猫の膝関節・外傷統計
猫の膝関節に発生するさまざまな怪我の統計調査を行ったのはイギリスにある複数の獣医学校からなる複合チーム。2008年10月から2018年6月までの期間、イギリス国内にある複数の動物病院で「膝関節の外傷」を理由に受診した一般家庭で飼育されている猫の医療記録を回顧的に参照し、最終的に73頭分(※1頭は複数回受傷のため重複)のデータを収集しました。患猫たちの基本属性はオス40頭+メス33頭、10頭は特定品種、年齢中央値は8歳(9ヶ月齢~12歳)というもので、加齢に伴う変形性疾患の可能性を除外するため頭側十字靭帯だけの症例、および両側性の膝関節脱臼の症例は除外されました。
調査の結果、左膝関節の受傷例が50.7%、右膝関節のそれが49.3%で左右差は見られなかったといいます。その他、明らかになった基本的な知見は以下です。
受傷原因
原因不明例が68.5%、判明例が31.5%(23頭)でした。具体的な受傷原因は以下です。
猫の膝関節・受傷原因
- 交通事故=16頭
- フェンスに引っかかる=5頭
- 猫同士の喧嘩=1頭
- 高所からの落下=1頭
受傷部位
膝関節を構成している結合組織には骨と骨をつなぐ靭帯、骨と筋肉をつなぐ腱、そして大腿骨と脛骨の間でクッションとして機能する半月板があります。患猫たちの受傷部位をカウントしたところ、以下のような内訳になったといいます(複数回答あり)。なお膝の両サイドに位置する側副靭帯損傷のグレード2とは「肉眼で確認可能な靭帯の部分断裂」、グレード3とは「肉眼で確認可能な靭帯の完全断裂」のことです。
猫の膝関節・受傷部位
- 頭側十字靭帯断裂=87.3%●完全断裂=87.3%
●不完全断裂=6.5% - 尾側十字靭帯断裂=77.5%●完全断裂=81.8%
●不完全断裂=16.4% - 内側側副靭帯損傷=53.5%●グレード2=42.9%
●グレード3=57.1% - 外側側副靭帯損傷=69%●グレード2=53.1%
●グレード3=32.7% - 内側半月板損傷=66.2%
- 外側半月板損傷=59.4%
同時受傷
膝以外の部位に何らかの怪我や傷を負った症例が30.1%(22頭)で確認されました。具体的な内容は以下です(複数回答あり)。
膝関節との同時受傷部位
- 股関節脱臼=5頭
- 仙腸関節脱臼=5頭
- 骨盤骨折=4頭
- 皮膚裂傷=4頭
- 肺挫傷=3頭
- 逆側の足根下腿関節脱臼=3頭
- 逆側の大腿骨骨折=2頭
- 逆側の脛骨骨折=2頭
- 逆側下肢の手袋様外傷=2頭
周術期の合併症
術中の合併症は8.2%で見られ、低血圧、手術の失敗、膝蓋骨の外側性脱臼、固定用ピンによる大腿骨近位部の瘻形成、膝関節の過屈曲が主なものでした。
一方「受傷から8週間未満で収束」と定義したときの短期期合併症は62.5%、「受傷から8週間以降も継続」 と定義したときの長期期合併症は17.5%で見られました。具体的な内容は以下です。
一方「受傷から8週間未満で収束」と定義したときの短期期合併症は62.5%、「受傷から8週間以降も継続」 と定義したときの長期期合併症は17.5%で見られました。具体的な内容は以下です。
猫の膝関節・短期合併症
- 関節可動域減少=8頭
- 膝関節脱臼の再発=5頭
- 重度荷重不全=5頭
- 鋼線感染=4頭
- 外固定法に伴う大腿骨骨折=4頭
- 膝蓋骨の外側性脱臼=2頭
- 膝蓋骨の内側性脱臼=2頭
猫の膝関節・長期合併症
- 荷重不全=3頭
- 膝関節の不安定性=1頭
- 痛みと運動拒絶=1頭
- 固定用スクリューの不具合=1頭
再置換手術
手術後に何らかの不具合が生じ、再手術を要した例は23.9%に達しました。再置換手術の主な理由は以下です。
猫の膝関節・再手術理由
- 膝蓋骨脱臼=3頭
- 膝関節脱臼の再発=2頭
- インプラントの不具合=2頭
- 大腿骨骨折=2頭
- ピンのズレ=1頭
術後の経過
平均29ヶ月と2週間(2週間~204ヶ月)の追跡期間を設け、飼い主への聞き取りから術後の経過を「Excellent=荷重不全がなく下肢の機能を取り戻した」「Good=軽度の荷重不全が時折見られる程度」「Poor=中等度~重度の荷重不全が残る/断脚/安楽死」と定義して評価してもらったところ、「Poor」という評価と特定項目とが統計的に連動していたといいます。具体的には以下で、OR(オッズ比)とは標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。
Mario Coppola, Smita Das, George Matthews, Matteo Cantatore et al., Journal of Feline Medicine and Surgery(2021), DOI: 10.1177/1098612X211028834
「Poor」の予見因子(OR)
- 再置換手術=14.2
- 頭側十字靭帯の受傷なし=6.44
- 内側半月板の受傷あり=5.5
- 術後使用された関節貫通ピン=3.7
Mario Coppola, Smita Das, George Matthews, Matteo Cantatore et al., Journal of Feline Medicine and Surgery(2021), DOI: 10.1177/1098612X211028834
膝関節の怪我は予防できる
統計的な調査結果を通し、猫の膝関節外傷を予防する方法や、怪我をしてしまった場合に悪化を予防する方法が見えてきました。
猫を外に出さない
猫の膝関節外傷を予防する方法は完全室内飼いを徹底することです。
受傷原因が判明した23頭に関しては交通事故、フェンスを飛び越えようとしたときに後肢が引っかかる、高所からの落下など、猫を屋外に出さなければ防げたものばかりです。また原因不明だった残りの50頭に関しては、そもそも放し飼いにされているため受傷の瞬間を飼い主が目撃できなかったものと推測されます。
ひとたび膝に怪我をすると、膝の中にある十字靭帯に関しては8割以上が、そして膝の両側にある側副靭帯に関しては半分以上が完全断裂に至ります。さらに骨盤の脱臼や骨折など、生活の質を著しく低下させるような大怪我を併発することも確認されています。無責任な放し飼いやベランダ放置が原因で猫が大怪我を負った場合、飼い主が間接的に虐待したのと同じですね。
受傷原因が判明した23頭に関しては交通事故、フェンスを飛び越えようとしたときに後肢が引っかかる、高所からの落下など、猫を屋外に出さなければ防げたものばかりです。また原因不明だった残りの50頭に関しては、そもそも放し飼いにされているため受傷の瞬間を飼い主が目撃できなかったものと推測されます。
ひとたび膝に怪我をすると、膝の中にある十字靭帯に関しては8割以上が、そして膝の両側にある側副靭帯に関しては半分以上が完全断裂に至ります。さらに骨盤の脱臼や骨折など、生活の質を著しく低下させるような大怪我を併発することも確認されています。無責任な放し飼いやベランダ放置が原因で猫が大怪我を負った場合、飼い主が間接的に虐待したのと同じですね。
術後の関節貫通ピンは再考を
受傷後の状態悪化を防ぐためには、当たり前のように用いられている術後の関節貫通ピンに関する再考が必要なようです。
術中や術後の関節安定化を目的として開発された関節貫通ピンが獣医学会に紹介されたのは1985年のことですが、一方で数多くの副作用が報告されています。一例を挙げると関節液の生成量・軟骨の硬さと厚さ・関節可動域の減少、変形性関節症の促進、筋肉の廃用性萎縮などです。また安定ピンの緩み・曲がり・破損、固定を目的に空けたピン穴による大腿骨や脛骨の骨折、鋼線感染、可動域の永続的悪化、荷重不全、変性性関節症なども報告されています。 当調査内では23頭で使用され、うち7頭は術後も引き続き関節内に留置されました。統計的に計算した結果、術後に貫通ピンを使用した場合、合併症の発生リスクがオッズ比で4.35、術後経過が「Poor」と評価されるリスクが3.7に高まることが確認されたといいます。逆に術中にだけピンを用いた場合は、合併症を誘発したり予後が「Poor」にならないことが明らかになったとも。
こうした知見から調査チームは、獣医療の現場で惰性的に用いられている術後の関節貫通ピンに関しては再考を要すると指摘しています。
術中や術後の関節安定化を目的として開発された関節貫通ピンが獣医学会に紹介されたのは1985年のことですが、一方で数多くの副作用が報告されています。一例を挙げると関節液の生成量・軟骨の硬さと厚さ・関節可動域の減少、変形性関節症の促進、筋肉の廃用性萎縮などです。また安定ピンの緩み・曲がり・破損、固定を目的に空けたピン穴による大腿骨や脛骨の骨折、鋼線感染、可動域の永続的悪化、荷重不全、変性性関節症なども報告されています。 当調査内では23頭で使用され、うち7頭は術後も引き続き関節内に留置されました。統計的に計算した結果、術後に貫通ピンを使用した場合、合併症の発生リスクがオッズ比で4.35、術後経過が「Poor」と評価されるリスクが3.7に高まることが確認されたといいます。逆に術中にだけピンを用いた場合は、合併症を誘発したり予後が「Poor」にならないことが明らかになったとも。
こうした知見から調査チームは、獣医療の現場で惰性的に用いられている術後の関節貫通ピンに関しては再考を要すると指摘しています。
猫の膝関節外傷は十分に予防が可能です。まずは室内飼育を徹底し、室内で遊ぶ場合は足が引っかかったりねじれたりしないよう、安全な場所を確保しましょう。