トップ2021年・猫ニュース一覧3月の猫ニュース3月16日

猫の母乳に含まれるオリゴ糖が持つ驚きの効果

 母猫が分泌する母乳には人間には見られない特殊なオリゴ糖が含まれています。これらのオリゴ糖を成長済みの成猫たちに与えたところ、応用範囲が広い数々の効果が確認されました。

新発見・猫の乳由来オリゴ糖

 2020年、出産を終えたばかりのメス猫が分泌する母乳内に、これまで知られていなかった特殊なオリゴ糖が含まれていることが発見されました。具体的には人間の母乳では見られないN-アセチルノイラミン酸やN-グリコリルノイラミン酸を分子構造に含む少なくとも16種類です出典資料:Hughes, 2020)猫の母乳に含まれるオリゴ糖と含有比率一覧円グラフ  猫の消化管から取り出した腸内細菌叢を用いた予備的な体外実験では、この乳由来オリゴ糖がビフィズス菌や乳酸桿菌の増加、大腸菌や赤痢菌の減少、短鎖脂肪酸(酢酸塩・プロピオン酸・酪酸塩)およびアンモニアの生成促進などの生理作用を有していることが確認されています出典資料:Oba, 2020)。特に酪酸塩は上皮細胞のエネルギー源となり、腸管細胞の増殖を調整したり、腸管バリアや消化管の免疫システムの整合性を保ったり、炎症反応を抑制するといった作用を有していることから、生後間もない子猫の健康を保つ上で重要な成分だと推測されました。
 では母乳に含まれる乳由来オリゴ糖を成猫が摂取したら一体どうなるのでしょうか?アメリカ・イリノイ大学を中心とした調査チームが、臨床上健康な猫たちを対象とした給餌試験を行いましたのでご紹介します。

嗜好性テスト

 食いつきのよさを確かめるための嗜好性テストに参加したのは臨床上健康な20頭の猫たち。動物乳オリゴ糖の生物学的類似物質である「GNU100」と呼ばれる製品を表面にまぶしたドライフードと、何もまぶしていないドライフードを用意し、お腹を空かせた猫の前に同時に提示して自発的にどちらを食べるかを観察しました。
GNU100
スイスのベンチャー企業「Gnubiotics Sciences SA」が開発した動物乳オリゴ糖の類似物質。消化管由来のムチンが乳由来のオリゴ糖と同一構造であることから、ブタの腸管粘膜を加水分解することで生成されている。オリゴ糖とペプチドの複合体42.7%、遊離アミノ酸41.7%、灰分15.6%、水分4.0%から構成される白~黄色の粉末状製品。
 位置バイアスを排除するため食器の置き場所を入れ替えて2日間に渡るテストを行ったところ、実際に食べた量ベースでは、何も含まないフードとGNU100(1%)の比率が1:17.6になったといいます。また何もまぶしていないフードをえり好んだ猫は20頭中わずか1頭だけでした。 動物乳由来オリゴ糖の有無による猫たちのフードに対する食いつきの違い

安全性テスト

 「GNU100」が各種の生理学的なパラメーターに及ぼす影響を調べた安全性テストに参加したのは臨床上健康な32頭の猫たち(オス12+メス20/平均年齢1.9歳/平均体重4.6kg)。2週間かけてベースとなるキャットフード(タンパク質35%/脂質15%/灰分7%/繊維5%)に慣らせた後、ランダムで8頭(オス3+メス5)ずつからなる4つのグループに分け、食事内容に「GNU100を0.5%添加」「GNU100を1.0%添加」「GNU100を1.5%添加」「GNU100添加なし」という違いを設けて26週間に渡る長期的な給餌試験を行いました。
 その結果、便に含まれる酪酸塩に関しては「1.5%>1.0%および0.5%」、インドールに関しては「1.5%<0.5%」という格差が見られたといいます。また腸内細菌叢を調べた所、 アクチノバクテリア門の相対存在量に関しては「添加なし>1.5%」という格差が見られたとも。
 その他、便中免疫グロブリンAや血清免疫グロブリンEにグループ格差が見られなかったことから、消化管の免疫応答やアレルギー反応には影響を及ぼさないと判断されました。また血清C反応性蛋白、インターロイキン-6、腫瘍壊死因子α、および便中カルプロテクチンにグループ格差が見られなかったことから、炎症反応にも関わっていないと判断されました。さらに便の柔らかさ、pH値、乾燥重量にグループ格差が見られなかったことから、便秘や下痢の原因にもならないだろうとされました。
Effect of a novel animal milk oligosaccharide biosimilar on macronutrient digestibility and gastrointestinal tolerance, fecal metabolites, and fecal microbiota of healthy adult cats
Patricia M Oba, Anne H Lee, Sara Vidal, Romain Wyss, Yong Miao,et al., Journal of Animal Science, Volume 99, Issue 1, January 2021, DOI:10.1093/jas/skaa399

乳由来オリゴ糖の応用

 乳由来オリゴ糖の特徴を生かして別の製品に応用する場合、どのような可能性があるのでしょうか?一例としては以下のようなものが考えられます。

食欲増進剤として

 慢性腎不全を患い食欲が落ちた猫に対しては時として食欲増進剤や制吐剤が処方されます。しかしこうした薬剤は決して美味しいものではありませんので、受け付けてくれなかったり、口の中に入れても吐き戻してしまうことがしばしばです。
 今回の嗜好性テストにより、フード表面に乳由来オリゴ糖をまぶすと猫たちの食いつきが異常とも言えるほど良くなる可能性が示されました。副作用も投薬ストレスもない食欲増進剤として利用できれば、猫にとっても飼い主にとっても大きなメリットになるでしょう。ただし製品中のオリゴ糖が好まれたというより、混合成分であるアミノ酸やペプチドが好まれた可能性の方が高いのではないかと言及されています。猫は糖分を感じることができませんので当然といえば当然ですね。 猫の舌と味覚・完全ガイド

栄養補助成分として

 乳由来オリゴ糖はそもそも猫の母乳に含まれているものですので、子猫に対して害になるとは考えにくく、逆に何らかのプラスの生理作用を有していると考えられます。実験による証明はまだですが、人工乳や子猫向けフードの中にオリゴ糖を混ぜることによって哺乳~成長中の子猫たちに何らかの健康増進効果が期待できるかもしれません。 子猫の育て方・実践編

プレバイオティクスとして

 臨床上健康な成猫たちを対象とした給餌試験により、腸内細菌叢を変化させる可能性が示されました。アクチノバクテリア門の増加は犬において慢性腸疾患との関連性が疑われており、また猫において肥満との関連性が指摘されています。腸内細菌の代謝産物であるインドールを含む悪臭腐敗成分は細胞のDNAにダメージを与える可能性があることから、発がん性物質になりうると考えられています。猫における理想的な腸内フローラの定義がそもそもありませんので解釈は難しいですが、将来的にはいわゆる「プレバイオティクス」(腸内細菌の栄養源となる成分)としてスタンダードになるかもしれません。 猫の腸内フローラ・完全ガイド
「GNU100」は ブタの腸管粘膜を加水分解処理して分離した製品で、メス猫の母乳成分と100%同じではありません。成猫における長期的な安全性は確認されましたが、疾患を抱えた猫や子猫に与える際は全く別の安全性試験が必要となります。