トップ2021年・猫ニュース一覧10月の猫ニュース10月28日

留守番中の猫にとって飼い主の匂いは逆にストレスの原因?

 猫に留守番させる時は飼い主の匂いがついたものを残しておくと良いとよくアドバイスされます。詳細な観察を行った結果、良かれと思ってしていたことが、逆に猫たちのストレスレベルを高めているかもしれないと言う驚くべき可能性が示されました。

飼い主に対する猫の愛着度

 調査を行ったのはオレゴン州立大学を中心としたチーム。猫にとって馴染みのない室内(3.3×4.2m)に半径1mの円をテープで描き、愛着の度合いを測る「セキュアベーステスト」(SBT)と呼ばれる人間向けの手法をアレンジした実験を行いました。観察対象となったのは1歳以上の臨床上健康な42頭の猫たち。オス16頭+メス26頭、平均6歳(1~13歳半)という内訳です。

猫向けのセキュアベーステスト

 具体的な実験手順と愛着スタイルのパターンは以下です。
セキュアベーステスト手順
猫における愛着テストの概要(セキュアベーステスト)
  • ベースラインフェーズ(2分)飼い主が猫とともにテストルームに入り、サークルの中心に座る。猫がサークルの中に入った時に限り話しかけたり触ったりすることができる。逆にサークルの中に入らない限り見つめたり話しかけるなど猫に対する一切の働きかけをしてはいけない。
  • 第1孤立フェーズ(2分)飼い主が退室し、猫が部屋の中に取り残される。
  • 第1再会フェーズ(2分)退出していた飼い主が再び入室し、ベースラインフェーズと同じようにサークルの中心に座る(ランダム抽出の半数)/猫と馴染みのない実験者が手袋を装着した状態で飼い主の匂いがついた物品(飼い主の靴、靴下、寝巻き、毛布など)をサークルの中央に置き、静かに退室する(残り半数)
  • 第2孤立フェーズ(2分)飼い主が退室し、猫を部屋の中に取り残す/実験者が飼い主の匂いがついた物品をサークルの中から持ち去る
  • 第2再会フェーズ(2分)第1再会フェーズが「飼い主自身」だった猫には「飼い主の匂いがついた物品」をサークル内に提示/第1再会フェーズが「飼い主の匂いがついた物品」だった猫には退出していた「飼い主自身」を提示
愛着スタイルの分類
  • Secure(安定的)接触や交流に際してほとんど抵抗を示さない | 積極的に挨拶行動をする | オープンでポジティブな態度 | 再会に際して自発的に近づいたり探索行動や遊び行動に没頭する
  • Insecure-Ambivalent(不安定-両面的)極端に近づきたがる | しつこくつけ回すが抱きかかえると拒絶するという矛盾した行動を見せる
  • Insecure-Avoidant(不安定-拒絶的)飼い主がいなくなってもほとんどストレスの兆候を示さない | 飼い主と再会してもほとんどリアクションを見せず無視することすらある | 必ずしも飼い主との交流を拒絶するわけではない
  • Insecure-Disorganized(不安定-混迷的)飼い主との再会に際し接触を拒絶する | 飼い主の周囲をぐるぐる回る | 視野から外れようとする | 急いで逃げ出す | 常同行動(ぐるぐる回ったり執拗にグルーミングする) | 虚空を見つめる | 20秒以上じっとして動かない
 ベースラインフェーズでは体を擦り付けるアロラビングの割合、孤立フェーズでは発声回数とサークル内で過ごした時間、再会フェーズでは発声回数とサークル内で過ごした時間、および飼い主(もしくは飼い主の匂いがついた物品)へ体をこすりつける回数がカウントされました。

セキュアベーステスト結果

 観察の結果、42頭のうち20頭(47.6%)でセキュアベース効果(=愛着パターンのうちSecure)が見られたといいます。また飼い主に対する同効果の割合は提示する順番によって大きく変動し、飼い主→匂い順の場合が66.7%(14/21頭)、匂い→飼い主順の場合が28.6%(6/21頭)だったとも。

発声パターン

 ストレスの指標である発声パターンに関しては提示順の影響が見られず、孤立フェーズ後に匂いを提示されたときの方が、飼い主と再会したときより発声回数が有意に多いことが確認されました。
 孤立フェーズ後の匂い提示によって発声回数が減ることは基本的にはなかったものの、唯一飼い主→匂い提示順の場合に限り、第1孤立フェーズで22.6回だったものが第2孤立フェーズで16.7回に減りました。

アロラビング

 愛着の指標であるアロラビングの割合に関しては、提示順に関わらず飼い主と再会したときの方がベースラインより多い(83%)ことが確認されました。

サークル内で過ごす時間

 愛着の指標であるサークル内で過ごす時間に関しては、再会フェーズで匂いを提示された猫たちで増加は見られませんでした。この現象は提示順の影響を受けず、飼い主→匂い順の場合が19%、匂い→飼い主順の場合が12%でした。また42頭中27頭ではサークルへの接近が見られたものの、半分(1分)以上とどまったのはわずか4頭だけだったそうです。
 一方、再会フェーズで飼い主が入室したとき、提示順に関わらず匂いよりも長い時間をサークル内で過ごすことが確認されました(飼い主→匂い順:72%/匂い→飼い主順:60%)。またサークル内で1分以上過ごす猫の割合が29%に激増しました。
The effect of owner presence and scent on stress resilience in cats
Alexandra C. Behnke, Kristyn R. Vitale, Monique A.R. Udell, Applied Animal Behaviour Science 243 (2021) 105444, DOI:10.1016/j.applanim.2021.105444

飼い主の匂いは猫のストレス源?

 孤立フェーズ後に匂いを提示されたときの方が飼い主と再会したときより発声回数が有意に多いこと、提示順に関わらず飼い主と再会したときの方がベースラインよりアロラビングが多いこと、そして再会フェーズで飼い主が入室したとき、提示順に関わらず匂いよりも長い時間をサークル内で過ごすことなどから、見知らぬ環境においては飼い主の存在自体がセキュアベースになっていることは間違いないようです。 猫は犬と同じくらい飼い主に愛着を抱いている? 猫にとって飼い主の存在はセキュアベース  一方、飼い主の匂いに関しては、アロラビングの少なさやサークル内で過ごす時間の短さから考え、同様の効果はないと考えられます。そればかりか「孤立フェーズ後に匂いを提示されたときの方が、飼い主と再会したときより発声回数が有意に多い」という結果から考えると、逆にストレスを増加させている可能性すら浮上してきました。

猫にとっての匂いの重要性

 人間においては心をかき乱すような刺激を赤ちゃんに提示した場合、母親の匂いが慰安効果を示すとか、ストレスのかかる状況におかれた成人では恋人の匂いが慰安効果を示すなどと報告されています。
 一方、猫にとっても嗅覚が重要な役割を果たすことは間違いありません。例えば子猫は母猫の乳首の匂いを頼りに自分自身の進行方向を決めたり巣の位置を特定したりします。また唾液、尿、被毛、腺組織の匂いを頼りに母猫や兄弟猫を同定したりします。さらに寝床から匂いがなくなるほど子猫たちは甲高い鳴き声で救難信号を発するとか、自分の母猫の匂いで落ち着きを取り戻すが見しらぬ猫の匂いで同じ効果は見られないなどといった例も報告されています。

猫に子供だましは通用しない?

 猫に留守番させる時や見知らぬ場所に連れて行く時、飼い主の匂いが付いた物品をそばに置いておくと安心感につながるというアドバイスはよく耳にしますし、猫にとっての嗅覚の重要性からも理にかなっている印象を受けます。しかし今回の実験結果から考えると、むしろ猫たちのストレスレベルを高めているという逆説的な可能性が見えてきました。
 理由は定かでないものの、匂いはあるけれども実際の姿を物理的に確認することができない状態は、猫にとってストレスになるのかもしれません。同じような例としてはレーザーポインターを使った遊びが猫たちの常同行動を高めてしまうという現象があります。こちらの場合、物理的に接触できる獲物がないため狩猟欲求が満たされるどころか、逆に欲求不満が強まってしまうという寸法です。 レーザーポインターは猫のストレスの原因に  匂いはあれでも姿を確認できない状況にも同じ理屈が当てはまるのだとすると、分離不安傾向のある猫では高い確率で飼い主の布団の上に粗相するという事実にもある程度の説明がつきます。つまり飼い主の匂いがストレスレベルを高めて不適切な排泄につながっているということです。「匂いを残しておけば飼い主がいると錯覚してくれる」という子供だましは、そもそも猫に通用しないのかもしれません。 猫の分離不安の原因と対策  まだ予備的な段階なので断定的なことは言えませんが、留守番中の不適切な排泄が頻繁に見られるような場合は、あえて飼い主の匂いを部屋の中から一掃したり、飼い主の匂いがついていない部屋に猫を入れるという対策を考えてもよいようです。
人との接触、食べ物、おもちゃ、匂いの中で、猫は人間との交流をもっとも好むという実験結果もあります。猫にとって人の存在は特別のようです。猫と仲良くなるときにベストな刺激はどれ?