伝説の出どころ
日本国内には非常に古くから「猫が顔を洗うと雨が降る」という都市伝説があります。しかしよく聞く割りには出どころが全くわかっていません。
非常に古いものでは、中国の「酉陽雑組」(ゆうようざっそ, 860年頃)に記載された「猫が顔を洗うと客がやってくる」(猫面洗耳過則客至)という一節が起源になっていると指摘する人がいます。しかしこの表現の中には、天気予報としてのニュアンスがないため、どちらかといえば「招き猫」の起源になっと考えた方が妥当かもしれません。一方、西洋の迷信・俗信を集めたラドフォードの「迷信事典」(1947年)の中には、「猫がくしゃみをすると雨が降る」、「猫がテーブルの脚を引っ掻くと天気が変わる」という記載が見られます。しかしこちらでは、猫と天気のリンクは見られるものの、「顔を洗う」という行動に関する言及がありません。 このように「猫が顔を洗うと雨が降る」という都市伝説が、一体どのようにして生まれたのかに関しては、よくわかっていないというのが現状です。かろうじて判明しているのは、1900年代初頭の時点で、すでにこうした風説が国内にあったという事実です。1910年(明治43)に出版された、わが国最初期の猫に関する専門書籍「猫」(石田孫太郎)の中では、動物と天気に関する言い伝えが20個列挙されており、その中に以下の項目を見ることができます。
非常に古いものでは、中国の「酉陽雑組」(ゆうようざっそ, 860年頃)に記載された「猫が顔を洗うと客がやってくる」(猫面洗耳過則客至)という一節が起源になっていると指摘する人がいます。しかしこの表現の中には、天気予報としてのニュアンスがないため、どちらかといえば「招き猫」の起源になっと考えた方が妥当かもしれません。一方、西洋の迷信・俗信を集めたラドフォードの「迷信事典」(1947年)の中には、「猫がくしゃみをすると雨が降る」、「猫がテーブルの脚を引っ掻くと天気が変わる」という記載が見られます。しかしこちらでは、猫と天気のリンクは見られるものの、「顔を洗う」という行動に関する言及がありません。 このように「猫が顔を洗うと雨が降る」という都市伝説が、一体どのようにして生まれたのかに関しては、よくわかっていないというのが現状です。かろうじて判明しているのは、1900年代初頭の時点で、すでにこうした風説が国内にあったという事実です。1910年(明治43)に出版された、わが国最初期の猫に関する専門書籍「猫」(石田孫太郎)の中では、動物と天気に関する言い伝えが20個列挙されており、その中に以下の項目を見ることができます。
猫と天気の俗信
- 猫顔を拭ふて、その手が耳を越せば降雨
- 猫顔を拭ふて、その手が耳を越さねば晴天
- 猫の子、青草を噛めば降雨
伝説の検証
出どころや成立過程がよくわかっていない「猫が顔を洗うと雨が降る」という都市伝説ですが、果たしていくらかの信憑性はあるのでしょうか?先述した「猫」という書籍の中では、「それまでおとなしかった猫が突然駆け回り、爪とぎを始めると数時間後には雨になる」としています。しかしこの説は、著者である石田孫太郎氏が自分の飼い猫を観察して得られた情報ですので、 とうてい一般化することはできません。そこで以下では、いくつかのありえそうな仮説を検証してみたいと思います。
ひげを整える
ひげに付着した湿気を気にするあまり、顔を洗うという行動に走る可能性があります。猫のひげは別名「触毛」(しょくもう)とも呼ばれ、通常の体毛よりもかなり敏感にできています。その感度は毛幅の2,000分の1の振動を感知できるくらいです。そのような敏感なセンサーであるひげに、低気圧がもたらす湿度が付着した場合、猫が違和感を感じてしまう可能性は十分あるでしょう。人間で言うとちょうど、裸眼の人がメガネをかけた時のような状態です。常に顔を触られているような気がして、どうしても外したくなってしまいます。もし猫も同じような感覚を抱いているのだとすると、ひげの表面に付着した水分をぬぐい去るため、しきりに顔を洗い出すかもしれません。
自己指向性行動(SDB)
不安を解消するために自分の顔を洗うという可能性もあります。落ち着かない気分になったとき、自分をリラックスさせるためにとる行動を「転位行動」(てんいこうどう)といいます。中でも、自分の体に対して行うものは「自己指向性行動」(SDB)と呼ばれ、ほ乳類で広く観察されています。もし猫が気圧の変化や湿度の変化を感知して、言いようのない不安を抱いたのだとすると、その不安を解消するため、上記「自己指向性行動」に走るかもしれません。過去の雨降りと雷などを結び付けて学習している時などはなおさらでしょう。簡単に言うと「雨の予感→雷の恐怖→不安→自己指向性行動→顔を洗う」といった感じです。
寄生虫予防
寄生虫の繁殖を抑えるために顔を洗い出すという可能性も無視できません。1981年に行われた実験によると、皮膚炎を起こすことで有名な「ネコノミ」(Ctenocephalides felis)は、90%を超える湿度で育てられた幼虫の方が大きく育つといいます。また成虫になった後の寿命は、湿度が高ければ高いほど延びたとも。こうしたことから考えると、外界の湿度が上昇することと、寄生虫の活性度との関連性を、猫が身をもって知っている可能性があります。だとすると湿度の高まりを感じた猫は、ネコノミの繁殖を予防するため、顔に限らず体全体を念入りにグルーミングし始めるかもしれません。
Influence of Temperature and Humidity on Survival and Development of the Cat Flea
伝説の結論
「猫が顔を洗うと雨が降る」という都市伝説は、こじつけ的な解説はできるものの、その信憑性に関してはかなり低いと言わざるを得ません。もし洗顔と天候との間に明確な因果関係があるのだとすると、日本国内のみならず、猫を飼育している国においても同じような俗信が生まれているはずです。しかし、「猫」と「洗顔」と「天気」という3項目を結び付けているのはごく一部の国だけです。こうしたことから考えると、猫を天気予報代わりに使うことはできないでしょう。
かつて日本では大和船に乗って海外と交易を行う際、害獣駆除の目的で猫を同行させるのが常でした。これは江戸時代に書かれた「随筆愚雑俎」(ずいひつぐざっそ)内の「大船には鼠多くあるものなり。往古仏経の舶来せし時、船中の鼠を防がんために猫を乗せ来る事あり」という一節にも見ることができます。おそらく猫と天気に関する俗信は、猫と船旅を共にした船乗りたちの口伝が民間に伝わり、いつしか固定化されたのだと考えられます。 「この都市伝説には信憑性がない」と言いましたが、どうしても証明したいという方は、以下のような手順を踏んで実験してみてはいかがでしょうか。
かつて日本では大和船に乗って海外と交易を行う際、害獣駆除の目的で猫を同行させるのが常でした。これは江戸時代に書かれた「随筆愚雑俎」(ずいひつぐざっそ)内の「大船には鼠多くあるものなり。往古仏経の舶来せし時、船中の鼠を防がんために猫を乗せ来る事あり」という一節にも見ることができます。おそらく猫と天気に関する俗信は、猫と船旅を共にした船乗りたちの口伝が民間に伝わり、いつしか固定化されたのだと考えられます。 「この都市伝説には信憑性がない」と言いましたが、どうしても証明したいという方は、以下のような手順を踏んで実験してみてはいかがでしょうか。
猫の洗顔観察
- 加湿器と湿度計を用意する
- 猫がいる部屋の湿度を50%に設定する
- 猫を半日程度観察し、何回顔を洗うかカウントする
- 日を変え、室内の湿度10%上げて同様の手順を繰り返す
- 湿度と洗顔回数のグラフを作る