおよびM.felisを保有しているときに重症化することが明らかになったといいます出典資料:Baumworcel, 2017)

クラミジア

 クラミジアはDNA、RNA、リボソームをもち、タンパクや核酸を自ら合成する能力を有した細菌の一種。2属(クラミジア属/クラミドフィラ属)からなり、動物細胞内でのみ増殖します。

クラミドフィラ・フェリス

 クラミドフィラ・フェリス(Chlamydophila felis)は猫の結膜に特異的に生息するグラム陰性菌(クラミジア科)の一種。口語的に「ネコクラミジア」とも呼ばれ、猫クラミジア感染症を引き起こします。宿主の体外では生きていけず、特に1歳未満の子猫同士の密な接触により眼球分泌物を共有することで容易に伝播します出典資料:Gruffydd-Jones2009)
 イタリア北部において結膜炎と診断された猫70頭の病原体を調べたところ、C.felis=14頭(20%)、FHV-1=23頭(33%)、混合感染=5頭(7%)という内訳になり、C.felis陽性猫では結膜炎が出やすいことが明らかになったといいます出典資料:Rampazzo, 2008)ネコクラミジアによる膿性結膜炎と結膜浮腫

オウム病クラミジア

 オウム病クラミジア(Chlamydia psittaci)は鳥の排泄物に含まれる細菌の一種。市中感染は少ないものの、鳥を飼育している家庭においては人獣共通感染症の原因菌として問題になります。人間における潜伏期間は1~2週間で、突発性の高熱に始まり頭痛、全身倦怠感、筋肉痛、関節痛などインフルエンザに似た症状を呈します出典資料:国立感染症研究所)
 鳥と猫が同居している場合、吸引や嚥下を通じてこの細菌に感染してしまう危険性を否定できません。例えばアメリカにあるマサチューセッツ工科大学の調査チームはコンゴウインコ飼い始めてから1ヶ月後、粘液膿性の目やにと結膜炎を主症状とするシャム猫(5歳)の症例を報告しています。抗菌剤を含んだ軟膏を塗布したものの効果がなく、両側性に発展して全身症状まで現れ出したとのこと。結膜上皮細胞をスクレイピングして組織学的に調べたところChlamydia psittaciが見つかり、インコの便からも同じ菌が分離されました。猫もインコもドキシサイクリンによって治癒したといいます出典資料:Lipman, 1994)オウム病クラミジア(Chlamydia psittaci)を媒介するオウムやインコ  またオーストラリアにあるメルボルン大学の調査チームはキャッテリ(猫の繁殖施設)内で飼育されている15頭中13頭までが、9ヶ月間で重度・慢性・難治性の結膜炎を発症した症例を報告しています。無症状の1頭を含めた14頭でクラミジアに対する抗体が確認されたとのこと。さらに国内134頭(1~16歳)の血清サンプルをランダムで調べた結果、17頭(12.7%)からクラミジア抗体が検出されたといいます出典資料:Sttudert, 1981)

肺炎クラミジア

 肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae)は1980年代に発見された細菌の一種。人間においては咳に含まれる飛沫で経気道的に広がり、乾いた咳を始めとした呼吸器疾患を引き起こします。
 ウィーン獣医大学の調査チームは結膜炎症状を示す猫49頭の結膜からサンプルを採取して中に含まれるクラミジアをRT-PCRと呼ばれる手法で検出しました。その結果、ネコクラミジアが2頭(4.1%)から検出されたのに対し、肺炎クラミジアが5頭(10.2%)から検出されたといいます出典資料:Sibitz, 2011)

サルモネラ

 サルモネラ・ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)は非チフス型サルモネラ属菌の一血清型。ネズミチフス菌とも呼ばれます。
 結膜に直接接触させて人為感染させた後、流涙、結膜炎、眼瞼痙攣、瞬膜突出、好中球と結膜分泌物といった結膜炎症状が引き起こされ、腸間膜と頸部リンパ節の腫脹が6日間ほど続くことが確認されています。また直腸スワブで培養可能だったことから、グルーミングなどを通して消化管に入ることも併せて確認されました出典資料:Fox, 1983)
 商業的に繁殖された猫7頭のうち2頭において流涙と眼瞼痙攣を伴う結膜炎が見られ、消化管からも分離されたという別の報告もあります。サルモネラ・ティフィムリウムに属する3種類の菌株が同定され、多剤耐性を示しましたが最終的には抗生物質(クロラムフェニコール)の10日間投与で菌が駆除されたとのこと出典資料:Fox, 1977)

東洋眼虫

 東洋眼虫(Thelazia callipaeda)は野生の肉食動物、ウサギ、人間の結膜嚢内に生息する寄生虫の一種。中間宿主は吸血嗜好性ショウジョウバエ(Phortica variegata)ではないかと推測されており、フランス南西部に位置するドルゴーニュ地方で症例報告があります。症状は流涙、結膜炎、角膜炎、角膜潰瘍などです出典資料:Dorchies, 2007)目の中を泳ぐ「東洋眼虫」の症例

非ウイルス性結膜炎

 結膜炎の多くは細菌やウイルスに反応する形で発症します。しかし原因は不明ながら、そうした病原体がないにも関わらず発症するパターンもあります。

良性肥満細胞腫

 上皮に特異的に発生した良性の肥満細胞腫による結膜炎症例が報告されています出典資料:Cohen, 2016)
 カリフォルニア大学バークレー校が行った報告では、発症年齢は7ヶ月齢~17.5歳と幅広く中央値は8歳。8割程度は片側性(12/15頭)で、6割では角膜に共存する病変を抱えていたといいます。結膜から瞬膜(第三眼瞼)にかけて広がる増殖・結節性の病変が特徴で、上皮内~上皮下における肥満細胞、浮腫、乳頭上皮の過形成が見られたとのこと。原因はよくわかっていませんが、アレルギー反応が関わっているのではないかと推測されました。

脂肪肉芽腫

 眼瞼結膜に特異的に発症した脂肪肉芽腫による結膜炎症例が報告されています。
 南オーストラリアにある2次診療施設が行った13頭(21眼)の報告では、発症年齢は6~16歳(平均11.2歳)ですべて眼瞼縁に近い眼瞼結膜 に脂肪肉芽腫性の結膜炎が発生したと言います。上眼瞼のみが5頭、上下の眼瞼が8頭、両側が8頭という内訳で、8頭では切除手術が施されました出典資料:Read, 2001)

好酸球性結膜炎

 多彩な免疫細胞の浸潤を特徴とする非ウイルス性の結膜炎が報告されています。
 ベルリン自由大学が行なった12頭の症例報告では、発症年齢は1歳から15歳と幅広く平均年齢は7.2歳。9頭までが去勢済みのオス猫で片側性が7頭、両側性が5頭だったといいます。 猫の右眼球に発症した好酸球性結膜炎  主な症状は眼瞼縁の脱色とただれ、眼瞼痙攣、結膜及び瞬膜の浮腫と発赤で、PCR検査でも電子顕微鏡検査でもヘルペスウイルス検出されなかったとのこと。組織学的には好酸球、リンパ球、形質細胞、肥満細胞、マクロファージの存在が確認され、10頭では長期的な抗炎症治療を必要としました出典資料:Allgoewer, 2001)

猫の結膜炎の治療

 猫の結膜炎の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
結膜炎の主な治療法
  • 点眼薬や眼軟膏  炎症を抑えるために処方します。目が開く前の新生子に結膜炎が生じた場合(新生子性結膜炎)は、内側からゆっくりとまぶたを開き、膿や粘液を取り除いた上で点眼式抗生物質を滴下します。
  • 眼の周辺の毛をカット  眼球周辺の被毛が眼に入って炎症を引き起こしている場合は、眼の周囲にある無駄毛をきれいにカットします。基本的に猫は、目の中の異物を第三眼瞼(瞬膜)のワイパー作用によって自力で排出できますが、そもそも異物が入らないように飼い主が気を付けておくことも重要です。
  • 洗浄  眼の周辺をほう酸水などで洗浄し、常に清潔に保ちます。
  • エリザベスカラー  猫がどうしても眼をこすってしまうような場合はカラーで予防します。しかしこの方法は、根本的な原因を解決するまでの一時しのぎにすぎません。
  • 感染症治療  細菌やウイルスが原因の場合は、まずはそうした根本的な原因を取り除きます。猫で最も多いのは猫ウイルス性鼻気管炎猫カリシウイルス感染症です。前者の場合は原因がヘルペスウイルスであることから「ヘルペス性結膜炎」と呼ばれることもあります。いったんは治ったように見えても、多くの場合はウイルスを保有したままの状態であるため、猫白血病ウイルス感染症猫エイズウイルス感染症などで免疫力が低下したときに再発してしまうこともしばしばです。
猫がウインクしているときは目に異常がある証拠です。「かわいい」などと言って写真を撮る前に動物病院を受診しましょう。猫が片目をつぶってウインクしているように見えるのは異常の証