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猫の腎代替療法~血液透析・腹膜透析・CRRT

 損なわれた腎臓の機能を補うための治療は「腎代替療法」と呼ばれます。慢性腎不全が進行し、自力で毒素を排出できなくなった猫の命をいつの日か救ってくれるかもしれません。

猫の血液透析治療

 血液透析(Hemodialysis)とは機能が低下した腎臓に代わって体の外にある人工フィルター(ダイアライザー)が血液を濾過し、中に含まれる毒素を除去する治療法のことです。

血液透析の歴史

 1990年、カリフォルニア大学デービス校に「コンパニオンアニマル血液透析ユニット」が設立され、一般家庭で飼育されているペット動物に対して血液透析を行う世界初の施設として名を馳せました。1995年には同校おいて血液透析に特化した医療トレーニングプログラムが開始され、現在ではアメリカだけでなくブラジル、インド、イスラエル、イタリア、スイス、タイ、ポルトガル、台湾、日本などにまで血液透析技術が浸透しています。
 一昔前の透析機器では体液の循環量を正確にモニタリングすることができず、患者の体が小さい場合は容易に血液量減少症や低血圧が発生していました。しかし重炭酸塩を用いた透析液の登場や医療機器の発達により、現在では体重わずか1.5kgの超小型動物(リクガメやうさぎ)から、体重600kgの大型動物(羊や馬)にまで適用できます出典資料:Cowgill, 2012)馬に対する血液透析治療の様子

血液透析の適用例

 猫を対象とした最初の血液透析治療が行われたのは1993年で、1995年には医療文献内に最初の症例が登場し、1997年には29頭の患猫を対象とした包括的なレポートが行われました。
 血液透析治療の対象となる疾患はもっぱら感染症、中毒、全身性炎症性疾患、尿路閉塞などを原因とする急性腎障害(急性腎不全)です。体重6kg未満の犬や猫に対する短期治療では、局所麻酔や軽い鎮静によって経皮的に透析カテーテルを設置し(ブラッドアクセスの形成)、血流率60mL/分で純化を行います。適用条件は体重が2.5kgを超えていること、低血圧でないこと、貧血でないことです。1~2週間の入院期間中、数十分~数時間からなる透析を毎日~1日おきに行い、腎臓が自力で解毒できるようになり次第、透析治療から離脱させます。 Gambro-Phoenixを用いた猫の血液透析  慢性腎不全の患猫に対しても長期的な血液透析を行うことは可能ですが、金銭的な制約、感情的な葛藤(苦しそうな姿を見たくない)、対応できる施設が少ないなどの理由から一般的ではなく、透析から離脱できない「透析依存」と呼ばれる状況に陥ることを推奨している動物病院はありません。
 その他、腎移植の前後、他の治療法に反応しない難治性腎不全、急性尿毒症クリーゼ、生命に危機が及ぶレベルの体液過剰(無尿・乏尿)、極度の電解質異常、酸塩基平衡異常、重度の高窒素血症(BUN100 mg/dL超もしくはクレアチニン10 mg/dL超)などに対しても血液透析治療が選択されることがあります。

血液透析の合併症

 血液透析における合併症としては以下のような報告例があります。
  • 透析間の呼吸困難体液過剰による肺浮腫や肺滲出、低血圧、Hemophane膜の初回使用などが原因
  • 低血圧体の大きさに対し体外循環量が多い、短期治療を実現するため限外濾過液の割合が多い、尿毒症などが原因
  • 嘔吐治療そのものより尿毒素による影響が大きいと考えられている
  • 透析不均衡症候群(DDS)血液透析を受けている患者神経系の機能が悪化した状態のこと。最初に透析を受けてすぐのタイミングで発症することが多く、脳圧亢進や低ナトリウム血症に似た落ち着きのなさ、頭痛、意識の混迷、昏睡といった症状を呈する。血中尿素窒素濃度(BUN)の急激な低下が原因と考えられており、猫においては前駆症状が明瞭でなく、急に昏睡に陥ったり最悪のケースでは死亡することも。
  • 機器の目詰まりカテーテル内で血液が凝固してしまう

猫の腹膜透析治療

 腹膜透析(Peritoneal Dialysis)とは腹腔内にある腹膜(peritoneum)とよばれる生体膜を利用して体内の毒素を除去する治療法のことです出典資料:Cooper, 2011)

腹膜透析の特徴

 腹膜には細孔が備わっており、全体の0.1%を占める直径20~40nmのものは巨大なタンパク質分子を透過し、全体の90~93%を占める直径4~6nmのものは尿素、クレアチニン、ナトリウム、カリウムなどの小さい分子を透過し、残りを占める直径0.8nmのものは水だけを透過します。要するに分子の大きさによって通したり通さなかったりする高性能の「半透膜」になっているということです。 腹膜透析において半透膜として機能する腹膜の模式図  ブドウ糖(デキストロース)を高濃度で含む透析液を体外から腹腔内に注入し、豊富な表面積を有する腹膜と接触させると、拡散と浸透圧の理屈により腹膜の中を流れている血液中から尿毒素やカリウムが微細孔を通じて透析液の中に水とともに移動して濃度の平衡状態を保とうとします。透析液の中に血中の不要分子が十分に溜まったら体外に取り出し、このプロセスを毒素が十分少なくなるまで繰り返します。これが腹膜透析の基本コンセプトです。
 血液透析や後述するCRRTにおいては体外にあるストロー状の半透膜を利用するのに対し、腹膜透析では患者の体内にある腹膜を自家製のフィルターとして用いるのが大きな特徴です。

腹膜透析の適用例

 血液透析に比べると腹膜透析による毒素の除去能力は4分の1から8分の1とされています。優先的に選択されるというより、血液透析、血液濾過、血液吸着が行えない場合や、脈管にカテーテルを挿入するのが難しい場合、難治性の低血圧で血液透析が難しい場合などに代替案として考慮されます。
 腹膜透析が行われるのは主に以下のような場合です。
腹膜透析の適用条件
  • 急性腎不全輸液療法で改善しない無尿を伴う難治性の急性腎障害など
  • 高窒素血症BUN100 mg/dL超、クレアチニン10 mg/dL超の高窒素血症を伴う重度の急性尿毒症(尿毒症クリーゼ)など
  • 腹尿腹腔内に尿が混入した状態
  • 尿路閉塞手術や麻酔の直前など
  • 急性中毒エチレングリコール、エタノール、バルビツール、プロポキシフェン、ヒダントインなど透析治療が可能な物質
  • 電解質異常高カリウム血症や高カルシウム血症など
  • 体温異常低体温症熱中症など
 一方、治療の禁忌(やってはいけない条件)は腹膜離開、腹膜線維症、腹膜の悪性腫瘍、胸腔腹腔漏洩、腹部の手術を終えて間もない、会陰ヘルニア、腹壁ヘルニア、代謝亢進状態(重度のやけど・重度の栄養失調)などです。

腹膜透析の合併症

 腹膜透析における合併症としては以下のような報告例があります。
  • 透析液貯留透析液貯留の原因として多いのは、血液凝固に関わる繊維状タンパク質「フィブリン」の堆積によるカテーテル閉塞
  • 透析液の皮下漏洩透析液漏洩の原因はカテーテルを設置してすぐに使用してしまうことだと考えられているが、確かなことは不明
  • 低アルブミン血症タンパク質の摂取不足、消化管もしくは腎臓からのタンパク喪失、透析液喪失などが原因
  • 細菌性腹膜炎透析液の袋に差し込むバッグスパイクや透析液を通すチューブの人為汚染のほか、消化管や血液を通した感染などが原因。医療技術と機器の進歩により現在では0~4%とかなり低くなっている

猫の持続的腎代替療法(CRRT)

 2004年、急性ユリ中毒に陥った猫の症例が獣医学論文で最初に報告されて以来、「持続的腎代替療法」(Continuous Renal Replacement Therapy, CRRT)が少しずつ認知度を高めており、2008年には16頭の患猫を対象としたレビューも行われています出典資料:Acierno, 2011)

CRRTの特徴

 持続的腎代替療法(CRRT)は血液透析と血液吸着療法を合わせた体外血液浄化法のことで、急性腎不全で見られる過剰な水分、カリウム、尿素などを緩やかかつ持続的に除去することが可能とされています。血行動態の安定を保ちつつ透析不均衡症候群を予防できるのが利点です。 持続的腎代替療法(CRRT)を受ける猫  CRRTでは血液透析の場合と同様、カテーテルを通じて猫の血液をいったん体の外に取り出し、ストロー状の半透膜を通過させて電解質・酸塩基平衡の補正や尿毒素の濾過を行います。一方、血液透析の場合とは違い、血液中の毒素除去には拡散だけでなく限外ろ過や癒着も利用されます。限外濾過とは半透膜の内側に陽圧、外側に陰圧を作り、「限外ろ過液」として強引に毒素分子を血液外に移動させる技術のことで、拡散に比べて純化効率がよく、また大きめの分子を除去できるのが特徴です。

CRRTの適用例

 CRRTが適用されるのは、透析治療によって腎臓の機能が回復する見込みがある急性腎障害や、間欠的な血液透析治療に移行できるような場合です。ひとたび治療を始めると24時間体制のモニタリングが必要となり、医師のほか専門のトレーニングを受けた動物看護師がつきっきりで看病する必要があります。非常に専門性が高いためどこの病院でもできるわけではありません。

CRRTの合併症

 CRRTにおいて最も頻繁に見られる合併症は凝血や血栓です。カテーテル閉塞による治療の中断を可能な限り避けるため、抗血栓成分を使用するだけでなく、フィルターや透過膜圧など各種のパラメータは慎重にモニタリングする必要があります。その他、カテーテルの挿入部におけるじくじくした滲出性出血や低血圧などが報告されています。
種類に関わらず、腎代替療法は基本的に症状が急激に悪化した急性腎障害(急性腎不全)の症例に適用されます。