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猫の飼育歴と精神疾患の間に明白な因果関係はない

 5,000人近くの子どもを対象とした追跡調査により「猫を飼っていると精神疾患にかかりやすくなる」という都市伝説はガセネタであることが判明しました(2017.2.27/イギリス)。

詳細

 過去に行われたいくつかの調査報告では、統合失調症を始めとするある種の精神疾患の危険因子として「猫を飼育していること/かつて飼育していたこと」が挙げられていました。しかしこうした報告の多くは「調査対象数が少ない」、「調査対象の選別に偏りがある」、「統計的な計算が不十分である」、「その他の要因が無視されている」といった不備を大なり小なり含んでおり、いまだに確定的な結論には至っていません。そこでイギリス・ロンドン大学の調査チームは「猫を飼うと精神疾患を発症しやすくなる」という都市伝説に信憑性があるのかどうかを確かめるため、イギリス国内における巨大データベース「ALSPAC」を利用した大規模な統計調査を行いました。
 調査対象となったのは、1991年4月1日から1992年4月31日までの期間、旧アヴォン郡において妊娠中だった合計16,734人の女性たちとその子供たち。データベースの記録から、「猫の飼育歴」と同時に「他のペットの飼育歴」、「子供の民族性」、「父親の年齢」、「婚姻状況」、「最終学歴」、「社会的クラス」といったさまざまな併存要因を抜き出し、13歳時と18歳時に子供が示す精神疾患の兆候と何らかの関係があるかどうかを精査しました。主な結果は以下で、「オッズ比」(OR)とは、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したもので、数字が1よりも大きければ大きいほど起こりやすいことを意味しています。 猫の飼育歴と子供が13歳時における精神疾患の兆候 猫の飼育歴と子供が18歳時における精神疾患の兆候  猫の飼育によって精神疾患の疑いがある、もしくは明らかに精神疾患であると評価される人の割合は「-3%~+18%増」で、統計的に標準とほとんど変わりませんでした。こうした結果から調査チームは、「トキソプラズマに感染すると精神疾患を発症しやすくなる」ことは部分的に事実であるとしても、「猫を飼っていると精神疾患を発症しやすくなる」という考えには科学的な根拠がないとの結論に至りました。
Curiosity killed the cat: no evidence of an association between cat ownership and psychotic symptoms at ages 13 and 18 years in a UK general population cohort
F. Solmi, et al. Psychological Medicine, 22 February 2017, pp. 1-9, DOI: https://doi.org/10.1017/S0033291717000125

解説

 猫を飼うと精神疾患を発症しやすくなるという都市伝説の出どころは2つあるように思われます。1つは「クレイジーキャットレディ」というステレオタイプ、そしてもう一つはマスメディアによる風説の流布です。
 「クレイジーキャットレディ」(Crazy Cat Lady, 直訳すると"狂った猫女")とは家の中に大量の猫を抱え込み、周囲から風変わりな人間と思われているやや年配の女性を揶揄するときの常套句です。「女性に対する偏見だ!」と声高に叫びたくなるところですが、猫に餌付けをしている人のうち7~8割が女性であるという統計データ(→詳細)もあるため、あながち的外れとも言えません。恐らく、動物を劣悪環境下で大量飼育する「アニマルホーダー」と、多くの猫に餌付けをする女性のイメージがいつのまにか融合し、「クレイジーキャットレディ」というステレオタイプが出来上がったものと推測されます。このステレオタイプから「猫を飼っている人はクレイジーになる」という印象を漠然とを抱くようになっても不思議ではないでしょう。 米国内ではクレイジーキャットレディのアクションフィギュアまで売られている
 マスメディアによる風説の流布も猫に濡れ衣を着せている犯人の1人です。例えば2016年11月、「トキソプラズマ感染と恐怖・痛みに対する性的な偏愛および服従性」という衝撃的な調査報告が発表されました(→出典)。内容は「トキソプラズマに感染した女性は痛みや恐怖といった要素に性的な興奮を感じやすくなる」というものです。しかしこの原題もマスメディアの手にかかると「ボンデージ好きは猫からもらった寄生虫が原因かもしれない」(→出典)となってしまいます。論文のような堅苦しい表現よりもニュースの見出しの方がインパクトがあり、多くの読者にアピールすることは事実です。しかし読者はたいてい文章を斜め読みしますので、「猫を飼っていると女性のマゾっ気が強くなる」という部分だけが頭に残り、細かなディテールは忘れてしまうかもしれません。その結果「猫を飼うと人が変わってしまうんだ」と短絡的に思い込んでしまう人が増えてしまうと考えられます。
 アメリカのデューク大学が2016年に発表した調査報告でも、「統合失調症や大うつ病といった神経心理学障害、自傷、自殺未遂、犯罪歴、交通事故に代表される衝動性の不制御や人格異常、IQ、遂行能力、作業記憶、作業処理速度の低下に代表される認知神経科学的能力の低下とトキソプラズマ感染との間に、重大な関連性は存在しない」との結論に至っています(→詳細)。今回の調査でも「猫を飼うと精神疾患を発症しやすくなる」という都市伝説には科学的な根拠がないことが明らかになりました。日本国内のニュース記事でも猫を悪者にするような言い回しを度々目にしますが、頭ごなしに信じるのではなく、少しクールな目で見た方がよいと思われます。しかし調査チームが指摘しているように、トキソプラズマによって人の行動が変容してしまう可能性は否定できませんし、猫がトキソプラズマの終宿主であることも事実です。特に妊娠中の女性が感染してしまうと、生まれてくる赤ん坊が「先天性トキソプラズマ症」を発症してしまう危険性もありますので、常識の範囲内で予防に努めておいた方が無難でしょう。具体的には以下のページをご参照ください。 赤ちゃんと猫の同居 トキソプラズマ症