低体温症の病態と症状
猫の低体温症とは体温が平熱よりも著しく低くなり、体が正常に機能しなくなった状態のことです。凍傷が部分的な低温障害であるのに対し、低体温症は体全体の温度が下がることによって引き起こされます。平熱が37.5~39.2℃の猫においては、32~35℃が軽度、28~32℃が中等度、28℃以下が重度というのが大まかな目安です。低体温症に陥った猫では以下のような症状が見られます。
ドラマなどでは雪山で遭難した人の頬にビンタを食らわせ「眠っちゃいけない!」と呼びかけるシーンをよく見かけますが、低体温症に陥ると猫でもあのようなぼーっとした感じになってしまいます。
軽度の低体温症(32~35℃)
- 沈うつ状態
- 衰弱・元気がない
- ブルブルふるえる(シバリング)
中等度の低体温症(28~32℃)
- シバリングが消えて筋肉の硬直
- 心拍数が減る(徐脈)
- 低血圧
- 呼吸数と呼吸深度の減少
- 意識の混濁
重度の低体温症(28℃以下)
- 心音が聞き取れない
- 呼吸困難
- 昏睡
- 瞳孔が開いたままになる(散瞳)
- 凍死
ドラマなどでは雪山で遭難した人の頬にビンタを食らわせ「眠っちゃいけない!」と呼びかけるシーンをよく見かけますが、低体温症に陥ると猫でもあのようなぼーっとした感じになってしまいます。
猫の低体温症の原因
猫の低体温症の原因には以下のようなものがあります。飼い主の心がけで予防できるものもありますでしっかり把握しておきましょう。
小さい体
体が小さいと体重当たりの体表面積が大きくなり、体から逃げていく熱が多くなって低体温症に陥りやすくなります。
「ベルクマンの法則」によると、体内での熱生産量はほぼ体重に比例するとされています。つまり体が大きければ大きいほど熱の産生量が大きいということです。また同時に体からの放熱量はおよそ体表面積に比例するとされています。つまり体表面積が大きければ大きいほど放熱量が大きいということです。両者をまとめると、寒い環境において体温を一定に保つためには、体を大きくして産熱量を増やすと同時に、体重当たりの体表面積を小さくすれば効率的ということになります。その好例がホッキョクグマです。
以下は猫の体重別に見た体表面積を一覧化したものです。 例えば体重2kgのシンガプーラでは「0.08平方m/kg」なのに対し、体重10kgの巨体ノルウェジャンフォレストキャットでは「0.047平方m/kg」という具合に、体重1kg当たりの体表面積に1.7倍近くの差があることがおわかりいただけるでしょう。ノルウェジャンフォレストキャットに比べてシンガプーラでは体重当たりの体表面積が大きいため、それだけ体温を失いやすい体質になっています。逆にノルウェジャンフォレストキャットは、体を大きくすることによって体温のロスを減らし、ノルウェーの過酷な寒冷環境に適応しました。
「ベルクマンの法則」によると、体内での熱生産量はほぼ体重に比例するとされています。つまり体が大きければ大きいほど熱の産生量が大きいということです。また同時に体からの放熱量はおよそ体表面積に比例するとされています。つまり体表面積が大きければ大きいほど放熱量が大きいということです。両者をまとめると、寒い環境において体温を一定に保つためには、体を大きくして産熱量を増やすと同時に、体重当たりの体表面積を小さくすれば効率的ということになります。その好例がホッキョクグマです。
以下は猫の体重別に見た体表面積を一覧化したものです。 例えば体重2kgのシンガプーラでは「0.08平方m/kg」なのに対し、体重10kgの巨体ノルウェジャンフォレストキャットでは「0.047平方m/kg」という具合に、体重1kg当たりの体表面積に1.7倍近くの差があることがおわかりいただけるでしょう。ノルウェジャンフォレストキャットに比べてシンガプーラでは体重当たりの体表面積が大きいため、それだけ体温を失いやすい体質になっています。逆にノルウェジャンフォレストキャットは、体を大きくすることによって体温のロスを減らし、ノルウェーの過酷な寒冷環境に適応しました。
新生子や老齢動物
生まれたばかりの子猫や老猫では皮下脂肪が薄いため断熱性が弱く、放射によって体温がどんどんと外に逃げ出してしまいます。やせている人に寒がりが多いのと同じ原理です。また神経系が未熟だったり衰えているため、脳と体との連携がうまくいかず健康な成猫よりも保温や産熱能力が劣ってしまいます。さらに筋肉が未発達だったり弱っているため、骨格筋の震え(シバリング)による産熱がうまくいかず、低体温に陥りやすい状態になっています。
衰弱・負傷
衰弱していたり負傷している猫においては、体の機能が傷口の治癒に向かってい集中しているため、効果的な保温や産熱ができない状態になっています。出血を伴っている時はなおさらです。
冷たい気温に長時間
たとえ健康な成猫であっても、冷たい気温に長時間さらされると保温能力や産熱能力が追いつかず、体温を大量に失って低体温症に陥ってしまいます。例えば冷たいプールや池に落ちたまま長時間救助が来なかったときなどです。また雪国であるにもかかわらず猫を放し飼いにし、そのまま迷子になってしまったような場合も危険です。
例えば上の写真は2015年1月、アメリカ・オハイオ州ロレイン郡の道端で発見された「オラフ」という名の猫です。発見された時は完全に体が凍り付き、懸命な治療が行われましたが、3日後に力尽きて息を引き取ってしまいました。後の調べによりオラフは、16kmほど離れた家から迷子になった猫で、凍えるような街中を2週間以上かけて15kmほどさまよっていたそうです。
持病
何らかの持病を持っている場合、保温や産熱がうまくいかず低体温に陥ってしまうことがあります。例えば甲状腺機能低下症でチロキシンの分泌量が少なく体温が低いまま上がらないとか、視床下部の疾患で体温調節中枢がうまく機能しないなどです。
麻酔・手術
2011年、スペインの獣医療チームが275頭の猫を対象として行った調査では、低体温を「37.0℃未満」と定義した場合、麻酔後における低体温は96.7%というかなり高い確率で見られたといいます(Redond, 2011)。麻酔をかけられた猫の体内では血液が中心から周辺部へと移動し、最初の1時間で1.2℃体温が急減します。さらに麻酔時間が長引くと、それからの1時間で0.7℃、さらにその後の1時間で0.4℃体温が低下し、やがてプラトーに達します。麻酔における低体温の一番のリスクは、麻酔時間の延長です。また切開によって術野が広がり、気化熱を奪われやすい腹部や整形外科手術もハイリスクとされています。
猫の低体温症の治療・予防法
猫の低体温症の治療法には以下のようなものがあります。病院に連れて行くまでの間にどのような応急処置を施すかによって回復の度合いが変わりますので、しっかりとイメージトレーニングしておきましょう。
低体温症の応急処置
猫の体温調整でも詳しく解説したとおり、外の世界と猫の体との熱移動は「伝導」「気化」「対流」「放射」という4つのパターンによって行われます。低体温症に陥った猫に対する応急処置のポイントは、全てのパターンにおける体温の喪失をいち早く防ぐことです。
応急処置で体温の喪失を防ぐ
- 伝導による体温喪失を防ぐ体温よりも冷たい物を体が接していると伝導によってどんどん体温が奪われてしまいますので、まずは体温よりも高い場所に猫を移動させます。体温より高いものを体に当てると、熱伝導によって体を温めることができますが、体の表面を急激に温めると血管が拡張し、本来温めるべき体の中心部から体の末端部の血液が移動して逆効果です。また急激な血圧の変化からショック状態に陥ることもありますので、むやみに温めないようにします。 医学文献で推奨されている加温器具の温度は41~42℃です(Armstrong, 2005)。温熱パッドを用いるにしても電気毛布を用いるにしてもこの温度を越えないようにしておけば、復温ショックのリスクを最小限に留めることができるでしょう。ただしこの温度域は猫が侵害刺激と感じてモゾモゾと動き出す温度でもあります(Robertson, 2003)。猫が平熱に戻ったら速やかに加温器具を取り外し、火傷や反動としての熱中症を予防しましょう。
- 気化による体温喪失を防ぐ気化熱によって猫の体から体温を奪われることを防ぐため、猫の体が濡れている時はしっかりと拭き取ります。
- 対流による体温喪失を防ぐ体温よりも冷たい空気が流れていると対流によってどんどん体温が奪われてしまいますので、空気の流れを遮断します。また体温よりも暖かい風を循環させ、対流によって逆に熱を体に送るようにします。ただしドライヤーの風を近くから当てるなど、体の表面を急激に温めると深部体温が逆に下がってしまったり、ショック状態に陥ってしまいますので控えるようにします。
- 放射による体温喪失を防ぐ放射によって猫の体から外界に放たれる熱を少なくするため、猫に毛布などをかけて外に向かっていく熱の流れをシャットアウトします。
低体温症の予防法
猫の低体温症は飼い主がしっかりと体温の管理を行っていれば多くの場合予防が可能です。発症原因を把握した上で、猫が最も過ごしやすい室内と屋外環境を整えてあげましょう。なお寒い環境下における猫の体温調整については以下のページでも解説してありますのでご参照ください。
短毛種・小型猫への注意
寝床への注意
冷たい地面や床に寝そべっていると熱伝導が起こって体温が吸収されてしまいます。腹部には太い血管が通っており、それだけ体温が奪われやすい場所ですので、寒い季節に冷たい場所に寝かせるのはやめておきましょう。家の中には必ず複数箇所にベッドを用意し、体と床とが直接接触しないよう配慮します。ホットカーペットを用いている場合は低温やけどにもご注意ください。
風への注意
秋や冬になって吹く冷たい風が猫の体に当たると、対流によって熱が奪われ体温が下がってしまいます。長毛だったりダブルコートの猫では被毛が防寒具になって風を防いでくれますが、短毛(無毛)だったりシングルコートで猫では、風が被毛の間をすり抜けて地肌に当たってしまいます。暑い時期、「サマーカット」と称して猫を丸刈りにしてはいけない理由はここにあります。9月下旬になって気温が低下しているにもかかわらず被毛の再生が間に合わず、防寒具がスカスカな状態で秋を迎えなければならないのです。
家の中には必ず風を遮断してくれる猫用ハウスやシェルターを用意してあげましょう。こうした空間は体から外に放出される放射熱がこもりやすいため、体温を維持しやすくなります。ちょうど布団の中に潜り込み、自分の体温で自分の体を温めるような感じです。
エアコンへの注意
夏だからといって必ずしも低体温症の危険がないわけではありません。車の中や部屋の中でエアコンをきかせている場合は、冷たい風が猫の体に直接当たらないように配慮してあげましょう。また猫の体が濡れていると、エアコンの風によって気化熱も同時に奪われ、それだけ低体温症の危険性が高まりますので、被毛や地肌が濡れていないことを確認してあげましょう。
雨への注意
猫を放し飼いにしている場合、外出中に雨に振られると猫の体が濡れてしまいます。その状態で風が当たると気化熱によって体温を奪われ、低体温症に陥りやすくなってしまいます。夏ならばそれほど心配はありませんが、気温が急に低くなる秋から冬にかけては体温が急激に低下して大変危険です。季節にかかわらず猫は完全室内飼いに切り替えることが推奨されます。
雪への注意
猫を放し飼いにしている場合、雪が降る地域においては猫が遭難してしまう危険性があります。体に付着した雪は熱伝導によって猫の体温を直接奪います。また、溶けた雪が水になって地肌に付着し、そこに風が当たってしまうと気化熱によってさらに体温が奪われます。以下の写真はアメリカ・ニューハンプシャー州の凍てつくような寒さの中、文字通り屋外で凍りついていた野良猫です。
地元の消防隊によって救助されて温かいお湯をかけられましたが、体力が持たず、結局安楽死となりました。北海道など雪の降る地域で猫を放し飼いにしていたり迷子にしてしまうと、同じような悲劇が起こってしまうかもしれません。しっかりと戸締まりをして温かいベッドを用意し、猫が外に出る気力を失わせてやりましょう。