ストルバイト療法食の特徴と種類
猫の尿路結石がシュウ酸カルシウムではなくストルバイト(リン+マグネシウム+アンモニウム)でできている場合、条件さえ揃えば適切な食事によって体内で溶かすことが可能です。
尿石症と食事療法の流れ
尿石症に対する食事療法の一般的な流れは以下です。
- 尿石症の症状排尿障害・排尿痛・血尿などの症状が現れた場合、尿路結石症を疑う
- 膀胱結石の確認尿石ができている場合、尿との接触時間および面積が大きい膀胱内にあることを確認する
- 結石の組成診断結石の組成が食事療法に反応しやすいストルバイトであることを確認する
- 療法食の指示担当獣医師が食事療法のプロトコルを指示し、少なくとも1週間かけてゆっくりと通常食から療法食に切り替える(医薬品との混同を避けるため、療法食には「処方」という言葉の代わりに「指示」や「指導」という言葉が用いられます)
- 結石サイズのモニタリング食事療法を始めたら1~2週に1度の頻度で結石のサイズをモニタリングし、効果を検証する
- 継続と中断の判断開始2週間目を目安とし、結石サイズが縮小していたら療法食の継続、縮小していなかったら外科的な摘出を考慮する
- 結石の溶解結石が溶解して画像に映らなくなるまで療法食を継続し、場合によっては結石再発予防に特化した療法食を給餌する
ストルバイト療法食の特徴
ストルバイト結石の溶解もしくは予防を目的とした療法食がたくさん売られていますが、そのほとんどに共通しているのは以下の項目です。
なお水分摂取量を増やすことで尿を希釈すると結石予防になる可能性はありますが、少なくともストルバイト結石の溶解に水分摂取量や尿比重は深く関係していないことが複数の調査で示されています。
ストルバイト溶解食の特徴
- 低リン
- 低マグネシウム
- 尿pH6.0程度に酸性化
なお水分摂取量を増やすことで尿を希釈すると結石予防になる可能性はありますが、少なくともストルバイト結石の溶解に水分摂取量や尿比重は深く関係していないことが複数の調査で示されています。
ストルバイト療法食の種類
日本国内で流通している猫向けストルバイト結石療法食の種類は以下です(製造元50音順)。
猫用ストルバイト療法食
-
MSDアニマルヘルス【製品名】スペシフィックpHアシスト
【タイプ】ドライ/ウェット
【原産国】ベルギー
【特徴】リン、マグネシウムの含有量を制限
【公式情報】スペシフィックシリーズ -
SANYpet S.p.a【製品名】ウリナリーアクティブ
【タイプ】ドライ/ウェット
【原産国】イタリア
【特徴】DLメチオニンにより酸性尿を生成/ストルバイトに特化した低リン・低マグネシウム調整/飲水と尿量増加を促すためナトリウム調整
【公式情報】ウリナリーアクティブ -
PRO-VET【製品名】PRO-VET®STRUVITE
【タイプ】ドライ
【原産国】オランダ
【特徴】尿の平均pHが6.3になるような適切な量の尿酸性化剤/低濃度のマグネシウム、リン酸塩、タンパク質
【公式情報】PRO-VET®STRUVITE -
ペットゴー【製品名】ベッツワンベテリナリー猫用 pHケア
【タイプ】ドライ
【原産国】タイ
【特徴】ストルバイト結石のためマグネシウムを制限/シュウ酸カルシウム結石のためカルシウムを制限
【公式情報】ベッツワンベテリナリー 猫用 pHケア -
Marpet【製品名】エクイリブリア 猫 ストルバイト結石/尿石症
【タイプ】ウェット
【原産国】イタリア
【特徴】ストルバイト尿石症に配慮したマグネシウム、リンの制限/尿の酸性化と尿量コントロール
【販売店情報】エクイリブリア 猫 ストルバイト結石/尿石症 -
Monge【製品名】VetSolution猫用 尿中ストルバイトサポート
【タイプ】ドライ
【原産国】イタリア
【特徴】ストルバイト尿路結石の形成を防止するため低マグネシウム
【公式情報】猫用 尿中ストルバイトサポート -
ロイヤルカナン【製品名】ユリナリーS/O
【タイプ】ドライ
【原産国】韓国
【特徴】ストルバイト結石の構成成分であるマグネシウム含有量を制限/ストルバイトが形成されにくい弱酸性の尿となるようミネラルなどの栄養バランスを調整
【公式情報】ユリナリーS/Oシリーズ
ストルバイト療法食の注意
ストルバイト結石の溶解に特化した療法食は低リン、低マグネシウム、尿の酸性化を主な特徴としています。しかしこれらの特徴は逆にシュウ酸カルシウムの形成リスクを高めてしまう諸刃の剣です。むやみやたらに与えてよいというものではなく、各種の注意事項を守らなければなりません。
食事療法の条件
ストルバイト結石を効果的に溶解させるためには適切な療法食のほか、「食事によって構成成分が微調整された尿が結石と長時間+広範囲に渡って接触する」という別の条件も満たす必要があります。この条件を満たすのは結石が膀胱内にある時だけですので、ストルバイトが腎盂、尿管、尿道にとどまっているような場合は療法食による溶解療法はあまりうまくいきません。
上記した理由から、尿路結石症に対する食事療法がうまくいくのは以下の条件を満たしたときになります。
上記した理由から、尿路結石症に対する食事療法がうまくいくのは以下の条件を満たしたときになります。
溶解食の適用条件
- 結石が膀胱内にある
- 結石成分がストルバイト
- ストルバイトに特化した療法食
溶解療法のリスク
猫のストルバイト結石に対して食事による溶解療法を行う場合、以下のようなリスクが伴うことを事前に理解しておかなければなりません。
尿道閉塞リスク
膀胱内にあるストルバイト結石が尿によって溶かされると、溶け出した結石のかけらが尿道で目詰まりを起こすリスクがあります。
猫を対象とした数々の給餌試験においてほとんど症例報告はありませんが、可能性がゼロではないことは理解しておく必要があるでしょう。
猫を対象とした数々の給餌試験においてほとんど症例報告はありませんが、可能性がゼロではないことは理解しておく必要があるでしょう。
結石組成の誤診リスク
エックス線や超音波検査で結石が膀胱内にあることまではわかりますが、その組成まで確実に言い当てることは困難です。エックス線の透過度や尿検査(結晶尿)で診断率を高めることはできるものの、ストルバイト以外の結石をストルバイトと誤診してしまう確率は7~19%とされています。
食事療法を開始して2週間が経過しても結石の大きさに変化がない場合は誤診の可能性を疑い、外科手術などによって物理的に除去する方針に切り替えます。
食事療法を開始して2週間が経過しても結石の大きさに変化がない場合は誤診の可能性を疑い、外科手術などによって物理的に除去する方針に切り替えます。
コンプライアンス破綻リスク
療法食を用いた給餌計画を立てても、猫が新しいフードを受け付けてくれないことがあります。また飼い主が計画を遵守せず、療法食以外のフードやおやつを与えてしまうというパターンもあります。また多頭飼いの場合、別の猫のために用意しておいた通常フードを患猫が食べてしまうというシチュエーションもありえます。
こうしたさまざまな理由により療法コンプライアンスが保たれず、せっかくフードを用意したのに溶解に至らないというリスクは常にあります。また同居している猫が療法食を食べてしまい、尿pHが過剰に酸性に傾いた結果、シュウ酸カルシウム結石を形成してしまうリスクもあります。
NEXT:療法食の効果
こうしたさまざまな理由により療法コンプライアンスが保たれず、せっかくフードを用意したのに溶解に至らないというリスクは常にあります。また同居している猫が療法食を食べてしまい、尿pHが過剰に酸性に傾いた結果、シュウ酸カルシウム結石を形成してしまうリスクもあります。
NEXT:療法食の効果
ストルバイト溶解療法食の効果
以下でご紹介するのは、ストルバイト結石を発症した猫に結石溶解もしくは結石予防を目的とした療法食を給餌した際の実証データです。全体を総括した内容は前セクション「ストルバイトの効果と種類」内にまとめてあります。
Houston, 2011
📝概要膀胱内のストルバイト結石が疑われる21頭の猫に、ストルバイトの相対過飽和度(RSS)が不飽和領域(1)を下回るよう調整された療法食を最長12週間に渡って給餌しました。
ストルバイトの相対過飽和度(RSS)を1未満に抑えると結石の溶解が促進される
その結果、21頭中4頭では食事療法に無反応だったといいます。結石を外科的に摘出したところ、シュウ酸カルシウムもしくはリン酸カルシウムでした。
残りの17頭(8頭はドライ/9頭はウエット)では溶解が得られ、中央値で18日でした。 A diet with a struvite relative supersaturation less than 1 is effective in dissolving struvite stones in vivo
Houston, D., Weese, H., Evason, M., Biourge, V., & Van Hoek, I. (2011), British Journal of Nutrition, 106(S1), S90-S92. doi:10.1017/S0007114511000894
Buckley, 2011
📝概要臨床上健康な猫6頭を対象とし、水分含量に6.3%、25.4%、53.2%、73.3%という違いをもったフードを3週間ずつ順繰りに給餌しました。
ウェットフードは水分摂取量を増やすが、ストルバイトの相対過飽和度には影響しない
その結果、水分摂取量に関しては73.3%(144.7ml)のときが最多だったといいます。また73.3%のウェットフードを食べた場合、尿比重が他のフードより減少し、シュウ酸カルシウム結石の平均相対過飽和度は1.14と、不飽和領域(1)にかなり近づきました。
一方、ストルバイトの相対過飽和度に関しては水分含有量に関わらず格差が見られなかったそうです。 Effect of dietary water intake on urinary output, specific gravity and relative supersaturation for calcium oxalate and struvite in the cat
Buckley, C., Hawthorne, A., Colyer, A., & Stevenson, A. (2011), British Journal of Nutrition, 106(S1), S128-S130, doi:10.1017/S0007114511001875
Bahador, 2014
📝概要2008年から2010年の期間、キエフ獣医病院において尿路感染症と膀胱内におけるストルバイト結石と診断された一般家庭で飼育されているペット猫5頭を対象とした給餌試験が行われました。
療法食はストルバイト結石のサイズを縮小させ、尿pHを低下(酸性化)させる
猫たちをランダムで2つのグループに分け、グループA(2頭)には療法食(上質なタンパク、リン、マグネシウム含量を減らしたウェットフード)+抗菌治療、グループB(3頭)にはこれまでと変わらない手作り食+抗菌治療を30日間に渡って給餌したところ、グループAでは結石の縮小と尿pHの漸減が確認され、試験終了時には結石の溶解が達せられたといいます。
一方、グループBでは顕微鏡下における膿尿や血尿はある程度改善したものの結晶尿に変化は見られず、症状の改善と悪化を繰り返しました。また1頭は慎重なモニタリングにも関わらず死亡してしまったそうです。 Effects of diet on the management of struvite uroliths in dogs and cats
Bahador, M.M.B., Tabrizi, A.S. & Kozachok, V.S., Comp Clin Pathol 23, 557-560 (2014), DOI:10.1007/s00580-012-1651-y
Canello, 2017
📝概要イタリアのペットフードメーカー「SANYpet S.p.a」は膀胱炎と診断を受けた33頭の猫に療法食を30日間給餌し、試験の前後においてさまざまなパラメーターを比較しました。
逸話レベルながら利尿、抗菌、抗高窒素血症、抗酸化、抗結石作用を持つとされる複数の植物性成分を含んだフードを給餌すると、尿沈渣中におけるストルバイトが減少する可能性がある
- 療法食の成分
- 魚由来タンパク、米、ハイコウリンタンポポ、セイヨウタンポポ、セイヨウイラクサ、ハギ、クランベリー、DL-メチオニン、オメガ3と6(比率1:4)
療法食による減少項目
- 尿の色:3.62→1.59
- 尿の濁度:1.65→0.71
- 尿pH:7.15→6.23
- 尿重量:1037→1018SG
- 尿タンパク:261.3→234mg/dL
- 赤血球:0.12→0.04mg/dL
- 白血球:11.52→9.12mg/dL
- 尿沈渣中におけるストルバイト
Intern J Appl Res Vet Med Vol. 15, No. 1, 2017
Lulich, 2013
📝概要ミネソタ大学を中心とした共同チームは2009年4月から2011年1月の期間、自然発症した無菌性のストルバイト膀胱結石と診断された猫を対象とし、低マグネシウム/酸性化食を用いた給餌試験を行いました。
低マグネシウムと酸性化を目的とした療法食はストルバイト結石の溶解に効果があり、「予防」よりも「溶解」に特化したものの方が効果が高い
試験に参加したのは身体検査、CBC、血清生化学検査、尿検査、尿培養のほか、腹部エックス線検査によってストルバイト結石の徴候(中等度透過性/円形~円盤型/なめらか~やや不正形な輪郭を持つ)が認められた32頭の猫たち。ランダムで2つのグループに分け、一方にはフードA、他方にはフードBを給餌し、結石の陰影が消えるか56日が経過するまで給餌を行いました。
療法食の特徴
- フードA(16頭)低マグネシウムで尿pHを5.9~6.1に抑えるように調整された、溶解を目的とした療法食
- フードB(16頭)低マグネシウムで尿pHを6.2~6.4に抑えるように調整された、予防を目的とした療法食/21頭中5頭が非ストルバイト(尿酸アンモニウム4・シュウ酸カルシウム結石1)と判明
CBC、血清生化学検査値は試験開始前後で変化が見られず、年齢、体重、体型(BCS)、結石の数、尿比重は溶解速度に影響していないことが確認されました。一方、開始時における結石の大きさは期間と正の関係にあったといいます(大きいほど溶解に時間がかかる)。
こうしたデータから調査チームは、溶解スピードに最も大きな影響を及ぼしているのは尿pHではないかとの結論に至りました。 Efficacy of two commercially available, low-magnesium, urine-acidifying dry foods for the dissolution of struvite uroliths in cats
Lulich, J. P., Kruger, J. M., MacLeay, J. M., Merrills, J. M., Paetau-Robinson, I., Albasan, H., & Osborne, C. A. (2013), Journal of the American Veterinary Medical Association, 243(8), 1147-1153
Tefft, 2021
📝概要ノースカロライナ州立大学とオハイオ州立大学からなる共同チームは、専門医によって膀胱内ストルバイト結石症と診断された猫12頭を対象とし、ストルバイトの溶解を目的とした市販の療法食を用いた給餌試験を行いました。療法食はリンとマグネシウムの摂取量を減らしてストルバイトの相対過飽和度を1未満に抑えると同時に、尿pHが6.011になるよう調整されています。
ストルバイト結石の溶解には尿比重よりも尿pHの影響が大きい
試験の終了日を「結石が消えるまで」もしくは「8週間(56日)が経過するまで」と定め、食事内容を療法食だけに限定したところ、最終的に9頭がクリア条件を満たしたといいます。
給餌期間中における患猫たちのパラメーター変化は以下です。
猫No. | 日数 | 尿比重 | 尿pH |
A | 28 | 1.050 ↓ 1.050 | 7 ↓ 6 |
B | 14 | 1.048 ↓ 1.050 | 9 ↓ 6 |
C | 28 | 1.040 ↓ 1.035 | 8 ↓ 6 |
D* | 70 | 1.020 ↓ 1.050 | 6.5 ↓ 6 |
E | 28 | 1.043 ↓ 1.062 | 7 ↓ 6 |
F | 28 | 1.051 ↓ 1.065 | 6.5 ↓ 6 |
G* | 56 | 1.047 ↓ 1.045 | 7.5 ↓ 6 |
H | 28 | 1.047 ↓ 1.058 | 6.5 ↓ 6 |
I | 14 | 1.039 ↓ 1.051 | 6.5 ↓ 6.5 |
上記2頭を除いた7頭では結石の完全溶解に至り、平均日数は24日でした。また尿pHの中央値は試験の前後で7.0→6.0となり統計的な有意差が確認されました。一方、尿比重に関しては試験前後で1.042→1.051となり、統計的な有意差は認められませんでした。 Effect of a struvite dissolution diet in cats with naturally occurring struvite urolithiasis
Karen M Tefft, Julie K Byron et al., Journal of Feline Medicine and Surgery 2021, Vol. 23(4) 269-277, DOI: 10.1177/1098612X20942382