猫のタビー(縞模様)発生プロセス
調査を行ったのはアメリカにあるHudson Alpha Institute for Biotechnologyとスタンフォード大学からなる共同チーム。カリフォルニア州におけるTNR活動の過程で入手した様々な発達段階にある胎子の皮膚組織を材料とし、猫においてもっともありふれた被毛パターンである「タビー」がどのように形成されていくかを時系列に沿って並べて行きました。
Dkk4は29のネコ科動物においてアミノ酸の塩基配列を決定する遺伝子であることが確認されています。アミノ酸はタンパク質の構成単位ですので、タンパク質の構造を決定すると言い換えることもできます。この遺伝子は上皮の厚い部分で一体どのような役割を果たしているのでしょうか?
- タビー(Tabby)
- 祖先であるリビアヤマネコで見られる野生型の被毛パターン。薄い部分を地色とし、濃い部分が縞状に交互に現れる。草むらなどで獲物から身を隠す際のカムフラージュに役立っていると考えられる。
猫胎子の上皮発達過程
- 受胎23~25日後上皮内にDkk4遺伝子の発現領域が形成される
- 受胎25~28日後(前半)上皮が薄いエリアと厚いエリアに分かれ、厚いエリア内にDkk4遺伝子の発現領域が形成される
(後半)上皮の厚いエリア内でKrt10遺伝子が発現する - 受胎28~32日後毛包の形成が始まると同時に、Dkk4遺伝子の発現した細胞群が内部に現れる
- 受胎32~38日後薄い部分と厚い部分の境目がなくなって上皮の厚さが均一化すると同時に、Krt10遺伝子の発現も均一化する
- 受胎48~60日後毛球内における色素形成と発毛が始まり、明白な被毛パターンが現れだす
Dkk4は29のネコ科動物においてアミノ酸の塩基配列を決定する遺伝子であることが確認されています。アミノ酸はタンパク質の構成単位ですので、タンパク質の構造を決定すると言い換えることもできます。この遺伝子は上皮の厚い部分で一体どのような役割を果たしているのでしょうか?
Dkk4遺伝子の役割
調査チームは発達の初期(受胎25~32日後)において基底層にある角化細胞がDkk4遺伝子の発現した陽性細胞と発現していない陰性細胞に分化することを発見しました。さらに深く掘りさげたところ、Dkk4陽性細胞が合計508の遺伝子に影響を及ぼしており、上方制御(遺伝子が発現するほど活性度が高まる関係)を受ける287遺伝子は基底細胞腫、軸索誘導、mTorシグナリング、Wntシグナリングに関わっていたとのこと。さらに最後のWntシグナリングに関しては、阻害遺伝子(Dkk4, Wif1, Dkk3)と活性遺伝子(Lrp4, Wnt5a, Atp6v1c2, Lef1,Wnt10b, Lgr6, Fzd10, Ctnnb1)の両方が上方制御を受けることが判明したそうです。
Wntとは分泌性糖タンパク質の一種ですので、簡潔にまとめると角化細胞内で発現したDkk4遺伝子がある種のタンパク質の分泌を促す一方、別のタンパク質の分泌を抑えるという二重の役割を持っていることになります。実際、以下のような特徴が確認されました。
Wntとは分泌性糖タンパク質の一種ですので、簡潔にまとめると角化細胞内で発現したDkk4遺伝子がある種のタンパク質の分泌を促す一方、別のタンパク質の分泌を抑えるという二重の役割を持っていることになります。実際、以下のような特徴が確認されました。
Dkk4遺伝子の二重制御
- Wntシグナリング活性Dkk4遺伝子の発現によりWnt5aやWnt10bといった遺伝子が上方制御を受け、非分泌性かショートレンジの効力しか持たないタンパク質がエンコードされて細胞から近距離のWntシグナリングが活性化される
- Wntシグナリング阻害Dkk4遺伝子の発現によりDkk4、Dkk3、Wif1といった遺伝子が上方制御を受け、分泌性かロングレンジの効力を持つタンパク質がエンコードされて細胞から遠距離のWntシグナリングが阻害される
反応拡散による縞形成
Wntシグナリングの二重制御に着目した調査チームは、タビーパターンの形成過程にDkk4遺伝子とWntを介した反応拡散系が関わっているのではないかと推測するに至りました。
この反応拡散系モデルを使えば、猫の縞模様がきれいに交互に現れる現象をうまく説明できるとのこと。 Developmental genetics of color pattern establishment in cats.
Kaelin, C.B., McGowan, K.A. Barsh, G.S. Nat Commun 12, 5127 (2021), DOI:10.1038/s41467-021-25348-2
- 反応拡散系
- 空間に分布された一種あるいは複数種の物質の濃度が2つのプロセスの影響によって変化する様子を数理モデル化したもの。1つは物質がお互いに変化し合うような局所的な化学反応。もう1つは空間全体に物質が広がる拡散。
この反応拡散系モデルを使えば、猫の縞模様がきれいに交互に現れる現象をうまく説明できるとのこと。 Developmental genetics of color pattern establishment in cats.
Kaelin, C.B., McGowan, K.A. Barsh, G.S. Nat Commun 12, 5127 (2021), DOI:10.1038/s41467-021-25348-2
Dkk4遺伝子と被毛パターン
Dkk4遺伝子の役割を調査していく過程で、いくつかの面白い発見がありました。
ブロッチドタビー
「ブロッチドタビー」(blotched tabby)とはアメリカンショートヘアなど、通常の縞模様が崩れ、円を描くような特徴的な模様が体幹部分に現れたパターンのことです。Taqpep(Transmembrane aminopeptidase Q)遺伝子に機能喪失性の変異が起こると、野生型で見られるマックレルタビー(いわゆるサバトラ/キジトラ)が崩れ、縞模様が渦を巻いたようなブロッチドタビーに変化すると考えられています。考古学的には、突然変異種として最初に登場したのが13世紀ころのオスマン・トルコ帝国で、その後ヨーロッパ、東南アジア、アフリカなどで数を増やしたと推測されています(:Ottoni, 2020)。
ブロッチドタビーを有する胎子の上皮を調べたところ、発生の初期段階においてすでに通常のマックレルタビーとは異なる特徴を有していました。具体的には上皮内の厚い部分が広く、Dkk4遺伝子の発現領域が有意に少ないというものです。
Taqpepは発生中の皮膚内に発現し、アミノペプチダーゼをエンコードする遺伝子で、詳細なメカニズムはわかっていないものの、Dkk4遺伝子の影響範囲や活動を制限し、間接的にWntシグナリングを調整しているものと推測されています。
ティックド
「ティックド」(ticked)とは1本の毛の中に濃い色と薄い色が交互に現れる被毛パターンです。文脈によっては「アグーティ」(agouti)とも呼ばれます。どちらか一方の親猫だけから遺伝子を受け継いだヘテロ型では足としっぽ以外のタビーパターンが消失し、両方の親猫から1本ずつ遺伝子を受け継いだホモ型では全身のタビーパターンが完全に消失します。代表的な品種はアビシニアン、バーミーズ、シンガプーラなどです。
調査チームがティックドパターンをもった猫の遺伝子を調べたところ、ほぼすべての個体においてDkk4遺伝子の変異が見られたといいます。具体的には以下の2種です。
しかし当調査を通し、タビーパターンが不明瞭な品種でのみDkk4遺伝子の変異がほぼ100%の確率で確認されたことから、これまで無関係とされてきたタビー遺伝子(=Dkk4)こそがティックドを生み出す原因遺伝子ではないかと見直されています。また変異遺伝子を1本でも有しているとティックドが表現型として発現したことから、「変異遺伝子>通常遺伝子」というエピスタティック(上位>下位)な関係にあると推測されています。
Dkk4遺伝子の変異
- p.Ala18Val 全身ティックドの個体で見られた変異(felCat9 chrB1:42620835c>t)/シグナルペプチド(細胞質内で生合成されたタンパク質の輸送と局在化を指示する構造)の機能を狂わせ、タンパクの分泌がほぼゼロになる
- p.Cys63Tyrほぼ全身ティックドの個体で見られた変異(felCat9 chrB1:42621481g>a)/システインのノット構造内におけるジスルフィド結合を阻害し、タンパクの分泌が60%未満に減る
しかし当調査を通し、タビーパターンが不明瞭な品種でのみDkk4遺伝子の変異がほぼ100%の確率で確認されたことから、これまで無関係とされてきたタビー遺伝子(=Dkk4)こそがティックドを生み出す原因遺伝子ではないかと見直されています。また変異遺伝子を1本でも有しているとティックドが表現型として発現したことから、「変異遺伝子>通常遺伝子」というエピスタティック(上位>下位)な関係にあると推測されています。
サーバライン
「スポッテド」(spotted)とは通常の縞模様が分断され、斑点のような模様を呈したパターンのことです。まだ特定されていない未知の遺伝子がマックレルタビーを分断することでエジプシャンマウやサバンナで見られるような特徴的な斑点模様が現れると考えられています(:Eizirik, 2010)。スポッテドパターンには「サーバライン」(servaline)と呼ばれる特殊な亜型があり、斑点が小さく、数が多いのが特徴です(↓写真の右側)。
調査チームが普通のスポッテドとサーバラインの猫におけるDkk4遺伝子を調べたところ、サーバラインでのみ全身型ティックドと同じ「p.Ala18Val」の変異が見られたといいます。
スポッテドを形成している未知の遺伝子との相互作用で斑点が細分化されるのか、それとも別の調整遺伝子が追加で関わっているのかはよくわかっていませんが、この被毛パターンにもDkk4遺伝子が影響を及ぼしているようです。
調査チームが普通のスポッテドとサーバラインの猫におけるDkk4遺伝子を調べたところ、サーバラインでのみ全身型ティックドと同じ「p.Ala18Val」の変異が見られたといいます。
スポッテドを形成している未知の遺伝子との相互作用で斑点が細分化されるのか、それとも別の調整遺伝子が追加で関わっているのかはよくわかっていませんが、この被毛パターンにもDkk4遺伝子が影響を及ぼしているようです。
猫におけるその他の被毛パターンについては「猫の模様と色・完全ガイド」で詳しく解説してあります。