猫の口腔扁平上皮癌・危険因子
扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)は猫の口腔に発症する悪性腫瘍のうち最も多いタイプで、7~8割を占めるとの統計があります。がん組織の成長が早いこと、および浸潤性が強く別の臓器に転移しやすいことなどから多角的治療を施しても予後は不良で、末期になって初めて気づかれるケースも少なくありません。こうした特徴から、生存率を高めるためには早期発見と早期治療が最重要とされています。
慢性歯肉口内炎と歯周病を発症した猫を対象とした大規模な比較解析を行いました。
調査対象となったのは以下の猫たちです。
今回の調査を行ったのはイタリアにあるボローニャ大学を中心としたチーム。口腔扁平上皮癌の発症リスクを明らかにするため、患猫、健常猫、およびがんの発症と関係が深いとされる調査対象となったのは以下の猫たちです。
- 患猫・回顧グループボローニャ大学獣医科学部に2000年からおよそ20年に渡って蓄積された医療データの中から、口腔扁平上皮癌と診断された594症例。
- 患猫・前向きグループ2018年から2020年までの期間、口腔扁平上皮癌と診断された100頭の猫。オンラインのアンケートを通じて飼い主とコンタクトを取り、猫たちの基本属性や生活環境に関して前向きにデータ収集を行った。
- 慢性歯肉口内炎の猫2018~2020年の期間、ボローニャ大学および一般開業している2つの動物病院を受診した猫のうち、慢性歯肉口内炎の診断を受けた70頭の猫たち。慢性歯肉口内炎の定義は歯列から尾側+口蓋舌弓外側に位置する両側性の潰瘍性~潰瘍増殖性の粘膜病変。
- 歯周病の猫2018~2020年の期間、ボローニャ大学および一般開業している2つの動物病院を受診した猫のうち歯周病の診断を受けた63頭の猫たち。歯周病の定義は焦点性~多焦点性の歯肉およびその隣接粘膜に発症した潰瘍性病変。
- 健常猫SNSを通じて口腔内腫瘍を発症したことがないと確認が取れた500頭の猫。
好発部位
医療記録を回顧的にたどり、発症部位が判明した567例を分析した結果、以下のような内訳になりました。
口腔扁平上皮癌・好発部位
- 舌:32%(180)
- 下顎歯肉:31%(178)
- 上顎歯肉:23%(132)
- 尾側口内粘膜:5%(30)
- 口腔前庭:5%(27)
- 硬口蓋:4%(20)
口腔扁平上皮癌リスク
健常猫500頭を基準とした場合、統計的に有意なレベルで扁平上皮癌の発症リスクが確認されました。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
口腔扁平上皮癌OR
- 居住環境が郊外:1.77
- 屋外アクセス:1.68
- 室内喫煙:1.77
- 化学添加物:1.98
慢性歯肉口内炎のリスク
健常猫500頭を基準とした場合、統計的に有意なレベルで慢性歯肉口内炎の発症リスクが確認されました。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
慢性歯肉口内炎OR
- 屋外アクセス:2.3
- 他の猫との同居:4.86
- 内部寄生虫に対する線虫薬:2.61
- FIV陽性:6.05
歯周病リスク
健常猫500頭を基準とした場合、統計的に有意なレベルで歯周病の発症リスクが確認されました。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
Journal of Veterinary Internal Medicine(2022), Riccardo Zaccone, Andrea Renzi, et al., DOI:10.1111/jvim.16372
歯周病OR
- オス:1.8
- 他の猫との同居:1.9
- ウエットフード50%以上:1.8
- 化学添加物:1.98
Journal of Veterinary Internal Medicine(2022), Riccardo Zaccone, Andrea Renzi, et al., DOI:10.1111/jvim.16372
危険因子は屋内にも屋外にもあり
健常猫を基準とした場合、ある特定の項目と口腔疾患リスクとの間に明白な関連性が認められました。
室内喫煙
飼い主に室内で喫煙する習慣がある場合、扁平上皮癌の発症リスクが1.77になることが明らかになりました。
タバコの煙と扁平上皮癌との関係は過去に行われた先行調査でも示されていますので、かなり信憑性が高い項目と言えるでしょう。発症メカニズムとしては「喫煙→タバコ成分が被毛に付着→グルーミングを通して口腔粘膜と接触→発がん」という流れが想定されます。
なおタバコの煙に含まれるニコチンはメラニンと親和性が高いため、メラニンを多く含む毛球や黒い被毛がリスクになる可能性が示されています。当調査では黒のダイリュート(薄い色素)であるブルーのシャルトリューで高い発症率が確認されましたので、被毛色(黒系統)と喫煙習慣が重なった場合の悪い相乗効果は無視できませんね。
タバコの煙と扁平上皮癌との関係は過去に行われた先行調査でも示されていますので、かなり信憑性が高い項目と言えるでしょう。発症メカニズムとしては「喫煙→タバコ成分が被毛に付着→グルーミングを通して口腔粘膜と接触→発がん」という流れが想定されます。
なおタバコの煙に含まれるニコチンはメラニンと親和性が高いため、メラニンを多く含む毛球や黒い被毛がリスクになる可能性が示されています。当調査では黒のダイリュート(薄い色素)であるブルーのシャルトリューで高い発症率が確認されましたので、被毛色(黒系統)と喫煙習慣が重なった場合の悪い相乗効果は無視できませんね。
郊外居住・屋外アクセス
住環境が郊外である場合、扁平上皮癌の発症リスクが1.77になることが明らかになりました。また猫が屋外にアクセスできる環境にあると、発症リスクが1.68になることも合わせて確認されました
郊外や屋外にある「何か」がリスク増大に関連していることは想像できますが、具体的にそれが何であるかは判明していません。線虫薬を使っている場合、歯肉口内炎の発症リスクが2.61になるというデータから考えると、「郊外居住で放し飼い習慣がある→内部寄生虫薬を投与する機会が増える→口内炎リスクが増える→炎症に起因する組織のがん化リスクが増える」といったメカニズムが一例として思いつきます。
あるいは過去の調査で指摘されているノミ取り首輪に含まれる何らかの成分が関わっている可能性も否定できません。外にいるときにFIV(猫エイズウイルス)に感染し、歯肉口内炎の発症リスクが増大することに連動して扁平上皮癌のリスクが増大したというシナリオもありうるでしょう。
郊外や屋外にある「何か」がリスク増大に関連していることは想像できますが、具体的にそれが何であるかは判明していません。線虫薬を使っている場合、歯肉口内炎の発症リスクが2.61になるというデータから考えると、「郊外居住で放し飼い習慣がある→内部寄生虫薬を投与する機会が増える→口内炎リスクが増える→炎症に起因する組織のがん化リスクが増える」といったメカニズムが一例として思いつきます。
あるいは過去の調査で指摘されているノミ取り首輪に含まれる何らかの成分が関わっている可能性も否定できません。外にいるときにFIV(猫エイズウイルス)に感染し、歯肉口内炎の発症リスクが増大することに連動して扁平上皮癌のリスクが増大したというシナリオもありうるでしょう。
化学添加物
キャットフードに化学添加物が含まれている場合、扁平上皮癌と歯周病の発症リスクがおよそ2倍になることが明らかになりました。
化学添加物(着色料・保存料・風味 etc)の一部では発がん性が確認されていることは事実ですが、ペットフードに含まれるレベルの含有量では到底起こり得ないというのが計算上の結論です。今回の調査結果だけでは化学添加物が直接的に発ガン性物質になっているのか、それとも化学添加物が用いられやすい安価なペットフードに含まれる別の成分が間接的に癌を誘発しているのかまではわかりません。
化学添加物(着色料・保存料・風味 etc)の一部では発がん性が確認されていることは事実ですが、ペットフードに含まれるレベルの含有量では到底起こり得ないというのが計算上の結論です。今回の調査結果だけでは化学添加物が直接的に発ガン性物質になっているのか、それとも化学添加物が用いられやすい安価なペットフードに含まれる別の成分が間接的に癌を誘発しているのかまではわかりません。
幸いなことに、扁平上皮癌の危険因子はどれも飼い主の心がけによって排除可能です。「タバコを吸わない」と「完全室内飼育する」くらいは今からでもできますね。