詳細
報告を行ったのはオーストラリアとニュージーランドにある眼科二次診療施設の獣医師チーム。2014年12月から2018年2月の期間、獣医眼科専門病院に協力を仰ぎ、眼内炎のリスクに関する検証を行いました。データの選抜条件は「眼内炎発症から2週間以内に上顎の抜歯を受けた」というものです。
【画像元】Feline Canine Extraction with Flap
その結果13の症例(メス12+オス1 | 合計14眼)が選び出されたといいます。基本属性は年齢中央値13歳、体重中央値4kg、追跡調査期間の中央値33.5日というものでした。右目だけに症状が現れた割合と左目だけに症状が現れた割合は共に46%(6/13)、1症例だけは両目に症状が現れました。すべての症例に共通していたのは「眼内炎を発症した側と同側にある上顎の歯を抜歯した」という点。13症例のうち8症例では抜歯に先行して上顎神経ブロック(麻酔の一種)も受けていました。
眼内炎の症状が現れ出したのは抜歯後1.5日(中央値)してからで、主な症状としては以下のようなものが見られました
HA Volk, KD Bayley, N Fiani & FM Billson (2018), New Zealand Veterinary Journal,DOI: 10.1080/00480169.2018.1521314
眼内炎の症状が現れ出したのは抜歯後1.5日(中央値)してからで、主な症状としては以下のようなものが見られました
眼内炎の急性症状
- 眼房水フレア=71.4%
- 前房フィブリン血栓=71.4%
- 縮瞳=64.3%
- 結膜充血=57.1%
- 眼球の痛み=42.9%
- 視力喪失=42.9%
- 角膜潰瘍=28.6%
- 低眼圧=28.6%
- 前房蓄膿=21.4%
- 食欲不振=14.3%
- 虹彩血管新生=14.3%
- 散瞳=7.1%
- 結膜浮腫=7.1%
眼内炎の慢性症状
- 眼内高血圧=35.7%
- 視力喪失=28.6%
- 白内障=14.3%
- 網膜萎縮=7.1%
- 硝子体出血=7.1%
- 虹彩後癒着=7.1%
- 後方水晶体脱臼=7.1%
HA Volk, KD Bayley, N Fiani & FM Billson (2018), New Zealand Veterinary Journal,DOI: 10.1080/00480169.2018.1521314
解説
核摘出を受けた視球では透光体(硝子体+水晶体)の濁りのほか、硝子体、水晶体、ぶどう膜における化膿性の炎症、網膜剥離などが見られました。一方、投薬治療を受けた視球では眼球内の炎症が消えず、30~270日という長期に渡る医療的介入が必要となりました。病理学的には網膜の萎縮、虹彩後癒着、未熟白内障などが見られたとのこと。調査チームは、どのような治療を施すかにかかわらず、ひとたび眼内炎を発症してしまうと予後はかなり悪いと指摘しています。
上顎抜歯に眼内炎が続発する理由としては、口腔内から上顎神経ブロックをした際、注射針で強膜をうっかり傷つけてしまうことが考えられています。口の中から上顎神経をブロックする際は、口の奥に麻酔注射を挿し込み、目測で臼歯最後尾の根本まで押し進めていきます。施術者の熟練度が低いと、そのまま眼窩にまで針を突き刺してしまい、眼球の下面を傷つけてしまうものと推測されます。調査チームが推奨しているのは、眼球を傷つけるリスクが少ないまま同程度の麻酔効果を持つ眼窩下神経ブロックの方です。
眼内炎が発症するもう一つの原因としては、抜歯する際の偶発的なミスが想定されています。具体的には解剖学的な知識の欠落、医療器具の選択ミス、器具の先端部がなまくらになっている、術野の確保ミス、施術者の疲労、力の入れすぎなどです。神経ブロックを受けていなかったにもかかわらず眼内炎を発症した症例においては、施術者のミスによって眼球に傷が付いた可能性が高いと推測されます。
患猫13頭のうちメスが12頭と圧倒的な多数を占めていました。症例数が少ないので断言することは難しいものの、比較的体が小さいことが麻酔や抜歯を難しくしたのではないかと考えられています。また患猫の年齢中央値が13歳とかなり高めでした。抜歯を必要とするような口腔内の疾患は年をとるに連れて多くなりますので、「高齢の方が眼内炎を発症しやすい」とは断言できません。しかし加齢に伴って眼球を取り囲む眼窩脂肪体が減り、結果として眼球と口腔の距離が近くなって傷が付きやすくなった可能性はあるでしょう。
眼内炎で怖いのは眼球内に発症する肉腫(がん)です。受傷によってレンズの破裂やぶどう膜炎が長期化した場合、数ヶ月~数年後に細胞が悪性化してがんを発症するリスクが高まります。ですから失明していたり白内障が見られる場合は核摘出術を受けて炎症を軽減し、眼球癆(ろう)や細胞の悪性化を予防することが推奨されています。
抜歯は歯周病、歯根吸収病変、口内炎といった疾患を抱えている猫に対して行われるありふれた手術。しかし「簡単で楽勝」という思い込みが獣医師の油断を招き、麻酔や抜歯をする際のうっかりミスを誘発してしまう危険性があるようです。抜歯を受けた後は、口の中のみならず、医原性眼内炎の可能性を考慮して眼の中も丁寧にチェックしてあげましょう。