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猫の高血圧症~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の高血圧症(こうけつあつしょう)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

猫の高血圧症の病態

 高血圧症とは、血圧が正常値よりも高い状態に維持されている状態のことです。血圧には拡張期血圧(DBP)、収縮期血圧(SBP)、平均動脈圧(MAP)といった観点があり、測定法にも直接法と間接法があります。過去の調査によって得られた猫の平均的な血圧は以下です(→出典)。
猫の血圧参照値
  • 直接計測法「直接計測法」とは、「動脈埋め込み型テレメトリー送信機」と呼ばれる特殊な装置によって直接的に猫の血圧を測定する方法のことです。最も精度が高いとされていますが、動物病院で気軽に使用できるほど実用的な代物ではありません。
    ✓収縮期血圧=117~132mmHg
    ✓拡張期血圧=78~96mmHg
    ✓平均動脈圧=94~115mmHg
  • 間接計測法「間接計測法」とは皮膚を傷つけることなく外側から間接的に血圧を測定する方法のことです。近年は直接計測法と遜色のない精度で測定できる「超音波ドップラー血圧計」や「高精細度オシロメトリー」(HDO)といった計測機器も登場してきました。以下は収縮期血圧の値です。
    ✓オシロメトリー法=115~139mmHg
    ✓ドップラー血圧計=118~162mmHg
 上記したように、拡張期と収縮期および計測方法によって参照値は微妙に変動します。猫の正常な血圧に関して世界共通のコンセンサスはありませんが、イギリス王立獣医大学のチームが6ヶ月齢以上の健康な猫780頭を対象としてドップラー血圧検査を行った際の収縮期血圧中央値が120.6(110.4~132.4)mmHgと出ていますので、ひとつの目安になるでしょう(→詳細)。
猫のドップラー血圧測定
 以下でご紹介するのは、前足にカフを巻きつけて血圧を測定するドップラー血圧測定の様子です。一時的なストレスによる血圧の変動(白衣高血圧)の影響を除外するため、血圧は複数回計測されます。 元動画は→こちら
 一方、どの数値を超えた時点で高血圧と判断されるのかに関する世界共通の基準もありません。目安としてはIRIS(腎臓病に関する研究を行う国際組織)が設定している収縮期血圧のカテゴリがあります(→出典)。
IRISによる収縮期血圧の分類
  • 正常=150mmHg未満(TODリスク最小)
  • 境界=150~159mmHg(TODリスク低い)
  • 高血圧=160~179mmHg(TODリスク中等度)
  • 重度高血圧=180mmHg以上(TODリスク高い)
 TODとは「標的臓器傷害」のことで、高血圧になったとき特異的に障害される臓器のことです。具体的には目(網膜や脈絡膜)、脳、腎臓、心筋などが含まれます。

猫の高血圧症の症状

 猫の高血圧症は、血管内における血流への抵抗(全末梢血管抵抗, SVR)の上昇を通じ、血管分布が豊富な組織や心血管系に対してダメージを与えます。具体的には以下のような臓器です。
高血圧による標的臓器障害(TOD)
  •  収縮期血圧が160mmHgを超えると網膜や脈絡膜に対するダメージが蓄積し、多くの場合眼底病変として確認できるようになります。前房出血が引き起こされた場合は、二次性の緑内障につながることもしばしばです。重度の高血圧症を患った猫では、網膜剥離と眼内出血の結果として視力を失ったり、片方の目だけが散瞳状態になることもあります。
  •  脳内の血圧調整機能を上回る程度の高血圧が長期的に継続した場合、高血圧性脳症を発症することがあります。具体的には、患猫の15~46%で失見当識、発作、運動失調、沈鬱、前庭神経症状といった神経学的な兆候として現れます。また高血圧の猫の脳内で浮腫や動脈硬化症が確認された例もあります。2023年の報告では、降圧治療によって9割超の患猫が改善するとされていますので、不可逆的な網膜症に比べると治療効果に期待が持てます。
  • 心血管系 高血圧は左心室壁へのストレスを高め左室肥大(LVH)を引き起こすことがあります。聴診時のギャロップ音や超音波検査で見つかることがしばしばありますが、高血圧の度合いと左室肥大の度合いは必ずしも連動していません。
  • 腎臓 200頭の猫を対象とした調査では、血圧が高い猫で糸球体硬化症や動脈硬化症が確認されています。しかし、こうした病変は高血圧だけによって引き起こされているわけではないため、因果関係とは断定できません。慢性腎不全もしくは高血圧を抱えた猫がタンパク尿を併発している場合、予後があまりよくないとされています。

猫の高血圧症の原因

 猫の高血圧には「特発性」と「二次性」とがあります。「二次性」とは、何らかの基礎疾患によって引き起こされている副次的な高血圧、「特発性」とは基礎疾患が見つからない状態での高血圧です。以下では、二次性高血圧を引き起こす代表的な原因疾患をご紹介します(→出典)。
二次性高血圧の原因
  • 慢性腎臓病(CKD) 慢性腎不全(慢性腎臓病)の猫のうち19~65%が高血圧症で、さらにそのうち74%が高窒素血症であると推定されています。人医学における腎臓病性高血圧では、ナトリウム(塩分)の摂取、水分の貯留、RAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)と交感神経系の活性化、小動脈の構造的な変化、内皮の機能不全、酸化ストレス、遺伝といった様々な要因が関わっていると考えられていますが、こうした知見をそっくりそのまま猫に応用できるかどうかは不明です。仮説としては、RAASによって上昇したアルドステロン値が血圧を高めているというものがあります。
  • 甲状腺機能亢進症 甲状腺機能亢進症と診断された時点で10~23%の猫が高血圧だとされています。しかし慢性腎臓病との併存例も多いため、甲状腺機能亢進症が単独で高血圧につながっているかどうかは分かっていません。他の動物を対象とした調査報告では、甲状腺機能亢進症がカテコールアミンに対する心臓の感受性を高め、甲状腺ホルモンが心筋細胞に直接的な影響を及ぼすといったメカニズムが考えられています。
  • 原発性アルドステロン症(PHA) 原発性アルドステロン症(PHA)とは、調整因子であるアンギオテンシンIIの有無にかかわらず、副腎ホルモンの一種「アルドステロン」が過剰になってしまう状態のことです。PHAを発症した猫のうち40~60%で高血圧が報告されています。ナトリウムの体内貯留と体液膨張が心拍出量の増加を引き起こし、結果として高血圧につながっているものと推測されていますが、PHAを発症した猫の全てが高血圧になるわけでは無いという事実から考え、他のメカニズムが関わっている可能性もあります。
  • その他の疾患 人間においては、糖尿病が危険因子とされていますが、同様の関係性は猫において確認されていません。しかし、糖尿病を発症した猫において眼症が多く報告されていることは事実です。糖尿病以外では、褐色細胞腫がカテコールアミンの濃度を上昇させ発作性の高血圧を引き起こす可能性が指摘されています。また副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)と高血圧が併存したという報告もありますが、具体的な有病率に関してはよくわかっていません。

猫の高血圧症の治療

 高血圧治療の目的は、標的臓器障害を予防したり最小限に食い止めることです。短期的な目標は収縮期血圧を160mmHg未満に抑えること、長期的な目標はIRISカテゴリーで障害リスクが最小とされている150mmHg未満に維持することです(→出典)。
猫の高血圧治療
  • 急性高血圧の治療 落下や交通事故などで腎臓に障害を負った場合、急性の高血圧症を示すことがあります。このようなケースでは、発症から1~2時間のうちに血圧を緩やかに25%程度下降させ、6時間以内に160mmHgに近づけることが推奨されています。急激に血圧を低下させると心筋細胞や脳、腎臓の虚血につながる危険性があるため要注意です。患猫は基本的に入院治療となり、できれば直接計測法で血圧をモニタリングしながら降圧治療を行います。
  • 慢性高血圧の治療 高血圧が他のによって慢性的に引き起こされている場合は、基礎疾患の治療が優先されます。基礎疾患ではなく高血圧そのものにアプローチする場合は投薬治療がメインとなり、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であるアムロジピンなどが投与されます。この薬剤は末梢血管の平滑筋に直接的に作用して拡張させる作用があり、60~100%の確率で収縮期血圧を30~70mmHg低下すると報告されています。その他の降圧薬としてはACEインヒビター、ARB、βブロッカーなどがありますが、減少幅は10~20mmHgと低く、アムロジピンに比べると効果は薄いようです。また薬剤に反応しない猫の割合も高いため、優先的に選ばれる薬ではありません。投薬治療の注意点は、基礎疾患に悪影響を及ぼさない範囲内で計画を練ること、および猫に対するアムロジピンの薬理学的なデータが完全にそろっているわけでは無いことを理解しておくことです。
ドップラー血圧計を用いる場合は前足や尻尾を計測場所とする 高精細度オシロメトリー(HDO)を用いる場合は尻尾を計測場所とする  標的臓器のダメージを事前に食い止めるためには、高血圧を早期発見する必要があります。眼底検査で病変を確認することで高血圧の存在を疑うことはできますが、症状が出ているという時点ですでに手遅れです。症状が現れる前に猫の高血圧を炙り出すためには、定期的に血圧を測定する必要があります。以下は国際猫医学界(ISFM)が推奨している血圧測定の頻度です。
猫の血圧計測頻度
  • 3~6歳:できれば12ヶ月に1回程度
  • 7~10歳:少なくとも12ヶ月に1回
  • 11歳超:少なくとも6~12ヶ月に1回
  • リスク猫(※):少なくとも3~6ヶ月に1回
 「リスク猫」とは慢性腎不全甲状腺機能亢進症原発性アルドステロン症(PHA)、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)、褐色細胞腫、血圧が上昇するような投薬治療を受けている、標的臓器障害の兆候が見られる猫のことです。なお血圧測定の具体的な手順に関してはこちらの記事をご参照ください。