トップ猫の文化猫の浮世絵美術館歌川国芳展東海道五十三対・岡部

東海道五十三対・岡部

 江戸時代に活躍した浮世絵師・歌川国芳の残した猫の登場する作品のうち、東海道五十三対・岡部について写真付きで解説します。

作品の基本情報

  • 作品名東海道五十三対・岡部
  • 制作年代1845年頃(江戸・弘化2)
  • 落款一勇斎国芳画
  • 板元伊場屋仙三郎
東海道五十三対・岡部のサムネイル写真

作品解説

 「東海道五十三対・岡部」(とうかいどうごじゅうさんつい・おかべ)は、東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)と呼ばれる江戸時代に整備された五街道(ごかいどう=江戸・日本橋を起点とする五つの陸上交通路)の一つを題材とした、全55枚からなるシリーズのうちの一枚です。このシリーズは国立国会図書館デジタル化資料で確認できます。
 さて、当作品で取り上げた「岡部」とは駿河(するが=現在の静岡県中部~東部)に見られた地名です。元になった歌舞伎狂言は不明ですが、化け猫が登場することで有名な「独道中五十三駅」(ひとりたびごじゅうさんつぎ)系統の演目をモチーフにしていると考えられます。独道中五十三駅で化け猫(猫石の精)が出てくる場面を簡潔に説明すると以下です。
独道中五十三駅・岡部
 赤堀水右衛門の仕打ちを受けて命を落とした姉・お松の死を知らない中野藤助と妹・お袖は、無事に生まれた赤子を抱えて岡部宿並木道を旅していた。休むところがなくて困っていたら、昔なじみのおくらが現れ、古寺に案内される。しかしその古寺で、死んだはずのお袖の母親に出会う。母の姿はいつしか化け猫になり、行灯(あんどん)の油をなめる。それを目撃してしまったおくらが化け猫に襲われる一方、藤助とお袖は幽霊となった姉・お松に出会う。藤助はお袖を離縁するが、そのショックでお袖は死んでしまう。すると障子の中から手が伸びてきてお袖の死骸と赤子を引き込む。化け猫となった老女は藤助の前に正体を現し、「我は猫石の精とお松の怨念が合体したものだ」と名乗り、消えうせ、後には猫の形の大石と茅原だけが残る。そこに、お松の死体が運び込まれてくると、猫石は再び目を開き、死体をつかむと、火を吐きながら空を飛んでいった。
 当作品では猫の影が映った行灯と倒れこむ女性の姿が描かれていますので、油をなめているところを目撃されて老婆が襲い掛かるというドラマチックな場面をモチーフにしたと考えられます。
 ところで「独道中五十三駅」という作品は「初春五十三駅」(うめのはつはるごじゅうさんつぎ)、「尾上梅寿一代噺」(おのえきくごろういちだいばなし)といったスピンオフ作品を多数排出していますが、「岡部」、および「岡崎」で登場する「化け猫」の場面はどの作品においても有名で、非常に多くの浮世絵師が作品のモチーフとして取り上げています。一例を挙げると以下です。
岡部・岡崎がモチーフの浮世絵
様々な浮世絵師による「岡崎の猫」一覧
  • 歌川国芳五拾三次之内・岡崎の場(1835)
  • 歌川貞秀東海道五十三次之内・岡崎(1835)
  • 歌川国芳日本駄エ門猫之古事(1847)
  • 歌川国貞五十三次ノ内岡部丸子ノ間宇津谷猫石(1854)
  • 歌川国貞十三代目市村羽左衛門の古猫の怪(1867)
 大雑把(おおざっぱ)な共通点を挙げると、「猫の影が映った行灯」・「手ぬぐいをかぶって踊る猫」・「背景からのぞく巨大な猫」・「猫耳をつけた老女」といったところです。ちなみに猫が手ぬぐいをかぶっているのは、「猫が化けるとしっぽが二股に裂け、手ぬぐいをかぶって人間のように振舞う」という「猫又伝説」(ねこまたでんせつ)に根ざしていると思われます。