ディートとは?
ディート(DEET)とは第2次世界大戦中の1944年、アメリカ農務省(USDA)によって開発された虫よけの一種です。正式名称は「N,N-ジエチル-メタ-トルアミド」で、蚊、ダニ、ノミ、ツツガムシ、ヒルなどに対する忌避効果はありますが殺虫効果まではありません。1946年から陸軍による軍事利用が始まり、1957年からは民間での利用も始まっています。なお名称が似ているため混同されますが、毒性の強い殺虫剤の一種「DDT」とは全くの別物です(:npic)。
日本では1962年に医薬部外品(濃度10%以下)が発売されて以降、医薬品メーカーが参入し始め、1990年からは医薬品製剤(濃度12%)が流通するようになっています(:ムシペールα)。忌避効果は蚊、ブユ(ブヨ・サシバエ・アブ ) 、ナンキンムシ、ノミ、イエダニ、ツツガムシが対象ですが、数十年に渡って使われ続けているにも関わらず、いまだに作用機序は完全には解明されていません。おそらく複数のメカニズムを通じて虫ごとに異なる作用を示すものと推測されています。
例えばハマダラカ(Anopheles)を対象とした調査では、ディートを5cmの距離に置いても逃げる素振りを見せず、また嗅覚神経が活性化しなかったことから、忌避剤として作用しているわけではないことが判明しました。おそらく、動物が発する体臭の揮発性を低下させることで虫が感知できなくする「嗅覚迷彩」として機能しているのではないかと推測されています(:Afify, 2019)。
一方、イエカ(Culex)を対象とした調査では、虫たちが好む1-オクテン-3-オール、乳酸、二酸化炭素などのニオイ物質があってもディートから遠ざかる様子を見せたといいますので、この場合は忌避剤として機能している可能性があります(:Syed, 2008)。
その他、ネッタイシマカを対象とした調査では、嗅覚ではなく足先の外皮を通じた接触(味覚)忌避剤としての側面が示唆されています(:Dennis, 2020)。
一方、イエカ(Culex)を対象とした調査では、虫たちが好む1-オクテン-3-オール、乳酸、二酸化炭素などのニオイ物質があってもディートから遠ざかる様子を見せたといいますので、この場合は忌避剤として機能している可能性があります(:Syed, 2008)。
その他、ネッタイシマカを対象とした調査では、嗅覚ではなく足先の外皮を通じた接触(味覚)忌避剤としての側面が示唆されています(:Dennis, 2020)。
ディートの毒性・安全性
ディート(DEET)に関しては人や動物を対象とした非常に多くの毒性・安全性試験が行われてきました。アメリカ環境保護庁(EPA)は1998年にディートに関する総合的な安全性評価を行い、通常の使い方をする限り、人に対して健康被害を与えることはないとの結論に至っています。また2014年に行われた再評価でも、使用対象となる動物、使用対象ではない動物、環境のいずれに対してもリスクにはならないとの中間報告をしています。なお最終的な結論は内分泌撹乱物質としてのスクリーニングが終わった段階で出すとのこと
(:EPA)。
以下は具体的な安全性(毒性)データです。LD50とは成分を投与された動物の半数が死に至る量、NOAELとは有害反応が見られない最大量、NOELとはいかなる影響も見られない最大量を意味しています(:npic | :農林水産省)。
以下は具体的な安全性(毒性)データです。LD50とは成分を投与された動物の半数が死に至る量、NOAELとは有害反応が見られない最大量、NOELとはいかなる影響も見られない最大量を意味しています(:npic | :農林水産省)。
ディートの毒性試験結果
- 急性毒性✓ラット経口投与のLD50:2,170~3,664mg/kg
✓ウサギ経皮吸収のLD50:4,280mg/kg
✓ラット吸引摂取のLD50:5.95mg/L - 亜急性毒性ラットの体重1kg当たり1日100~1,000mgを90日間に渡って経皮的に吸収させた試験では、100mgを超えると皮膚の病変、300mgを超えると体重減少が見られ始めるとの結論に至っています。またマイクロピッグの体重1kg当たり1日0、100、300、1,000mgの割合で週に5回、合計13週に渡って経皮吸収させた試験では、皮膚の乾燥や落屑などが見られ、高濃度ほど症状が重かったといいます。このデータから100mgくらいから皮膚病変が現れ始め、1,000mgを超えると全身症状に発展すると見積もられています。
- 慢性毒性ラットを対象とした2年間に渡る長期的な給餌試験では体重1kg当たり1日10~400mgのディートが与えられました。その結果、オスでは有害反応が確認されなかった一方、メスにおいては最高濃度(400mg)グループでのみ体重減少、摂食量の減少、コレステロールレベルの上昇が確認されたといいます。こうしたデータから導き出されたNOELは以下です。
✓ラット経口NOEL(オス):100mg
✓ラット経口NOEL(メス):400mg - 神経毒性ラットを対象とし、体重1kg当たり50、200、500mgのディートを単回強制経口投与した試験では、500mgグループで立ち上がりの減少、垂直及び水平方向の運動性の減少、 熱刺激に対する反応時間の延長、立毛、異常発声が認められたといいます。またラットを対象とし、体重1kg当たり1日22、90、220mgに相当するディート500、 2,000、5,000ppmの混餌投与試験では、摂餌量に変化はみられなかったものの、2,000ppm以上のオスの10%、メスの15%で体重減少がみられたといいます。また5,000ppm 投与群のオスメスで、トータル40分に渡る運動性試験の最初の5分間だけ水平方向の運動性の増加が観察されたとのこと。その他の神経病理学的な異常は認められませんでした。
- 発がん性ラットやマウスではなし
- 催奇形性ラットやウサギではなし
- 繁殖・生殖毒性ラットではなし
- 皮膚感作性モルモットや人ではなし
ディートの副作用・有害反応
ディートによる主な副作用は以下です。接触では目の表面や皮膚、吸引では呼吸器、誤飲では消化器の症状として現れます(:npic)。
人における副作用
- 目の痛み
- 皮膚の刺激感・発赤・腫れ
- 胃腸障害・吐き気・嘔吐
- 大量誤飲した場合は発作・ひきつけ
ディートの代謝
口から摂取した後の代謝
ラットを対象とした代謝調査では、ディートを経口的に摂取した場合、53.3%(オス)~ 65.3%(メス)が吸収され、30分(オス)~2時間(メス)で血中最高濃度に達するといいます。吸収されたディートは肝臓に運ばれ、およそ50%は芳香環にあるメチル基の酸化によって代謝され、その他18%程度は環メチルの酸化とジエチルアミドの脱アルキル化で代謝されると推測されています。摂取から1週間後における回収率は尿中が85~91%、便中が3~5%で、圧倒的に尿に多く排泄されることがわかっています。
一方、人の肝マイクロソームを用いた実験では環メチルの水酸化がメインの代謝経路である可能性が示されていることから、動物種によって異なる代謝メカニズムが機能していると考えられています。
一方、人の肝マイクロソームを用いた実験では環メチルの水酸化がメインの代謝経路である可能性が示されていることから、動物種によって異なる代謝メカニズムが機能していると考えられています。
皮膚から吸収した後の代謝
ラットを対象とした代謝調査では、ディートを経皮的に吸収した場合、5.3%(メス)~17.0%(オス)が吸収され、1時間半で血中濃度がプラトーに達し、その後24時間継続するとされています。このデータから、わずかな量が持続的に吸収され続けると推測されています。
皮膚から吸収されたディートは血流に乗って肝臓に運ばれ、そこで分解された後、24時間でほぼすべてが体外へ排出されます。1週間後の回収率は尿中が74.0~78.0%、便中が4.0~7.0%と圧倒的に尿に多く排泄されることがわかっています。
一方、人間の男性を被験者としてディートをエタノール溶液(12mg )又は原液(15mg)として皮膚塗布した試験では、エタノールの78%および原液の83%が皮膚上に残り、体内に吸収された割合はそれぞれ8.41%と5.63%だったといいます。また人間の男性を被験者としてディートを前腕部に8時間塗布した実験では、12時間以内にほとんどが排泄され、24時間で完了したとも。
皮膚から吸収されたディートは血流に乗って肝臓に運ばれ、そこで分解された後、24時間でほぼすべてが体外へ排出されます。1週間後の回収率は尿中が74.0~78.0%、便中が4.0~7.0%と圧倒的に尿に多く排泄されることがわかっています。
一方、人間の男性を被験者としてディートをエタノール溶液(12mg )又は原液(15mg)として皮膚塗布した試験では、エタノールの78%および原液の83%が皮膚上に残り、体内に吸収された割合はそれぞれ8.41%と5.63%だったといいます。また人間の男性を被験者としてディートを前腕部に8時間塗布した実験では、12時間以内にほとんどが排泄され、24時間で完了したとも。
ディート使用上の注意
ディートにはプラスチックを軟らかくする「可塑剤」(plasticizer)としての側面があるため、ゴム、プラスチック、ビニール製品、ソフトコンタクトレンズ、メガネフレームやレンズ、床や家具のワニスコーティング、ポリエステル(ストッキング)、ウレタン、皮革製品、マニキュア、合成繊維の一部に損傷を与える可能性があります。
その他、人体に使用する際の注意点に関してはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)、環境保護庁(EPA)、カナダ保健省(PMRA)、米国小児学会(AAP)などがリスト化しており、共通部分を抜粋すると以下のようになります。
その他、人体に使用する際の注意点に関してはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)、環境保護庁(EPA)、カナダ保健省(PMRA)、米国小児学会(AAP)などがリスト化しており、共通部分を抜粋すると以下のようになります。
ディート使用上の注意
- 濃度10%での効果はおよそ2時間
- 濃度30%での効果はおよそ5時間
- 状況に合わせて最低濃度を選ぶ
- 外出するときだけ使用する
- 帰宅してから石けんと水で皮膚を洗う
- 小さい子供の手、目の周り、口には適用しない
- 吸引、誤飲、目の中には入れない
- 皮膚の傷口や切り口に適用しない
- 顔に適用するときは手にスプレーしてからこすりつける
🚨漫然な使用を避け、蚊、ブユ(ブヨ)等が多い戸外での使用等、必要な場合にのみ使用すること。小児(12歳未満)に使用させる場合には、保護者等の指導監督の下で、以下の回数を目安に使用すること。なお、顔には使用しないこと。 ✓6ヶ月齢未満の乳児には使用しない
✓6ヶ月齢以上2歳未満は1日1回まで
✓2歳以上12歳未満は1日1~3回 目に入ったり、飲んだり、なめたり、吸い込んだりすることがないようにし、塗布した手で目をこすらないこと。万一目に入った場合には、すぐに大量の水又はぬるま湯でよく洗い流すこと。また、具合が悪くなる等の症状が現れた場合には、直ちに、本剤にエタノール(入っている場合のみ)とディートが含まれていることを医師に告げて診療を受けること。
猫におけるディートの危険性
ディート(DEET)を含むペット用製品の多くはスプレー噴射式ですので、被毛に直接有効成分を噴霧する必要があります。スフィンクスを始め、被毛が極端に薄い猫には用いない方が安全でしょう。また猫にはグルーミングという習性がありますので、被毛に付着した化学成分を舐め取ってしまう危険性は犬より大です。グルーミングは自分の体だけでなく、同居している他の猫や犬に対しても行うことがありますので、それだけリスクは高まります。
もう一つの危険性は、製品に含まれる添加剤による中毒です。人間用の医薬品には皮膚への浸透率を高めるためエタノールが含まれています。またペット用の製品にはディート以外の共力剤としてピペロニルブトキサイド(ピペロニルブトキシド)が多く含まれています。添付文書には「実験動物に経口投与したときに発がん性、発生毒性及び変異原性があるとの報告があるので、目、鼻、口等に入らないように注意すること」という不気味な注意書きがありますので、誤飲には要注意です。具体的には、ピペロニルブトキサイドを13週間に渡って給餌されたラットの肝臓において遺伝子の変異頻度が上昇し、変異原性を有する可能性が示されています(:Tasaki, 2008)。 ちなみに1990年にイリノイ大学が報告した猫の中毒2症例では、ディート含有のノミダニ駆除薬を皮膚に塗布して4~6時間後、流涎、運動失調、元気喪失、ひきつけ(1頭のみ)などの症状を示し、最終的には2頭とも死亡したといいます。しかしこの報告では皮膚に直接塗りつけた後、猫たちがグルーミングを通じて経口摂取したかどうかが不明であり、なおかつディートと混合成分としてピレスロイド系殺虫剤の一種フェンバレレートが含まれていたため、ディートが中毒を引き起こしたとは断定できません(:Dorman, 1990)。また体重1kg当たり71mgという高用量を皮膚に塗布した試験もありますが、こちらもフェンバレレートとの混合剤を用いた毒性テストですので、ディートとの直接的な因果関係を証明することは困難です(:Moller, 1991)。
もう一つの危険性は、製品に含まれる添加剤による中毒です。人間用の医薬品には皮膚への浸透率を高めるためエタノールが含まれています。またペット用の製品にはディート以外の共力剤としてピペロニルブトキサイド(ピペロニルブトキシド)が多く含まれています。添付文書には「実験動物に経口投与したときに発がん性、発生毒性及び変異原性があるとの報告があるので、目、鼻、口等に入らないように注意すること」という不気味な注意書きがありますので、誤飲には要注意です。具体的には、ピペロニルブトキサイドを13週間に渡って給餌されたラットの肝臓において遺伝子の変異頻度が上昇し、変異原性を有する可能性が示されています(:Tasaki, 2008)。 ちなみに1990年にイリノイ大学が報告した猫の中毒2症例では、ディート含有のノミダニ駆除薬を皮膚に塗布して4~6時間後、流涎、運動失調、元気喪失、ひきつけ(1頭のみ)などの症状を示し、最終的には2頭とも死亡したといいます。しかしこの報告では皮膚に直接塗りつけた後、猫たちがグルーミングを通じて経口摂取したかどうかが不明であり、なおかつディートと混合成分としてピレスロイド系殺虫剤の一種フェンバレレートが含まれていたため、ディートが中毒を引き起こしたとは断定できません(:Dorman, 1990)。また体重1kg当たり71mgという高用量を皮膚に塗布した試験もありますが、こちらもフェンバレレートとの混合剤を用いた毒性テストですので、ディートとの直接的な因果関係を証明することは困難です(:Moller, 1991)。
日本の動物医薬品データベースで国内における副作用の報告はないものの、ディートの忌避効果は100%ではありませんので屋外にいる限りノミやダニに刺される危険性は依然として残ります(:Ogawa, 2016)。猫の健康を守るもっとも確実な方法は、飼い主が責任を持って完全室内飼いを徹底することです。