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猫の最新レファランスゲノム「Felis_catus_9.0」が完成

 最新のゲノム解析により構築されたレファランスゲノム「Felis_catus_9.0」を用いた調査により、マンチカンの短足を生み出している原因遺伝子がかなり絞り込まれました。

猫の最新レファランスゲノム

 レファランスゲノム(参照配列)とは猫の染色体に含まれるDNA情報を解析し、塩基配列を明らかにしたもの。従来の「Felis_catus_8.0」は30万を超えるギャップ(配列が決定されていない領域)を含んでおり、遺伝子の共通点や相違点を比較検討する際の障壁となっていました。
 この欠点を補うべく、アメリカ・ミズーリ大学の研究チームは「PacBioシーケンス」と呼ばれる技術を用い、未読の領域を劇的に減少させた最新レファランスゲノム「Felis_catus_9.0」を構築しました。具体的にはギャップのない塩基配列(コンティグ)が1000倍に増加し、アンプレイスドシーケンス(由来する染色体が未知の配列)が40%減少というクオリティーです。
 このようにして新たに作られたアセンブリ(元データから復元されたゲノム配列)を基本とし、雑種と純血種からなる54頭の遺伝情報を全ゲノムシーケンス(生物のゲノムがもつ遺伝情報を総合的に解析し、DNAを構成しているすべての塩基を明確化する手法)で解析した上で比較したところ、1頭当たり平均3660万の二対立遺伝子、960万のSNV(一塩基多型)、44,990のSV(構造多型)、そして旧バージョン「Felis_catus_8.0」にはなかった新たな遺伝子が376箇所見つかったと言います。特筆すべき点は以下です。

SNV(一塩基多型)

 SNV(single nucleotide variant, 一塩基多型)とは、ある生物種集団のゲノム塩基配列中に、1%以上の頻度で変異した一塩基が見られる現象。54頭のゲノムを解析した結果、1頭当たり平均960万のSNVが確認され、そのうち少なくとも18が身体に悪影響を及ぼす可能性が浮上しました。例えばがん抑制遺伝子(FBXW7)におけるストップゲイン変異などです。

SV(構造多型)

 SV(structural variant, 構造多型)とは1つの塩基ではなく、配列が50bp~50kb程度の中間サイズを1単位としたときに見られる個体差のこと。54頭のゲノムデータから、1頭の猫が有するSVは人間のおよそ4倍に相当する44,990であると推計されました。また39,955の挿入、123,731の欠失、35,427の逆位、9,022の重複変異が確認されました。
A new domestic cat genome assembly based on long sequence reads empowers feline genomic medicine and identifies a novel gene for dwarfism
Reuben M. Buckley, Brian W. Davis, et al., bioRxiv(2020), doi: https://doi.org/10.1101/2020.01.06.896258

マンチカンの短足遺伝子

 最新レファランスゲノム「Felis_catus_9.0」によってギャップのない塩基配列(コンティグ)が大幅に増加したことにより、ドワーフィズム(小猫症)の原因となっている構造多型(SV)がかなり絞り込まれました。具体的にはネコB1染色体に含まれるUGDH遺伝子で確認された3.3kbの欠失変異および106bpのダウンストリーム挿入変異です。 ドワーフィズム(小猫症)の原因と考えられるB1染色体中のUGDH遺伝子領域  変異と疾患の因果関係を検証するため、40頭の通常猫と68頭の短足猫を対象とし、欠失が見られたポイントに焦点を絞った解析を行いました。その結果、血縁関係がない3頭のマンチカンで変異が見られたといいます。また2頭の通常猫と7頭の短足猫の骨や軟骨を組織学的に調べたところ、通常猫では骨端軟骨中の軟骨細胞が規則正しいコラム状でプロテオグリカンを豊富に含んでいたのに対し、短足猫では配列が不規則でプロテオグリカンの欠損も多く確認されたとのこと。 猫の橈骨遠位端における骨端軟骨  この遺伝子によって体内で作られるUGDH(UDP-グルコース-6-デヒドロゲナーゼ)という酸化還元酵素は軟骨細胞内におけるプロテオグリカン生成に関与していると考えられています。ゲノムと組織学的所見を考え合わせ「UGDHが機能不全→軟骨細胞内におけるプロテオグリカン生成が減少する→短足」という発症メカニズムが想定されています。 マンチカンには体質や遺伝によって発症しやすい好発疾患がある  人間の小人症(軟骨無形成や軟骨低形成)ではおよそ70%の確率で「線維芽細胞成長因子受容体3」が関与していると言われています。今回、猫のゲノムを通して疾患との関連性が示唆されたUGDH遺伝子は人医学の分野ではあまり着目されてきませんでしたので、分類が難しい小人症の症例があった場合、人間のレファランスゲノムを元にUGDHに関連した遺伝子に変異がないかどうかをスクリーニングするのが効率的だろうと推奨しています。

純血種の遺伝子多様性低下

 雑種猫と比較して純血種ではシングルトン変異(サンプル中でただ1つの配列だけに存在する変異)が少なく、ヘテロ接合度が低いという特徴が見られました。平たく言うと純血種の猫は少数の個体を元にして繁殖がなされたため遺伝子の多様性が狭まっているということです。
 「Online Mendelian Inheritance in Animals」で確認できる心筋症網膜変性症多発性嚢胞腎など70近い疾患遺伝子の多くは純血種に特有なものです。選択繁殖という人間の介入が猫の遺伝子プールを狭め、疾患遺伝子が特定品種内に出現しやすくなったと言い換えることもできます。
 最新のレファランスゲノム「Felis_catus_9.0」により、健全な遺伝子と疾患に関連した病的な遺伝子の境目が明確化することが期待されます。スコティッシュフォールドなど、現在進行形で遺伝病が固定されつつある品種もありますので、ゲノムの多様性を回復して疾患遺伝子を駆逐するような努力をしていくことが急務です。 純血種の猫に多い病気 猫の全ゲノム解析プロジェクトが緩やかに進行中