水の粘度と猫の飲水量
猫の飲水量に関する調査を行ったのは オレゴン州立大学獣医学校を中心としたチーム。ペットフード企業によって管理されている臨床上健康な12頭の成猫(すべて不妊手術済みの非純血・短毛種)を対象とし、同一の総合栄養食を1週間にわたって給餌した後、ランダムで6頭ずつからなる2つのグループに分け、一方には「脱イオン水2ヶ月→高粘度水2ヶ月」、もう一方には「高粘度水2ヶ月→脱イオン水2ヶ月」という順番で飲み水に変化をもたせ、それぞれのフェーズにおける飲水量を計測しました。詳細は以下です。
調査概要と用語
- グループ1平均5.7歳/オス3+メス3/平均4.93kg
- グループ2平均6.5歳/オス2+メス4/平均4.46kg
- 脱イオン水イオン交換などの手法で不純分子を取り除き純度を高めた水。「純水」「精製水」「蒸留水」など紛らわしい言葉がたくさんありますが、原文では「deionized water」とだけ表現されているため当ページ内では「脱イオン水」で統一します。
- 高粘度水ヒドロキシプロピルメチルセルロース(メトローズ®)を1%添加し、粘度を282センチポアズに調整した水。センチポアズとは粘度(とろみ)の単位で数値が高いほどねばっこいことを意味している。なお脱イオン水のそれは4.9。
フェーズ間の共通項目
- 時間の経過と共に飲水量が減る
- 摂取エネルギー量は不変
- 時間の経過と共に血清コレステロール濃度は増加
- 時間の経過と共に血清アルブミン濃度は低下
- 時間経過と共に血清浸透圧が増加
- ストラバイトの相対的過飽和度
- ストラバイト結石の形成リスク
統計的に有意
以下の項目に関しては両フェーズ間の格差を偶然で説明することが難しく「統計的に有意」と判断されました。
飲水量
12頭中10頭では高粘度水フェーズにおいて飲水量の増加が見られました。具体的には平均値では28日目が25.0%増、56日目が20.6%増というものです。
血液検査値
血液検査値に関しては以下の項目において「高粘度水フェーズ<脱イオン水フェーズ」という格差が見られました。
- 血清クレアチニン
- 血中尿素窒素(BUN)
- コレステロール
- トリグリセリド
尿検査値
尿比重に関しては高粘度水フェーズが「1.026~1.068」、脱イオン水フェーズが「1.032~1.078」となり、前者の方が低い(=おしっこが薄い)と判断されました。
また尿中カルシウム濃度に関しては高粘度水フェーズのときだけ28日目に24%、56日目に11%の減少が見られました。56日目で具体的に比較した場合、脱イオン水フェーズが2.75~18.1mg/dLだったのに対し、高粘度水フェーズは1.76~11.6mg/dLという低値でした。
さらにシュウ酸カルシウム滴定テスト(COTテスト)を行った結果、高粘度水フェーズが「?0.1~4.6 ln 1/L」、脱イオン水フェーズが「1.9~6.4 ln 1/L」となり、前者の方が低いことが明らかになりました。平均値で30%少ない分、シュウ酸カルシウム結石の形成リスクも低くなっていると推測され、実際高粘度水フェーズの試験中に結石は確認されませんでした。
また尿中カルシウム濃度に関しては高粘度水フェーズのときだけ28日目に24%、56日目に11%の減少が見られました。56日目で具体的に比較した場合、脱イオン水フェーズが2.75~18.1mg/dLだったのに対し、高粘度水フェーズは1.76~11.6mg/dLという低値でした。
さらにシュウ酸カルシウム滴定テスト(COTテスト)を行った結果、高粘度水フェーズが「?0.1~4.6 ln 1/L」、脱イオン水フェーズが「1.9~6.4 ln 1/L」となり、前者の方が低いことが明らかになりました。平均値で30%少ない分、シュウ酸カルシウム結石の形成リスクも低くなっていると推測され、実際高粘度水フェーズの試験中に結石は確認されませんでした。
傾向
以下の項目に関しては両フェーズ間の格差に偶然が入り込む余地がいくらかあるため、「そうした傾向あり」という保留的な判断がなされました。
体重
体重に関しては高粘度水フェーズにおける範囲が3.58~7.48 kg、脱イオン水フェーズにおける範囲が3.47~7.06 kgとなり、前者において重くなる傾向が見られました。
尿pH
尿のpH(酸性度)に関しては、高粘度水フェーズでは時間経過と共にアルカリ化(28日目6.14→56日目6.29)傾向が見られたのに対し、脱イオン水フェーズでは時間経過と共に酸性化(28日目6.29→56日目6.18)傾向が見られました。
尿蛋白クレアチニン比
尿蛋白クレアチニン比(UPC比)に関しては高粘度水フェーズでは0.05~0.13と低い傾向、脱イオン水フェーズでは0.06~0.16と高い傾向が見られました。
部分排泄率
部分排泄率(ある電解質のクリアランスをクレアチニンクリアランスで割った比率)に関しては高粘度水フェーズにおいて0.094%~0.412%と低い傾向、脱イオン水フェーズにおいて0.098%~1.246%と高い傾向がみられました。
尿沈渣
尿沈渣検査を行った結果、脱イオン水フェーズにおいてのみシュウ酸カルシウム結石が形成される傾向が確認されました。
Increased Water Viscosity Enhances Water Intake and Reduces Risk of Calcium Oxalate Stone Formation in Cats.
Hall, J.A.; Vanchina, M.A.;Ogleby, B.; Jewell, D.E. Animals 2021, 11, 2110. DOI:10.3390/ani11072110
Hall, J.A.; Vanchina, M.A.;Ogleby, B.; Jewell, D.E. Animals 2021, 11, 2110. DOI:10.3390/ani11072110
水のとろみで結石予防
飲水量を増やすための工夫としてはウェットフードを与える、タンパク質含量を増やす、食塩摂取量を増やす、水を飲める場所を増やすなどさまざまな工夫が考案されています。近年行われた調査ではチキン風味を加えるというものもあるようです。
今回の調査では「水の粘度を高める」という新たな知見が加えられました。ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)は食品添加物として認可されており猫においても悪影響は確認されていませんので、ひとまず「1%」を目安に添加すれば20~25%も飲水量が増えてくれることが期待されます。
- HPMC
- ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)はメチルセルロースに 2-ヒドロキシプロピル基を導入したセルロースエーテルの一種。2003年6月に食品添加物に認可され、2007年2月から一般の食品にも広く利用できるようになっています。FAO/WHO 合同食品添加物専門家会議(JECFA)でもEUの食品科学委員会(SCF)でもADI (一日摂取許容量)が設定されておらず、また米国でもEUでもGMP(適正製造基準)を前提とした食品への使用が一般的に普及していることから、日本国内でも安全な成分と考えられています。 添加物評価書(食品安全委員会, 2006年)
とろみで飲水量が増える理由
とろみをつけるだけで飲水量が増える理由としては、猫が積極的に水を飲むようになるというよりは、舌の先端に表面張力でくっついてくる水の量が粘度に合わせて増えるからだと推測されています。要するに「いつもと同じ感覚で飲んでいるけど、知らないうちにたくさん飲まされていた」といった感じです。
水を飲む猫(スーパースロー)
一方、時間経過とともに飲水量が少しずつ減っていった理由としては、新しいものを選好する「ネオフィリア」が影響したのではないかと指摘されています。
高脂血症予防効果?
高粘度水フェーズにおいて確認された血清コレステロールとトリグリセリド濃度の低下は、非発酵性で100%可溶性繊維であるメチルセルロースが脂質の消化を遅延させた結果ではないかと推測されています。しかし猫において血液中の脂質を減らすことが健康増進につながっているかどうかはわかっていませんので、あくまでも副次的な影響になります。
結石予防効果
水の粘度を高めるが結石予防につながる可能性が明白に示されました。具体的には「飲水量の増加」「尿比重の低下」「COTテストの低下」という項目です。平たくまとめるとおしっこが薄くなって中に溶けているシュウ酸カルシウムが結晶化(=結石化)しにくくなるとなるでしょう。
調査チームはPUFA(多価不飽和脂肪酸)によって尿比重が低下し、カルシウム濃度が低くなることで結石リスクが低下する点を指摘し、高粘度水とPUFAを組み合わせれば結石予防に対する相乗効果があるかもしれないと指摘しています。
調査チームはPUFA(多価不飽和脂肪酸)によって尿比重が低下し、カルシウム濃度が低くなることで結石リスクが低下する点を指摘し、高粘度水とPUFAを組み合わせれば結石予防に対する相乗効果があるかもしれないと指摘しています。
結石予防だけでなく、暑い季節や麻酔後における脱水予防にもなると期待されます。