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デンタルクリーニングが猫の腎不全の原因に?~全身麻酔がもたらす腎臓へのダメージ検証

 歯周病予備軍もしくはすでに歯周病を発症した猫を対象として行われるデンタルクリーニング。猫の口腔内の健康を改善することは確かですが、代償として麻酔によって腎臓に長期的な障害が残る危険性が示されました。

歯周病治療による腎臓への負担

 調査を行ったのはオレゴン州立大学のチーム。歯周病の予防や治療を目的として全身麻酔下で行われるデンタルクリーニングが、猫の腎臓にどの程度の負担をかけているのかを検証するため、施術の前→施術直後→施術からしばらくした後というタイミングで各種の腎バイオマーカーを測定しました。
腎不全のバイオマーカー
  • 血清クレアチニン
  • SDMA
  • 血清尿素窒素(BUN)
  • 尿比重
  • 尿蛋白クレアチニン比(UPC比)
腎障害のバイオマーカー
  • 血清βアミノイソ酪酸(BAIB)
  • 尿シスタチンB
  • 尿クラステリン
全身麻酔下の猫  調査対象となったのは疾患として歯周病だけを抱え、獣医師の勧めによって全身麻酔下でのデンタルクリーニングを受けた31頭の猫(去勢オス19+避妊メス12/2~16歳)。施術の1週間前、施術から6時間後、施術から1週間後のタイミングで血液と尿サンプルを採取して腎障害と腎不全のバイオマーカーを測定したところ、「加齢」および「歯周病の重症度」が測定値と強く関連していたといいます。具体的には以下です。
加齢との関連項目
  • 腎不全バイオマーカー●SDMA上昇
    ●クレアチニン上昇
    ●尿比重低下
  • 腎障害バイオマーカー●尿シスタチンB上昇
    ●尿クラステリン上昇
歯周病の重症度との関連項目
  • 腎不全バイオマーカー●尿蛋白クレアチニン比上昇
  • 腎障害バイオマーカー●尿シスタチンB上昇
    ●尿クラステリン上昇
 施術6時間後の評価ではSDMAの上昇が認められ、この傾向は麻酔時間が長いほど顕著だったといいます。SDMA高値は施術から1週間後も持続し、この傾向は施術1週間前に尿蛋白クレアチニン比の上昇が認められた患猫で顕著だったとも。また尿シスタチンBと尿クラステリンに関しては、施術時間が60分を超える場合は上昇し、60分未満の場合は逆に低下するという関係性が見られたそうです。
The impact of periodontal disease and dental cleaning procedures on serum and urine kidney biomarkers in dogs and cats.
Hall JA, Forman FJ, Bobe G, Farace G, Yerramilli M (2021) , PLoS ONE 16(7): e0255310, DOI:10.1371/journal.pone.0255310

麻酔による腎障害と腎不全

 ちゃんとしたデンタルクリーニングを施そうとするとどうしても全身麻酔が必要となります。しかし麻酔の時間が長くなればなるほど、急性腎障害慢性腎不全のリスクが高まるというジレンマがあるようです。

麻酔の長さと腎ダメージ

 施術6時間後の評価で腎不全の指標であるSDMAの上昇が認められ、この傾向は麻酔時間が長いほど顕著という関係性が確認されました。
 同様の調査を31頭の犬を対象として行いましたが、SDMAの上昇は確認されていません。麻酔時間の中央値は犬60分(25~205分/21頭は60分以上/16頭は少なくとも1本抜歯)に対し猫60分(15~180分/16頭は60分以上/16頭は少なくとも1本抜歯)と同じでしたので、施術の内容というよりは猫という動物種が施術直後における急性腎機能不全の根底にある可能性がうかがえます。
 また腎障害のバイオマーカーである尿シスタチンBと尿クラステリンに関しては、施術時間が60分を超える場合は上昇し、60分未満の場合は逆に低下するという関係性が確認されました。
 しっかりとしたデンタルクリーニングをフルコースで行う場合、スケーリング、ポリッシング、コーティングといった処置を施す必要があります。こうした施術は歯周病の予防や治療にはメリットをもたらすかもしれませんが、避けられない「麻酔時間の延長」という側面が遠隔臓器である腎臓に急性の障害をもたらす危険性があるようです。

麻酔による腎不全の悪化

 施術1週間前の時点ですでに腎不全の兆候が見られた猫においては、麻酔下の施術によって上昇したSDMAが施術1週間後になっても低下しないことが確認されました。この事実は、腎不全を抱えた猫に対する全身麻酔術が急性腎障害を引き起こし、慢性の腎不全を悪化させる危険性を示すものです。

歯周病の発症時点で「詰み」

 エックス線検査を通じて行われた疫学調査では、4歳を過ぎた猫における歯周病の有病率は50%、8歳を過ぎだ猫におけるそれは93%と報告されています。しかし歯周病を確定診断するためには全身麻酔下における綿密なチェックが必要です。費用およびリスクの関係上全ての患猫が麻酔下での診察を受けるわけではありませんので、実際の有病率に関してはおそらく上記した数値より高いものと推測されます。平たく言うと、加齢に伴ってほぼすべての猫が歯周病を発症するということです。
 歯周病によって歯茎や口腔内に慢性的な炎症があると一過性の菌血症となり、腎臓など遠隔臓器にも悪影響が出る危険性があります。また免疫複合体が腎臓内に蓄積して糸球体腎炎を引き起こす危険性もあります。
 一方、歯周病を予防したり治療するために全身麻酔下でデンタルクリーニングを行うと、今回の調査で示されたように麻酔そのものが持つ腎毒性や人為的に引き起こされた低血圧と酸欠状態が腎臓に急性の障害を与える危険性があります。
 つまり歯周病を発症した時点で、放置しても治療しても腎臓に負担をかけることは避けられない「詰み」状態ということです。では飼い主としてどうすればよいのでしょうか?答えは「予防」の一言に尽きるでしょう。 猫の歯周病を予防するためには日常的な歯磨きが必要  一瞬「無麻酔のデンタルクリーニングがあるじゃないか」と思えますが、覚醒状態の猫を拘束するのはストレスが大きすぎ、また歯周病の発症に最も関わりが深い歯周ポケットのケアまではできません。つまりいたずらに拘束ストレスを掛けるだけで益はないということですのでご注意ください。
飼い主が頑張って歯磨きを習慣化するしかないですね。猫の歯磨きの仕方・完全ガイド