伝説の出どころ
「イカを食べると猫の腰が抜ける」という風説の出どころは、獣医学書に記載されている「チアミン欠乏症」だと考えられます。「チアミン」とは「ビタミンB1」の別名で、最近の事例では粗悪なペットフードを日常的に食べていた台湾の猫が、チアミン欠乏症に陥ったという事例が発生しています。チアミンが不足したときに現れる主な症状は以下です。
チアミン欠乏症
- 原因チアミン(ビタミンB1)の摂取不足、もしくはチアミンを分解するチアミナーゼの過剰摂取
- 発症メカニズム糖と酸素からエネルギーを作り出す代謝がうまく機能しなくなり、脳や筋肉に十分なエネルギーを供給できなくなる
- 症状(初期)→目が回ったようにフラフラ歩く・食欲がなくなる・首をうなだれる・光に対する瞳孔の反射が遅くなる / (末期)→鳴き叫ぶ・体を反らしたまま動かなくなる・昏睡に陥る
- 治療チアミンの投与
伝説の検証
チアミン欠乏症を引き起こす食材がたくさんある中で、なぜ「イカ」が選ばれたのかに関してはよくわかりません。手持ちの獣医学書を4~5冊ひっくり返してみても、チアミン欠乏症とイカの関連について言及しているものは、「犬と猫の神経病学」(緑書房, P135)の1冊だけです。ここでは「かつお節とイカばかり食べていた9歳のアメリカンショートヘアーがチアミン欠乏症で来院した」と簡潔に紹介されています。こうした事実から考えると、おそらくイカはチアミン欠乏症を引き起こす原因食材としてはマイナーな部類に入るのでしょう。
では、メジャーな部類に入る食材とはいったい何なのでしょうか?以下では、日常生活でよく耳にする代表的なものをご紹介します。表中の数値は、食材100gが1時間で分解できるチアミンの量を表しており、単位は「mg」です。 小動物の臨床栄養学(P98)
では、メジャーな部類に入る食材とはいったい何なのでしょうか?以下では、日常生活でよく耳にする代表的なものをご紹介します。表中の数値は、食材100gが1時間で分解できるチアミンの量を表しており、単位は「mg」です。 小動物の臨床栄養学(P98)
チアミナーゼ含有食材
- ギンダラ=124mg
- アブライカ=254mg
- キハダマグロ=265mg
- キンメダイ=265mg
- マグロ(くんせい)=564mg
- マグロ(フリーズドライ)=970mg
- カツオ=1,000mg
- ハマグリ(二枚貝)=2,640mg
チアミナーゼ陰性魚
マス・ホウボウ・ウルメイワシ・マアナゴ・ハモ・ヒラメ・マガレイ・マコガレイ・トラフグ・サバフグ・カワハギ・カサゴ・イトヨリダイ・イボダイ・キントキダイ・クロダイ・センネンダイ・マダイ・マアジ・ムロアジ・バショウカジキ・マサバ・ブリ・キス・タチウオ魚類に含まれるチアミナーゼと関連疾患
伝説の結論
「イカを食べると猫の腰が抜ける」という風説は、どうやら「生の魚介類を食べているとチアミン欠乏症に陥るよ」という、先人が残してくれたアドバイスだったようです。私たちにできることは、このアドバイスを大いに活用し、猫がチアミン欠乏症に陥らないよう心がけることでしょう。以下では一般的な注意点を列挙します。
チアミン欠乏症予防
- チアミナーゼを与えない チアミナーゼを多く含む生のマグロ、カツオ、ハマグリを始めとする二枚貝は極力与えないようにした方がよいでしょう。また、ワラビやゼンマイにも含まれていますので、猫が誤って口に入れないよう注意します。
- 食材を加熱する チアミナーゼは熱で失活しますので、どうしても魚介類を与える必要がある場合は、生の部分が残らない程度に加熱します。
- 偏食をただす 極端な偏食で、「イカやマグロしか食べない」といった食生活を続けている場合は危険です。いきなりエサを総交換しても食べてくれませんので、まずは全体の10%程度をチアミン(ビタミンB1)含有食品に切り替え、そこから徐々に増やしていきます。なお、AAFCO(米国飼料検査官協会)が規定している最少栄養要求量は、「フード100kcal中140μg」です。市販のキャットフードには十分量のチアミンが含まれていますが、手作りフードを与える場合は、熱によって目減りしますので要注意です。