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治りにくい猫の中内耳炎~外科手術より保存療法を第一選択肢に

 猫の中内耳炎は予期しないトラブルを招く元凶という意味で「パンドラの箱」などと形容されます。治療法としては腹側鼓室胞骨切り術という外科手術がありますが、果たして時間やお金をかけてまでやるべきなのでしょうか?

猫の中内耳炎と手術の成果

 調査報告を行ったのはカナダにあるトロント動物愛護協会を中心とした共同チーム。ホーディング(劣悪環境下での多頭飼育)環境から保護された猫たちを対象とし、ストレスや過密状態が危険因子とされる中内耳炎の罹患率および外科手術の成果を後ろ向きに調べました。

調査対象

 調査対象となったのは2017年2月から2019年4月にかけ、施設型のホーディング環境から保護されトロント動物愛護協会に収容された猫たち。中内耳炎もしくは耳内ポリープが疑われるケースに関し全身麻酔、耳鏡検査、鼻咽頭部の目視検査、鼓室胞のエックス線撮影を行い、典型的な症状を示している猫、シェルターの獣医師による確定診断が下された猫、CTやエックス線撮影で鼓室胞の病変が確認された猫を解析対象としました。中内耳炎を発症した猫における鼓室胞の両側性骨性肥厚  調査期間中に収容された合計669頭の猫たちを選別した結果、疑わしい95例中、70例(全体の10.5%)で確定診断が下されました。70頭のうち投薬治療のみが行われた11頭および別件の手術による合併症を発症した1頭を除き、最終的に58頭が腹側鼓室胞骨切り術を受けました。
腹側鼓室胞骨切り術
 腹側鼓室胞骨切り術(ventral bulla osteotomy, VBO)は中耳の一部である「鼓室胞」と呼ばれる骨性組織を切開し、病変を取り除く外科手術のこと。 元動画は→こちら

調査結果

 調査の結果、手術によって鼻咽頭症状、外耳炎、膿性の耳排出液、掻痒(かいかい)、脱毛で統計的に有意なレベルの改善が認められました。
 一方、初回の手術を受けた58頭のうち69%(40頭)、そして2度目の手術を受けた30頭のうち63%(19頭)で何らかの合併症が確認されたと言います。以下グラフのうち、警告マークは「命を脅かすレベル」、赤い棒は「深刻」、青い棒は「深刻ではない」を意味しています。
初回手術後の合併症
中内耳炎を発症した猫における腹側鼓室胞骨切り術後(初回)の合併症
  • ホルネル徴候=60.0%
  • 脱毛・掻痒=10.0%
  • 内耳炎=8.6%
  • 心停止=5.2%
  • 呼吸困難=5.2%
  • 誤嚥性肺炎=3.4%
  • 咳・喘鳴=3.4%
  • 食欲不振=3.4%
  • 術部感染=1.7%
  • 眼振=1.7%
  • 髄膜脳炎=1.7%
再手術後の合併症
中内耳炎を発症した猫における腹側鼓室胞骨切り術後(2度目)の合併症
  • ホルネル徴候=57.0%
  • 食欲不振=13.0%
  • 内耳炎=10.0%
  • 脱毛・掻痒=10.0%
  • 口腔乾燥=10.0%
  • 呼吸困難=3.3%
  • 咳・喘鳴=3.3%
  • 眼振=3.3%
 再検査時における中等度~重度の外耳炎リスクを検証したところ、「術前における内耳炎の存在(OR4.35)」および「非専門医による手術(OR3.64)」という2項目が関係していました。
 猫たちの最終的な譲渡率は91%(53頭)、安楽死が8.6%(5頭)となり、安楽死の理由は術後の重度合併症が3頭、遅発性髄膜脳炎が1頭、FIV陽性とポリープ再発が1頭でした。
A Pandora’s box in feline medicine: presenting signs and surgical outcomes in 58 previously hoarded cats with chronic otitis media-interna
LS, Janke KJ, Kennedy SK, et al. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2023;25(9), DOI:10.1177/1098612X231197089

猫の中内耳炎は「パンドラの箱」

 腹側鼓室胞骨切り術により鼻咽頭症状、外耳炎、膿性の耳排出液、掻痒、脱毛といった症状が軽快した一方、何の改善もしない個体が少なからず見られました。調査チームは、耳周辺部における慢性的な炎症で不可逆的な病変が生じたからではないかと推測しています。

中内耳炎は治りにくい

 中内耳炎の難治性は先行調査でも指摘されており出典資料:Dutil, 2022)、当調査でも術後になって逆に内耳炎を発症してしまった猫が8頭もいました。また2度目の手術後、医原性の傷害が原因と思われる鼓索神経の不具合が生じ、口腔乾燥(ドライマウス)と舌の変色(イーストの異常増殖)が10%で認められました。こうした病変は食欲不振や肝リピドーシス(脂肪肝)を招く深刻なものです。繊細な構造に手を加えると、改善するどころか逆に悪化してしまうリスクがある点は特筆に値します。 中内耳炎に対する腹側鼓室胞骨切り術を受けた猫におけるベロの変色

第一選択肢は様子見?

 中内耳炎に対する鼓膜切開術の明白な効果を示す調査報告はまだないといいます。また猫の解剖学的な構造上、鼓室に薬剤が届きにくいため洗浄の効果も評価が難しいところです。
 内耳炎を抱えていても重篤な不調を示す個体が少なかったことから、調査チームは保存療法を第一選択肢とし、感染が脳幹にまで波及する危険性が高いと判断される場合のみ外科手術に踏み切ったほうが良いのではないかと言及しています。ちなみに腹側鼓室胞骨切り術は技術的に難しく、時間もお金もかかるとされます。
 猫の中内耳炎は時として、予期しないトラブルを招く元凶という意味合いで「パンドラの箱」などと形容されます。当調査でも術後の合併症やネガティブな結果に関する明白な予見因子は認められませんでした。平たく言うと「手術の結果はやってみないとどちらに転ぶかわからない」ということですので、まさにパンドラの箱を想起させます。場合によっては、無理に開けないほうが良いのかもしれません。
猫の中内耳炎はストレスや過密状態→上気道感染症の蔓延→病原体が耳管を通じて上行性感染というルートで発症する治りにくい病気です。第一選択薬に反応しない鼻炎があり、食欲は正常の場合、潜在性の中内耳炎を疑いましょう。猫の中耳炎 猫の内耳炎