トップ猫の心を知る猫の習性首をつまむとおとなしくなる

首をつまむとおとなしくなる

 猫の習性の一つである首をつまむとおとなしくなるという点について解説します。
 猫は首の後ろ側、いわゆる「うなじ」と呼ばれる部分をつままれると、反射的におとなしくなります。いったいなぜこのような反応を見せるのでしょうか?

猫がおとなしくなる理由

 猫のうなじをつまむとおとなしくなるという現象があります。2013年に報告された研究によると、この現象には、母親による子獣の移動をスムーズにするという重要な意味があるようです。
うなじをつままれて動きが抑制された子マウス  研究の対象となったのは、心拍数と鳴き声をモニターするための特殊な装置を取り付けられた子マウス。母マウスが子マウスを移動しなければならない状況を設定したところ、首筋をつままれた状態で移動している子マウスでは、「動きの減少」、「鳴き声の減少」、「心拍数の低下」といった鎮静反応が見られたといいます。さらに鎮静反応を示した子マウスと、示さない子マウスを用い、母マウスによる運搬テストを行ったところ、鎮静反応を示さない子マウスを運ぶ際には、非常に手間取ったとも。こうした結果から研究者たちは、首筋をつまんでおとなしくなるという鎮静反応は、母親が子獣を運んで移動するときに役立っているに違いないと推測しています。Infant Calming Responses during Maternal Carrying in Humans and Mice子猫のうなじに噛み付いて運搬する母猫の姿 母猫が子猫の首筋をくわえて移動する際、子猫は声を押し殺して背中を丸めます。この反応の裏には、静かにすることで外敵の接近をかわし、じっとすることで母猫の労力を減らすという、生存確率を高めるための巧みなメカニズムがあるのでしょう。

成猫とつまみ誘発性行動抑制

 「猫のうなじをつまむとおとなしくなる」という現象は、子猫のころに最も顕著ですが、成長してからも十分残っているようです。 うなじにクリップを付けられて動きが抑制された成猫  2007年に行われた研究によると、首筋にクリップを取りつけると、多くの猫がおとなしくなるという結果が出ています。観察の対象となったのは31頭の成猫。首の後ろ側、いわゆる「うなじ」と呼ばれている部分に幅5~6センチのクリップを取りつけたところ、ほぼ全数に近い30頭において、「受身的になる」、「背中が丸まる」、「しっぽを後足の間に挟む」といった、まるで子猫のような反応が見られたとのこと。また瞳孔の拡張、心拍数や呼吸数の増加が見られなかったことから「恐怖反応」ではないこと、さらに刺激に対する反応性も残っていることから、驚いた時に見られる「擬死反応」(いわゆる死んだふり)でもないことが確認されたとも。
 こうした結果から研究者たちは、多少の個体差はあるものの、PIBIは猫に苦痛を与えることなく動きを抑制するときに役立つだろうと結論付けています。またこの結論は、2016年に行われた別の調査でも追認されました(→詳細)。なお「PIBI」(ピビ)という表現は、「Pinch-Induced Behavioral Inhibition」の頭文字を取ったものであり、日本語に訳すと「つまみ誘発性行動抑制」といった感じになります。 Pinch-induced behavioral inhibition in domestic cats

PIBIの応用

 うなじにやさしい圧力を加えて不動化反射を引き起こす「PIBI」(ピビ)という手法は、うまくやれば日常生活にも応用できそうです。

効果的な応用方法

 猫を動物病院に連れていく際、猫が逃げ回ってどうしてもキャリーの中に入ろうとしないことがあります。そんなときはうなじにクリップを取り付けたり手で軽く握っておとなしくさせてから抱っこして入れるとスムーズにいくでしょう。あるいは地震や火事などの災害が発生し、急いで猫を移動させなければならないときなどにも役立つかもしれません。また「うなじへの刺激が心拍数を下げる」という自律神経系のメカニズムを利用すれば、下の写真で示したように首筋にやさしいマッサージを加えることで猫をリラックスさせることもできそうです。 猫の背中マッサージ 猫のうなじ付近の皮膚を大きくつかみ、そのまま5~10秒間引っ張り上げます。
クリップノシス
猫のつまみ誘発性行動抑制を引き起こすための道具「クリップノシス」(Clipnosis) 「PIBI」(つまみ誘発性行動抑制)専用のクリップが販売されています。「Clipnosis®」(クリップノシス)と名付けられたこの商品は、92%の猫に効果があり、ブラッシング、爪切り、耳掃除のときに役立つとか。大サイズが幅37mm×直径33mm、小サイズが幅37mm×直径22mm。 クリップノシス(富士平工業株式会社)

PIBIの注意点

成猫を首の皮膚だけで持ち上げようとする「スクラッフィング」(scruffing)  PIBIを応用する際には注意点もあります。それはスクラッフィングとPIBIとは別物ということです。「スクラッフィング」(scruffing)とは動物の首根っこをつかまえて激しく揺さぶったり持ち上げたりする行為のことで、うなじに持続的なやさしい圧力を加える「PIBI」とは似て非なるものです。体重が3キロを超える成猫に対して上記「スクラッフィング」を行ってしまうと、首の皮膚が自分の体重で張りつめ、前方にある頸動脈、頸静脈といった太い血管を締め付けてしまう危険性があります。これを人間に置き換えると、ちょうどネクタイを後方に引っ張った状態に近いといえるでしょう。ですから成猫に対して鎮静反応を利用するときは、荒っぽいスクラッフィングではなく、やさしい「PIBI」(ピビ)を基本とするようにしてください。

動物病院におけるPIBI

 獣医さんの中には診察に際し、猫のうなじをつかまえて持ち上げる「スクラッフィング」を平気で行う人がいます。しかしアメリカにおける猫専門獣医団体「AAFP」では、スクラッフィングによって猫を持ち上げるという行為は支持できないと明言しています。一方、スクラッフィングの穏やかバージョンであるPIBIに関しては「賛否両論あるようだ」という事実の確認にとどまっており、支持するかしないかに関しては態度を保留しているようです。
 もし日本の動物病院においてスクラッフィングを行う獣医さんがいた場合は、以下のような可能性が考えられます。
  • 短時間なら大丈夫だと思っている
  • 診察時間を短縮しようとしている
  • 素人相手ならわからないだろうと高をくくっている
  • そもそも深く考えたことがない
 もし獣医さんのスクラッフィングが気になるようでしたら、「それやめてもらえます?」と頼んだり、あまりにも扱いが雑な時には病院自体を変えるという選択肢もあります。またPIBIに関しては、猫の反応を観察し、明らかに不快感を抱いているとわかるような場合は避けた方がよいでしょう。 Feline-Friendly Handling Guidelines(AAFP)

人間の赤ちゃんと鎮静反応

 母親が子獣を移動させる際、子獣がすみやかに動きを停止し、鳴き声を出さなくなるという鎮静反応は、猫のみならず多くの哺乳類において見られるものです。一例をあげると「ライオン」、「リス」、「ウサギ」、「ハムスター」、「イヌ」などですが、全てに共通しているのは、「うなじを噛んで持ち上げる」ことが反応の引き金になっているという点です。マウスを用いた実験によると、首筋の皮膚感覚に麻酔をかけると「動きの減少」が見られなくなることが確認されていることから、恐らくうなじへの感覚刺激が鎮静反応を引き起こしているのだろう考えられています。 さまざまな動物の子獣における鎮静反応は、首筋への噛み付きが引き金となる  では、人間の赤ちゃんはどうなのでしょうか?2013年に報告された実験によると、赤ちゃんの鎮静反応を呼び覚ます引き金は、首筋の皮膚をつまんで持ち上げることではなく、抱っこして歩くことのようです。人間の赤ちゃんは、母親に抱っこされて移動しているときに最も鎮静反応が強くなる 実験の対象となったのは、ゆりかごの中で泣いている状態にある、1~6ヶ月齢の赤ちゃん12人。「そのまま静観する」、「母親が座った状態で抱っこする」、「母親が歩きながら抱っこする」という異なる条件における反応を観察したところ、一番最後の「母親が歩きながら抱っこする」という条件において、最も赤ちゃんがおとなしくなったとのこと。具体的には「動きの減少」「心拍数の低下」、「数秒以内に泣き止む」といった反応が見られたといいます。こうした結果から研究者たちは、哺乳類全般において見られる鎮静反応は、人間の赤ちゃんにおいては抱っこと歩行移動が引き金になると推論しています。四足歩行の動物と二足歩行の動物とでは、鎮静反応の発動トリガーが異なる  四足歩行で手を使えない動物においては、「母親によるうなじへの噛み付き」が鎮静反応の引き金になり、二足歩行で両手が自由な人間においては、「母親による抱っこ移動」が鎮静反応の引き金になるというのは、非常によくできたメカニズムと言えます。大人の愛情表現の一つとしてハグ(抱擁)があるのは、それが赤ん坊のころの鎮静反応を呼び覚ますきっかけになっているからなのでしょうか。 Infant Calming Responses during Maternal Carrying in Humans and Mice