猫を飼うと腸内フローラが変わる
腸内フローラ(細菌叢)とは動物の消化管内に生息する微生物群のこと。宿主に害を与えていない場合は片利共生、宿主に恩恵をもたらす場合は相利共生、宿主に害を与える場合は病原菌などと呼ばれます。腸内フローラは食事内容、薬剤、抗生物質、外部環境によって影響を受けることが確認されており、「外部環境」にはペット動物も含まれます。
今回の調査を行ったのは中国にある海南医学院のチーム。アメリカ及びイギリス国内に暮らすコーカシアン(いわゆる白人)を対象とし、アンケートと同時に便サンプルを採取するコホート調査「American Gut Project(AGP)」を通じて収集された3,795人分のデータを元にして、性別、体型(BMI)、年齢、民族性、居住地域、食事内容に隔たりが出ないよう注意しながら「ペットとして猫だけを飼育しているグループ214人(女性111+男性103/普通体型132+肥満体型82)」および「ペットを一切飼育していないグループ214(女性111+男性103/普通体型132+肥満体型82)」を選別しました。
便サンプルに含まれていた腸内細菌叢(フローラ)を対象とし、種の豊富さ、シャノン指数(種の豊富さと均等度を共に考慮した指数)、操作的分類単位(OTU)ベースで見たときのα多様性(ある1つの環境における種多様性)などを解析したところ、人間の属性によって明白な違いが見られたといいます。具体的には以下です。
猫飼育者 vs ペットなし
猫を飼っている人とペットを飼っていない人を比較した場合、前者において以下のような特徴が見られました。
また性別で見た場合、猫を飼っている女性では21、猫を飼っている男性では13の代謝回路で変化が確認され、どちらかといえば女性の方が大きな影響を受ける可能性が示されました。
- α多様性低下
- プロテオバクテリア門の減少
- アルカリゲネス科、パスツレラ科の相対的豊富さ減少
- 腸内細菌科、シュードモナス科の相対的豊富さ増加
また性別で見た場合、猫を飼っている女性では21、猫を飼っている男性では13の代謝回路で変化が確認され、どちらかといえば女性の方が大きな影響を受ける可能性が示されました。
猫飼育女性 vs 猫飼育男性
猫を飼っている女性と猫を飼っている男性を比較した場合、以下のような特徴が見られました。
- OTU数の変化
- シャノン指標の変化
猫飼育女性 vs ペットなし女性
猫を飼っている女性とペットを飼っていない女性を比較した場合、前者において以下のような特徴が見られました。
- オキサロバクター科の相対的豊富さ増加
- シュードモナス科の相対的豊富さ減少
猫飼育男性 vs ペットなし男性
猫を飼っている男性とペットを飼っていない男性を比較した場合、前者において以下のような特徴が見られました。
- アルカリゲネス科の減少
- ペプトストレプトコッカス科の減少
普通体型 vs 肥満体型
BMIベースで評価した普通体型の人と肥満体型の人を比較した場合、前者において以下のような特徴が見られました。
また肥満体型では7の代謝回路で変化が確認され、「猫を飼っている」という条件と組み合わさった場合炭水化物、脂質の代謝が増加すると予見されました。
- シアノバクテリア門の相対的豊富さ減少
また肥満体型では7の代謝回路で変化が確認され、「猫を飼っている」という条件と組み合わさった場合炭水化物、脂質の代謝が増加すると予見されました。
猫を飼うと整腸作用がある?
過去に行われた調査により、ペット動物への暴露は乳児や幼児における腸内フローラの豊富さと多様性に影響を及ぼすと報告されています。またペットがいる家庭では新しい微生物分類群が導入されるという現象も報告されています。おそらくなでる、抱きしめる、キスをすると言った密な身体的コンタクトにより、ペットが保有している腸内フローラが飼い主に移行するものと推測されています。
腸内フローラ変化は敵か味方か
今回の調査では猫の飼育によってα多様性の低下だけでなく、プロテオバクテリア門の減少、アルカリゲネス科とパスツレラ科の相対的豊富さ減少、腸内細菌科とシュードモナス科の相対的豊富さ増加という変化が現れる可能性が示されました。この現象は宿主である飼い主にとってプラスなのでしょうかマイナスなのでしょうか?
腸内細菌と病原性
- プロテオバクテリア科プロテオバクテリア科には大腸菌、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ、ヘリコバクターピロリなど病原性を有したものが含まれています。
- アルカリゲネス科高尿酸血症や便秘などに関連していると推測されています。
- パスツレラ科肉芽種性の血管炎症候群に関連していると推測されています。
- 腸内細菌科胃炎、統合失調症、アルコール性肝炎、クローン病に関連していると推測されています。
腸内フローラ変化の男女差
猫を飼っている女性では21、猫を飼っている男性では13の代謝回路で変化が確認されました。こうした性差が生まれた原因に関し調査チームは、生物学的な体質の違いと言うより猫と接する頻度が影響しているのではないかと推測しています。実際、過去に行われた調査では「一人暮らしの女性は猫を飼うことで寂しさが減る(:Zasloff, 1994)」とか「男性より女性の方が猫と積極的にコミュニケーションをとる(:Westgarth, 2010)」といった事例が報告されています。また「猫を撫でたときの喜びに関しては男性より女性のが大きい」といった興味深い報告もあります。
近年は宿主が保有する微生物は体の周りをまるで雲のように漂っているとする「微生物雲」(microbial cloud)という概念が提唱されています(:Meadow, 2015)。「キスをする」などたとえ濃厚な接触をしていなくても、猫と接する機会が多いだけで猫が保有する微生物群を受け取り、人間の腸内細菌が影響を受けるという可能性は大いにあるでしょう。