ネコ科分類法の変遷
絶滅危惧種の選定などを行う「国際自然保護連合」(IUCN)がこれまで用いてきたネコ科動物分類法の元になっているのは、1996年に出版された「Wild Cats - Status Survey and Conservation Action Plan」です(→出典)。それからおよそ10年後の2005年、哺乳動物の分類に関する権威的なデータベース「Mammal Species of the World 第3版」が公開され、幾つかの変更点が加えられましたが、IUCNの分類法には採用されませんでした(→出典)。
IUCNがずっと使い続けてきた分類法は、1990年代初頭のデータを元にしたものであり、最新の状態にアップデートされているとは到底言えません。ちょうど「Windows95」をいまだに使っているようなもので、「使えなくはないけどとにかく古い!」といった感じです。そこでネコ科動物の専門家集団「Cat Specialist Group」(キャットスペシャリストグループ)は、1996年から2017年に至るまでの20年のうちに大幅に進歩した形態学、生物学、地理学、分子遺伝学の知識がすべて反映されるよう、ネコ科動物分類法の抜本的な見直しを行いました。その結果、2つの亜科、8つの系統、14の属、41の種、80の亜種に分類するのが、現時点では最も妥当であるという結論に至ったと言います。それでは動物たちの写真とともに具体的に見ていきましょう。
ネコ科動物の最新分類法
以下は、「Cat Specialist Group」が2017年4月に発表した、ネコ科動物分類法の最新版です。ネコ科(Felidae)を大別すると「ヒョウ亜科」(Pantherinae)と「ネコ亜科」(Felinae)に二分され、前者はヒョウ系統のみ、後者はそれ以外の7系統を含んでいます。系統発生に興味がある方は猫の進化の歴史というページも併せてご参照ください。なお私たちが大好きな「猫」(Felis catus)が所属しているのは「イエネコ系統」です。
ヒョウ系統(2属 | 7種 | 14亜種)
- Panthera leo
【一般名】ライオン
【亜種】leo/melanochaita - Panthera pardus
【一般名】ヒョウ
【亜種】pardus/nimr/delacouri/fusca/kotiya/melas/orientalis/tulliana - Panthera tigris
【一般名】トラ
【亜種】tigris/sondaica - Panthera uncia
【一般名】ユキヒョウ
【亜種】なし - Panthera onca
【一般名】ジャガー
【亜種】なし - Neofelis nebulosa
【一般名】ウンピョウ
【亜種】なし - Neofelis diardi
【一般名】スンダウンピョウ
【亜種】diardi/borneensis
ピューマ系統(3属 | 3種 | 6亜種)
- Puma concolor
【一般名】クーガー
【亜種】concolor/couguar - Acinonyx jubatus
【一般名】チーター
【亜種】jubatus/hecki/soemmeringii/venaticus - Herpailurus yagouaroundi
【一般名】ジャガランディ
【亜種】なし
カラカル系統(2属 | 3種 | 8亜種)
- Caracal aurata
【一般名】アフリカゴールデンキャット
【亜種】aurata/celidogaster - Caracal caracal
【一般名】カラカル
【亜種】caracal/nubicus/schmitzi - Leptailurus serval
【一般名】サーバル
【亜種】serval/constantina/lipostictus
ボルネオヤマネコ系統(2属 | 3種 | 4亜種)
- Catopuma badia
【一般名】ボルネオヤマネコ
【亜種】なし - Catopuma temminckii
【一般名】アジアゴールデンキャット
【亜種】temminckii/moormensis - Pardofelis marmorata
【一般名】マーブルキャット
【亜種】marmorata/longicaudata
オセロット系統(1属 | 8種 | 16亜種)
- Leopardus colocola
【一般名】コロコロ
【亜種】colocola/braccatus/munoai/budini/garleppi/pajeros/wolffsohni - Leopardus geoffroyi
【一般名】ジョフロイネコ
【亜種】なし - Leopardus guigna
【一般名】コドコド
【亜種】guigna/tigrillo - Leopardus guttulus
【一般名】サザンタイガーキャット
【亜種】なし - Leopardus jacobita
【一般名】アンデスネコ
【亜種】なし - Leopardus pardalis
【一般名】オセロット
【亜種】pardalis/mitis - Leopardus tigrinus
【一般名】ジャガーネコ
【亜種】tigrinus/oncilla - Leopardus wiedii
【一般名】マーゲイ
【亜種】wiedii/glauculus/vigens
リンクス系統(1属 | 4種 | 8亜種)
- Lynx canadensis
【一般名】カナダオオヤマネコ
【亜種】なし - Lynx lynx
【一般名】オオヤマネコ
【亜種】lynx/balcanicus/carpathicus/dinniki/isabellinus/wrangeli - Lynx pardinus
【一般名】スペインオオヤマネコ
【亜種】なし - Lynx rufus
【一般名】ボブキャット
【亜種】rufus/fascatius
ベンガルヤマネコ系統(2属 | 6種 | 14亜種)
- Prionailurus bengalensis
【一般名】ベンガルヤマネコ
【亜種】bengalensis/euptilurus - Prionailurus javanensis
【一般名】ジャワヤマネコ
【亜種】javanensis/borneoensis/heaneyi/rabori/sumatranus - Prionailurus planiceps
【一般名】マレーヤマネコ
【亜種】なし - Prionailurus rubiginosus
【一般名】サビイロネコ
【亜種】rubiginosus/koladivius/phillipsi - Prionailurus viverrinus
【一般名】スナドリネコ
【亜種】viverrinus/rhizophoreus - Otocolobus manul
【一般名】マヌルネコ
【亜種】manul/nigripectus
イエネコ系統(1属 | 7種 | 10亜種)
- Felis bieti
【一般名】ハイイロネコ
【亜種】なし - Felis catus
【一般名】イエネコ
【亜種】なし - Felis chaus
【一般名】ジャングルキャット
【亜種】chaus/affinis/fulvidina - Felis lybica
【一般名】リビアヤマネコ
【亜種】lybica/cafra/ornata - Felis margarita
【一般名】スナネコ
【亜種】margarita/thinobia - Felis nigripes
【一般名】クロアシネコ
【亜種】なし - Felis silvestris
【一般名】ヨーロッパヤマネコ
【亜種】silvestris/caucasica
特記すべきネコ科動物
以下はネコ科動物に関する特記事項です。
亜科の数
ネコ科の直下に位置する「亜科」を何種類にするのかは議論が分かれるところです。1996年版の分類法では「ヒョウ亜科」、「ネコ亜科」、「チーター亜科」という3種類が認められていました。その後、2005年版では「チーター亜科」が削られて2種類だけとなり、今回更新された2017年版でも引き続きこの分類システムが採用されています。一方、Wikipediaの「ネコ科」を参照すると「現在の系統分類では、現生ネコ科全体がネコ亜科に分類される」といった記述が見られます。しかし「ネコ科動物の亜科は1種類しかない」というこの主張は、「Cat Specialist Group」の分類法にも「Mammal Species of the World」の分類法にも今のところ反映されていません。ですから一般概念として記述してしまうのはやや勇み足といったところでしょう。ただしWikipediaの元データになっている以下のような情報は、次回更新時に利用される可能性は大いにあります。
Convergence and Divergence in the Evolution of Cat Skulls: Temporal and Spatial Patterns of Morphological Diversity
Phylogeny and evolution of cats (Felidae)
よくある誤解・誤用
動物の一般名に「ネコ」もしくは「キャット」と入っていることから、私たちが普段目にする猫(イエネコ)の変種であると誤解を受けている動物がいくつかあります。しかし分類学上は猫と全く別であることがほとんどです。以下で一例をご紹介します。
クロアシネコ
分類上クロアシネコはイエネコ系統に属する「Felis nigripes」という種です。亜種はありません。ネット上で動物名を検索すると「世界最小の猫」とか「ヤマネコの一種」といった表現が目に付きますが、クロアシネコはクロアシネコであり、「猫」(イエネコ)でも「ヤマネコ」でもありません。おそらくWikipediaに記載されている「ジンバブエにも分布する小型の野生の猫」、「現存する猫の中で最も小さいものの一つ」という文章から誤解が広がったものと推測されます。ここで言う「猫」は「ネコ科動物」という広義で使われているのでしょうが、専門的な知識を持たない人が読むと「イエネコ」という狭義で解釈されてしまいます。誰が読んでも同じ解釈になるように「ネコ科動物の中で最小クラス」といった表現にするのが適切でしょう。
クロアシネコ
スナネコ
スナネコはイエネコ系統に属する「Felis margarita」という種です。Wikipediaの中で「小型の野生ネコ科動物の1種」と正確に記載されているからか、クロアシネコほど表現がぐちゃぐちゃに入り混じっているということは無いようです。近年はイエネコとの交配種である「マーガリート」という珍種がイギリスのキャットショーでお披露目されて話題になりました。
サーバル
ジャコウネコ
ジャコウネコはジャコウネコ科(Viverridae)に属する動物です。名前に「ネコ」が入っているにもかかわらず、そもそもネコ科(Felidae)ですらありません。肛門周辺に存在している臭腺(肛門腺)に含まれる独特の分泌物が香水の原料として利用されているほか、マレージャコウネコが未消化の状態で排出したコーヒー豆を原料とする高級コーヒーの一種「コピ・ルアク」が有名です。
トラの亜種
トラの亜種は「ベンガルトラ」(P.t.tigris)と「ジャワトラ」(P.t.sondaica)の2種類であるとご紹介しました。しかし2018年に行われた最新の研究では、6種類に分類するのが妥当であるという説が提唱されています。
報告を行ったのは中国・北京大学を中心としたチーム。世界中から集めた32のトラDNA標本を対象とした全ゲノムシーケンシングを行い、常染色体、性染色体、ミトコンドリアDNAから最新の系統分岐図を再現しました(:Yue-Chen Liu, 2018)。その結果、以下に示す6つに細分するのが遺伝的に妥当であるとの結論に至ったと言います。「P.t.」とは「Panthera tigris」(トラ)の意味です。
インドネシアにおいては7万年前~7万5千年前、スマトラ島にあるトバ火山が大噴火を起こし、その後およそ1000年にわたって寒冷気候が続いたことが遺伝子の多様性を決定付けたと考えられています。一方、ユーラシア本土においては6万~3万年前の気候変動が亜種の分岐に影響を及ぼしたと考えられています。 現存する亜種の共通祖先は最も近いもので112,600年前に遡ると推定されました。その後、まず最初にスマトラトラ(6万7千年前)が分岐し、次にベンガルトラ(5万3千年前)が種分化し、その他の4亜種が続いたものと推定されています。この仮説が正しいとすると、絶滅したジャワトラ(P.t. sondaica)を亜種としてカウントしている現在の「2亜種」システムとはずいぶん違った分類法になるでしょう。
報告を行ったのは中国・北京大学を中心としたチーム。世界中から集めた32のトラDNA標本を対象とした全ゲノムシーケンシングを行い、常染色体、性染色体、ミトコンドリアDNAから最新の系統分岐図を再現しました(:Yue-Chen Liu, 2018)。その結果、以下に示す6つに細分するのが遺伝的に妥当であるとの結論に至ったと言います。「P.t.」とは「Panthera tigris」(トラ)の意味です。
トラの亜種(2018年版)
- P.t. sumatorae=スマトラトラ
- P.t. corbetti=インドシナトラ
- P.t. jacksoni=マレートラ
- P.t. tigris=ベンガルトラ
- P.t. altaica=アムールトラ
- P.t. amoyensis=アモイトラ
インドネシアにおいては7万年前~7万5千年前、スマトラ島にあるトバ火山が大噴火を起こし、その後およそ1000年にわたって寒冷気候が続いたことが遺伝子の多様性を決定付けたと考えられています。一方、ユーラシア本土においては6万~3万年前の気候変動が亜種の分岐に影響を及ぼしたと考えられています。 現存する亜種の共通祖先は最も近いもので112,600年前に遡ると推定されました。その後、まず最初にスマトラトラ(6万7千年前)が分岐し、次にベンガルトラ(5万3千年前)が種分化し、その他の4亜種が続いたものと推定されています。この仮説が正しいとすると、絶滅したジャワトラ(P.t. sondaica)を亜種としてカウントしている現在の「2亜種」システムとはずいぶん違った分類法になるでしょう。
日本のヤマネコ
日本に生息しているヤマネコとしては、長崎県の対馬に生息するツシマヤマネコと沖縄県の西表島に生息するイリオモテヤマネコの2種があります。
2005年の「Mammal Species of the World」では、ツシマヤマネコが「ベンガルヤマネコ系統>Prionailurus属>bengalensis種>euptilurus亜種」、イリオモテヤマネコが「ベンガルヤマネコ系統>Prionailurus属>iriomotensis種」という位置づけでした。今回の改定では、ツシマヤマネコの位置は変わらなかったものの、イリオモテヤマネコが分類から消滅しています。恐らく、他と分岐した固有亜種として認めるには決定打が足りなかったのでしょう。
新種キツネネコ?
キツネネコ(仏:chat-renard, シャルナール)とはフランス領コルシカ島で発見されたイエネコに極めて似た動物。2019年6月、生態調査に当たっているフランスの「ONCFS」(国立狩猟野生動物局)が「新種のネコ科動物である可能性が高い」と発表したことから話題になりました。
現時点(2019年6月)でわかっていることは、DNA調査の結果ヨーロッパヤマネコではないという点です。リビアヤマネコに近似しているとされていますが確定はしていません。今後のさらなる調査により、リビアヤマネコなのか、単なるイエネコなのか、それともヤマネコとイエネコの交雑種(hybrid)なのかが明らかになっていくでしょう。
詳細が判明するまで「キツネネコは本当に新種のネコ科動物か?」をご参照ください